19-A
それは、街もすっかり寝静まった真夜中のことだった。
「――!」
突如として襲ってきた衝撃が、私を強制的に目覚めさせた。
何かが身体の上に乗ってる! 口を塞がれてる!
何? 何が起きたの?
「さっさと連れ出せ」
「!」
男の声。暗闇の中に、誰かがいる。……誰っ?
数は1人じゃない。
私の口を塞いでいる奴以外にあと数人の気配がある。
「その子には手を出さないで。お願い!」
「――!」
ハイディマリーの声だ。すでにベッドから離れている。
そして、何が起きたのかを理解する。
敵だ。敵が部屋に入ってきたんだ……!
でも、どうしてここが?
どうやって入ってきたんだ?
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない!
「おっと。動くなよ?」
「!」
首筋に、何かが触れる。冷たく、固い感触。
……刃物だ!
一気に膨れ上がる恐怖心に、鼓動がさらに激しくなる。
それに加えて口を塞がれているせいで、かなり息苦しい。
「おら、さっさと来い」
そうだ、自分の心配をしてる場合じゃない!
このままじゃ、ハイディマリーが連れて行かれちゃう。
……でも、どうして連れて行こうとしてるんだ?
ここでは殺さないってこと?
それとも、ほかに何か目的が?
いや、だからっ、余計なこと考えてちゃ駄目なんだって!
「……?」
そういえば、イルマは? あの子はどうしたんだ?
私同様に、脅されているのだろうか。暗くて見えない!
「おい。そいつも縛って連れて行こうぜ。女は多い方がいい」
「?」
私を脅しているのとは違う奴が、そんなことを言い出した。
「へっ、そうだな。ちょうど溜まってたとこだ。こいつらで発散させてもらうか」
「? ……!」
ちょっと待って。こいつらが話してることって、まさか……。
昨日見た、おぞましい光景がよみがえる。
……アレをするつもり?
私たちの身体で!
「おい、大人しくしてろよ? うっかり傷なんかつけたら、ヤる時に萎えるからよ」
「!」
耳元でそう囁かれ、全身にぞわっと鳥肌が立つ。冗談じゃない!
「うっ」
敵は私を刃物で脅しながら、強引にうつ伏せにさせ、ジャラジャラと何かを取り出した。
……鎖の音? 手錠?
その予想通り、私の両手は後ろで拘束されてしまった。
「やめて! その子には何もしないで!」
「うるせえ。騒ぐんじゃねぇよ」
ハイディマリーも口を塞がれたのか、もがもが言っている。
私を脅してる奴と、こいつと言葉を交わした奴。それと、ハイディマリーを捕まえている奴。
……敵は3人か?
「!」
別の方向で、ベッドが沈む。
「おい。とりあえず一発ヤっていこうぜ。俺もう我慢できねぇよ」
敵が1人、ベッドに上がってきた。息が荒い。気持ち悪い!
……って、待って待って。今なんて言った?
一発、やる? やるってまさか……。
「へへっ。実は俺もだ。久々だからよ、女触ってるってだけで、もうヤベェ」
私の上に乗ってる奴も、息が荒い。
う、嘘でしょ?
「仕方ねぇ奴らだな。さっさと終わらせろよ?」
もう1人の敵の声と、ハイディマリーの唸り声が重なって聞こえる。
「よぉ~し。いいか、騒ぐんじゃねぇぞ? おい、早く下脱がせろ」
「まぁ待てって。……ここか?」
「――!」
敵の手が、パジャマのズボンにかかる。そのまま、下着と一緒に下げられた!
こいつら本気だ!
い、嫌だ、嫌だっ!
やめて、やめてよ!
呻き、身体をよじる。
でも、「死にてぇのか?」とナイフを押し付けられては、抵抗をやめざるを得ない。
「そうそう、そうやって静かにしてろ。ちょっとした味見だ、すぐに終わる」
生温い吐息が耳に当たる。気持ち悪い。気持ち悪い……!
やめてっ! 触らないでっ!
嫌だ! やだああああっ!
自分の無力さに、涙が溢れる。
「がっ……!」
「――?」
何? 今の声。
「おい、どうした」
直後、床に何かが倒れる音。
「おい! ……うぐっ!」
私の上に乗ってる敵の身体が、ビクンと痙攣する。
一体、何が起きたの?
「ぐぇっ……!」
もう1人の声も上がる。
「どけっ!」
「!」
鈍い音と共に、上に乗っていた敵が横に倒れる。
イルマ? イルマの声だ!
「ティナ! 大丈夫?」
「う、うん」
助かった。よくわかんないけど、助かった……!
敵たちの苦しげな声が、そこかしこで聞こえる。
「早く起きて!」
「うん! ……わっ」
立ち上がろうとして、手足の自由が利かずにベッドから落ちそうになる。
「しっかりしてよ!」
私の身体を支え、怒るイルマ。
「ごめん……」
そういえば、パンツを……。
「あ、あの、下がっちゃってるから、上げて」
「は? 下がってるって何?」
「ズボン! 下着ごと下げられちゃったの!」
照れてなんていられない。私ははっきり言い放った。
するとイルマは、こんな時だというのにプッと噴き出し、「ほい」と下着と一緒に上げてくれた。
よし、これで立てる。
「とにかく、外に行くよ!」
イルマは、私の服を引っ張って走り出そうとする。
「ぐ……! くそっ、待てっ!」
ベッドの上で、2人の敵が蠢く気配。
「……」
私は立ち止まり、ベッドを振り返る。
目が暗闇に慣れてきた。ぼんやりと、敵の輪郭が見える。
と同時に、ぐあっと頭に血が上る感覚。
ギリリと歯が鳴る。
ベッドの横に置いておいた靴を履き、ベッドに飛び乗る。
「ちょっ、何してんの、ティナ!」
イルマの声を無視し、私は足を掴んできた敵の手を踏みつける。
「あぐっ!」
「許さない……!」
今ので敵の位置を把握した私は、敵の腹を蹴り上げて仰向けにすると、思い切り足を振り上げ、アレめがけて振り落とす。
「ぉぐっ……!」
敵が、跳ねる。
ぐにゃりとしたモノが、固い靴裏に潰されていく感触。
容赦しない。潰してやるっ!
「ぉ……ぁ……が……ぉぉ……」
敵は、ブルブルと悶絶している。
その姿は見えないけど、ああ、なんかゾクゾクする……!
いい気味。そのまま死んじゃえばいいよ。
「さてと」
もう1人いるよね。私のパンツを下げた奴。
「お、おい! 来るんじゃねぇ!」
……そこか。
「ふん!」
声のした方へ踏み込み、蹴り上げる。
「ごぇっ」
固い衝撃。
どこに当たった? 顎か?
直後、そいつがベッドから落ちる鈍い音。
「ぁぁぁぁ、……く、くひょぉ」
敵は、床でじたばたしている。逃げるつもり? 馬鹿だなぁ。
ベッドから下り、そいつを蹴り倒す。
「ひっ、ひぃぃ!」
引きつった悲鳴。
「逃すわけないじゃん。ばぁーか!」
おそらくここだろうという位置へ、蹴りを放つ。
「んぉっ……!」
勢いよく、敵の身体が曲がったのがわかる。
面白いようにめり込んでいくつま先。
二度と馬鹿なことできないようにしてやるっ!
「ぁ……げぅ……ぉ、ぉぁ……」
震えてる震えてる。あはははっ、何この快感っ!
もっと蹴っちゃおうかな! あはははははははっ!
「――!」
その時、部屋の明かりが灯った。寝室内の様子が明らかになる。
そこにいる3人は、やっぱりヘルヘイムの制服を身に着けていた。
3人共、身体にナイフが刺さっている。イルマがやったんだろう。
ベッドの上で倒れている奴と、私の足元で倒れている奴は、白目を剥いて口から泡を噴いた状態で気絶していた。
もしかしたら、死んでいるかもしれない。
もう1人は、寝室の出入口付近で、うずくまって呻いている。
横腹に刺さっているナイフが、相当効いているんだろう。
わかるよ、その痛み。
「大丈夫? 2人共」
そう言って、寝室に入ってくるハイディマリー。明かりを点けたのは彼女か。
「はーい。大丈夫でーす」
手を上げて元気よく返事したイルマは、壁際で苦しそうにしている敵へ歩み寄り、「うるさーい」と笑いながら顔を蹴り上げる。
敵は、上体で綺麗に放物線を描き、仰向けに倒れて動かなくなった。
鼻がぐにゃっと曲がって、血が流れ出ている。
「よし。じゃあイルマ。サイラスたちを起こしてきてくれる?」
「はーい」
イルマは、トタトタと走って部屋を出て行った。
「……ティナ。大丈夫?」
歩み寄ってきたハイディマリーは、私の左肩を触れる。
「震えてるじゃない。可哀想に」
「……?」
ホントだ。身体が震えてる。なんで……?
「ごめんなさい。怖かったわね」
ハイディマリーは、そっと私を抱き締めた。どうして、謝るの?
……あれ? 視界が、滲む。
どうして私、泣いてるの?
「……ううっ、うわああああぁぁぁぁ」
その場にハイディマリーに支えられながら崩れ落ち、彼女の胸に顔を埋める。
「本当に、ごめんなさい……」
私をぎゅっと抱き締め、呟くハイディマリー。
私は泣いた。
涙も声も、止まらなかった。




