18-B
ヘルミーネ側に残されているまともな戦力は、アールと、その部下たちだけ。
パトリックの話では、数は7人。その全員が、傭兵経験者とのこと。
ほかは、それぞれの拠点にいるであろう、金で集められたチンピラくらいのもの。
前者はともかく、後者なら警察でも充分に対処できるはずだ。
警察署との連絡をできるだけ楽にするため、ハイディマリーは署の一番近くにある宿に部屋を取った。
こんな時でも、適当な安宿ではなく、高そうな宿を選ぶ辺り、やっぱり社長だなと思う。
「敵拠点の捜査って、もう始まってるんですよね? 私たちは行かなくてもいいんですか?」
部屋に入った途端、制服を脱ぎ散らかしてソファにぐた~っと身体を預けるハイディマリーに、気になっていたことを問いかけてみた。
するとハイディマリーは、「いいのいいの」と手をヒラヒラ動かして見せる。
「とにかく慎重に行動してねって、しつこいくらい言い聞かせてきたから、デボンの時みたいにはならないわよ。何か見つけたら、ここに連絡が来るわ。私たちは、その後動き出せばいいの」
「はあ……」
さっきの円陣は何だったのか。気合い入れて損したな。
「明日中には、北部の拠点は全て警察によって制圧されるでしょう。それによって、さらに人身売買についての情報が集められるはず。それと、ヘルミーネさんたちがいたっていう北の廃墟に向かった警察からも、何かしら連絡が入ると思うわ。だから、今日のところはゆっくりしておきなさい」
真面目な口調でそう言い終えたハイディマリーは、ソファに仰向けになり、「ティナぁ~。スーツ脱がせてくれない?」と、ふざけた態度へ切り替える。
私は溜め息一つ、「はいはい」と彼女のもとへ。
私の近くにいたイルマが、「手伝う~」と言ってついてくる。
「あなたたち、ホントに仲良くなったわねぇ。一体、何があったのかしら」
その言葉に、私はイルマと目を見合わせる。
「……少し、2人で話をしただけですよ」
「そうそう。話しただけ」
実際、そうなんだよね。少し一緒にいただけなのに、いつの間にか仲良くなってた。
少なくとも私には、イルマといがみ合う理由が無いし。だから……。
「!」
あ、そっか。
「イルマさんと仲良くしたいなって思ったんです。それが伝わったんじゃないですか?」
確かめるようにイルマを見ると、彼女は「うん!」と頷いてくれた。
「そう。それは良かったわ。私も、あなたたちには仲良くしてほしいって思ってたしね」
ハイディマリーは立ち上がり、両手を横に広げて、「さ、脱がせなさい」と偉そうに言う。
私はジャケット、イルマはスカートを脱がし始めた。
翌日、ハイディマリーの予想通りに、敵の北部拠点の全てが警察によって制圧された。
これで、ハイディマリーが送り込んだ調査班が調べ上げた敵拠点を、全て潰したことになる。
ヘルミーネが新しい拠点を作らせていない限り、彼女はこれ以上、人身売買を続けられないはずだ。
でも、やっぱり全てが順調に進むわけではないらしい。
デボンの北にある廃墟に向かった、10人程で構成された警官隊。
彼らからの連絡が、彼らがデボンを出発して以来、まだ一度も来ていない。
その警官隊の様子を見に向かった後発の部隊も、消息を絶った。
そこで、ようやく異常な事態が起きていることに気付いたデボン警察は、先発の2部隊より規模を拡大した部隊を廃墟へ送り、衝撃の光景を目の当たりにすることに。
廃墟の前や周辺には、先発2部隊、20人ほどの警官の姿があった。
しかし全員、自らの血で作った血溜まりの上で、冷たくなっていたのだという。
おまけに、廃墟の中は空っぽ。
人がいた形跡は残されていたようだけど、ヘルミーネたちの姿は無かった。
彼らは警官を殺し、逃げた。
どこかへ姿をくらましたのだと、誰もが思った……。
「……しかしまさか、君がヘルヘイムの社員になって戻ってくるとは思わなかったよ」
「ですよね。あはは……」
宿の前で、私は1人の警官と話をしていた。
彼は、ダドリー・プライス警部。
以前、私がこの街でイルマに襲われた時、いろいろ世話になった警官だ。
夕方、彼はハイディマリーに現在の状況を報告するため、1人で宿へやってきた。
治安維持のために最低限必要な人数だけを残し、あとは全てヘルミーネたちの捜索に出してしまったため、誰か伴わせようにもできなかったようだ。
「まぁ、何があったのかは聞かん。とりあえず、無事な姿を見られただけで良しとするよ」
「すみません。心配かけちゃって」
報告を終えた警部が、私を外へ呼び出して今に至る。
何か話があるんじゃないのかな。もしかして、それを言いたかっただけ?
「傭兵は、もう辞めるのか?」
「え?」
あ、これが本題かな?
「社長さんに報告しながら、君のことも窺っていた。だが、嫌々そこにいるようには見えなかった。私はてっきり、何かあって無理矢理やらされているんじゃないかと疑っていたのだがね」
少し前なら、「鋭い!」と思うところだ。
だけど今は、自分の意思でここにいる。
もう、無理矢理とは言えない。
「……何かあったというのは、否定はしません。傭兵を辞めるつもりも、無いです。でも、今はまだ、戻れません」
言えるのは、これが精一杯。でも、偽りの無い本心だ。
「戻ろうと思えばいつでも戻れる。そんな言い方だな」
それを聞いて、私は自然と口の端が上がるのを感じた。
「たぶん、いつでも戻れるんだと思います。そんな気がするってだけですけど」
私は何を言っているんだろう。
「……でも、だからこそ、今はまだ、戻れないんです」
そんな言葉が、何の引っ掛かりも無く口から流れ出る。
なんかもう、自分のことがわからない。
どうして私は……。
「そうか。まぁ、君がそれでいいと言うのなら、私はこれ以上何も言えんな」
そう言って、警部は身を翻す。
「私には、娘が1人いるんだが……」
「?」
「もう随分会っていない。今どこで、何をやっているんだか……」
どうしてそんなことを、私に話すんだろう。
「あの子は、君に似ていてね。ああ、もちろん、見た目は全然違う。似てるのは性格だ」
「性格?」
「ああ。こうと決めたら、後先考えずに突っ走っていってしまう。それで、面倒事に巻き込まれたりすることがよくあってね。まぁ、一言で言えば、危なっかしいってことかな。そういうところが、似ている気がするんだ」
そういえば、サイラスたちと一緒にカランカに行く前に、もっとよく考えて行動した方がいいみたいなこと言われたっけ。
「……だから、ついつい君に対しても余計な心配をしてしまう。自分の娘じゃないのになぁ」
警部は笑い声を発し、顔を少しだけこちらに向けた。
「つまらない話をしてしまったな。それじゃ、私は署に戻るよ」
手を振り、通りを歩いていく警部。
その寂しげな背中に、私は声をかけていた。
「あのっ、心配してくれて、ありがとうございます!」
警部の足が止まり、しかし、すぐに歩を再開する。
私は、その姿が通りの角に消えるまで、ずっと見送っていた。
日が落ち、夜が訪れる。
すでに、ヘルミーネらの手配は北部全域に及んでいるらしいけど、警部が来て以来、新しい情報はもたらされていない。
「ホントに、私たちは探しに出なくていいんですか?」
口の中の物を飲み込んでから、向かいの席のハイディマリーに問いかける。
ここは、宿から出て少し行ったところにある食堂。
私たちはここで、夕食をとっている。
「あなたもしつこいわねぇ。何度も言うけど、警察に任せておけばいいんだってば」
眉を寄せながらそう答えたハイディマリーは、大きな肉をナイフでサッと切って口に放り込む。
「でも、……警官がもう何人も亡くなってるじゃないですか。ヘルヘイムの問題なのに、当の私たちがこんなにゆったりしているのは、おかしくないですか?」
ハイディマリーは、野菜をフォークで刺しながら、「おかしくないわ」と言う。
「今回のことは、ヘルヘイムの問題である以上に、犯罪なの。しかも、彼らが犯した犯罪は、もう人身売買だけじゃない。殺人や傷害、暴行なんかもやっちゃったわけよ。そんな凶悪犯罪者集団を、警察が追わなくて誰が追うの?」
「それは、そうですけど……」
なんか、警察に任せて楽をしているような気がしてならない。
「俺たちが動くのは、警察では手に負えない事態になってからだ」
隣のテーブルで、ヴェルノ、ロナルドと一緒に食事をしていたサイラスが、会話に入ってきた。
「警察では手に負えない事態、って?」
「わからないか? 残っている敵は全員、傭兵経験者だ。特にアールさんは、ヘルムヴィーゲの元Bランク傭兵。警官が束になってかかっても、あっという間に返り討ちだ」
ヘルムヴィーゲ王国の、元Bランク傭兵?
……Eランクの女傭兵であれだからなぁ。相当強いんだろうなというのは、想像に難くない。
「つまり、アールさんが出てきたら私たちの出番ってことですか?」
「そういうことだ」
でも……。
「私たちで勝てるんですか? 元Bランクっていうくらいだから、強いんですよね?」
すると、「ああ、強いぜ」とヴェルノが答える。
「1対1だったら、勝てる気がしねぇな。あの人、もう40超えてっけど、剣の腕は衰えてねぇし。だから、こっちは数で勝負ってわけだ」
数って……。
「アールさんとその部下の人たちを合わせて、7人いるんですよね? 数でも負けてるじゃないですか」
こっちの戦力は、私を入れたとしてもたったの5人なんだよ?
「心配すんな。元傭兵っつっても、アールさんの部下はみんな元DかEランク。しかも、全員ブリュンヒルデの傭兵だった奴らだ。俺たちの敵じゃねぇよ。なぁ、サイラス」
「その通りだ。まずは部下連中を倒し、最後に全員でアールさんを叩く。相当苦戦するとは思うが、一斉にかかれば隙の一つや二つは見つかるだろう。そこを逃さず攻める。とにかく、いかに上手く連携を取るかにかかっているな」
そして、戦略などの話で盛り上がり始める男性陣。
そこへ私は、気になったことを質問として投下する。
「ところで、サイラスさんたちのランクは?」
その問いに、男性陣は会話を止める。答えるのはサイラスだ。
「俺と、ヴェルノ、ロナルドの3人は、元Cランクだ」
そこへ、ハイディマリーの隣にいるイルマが、「私はD!」と割り込んできた。
ヘルムヴィーゲ王国の元Cランク傭兵が3人に、元Dランクが1人。
実に頼もしい。
……と思うと同時に、新たな不安が一気に膨れ上がる。
オルトリンデ王国のEランク傭兵である私は、彼らと比べたら確実に見劣りする。
私なんかが、役に立てるんだろうか。
「ティナ。お前の実力はわからんが、イルマよりは確実に弱いはずだ」
グサッと、何かが心臓に刺さった気がした。
「だから、アールさんとの戦いには出てくるな。お前はとにかく、ボスを守れ。いいな」
サイラスたちの視線が、私に集まる。
あれ? ひょっとして私、とても重要な役割を任されてる?
「よろしくね、ティナ~」
にっこり微笑むハイディマリーに、私は思わず「は、はい」と返事してしまった。
……まだ何も起きてないのに、もう緊張してきた。
ハイディマリーを守る? 私にできるのか?
でも、やるしかない。やらなきゃ駄目だ。
そんな感じで意気込んだ夜、知らない間に近寄ってきていた闇が、牙を剥いた。




