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10-B

 日が暮れ、空の朱が黒に取って代わられる頃、私とハイディマリーは散歩に出かけた。



 彼女は、さすがにそのまま外出するということはしなかった。

 ヘルヘイムの制服を着てフードを被り、白金の髪を入念に隠している。


 髪が白金なら眉毛や睫毛も同じ色なんだけど、それは夜闇とフードの影で絶妙に隠されていた。


 なるほど、夜にしか出られないわけだ。



 首都と言っても、治安が良い場所は限られている。

 つまり、女2人で出歩ける範囲も、それほど広くないというわけだ。


 ハイディマリーは、私が護衛としてついていれば安心だとか言っていたけど、あまり信頼されても困る。私にだって、限界はあるのだから。


 そんなに危ない場所には行かないとも言っていたけど、ちょっと不安だ。




 高級店が並ぶ大通りを抜け、北へ。

 街灯が並ぶ人通りの多い道を進んだ先に、広い公園があった。


「この中を一周して帰りましょう」

 そう言って、足取り軽く公園の中へ入っていくハイディマリー。


 公園の周囲や中も、明かりがほぼ等間隔に並んでいる。

 歩いているのは、この辺りに住んでいる人たちだろうか。これだけ人の目があるなら、心配しているようなことは起こらないだろう。


「ティナー。早く早くー」

 公園に入って少し行ったところで、ハイディマリーがこちらに手を振っている。


「あ、はい!」

 私は慌てて彼女のもとへ向かった。




 公園の中には大きな池があり、その外周が散歩コースになっているようだ。老若男女、様々な人たちとすれ違う。


 時間も時間だから子供の姿は無いけれど、カップルや、運動をしているおじさんやおばさん、仕事帰りらしき人たちなど、この時間ならではの光景がそこにはあった。


「……毎日、ここに歩きに来てたんですか?」

「そうよ。いつもは、ロナルドと来てたの」

 あの大きな人と、こんなふうに並んで歩いていたんだろうか。


 ……逆に目立たない? それ。


「あのぉ、聞いてもいいですか?」

「なぁに?」

「サイラスさんたちのこと」

 どういう人たちなのか、少しくらいは知っておいた方がいいかなって思ったんだ。


「ええ、いいわよ」

 ハイディマリーは足を止め、池を囲む木の柵に背を預ける。


 私は、その横に並んだ。


「……あの子たちが元傭兵っていうのは、話したよね?」

「はい、聞きました」


「あの子たちはね、傭兵として挫折していたところを、私が拾ったの」

「え……」


 ――実力不足で自信を失って傭兵を辞めていく若者を何人も見てきた――

 確か、彼女はそう言っていた。


 その中に、サイラスたちが含まれているってことか。


 ハイディマリーは池の方を向き、明かりを浴びて煌めく水面を見ながら話を続ける。


「あの子たちは4人共、ヘルムヴィーゲ国の傭兵なの。ほら、あの国って、今もファミリアに侵略され続けてるでしょ? だから、それに対抗するために傭兵の数も多くて、その分、実力者も相当数いるの」


 ……うん。いるね、実力者。

 傭兵になる前から、私の何十倍も強かった女の子を知ってる。


「でも、裏を返せば、そうじゃない傭兵も相当数いるってことになる。サイラスたちは、そっち側の傭兵だった。仕事で思うように結果が残せず、あの子たちは悩んでいたのよ」


 ヘルムヴィーゲの傭兵なんだから、それなりの実力を持っているはずだけど、それでも落ちこぼれちゃったのか。

 どれだけ層が厚いんだ、あの国の傭兵は。


「そんなあの子たちに、私は声をかけた。うちに来ないかって」

 ……声をかけただけ? お優しいことで。


「すぐに答えを出した子はいなかったけど、結局みんな、傭兵としての道を捨てて私のもとへ来てくれたわ」

 よっぽど行き詰まっていたんだろうか。


 ……でも、簡単に捨てたわけじゃないんだろうな。

 みんな、傭兵になるためにそれなりに苦労はしているはずだから、相当悩んだんじゃないかな……。


「あの子たちは、生活のために、ヘルヘイムを選んだのよ」

 やっぱり、そういうことか……。


「ほかの職を探すにしても、あの国ではすぐに見つかるとは限らない。ほかの国へ移住するっていう道もあったけど、どうせ移住するなら、ヘルヘイムに入っちゃった方がいいって、あの子たちは考えたみたいね」


 なるほど。


「あ、でも、イルマだけは違うわ。あの子は、私が拾ったんじゃないの」

「え?」


「あの子は、キースが連れてきたの」

「キース……」


 あの男が? どういうつもりでそんなことをしたんだろう。

 イルマを助けるつもりで? それとも……。


「3年くらい前に、ヘルムヴィーゲ国へ行った時の話よ。護衛として連れて行ったキースが、夜遅くまで戻ってこなかったことがあってね。何かあったんじゃないかって心配してたら、血まみれのイルマを抱えて帰ってきたの」


 その時のことを思い出したのか、ハイディマリーは目を細め、わずかに頬を緩めた。


「ファミリアに殺されかけてたイルマを助けたらしくてね。すぐに病院へ運び込んで、イルマはどうにか一命を取り留めた。その後キースは、イルマが目を覚ますまで付きっきりだったわ。休みなさいって言っても、聞かなくてね」


 ……まるで信じられない。

 別人なんじゃないかと感じるほどだ。


「キースは、気性が荒いっていう欠点があるけど、根は優しい良い子なのよ。私も、何度もあの子に助けられたわ。こういう仕事をしてると、面倒な連中に目をつけられたりするからね」


 ハイディマリーが嘘を言っているとは思えない。嘘をつく理由が無いし。


 信じられないけど、そもそも私は、キースのことをよく知ってるわけじゃないんだよね。

 あの時は、たまたま敵対する関係にあっただけ。普段のキースは、ハイディマリーが口にした通りの人物だったのかもしれない。


「気性が荒くなるのだって、誰かを守るために攻撃的になるだけであって、普段からずっとってわけじゃないのよ。……そういえばあの子、私だけじゃなくて、仲間が危機に陥れば必死になって助けに行っていたっけ。そうすることに執着しているようにも見えたなぁ」


 じゃあ、ビダオラで出会った彼には、守り抜かなければならないものがあったってことか。

 それが、あれだけの数の人間を殺せた理由……なのか。



 ……あの時、あの場所で、人身売買が行われようとしていた。

 ハイディマリーは、支社長のヘルミーネが人身売買を指示したと疑っている。


 だとすれば、ヘルミーネはキースと接触した可能性があるってことか。

 おそらく、人身売買の実行犯たちの護衛を依頼するために。


 どう説得されたのか、それとも最初から協力的だったのか、キースはその依頼を引き受け、ビダオラへ。


 ヘルミーネは、ヘルヘイムの人間。

 だから、キースがヘルヘイムを守るために警察に何も喋らなかったんだと考えれば、一応辻褄は合う。


 ハイディマリーも、そう考えているようだし。


 ……でも、そうなると、一つ気になることがある。



「あの、話は変わりますけど、いいですか?」

「ええ。何?」

 ハイディマリーは私に顔を向ける。


「えっと、……キースさんはどうして、人身売買の片棒を担ぐようなことをしたんでしょうか。ヘルミーネさんに利用されたって話ですけど、あの人、ヘルミーネさんとも信頼関係みたいなものがあったんですか?」


 私の質問に、ハイディマリーは「ああ、その話……」と呟いて目を逸らす。


「……まぁ、信頼関係ってほどじゃないけど、仲は良かったんじゃないかしら。サイラスたちは、私の影響でヘルミーネさんを毛嫌いするようになったけど、あの子だけは違ったわ。あの子は、個人ではなく組織全体を見ていた気がするの」


 ヘルヘイム全てを、守る対象として見てたわけか。


「ヘルミーネさんの側近に、アールという警備隊長がいるんだけど、あの人はキースのことをとても気に入っていてね、キースもあの人を慕っているようだったわ。だから、キースをそそのかしたのは、ヘルミーネさんかアールさんだろうと、私は考えているの」



 ……キースは、実は良い人だったのかもしれない。

 そんなこと、ハイディマリーに会いにこの街に来てなかったら、一生知らずにいたことだろう。


 あいつに対する記憶は、女も平気でぶん殴る大量殺人者のままだったはずだ。


 いや、でも、多少印象が変わったとはいえ、その事実が変わることはない。

 あいつは犯罪者なんだ。

 罪を償うべきだという気持ちは、わずかも揺らいではいない。



「聞きたいことは、それだけ?」

 ハイディマリーはくるりと身体ごとこっちを向いて、首を傾げる。


「あ、はい。ありがとうございました」

 途中で話題を変えちゃったけど、正直、サイラスたちのことをもう少し詳しく聞きたかったかな、とは思う。


 でもまぁ、今全部聞かなくても、時間はたっぷりあるんだし、いいかな。


「あっ」

「?」

 突然、ハイディマリーは何かを見て顔を背け、フードの縁を引っ張った。


「どうしたんですか?」

「あれあれ」

 彼女は顔を隠しながら、空いている方の手である方向を指差す。


「……あ」

 そっちに顔を向ければ、今まさに、近くのベンチにある人物が腰を下ろしたところだった。


「あの人……」

 その人物には、見覚えがあった。確か、昼間……。


 そして、ハイディマリーがどうして顔を隠したのかを理解する。

 あの人なら、ハイディマリーの顔を知っててもおかしくないもんね。


「ボス。少しここで待ってて下さい」

「え? ちょっと、ティナ!」

 ハイディマリーの声を背中で受けつつ、私はそのベンチへと歩み寄った。




「身体の具合はどうですか?」

「え?」


 声をかけると、彼女は警戒心を含んだ瞳で私を捉えた。

 そして、すぐに何かに気付いたように目を丸くする。


「あんた、昼間の……」

「はい」

 頷く私に、その女性は不機嫌そうな顔になる。


 彼女は、昼間帰り道で出会った黒髪の娼婦だ。


「別に、具合なんて悪くないよ」

「でも、フラフラだったじゃないですか」

「あれは……」


 ぐう~、という音が、彼女の言葉を継いだ。

 娼婦は「あ」と漏らし、腹を押さえる。


「……もしかして、お腹が空いてたんですか?」

 すると娼婦は、鬱陶しそうに口を歪め、立ち上がった。


「あの……」

「忘れたの? あたし、もう構わないでって言ったよね?」

 苛立ち混じりの強い口調に、私は思わず口を噤む。


 娼婦はそんな私を横目で見て、「ふん」と鼻を鳴らすと、公園を出て行ってしまった。


 ……どうしてあの人、こんなところにいたんだろう。

 もしかして、この辺りに住んでるのかな。


 娼婦の姿を見送った後、私はハイディマリーのもとへ戻った。

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