表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/52

11-A

 翌朝、私はもやもやした気持ちを抱えたまま、出勤することになった。

 もやもやの原因は、昨夜宿に戻った後に、ハイディマリーから聞いた話にある。


 馬車を降り、支社へ向かう。




「……ん?」

 支社の門をくぐった私は、向かう先にある光景に足を止める。


 ヒルダと見知らぬ女の子の姿があり、ヒルダがその子に何かを言って聞かせているようだった。


「あ、ティナ。おはよう」

「おはようございます、ヒルダさん」

 歩み寄ってくるヒルダに挨拶を返し、彼女についてくる女の子へ視線を移動させる。


「この子が、昨日話した新人さんよ。ほら、挨拶しなさい」

 ヒルダに背中を押されて前に出たのは、わずかに茶色が混ざった黒髪を後ろで二つに結っている、小さな女の子。


「ティナお姉ちゃん。おはよう」

「あ、はい。おはよう……」

 子供らしい可愛い声。


 この子は、一体誰?

 問いかけようとヒルダを見る。


「名前も言わなきゃ駄目でしょ」

「あ、そっか。……はじめまして。私の名前は、リサ・クローデンです」

「! え……」

 クローデンって、ヒルダと同じ……。


「もしかして、ヒルダさんの娘さんですか?」

 ヒルダはにっこり微笑んで、「そうよ」と答える。


 ……娘か。うん、確かに似てるかも。


「今日は学校が休みだから、連れてきたの。家には、ほかに誰もいないし」

「そうなんですか」

 父親は、仕事かな?


 ヒルダはその場にしゃがみ、リサと視線の高さを合わせて話し始める。


「じゃあ、私はティナと仕事に行ってくるから。帰ってくるまで、会社の中にいなさいね」

「うん、わかった!」


 元気よく返事をするリサの頭を撫でて立ち上がったヒルダは、私を見て「じゃあ、行きましょうか」と歩き出す。


 彼女に続いて歩き始めた私の背に、「行ってらっしゃ~い」という声が触れた。

 ヒルダと私は振り返り、リサに「行ってきます」と手を振った。




 娼館街への道中、馬車に揺られながら、私はリサのことを話題に出す。


「リサちゃんって、いくつですか?」

「今年で10歳になるわ」

 10歳か……。


「じゃあ、今4年生ですか」

「ええ。ついこの間、始業式があったわ」

 ついこの間……。


「――あっ!」

 そこでようやく、私はあることを思い出した。


「ど、どうしたの、急に大声出して」

「え、あ……」

 こんなこと、ヒルダに言っても仕方ない。


「すみません。なんでもないです」

「なんでもないような感じじゃなかったけど?」

 私は必死に笑顔を作る。


「ホントに、なんでもないんです。気にしないで下さい」

 ヒルダは訝しげに首を傾げながらも、それ以上詮索してくることはなかった。



 ……それにしても、どうしてあんな大事なことを忘れてたんだろう。


 そうだよ。もう月が変わってるんじゃないか。

 弟たちは6年生になってる。


 いや、それも大事だけど、それよりもっと重要なことが……。



「ちょっとティナ! 大丈夫?」

「――! え? あ、えっと……」

 心配そうに顔を覗き込んでくるヒルダ。


「……大丈夫です。でも、ちょっと寝不足気味、かな。えへへ」

 嘘ですけど。


「もぉ。入社2日目でそんなんじゃ困るわよ? しっかりしなさい」

「はい。ホントすみません」

 はぁ。また考えることが増えちゃったなぁ……。


 でも今は、仕事に集中しなくちゃ。




 とにかく、余計なことを考えないように気合いを入れて、今日も警備の仕事に取り組んだ。


 まだ2日目だけど、娼館街は平和そのもの。

 まぁ、それは明るい時間だからかもしれないけど、退屈なほど何も起こらない。

 この時間に、警備員なんて要るんだろうかと思ってしまうほどだ。


 ただ、まだ働き始めて2日目だというのに、もう私のことを覚えてくれた人がいるのは嬉しかった。

 今まで、こんなことあまり無かったからなぁ。


 なんだか居心地がいいなと思う自分と、傭兵に戻らなきゃ駄目だという自分が、心の中で睨み合いを始めようとしている。


 まだほんのわずかだけど、悩みが生まれてる証拠だ。

 このままじゃ、マズいかも……。




 交代時間になり、支社に戻る。

 ヒルダは私を1階に残し、3階の警備部へ。少しして、リサを連れて戻ってきた。


 そして、昼食をとりに、一階奥の社員食堂へ向かう。ランチは無料らしい。




「あの、ヒルダさん」

 昼食を食べ終わる頃、私はふとあることが気になって、彼女に声をかけていた。


 ヒルダはコップの水をぐいっと飲み干してから、「なに?」と私に顔を向ける。


「ヒルダさんって随分若く見えますけど、いくつの時にリサちゃんを産んだんですか?」

 確か、リサは今年で10歳になるって言ってたよね。それにしては、母親のヒルダが若すぎるんじゃないか?


 するとヒルダは、ちょっと嬉しそうな顔になって口を開く。


「この子を産んだのは、15の時よ」

「えっ、15歳? じゃあ、私と同じくらいの歳の時に、お母さんになったんですか」

「そういうことになるわね」

 そう言って、ヒルダは隣でスープを飲んでいるリサに視線を移す。


「そんな歳で子供を作っちゃった私が悪いんだけどさ、結構苦労したよ。何しろ、女手一つで育てなくちゃいけなかったからね」

「え?」

 父親は? まさか……。


「お父さんは、私が生まれる前に死んじゃったんだって」

 聞くべきじゃないんだろうなと思っていたことに対し、リサが答えをくれた。


「そうだよね、お母さん」

 リサは、寂しそうな顔をすることもなく、むしろ明るい口調でヒルダの顔を見る。


 それに対しヒルダも、「ええ、そうよ」と優しい表情でリサの頭を撫でた。


「写真の1枚でも残してあげられたらよかったんだけど、あの頃の私たちは貧しくて、そんな余裕が無かったの」

「そうなんですか……」

 片親がいない寂しさは、よくわかる。


 だけど、幼い頃に母親を失った私と、生まれた時にはすでに父親がいなかったリサとでは、やっぱりそのことに対する意識というのは違ってくるのだろうか。


 ……少なくとも私は、母親がいないことを、リサのように明るく喋ることはできない。

 母が、どれだけ病に苦しんで死んでいったのかを、この目で見ているから。


「私、お父さんがいなくても平気だよ。だって、会社の人がみんな優しくしてくれるし。だから、全然寂しくないんだ」

 リサは、明るい笑顔でそう言った。


 でも、気のせいかもしれないけど、無理矢理そう自分に言い聞かせているようにも見えて、彼女の言葉を素直に受け止めることができなかった。




 昼食後、3階の警備部へ行き、勤務日誌をつける。


 昨日から私もつけるようになったんだけど、ほかの警備員の日誌を見てみると、やっぱり夜勤の人たちは、それなりにいろいろと面倒事に遭遇していることがわかる。


 酔っぱらいの迷惑行為やら、客同士の喧嘩やらがその大半を占めているけど、その中に“娼婦同士の諍い”というものが含まれているのが気になった。


「ヒルダさん。これってどういうことですか? 娼婦同士で、喧嘩になったりするんですか?」

 ヒルダのデスクまで日誌を持って行き、見せる。


 すると彼女は、「ああ、それね」と苦笑した。


「そういうのは大抵、野良娼婦が原因ね。勝手に娼館街に入ってきて客を取られたら、高級娼婦からしたらいい気はしないでしょ。それで、言い合いの喧嘩になるの。酷い時は、つかみ合いになったりするんだから」


 野良娼婦に、高級娼婦か……。

 昨夜ハイディマリーから聞いた名前を再び聞き、私は眉を寄せる。


「ところで、日誌は書けたのかしら?」

 ヒルダは私から日誌を奪い取り、パラパラとページをめくっていく。


「……まぁ、仕方ないわね。何も無ければ書くことも無いし」

 わずか数行の私の日誌を見て、ヒルダはまた苦笑い。


 その表情が急に締まり、煌めく双眸が私を射抜く。


「でも、気を抜いちゃ駄目よ? 何も起こらなくても、しっかりやる。警備員っていうのは、そういう仕事なんだからね」

「はい。わかってます」

 私の返事に、ヒルダの表情が緩む。


「じゃ、今日はこれで終わり。帰っていいわよ。ご苦労様~」

「はい。ありがとうございました。失礼します」

 バッグを肩に掛け、部屋を出る。




「!」

 その時、通路の奥、突き当たりにある部屋のドアが開いた。


 あそこは、……支社長室だ!

 思わず立ち止まり、出てくる人物を待つ。


「?」

 ところが、出てきたのは体格の良い、背の高い男性。もしかして、ヘルミーネの側近の人かな。


「見ない顔だな。制服を着ていないところを見ると、君が昨日入ったという新人か?」


 赤みを帯びた茶髪を綺麗に分けて撫で付けているその男性は、父より少し年上かなという感じ。体格や背の高さは、同じくらいかな。

 髪と同じ色の瞳には、優しげな光が宿っている。


 たぶん、若い頃はモテたんだろうなっていう外見だ。

 今も、かもしれないけど。


「あ、はい。はじめまして。私、昨日ここの警備部に配属になった、ティナ・ロンベルクといいます」

 自己紹介すると、男性は「こちらこそ、はじめまして」と言って右手を差し出す。


 差し出された手を握ると、彼も自己紹介を始める。


「私はアール・ラドフォード。この街の警備隊の隊長だ。よろしくな、ティナ」

 アール……。やっぱり、この人がヘルミーネの側近だ。


 じゃあ今、支社長室にはヘルミーネがいるんだ。

 昨日は会えなかったからな、ひと目でいいから会ってみたい。どんな人なのか知りたい。


「……あ、あの、支社長にも挨拶をしたいんですけど、大丈夫でしょうか」

 思い切って聞いてみると、アールは「もちろんだ」と白い歯を見せる。


 そして身を翻し、「ついてきなさい」と私の背中をぽんと押して歩き出す。

 私は返事をして、彼の後を追った。




「失礼します」

 ドアをノックするとすぐに返事があり、アールがドアを開けて先に入った。


「どうしたの、アール。何か忘れ物?」

 やや低めの、女性の声。


「いえ、そうではなくてですね」

 そう言って、アールは私の方を向いて入室を促す。


「……し、失礼します」

 さぁ、初めての対面だ。なんか緊張してきた。


「あら、その子は?」

「昨日入ったばかりの新人警備員です。挨拶がしたいというので、連れてきました」


 さらに一歩踏み出した私は、窓際の立派なデスクからこちらを見ている女性と顔を合わせる。


 榛色の髪は短く、銀縁メガネの下には切れ長の目。鼻が高く、顔は細い。

 見た感じ、それなりの歳だということはわかるけど、それでもかなりの美人だ。


 外見からは、人身売買を指示している悪人って感じはしないな……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ