#96 再現ワンマンライブ
それから数ヶ月後。
ついに、2年前に出したフルアルバムのGREAT ROCKとの契約期間が終わり、原盤側の取り分も、これからはlunatiへ入る。
そうなれば。当然、やることは1つだった。
いつもの月曜日。
いつものように家事を終え、5人がリビングへ集まったところで、綾坂がノートパソコンを開いた。
「せっかく独占期間が終わって、権利が戻ってきたんだからさ」
綾坂は画面に1stフルアルバムのジャケットを表示した。
「これ、もう1回ちゃんと売ろうよ」
「もう1回?売る?どゆこと?」
ユイが首を傾げる。
「2年前のアルバムでしょ?」
「だからだよ」
綾坂が笑う。
「あの頃lunati知らなかった人、今めちゃくちゃいるじゃん。アルバムの曲も、なかなかライブで披露できてないのもあるでしょ?」
確かにそうだった。
2年前。アルバムを出した頃と、今ではlunatiを知っている人の数が違う。最近ライブへ来るようになった客。ユイの弾き語りから知った人。ヒナの配信や切り抜きから流れてきた人。名前は知っているが、昔のアルバムまでは聴いていない人も多い。
いつしか新曲を小出しにしているうちに、アルバムの中でもライブで使いにくい曲もあったりして、それらはお蔵入りにしている状態だった。
「じゃあ、今後は昔の曲をセットリストにいっぱい入れていきますか?」
ヒナが聞く。
「いっぱいどころじゃない」
綾坂が答えた。妙案を思いついた顔をしている。
「フルアルバム再現ワンマンやろう」
「再現?どゆこと?」
ユイは全く要領を掴めていないようだ。
「アルバムの1曲目から最後まで、曲順そのまま全部やるの」
ハルナの顔も明るくなる。
「楽しそう!最近やれてない曲を多かったし」
「でしょ?」
綾坂が頷く。
「ライブ前にみんなアルバム聴く。ライブ終わった後もまた聴く。昔の音源をもう1回動かすにはちょうどタイミングだと思うの」
リョウヘイも納得する。
「しかも、こっからは再生ごとの収益が入る」
「そうそれ!」
綾坂が指を立てた。
「そしてその収益は家賃の一部になる!」
「急に生活感すご」
ユイが笑う。
「これは大事でしょ、再生されるたびに家賃が楽になるんだから」
綾坂はそのまま別の画面を開く。
「で、せっかくやるなら今回はちょっと勝負したい」
表示されたのは、ライブハウスの情報だった。
「今回はここ、xyz。アリノスよりもデカい箱だよ」
リョウヘイが読む。
「渋谷のあそこか、結構デカいな」
「うん。キャパはマックスで200人らしい」
一瞬、全員が黙る。
「200!?アリノスの倍ぐらいってこと!?」
ユイが声を上げた。アリノスより明らかに大きい。以前なら、候補にすら入らなかった規模だった。
「空いてる日、4ヶ月後にある。」
「かなり先の日程ですね」
「大手のライブハウスはどこもそんな感じだよ」
綾坂が続ける。
「もう日程を抑えようと思ってる。みんなどう?」
「もう決めてる顔してる」
ハルナが笑う。
「だって今なら挑戦できると思うし、悔しいじゃん!自分たちのアルバムで自分達が稼げないのは!」
綾坂は真面目な顔で4人を見る。
「アルバム再現っていう理由もあるし、4ヶ月あればバッチリ告知もできる。今作ってる新EPも、それまでに完成させれば新しい物販にもできる。ワンマン限定のグッズも作れる、綾坂の言う通りタイミングは悪くないよ」
リョウヘイが頷く。
「更に旧譜の再現ライブやって、新譜も持ってくわけだ」
「そういうこと」
「いいじゃん!」
ユイがすぐに乗った。
「200埋めようよ!」
「別に200人を完璧に呼ばなくても形にはなるよ。150人ぐらい入れば御の字だと思っといて、もちろんベストは目指して行くけどね」
全員の方向が決まった。
4ヶ月後、200人キャパのxyz。
2年前に出したフルアルバムの完全再現ワンマン。さらに、それまでに制作中のEPも完成させ、グッズもその日だけ買える限定品を作る。
「じゃあグッズも増やさないとね」
ハルナが指でグッズを数える。
「Tシャツ、タオル、アクキー……在庫確認した方がいいね」
「とにかくいっぱい作ろ!」
ユイが拳を上げる。相変わらず作れば良いと思っている。
ヒナも頷く。
「新しいシルクスクリーンの型も使えますからね。そろそろTシャツも追加の注文が必要です」
いつしかシルクスクリーンの型はかなりの量が増えて、様々な印刷パターンのTシャツを作ることが可能となった。
「その件なんだけど」
綾坂が妙に楽しそうな顔をした。
「……ん?なに?」
ハルナは綾坂に質問した。
「新しい物販、考えたの」
綾坂がテーブルの下から紙袋を取り出した。中から出てきたのは、小さなキャンバス。画材屋で売っているようなものではない。もっと安くて小さい。
「これみて」
「キャンバス?」
ハルナが手に取る。
「そう、100均のやつ」
「近所にお店あるもんね」
「駅前のね。まぁ、どこでも売ってるんだけど。ここにシルクスクリーンでlunatiのロゴと、EPのジャケットを刷る」
綾坂はキャンバスの表面を指差す。
「で、裏に1個ずつ違うダウンロードコード付きのQRシール」
「QR?ダウンロードカードの時みたいな感じ?」
ユイが言う。今では安定した収入源になっているライブ音源を収録したQRコード付きのカード。
綾坂曰く、このシステムを更に飛躍させたものだった。
実際は、媒体がカードからキャンバスに変わっただけだが。
「読み込んだらEPをダウンロードできるようにする」
綾坂がまだ白紙の真っ白なキャンバスを手に取りながら説明する。
「ストリーミングだけじゃなくて、ちゃんとスマホに入れてオフラインでも聴ける」
「ああ、まぁ。いいんじゃない?」
リョウヘイはよくわかっていないようだった。
綾坂の笑みがさらに深くなる。綾坂はリョウヘイの為にわかりやすいメリットを提示する。
「もちろん、それだけじゃない。曲を聴くだけならサブスクでできるからね。キャンバスを買ってくれた人には各パートだけ聴ける、ソロトラックも入れる」
「……各パート?ってことは…」
ユイが首を傾げる。
「ボーカルだけ。ギターだけ。鍵盤だけ。ベースだけ。ドラムだけ。それぞれのパラデータが収録されてて、単品で聴けるの」
「なっ!?」
ヒナの目が明らかに輝いた。
「ということは!私のギターだけ聴けるんですか?」
「聴けるよ」
「リョウヘイさんのドラムだけ聞いたりも…」
「もちろんできるよ」
「いやキモすぎだろ、味付け前の料理食わせるようなもんだろ」
流石にリョウヘイも笑う。
しかしハルナは興味深そうにキャンバスを見る。
「でも楽器やってる人なら、好きなパートだけ聴きたい人いるかも。音作りとか研究できるし。素材そのものの味がわかるよ」
「演奏をコピーしたい人にもいいですね。特にlunatiは楽器が強いバンドですし、価値は十分にあると思います」
ヒナが言う。
綾坂は更にメリットと叩きつけていく。
「更に個人利用ならDTMに入れてイジったりサンプリングしたりもできる。素材としてもフリーに使える。これは好きな人にはたまらないはず」
リョウヘイも少し興味が湧いてきた。
「確かに。ビートメイカーとかが俺のドラムの音をサンプリングしてくれたら嬉しい」
「でしょ?もしかしたら誰かがリミックスしてくれる可能性もある。まだ需要は読めないけど、欲しがる人は多いはず。ザックリだけど試算してみた」
小さなキャンバス、インク、個別コードのシール、袋を合わせて、原価は1個約400円。販売価格は3000円。材料だけ見れば高く感じるが、売っている中心はEPの音源とパート別データだ。価値は十分にある。
「同じQRを全部に貼ったら、1枚写真撮られただけで終わるからね。コードは1個ずつ分ける。完全には防げないけど、何もしないよりはいい」
「確かに…QRのリンクをSNSとかに共有されたら売れなくなっちゃうもんね。そこまで考えないと」
ハルナが感心したように言う。
綾坂はキャンバスを両手で持ち上げた。
そして、妙に熱を込めて自信満々で言う。
「つまりこれは現代版CDの新しい形ってわけ!」
全員が綾坂を見る。
「レコード、カセット、CDを経て、最後はQRコードになったの!ジャケットとしての機能はそのまま! 音はスマホに任せる令和版CDなの!」
「お、おお……」
リョウヘイは綾坂の勢いに驚く。
「これは売れる!絶対なの!」
綾坂はキャンバスを胸の前で構えた。
「まずウチが欲しいもん!」
「最後めっちゃ主観じゃん!」
正直。4人とも、まだ完成形はあまり想像できていなかった。小さなキャンバスにジャケット。裏にはQRコード。そこからEPをダウンロード。さらに各パートだけの音源まで入っている。CDなのか。グッズなのか。インテリアなのか。よく分からない。
「……やってみるか。欲しいもの作ろうぜ」
リョウヘイはよくわかっていないが、メンバーの自信のあるアイデアなら疑うことはなかった。
「綾坂がそこまで欲しいなら、少なくとも1人には刺さる」
「1人じゃダメでしょ!lunatiのファンはみんな欲しがるから、絶対だから!」
「じゃあ決定!よくわかんないけど、やろう!新グッズ作りながらライブに向けてスタジオ入らないとね!」
ユイが話を決めた。
また1つ、作るものが増えた。
4ヶ月、それは長いようで短い。
そこからの日々は、ライブに向けてライブをするような生活になった。普段の対バンは止めない。むしろ出る。ライブがあれば、MCで告知する。
月に1〜2回のペースでライブをして、ワンマンまでに新規のファンを増やしていく
「4ヶ月後! xyzでワンマンやります!」
ユイがステージから叫ぶ。
「2年前に出したフルアルバム、最初から最後まで全部やります!」
フライヤーをライブ終わりに配る事にした、物販にも告知を置く。
ユイはFULL MOONでも話す。ヒナは配信で告知する。切り抜き動画にも、さりげなく日付を入れる。ハルナはSNSで、2年前に曲を書いた時のことを少しずつ投稿した。綾坂は過去のライブ映像やレコーディング時の素材を掘り返し、短い告知動画へまとめる。リョウヘイも講師の仕事先で、興味を持ってくれそうな生徒にはワンマンの話をした。
そして家へ帰れば練習。グッズ制作。EP制作。またライブ。また告知。月曜日になれば5人で家事を終わらせ、そのままリビングが物販工場になる。
「Tシャツあと何枚?」
「黒20!」
「タオルこっち乾いた!」
「アクキーの金具足りません!」
「買ってくる!」
「キャンバス触らないで!まだ乾いてない!」
「もっと早く言って!」
部屋の一角には完成したグッズの箱が少しずつ積み上がっていく。
その横では、新しいEPの制作も進む。
そして防音室では、2年前のアルバムを最初から最後まで通すリハーサル。昔の曲。今では演奏の癖も変わった。音作りも変わった。2年前には難しかったフレーズが、今では簡単に感じることもある。逆に、当時の荒さが妙に格好よく聞こえるところもあった。
「なんか変な感じだな」
リョウヘイが言う。
「そうだね、自分たちの昔のコピーしてるみたい」
ハルナが笑う。
「でも今の方が圧倒的に上手いよ!」
ユイも胸を張って答えた。
「当然です」
ヒナは迷いなく言った。
「2年練習しましたから」
その2年間を.4ヶ月後。200人の前で、最初から最後まで鳴らす。
2年前に作ったアルバムを、今のlunatiで再現する。そして、そのライブをきっかけにまた音源を聴いてもらう。
その1再生から生まれる原盤収入が。今度は、これまでより多くlunatiへ入り家賃の一部になる。次の制作費になって、また次のライブへ繋がる。
2年前に作った作品を、2年後の自分たちがもう1度育てる。そんな4ヶ月が始まった。




