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96/99

#96 再現ワンマンライブ

それから数ヶ月後。  

ついに、2年前に出したフルアルバムのGREAT ROCKとの契約期間が終わり、原盤側の取り分も、これからはlunatiへ入る。


そうなれば。当然、やることは1つだった。


いつもの月曜日。

いつものように家事を終え、5人がリビングへ集まったところで、綾坂がノートパソコンを開いた。


「せっかく独占期間が終わって、権利が戻ってきたんだからさ」

綾坂は画面に1stフルアルバムのジャケットを表示した。


「これ、もう1回ちゃんと売ろうよ」

「もう1回?売る?どゆこと?」


ユイが首を傾げる。


「2年前のアルバムでしょ?」

「だからだよ」


綾坂が笑う。

「あの頃lunati知らなかった人、今めちゃくちゃいるじゃん。アルバムの曲も、なかなかライブで披露できてないのもあるでしょ?」


確かにそうだった。

2年前。アルバムを出した頃と、今ではlunatiを知っている人の数が違う。最近ライブへ来るようになった客。ユイの弾き語りから知った人。ヒナの配信や切り抜きから流れてきた人。名前は知っているが、昔のアルバムまでは聴いていない人も多い。


いつしか新曲を小出しにしているうちに、アルバムの中でもライブで使いにくい曲もあったりして、それらはお蔵入りにしている状態だった。


「じゃあ、今後は昔の曲をセットリストにいっぱい入れていきますか?」

ヒナが聞く。


「いっぱいどころじゃない」

綾坂が答えた。妙案を思いついた顔をしている。


「フルアルバム再現ワンマンやろう」

「再現?どゆこと?」

ユイは全く要領を掴めていないようだ。


「アルバムの1曲目から最後まで、曲順そのまま全部やるの」


ハルナの顔も明るくなる。

「楽しそう!最近やれてない曲を多かったし」

「でしょ?」


綾坂が頷く。


「ライブ前にみんなアルバム聴く。ライブ終わった後もまた聴く。昔の音源をもう1回動かすにはちょうどタイミングだと思うの」


リョウヘイも納得する。

「しかも、こっからは再生ごとの収益が入る」

「そうそれ!」


綾坂が指を立てた。

「そしてその収益は家賃の一部になる!」

「急に生活感すご」


ユイが笑う。


「これは大事でしょ、再生されるたびに家賃が楽になるんだから」


綾坂はそのまま別の画面を開く。

「で、せっかくやるなら今回はちょっと勝負したい」


表示されたのは、ライブハウスの情報だった。

「今回はここ、xyz。アリノスよりもデカい箱だよ」


リョウヘイが読む。

「渋谷のあそこか、結構デカいな」

「うん。キャパはマックスで200人らしい」


一瞬、全員が黙る。


「200!?アリノスの倍ぐらいってこと!?」

ユイが声を上げた。アリノスより明らかに大きい。以前なら、候補にすら入らなかった規模だった。


「空いてる日、4ヶ月後にある。」

「かなり先の日程ですね」

「大手のライブハウスはどこもそんな感じだよ」

綾坂が続ける。


「もう日程を抑えようと思ってる。みんなどう?」

「もう決めてる顔してる」

ハルナが笑う。


「だって今なら挑戦できると思うし、悔しいじゃん!自分たちのアルバムで自分達が稼げないのは!」

綾坂は真面目な顔で4人を見る。


「アルバム再現っていう理由もあるし、4ヶ月あればバッチリ告知もできる。今作ってる新EPも、それまでに完成させれば新しい物販にもできる。ワンマン限定のグッズも作れる、綾坂の言う通りタイミングは悪くないよ」


リョウヘイが頷く。


「更に旧譜の再現ライブやって、新譜も持ってくわけだ」

「そういうこと」

「いいじゃん!」

ユイがすぐに乗った。


「200埋めようよ!」

「別に200人を完璧に呼ばなくても形にはなるよ。150人ぐらい入れば御の字だと思っといて、もちろんベストは目指して行くけどね」


全員の方向が決まった。

4ヶ月後、200人キャパのxyz。


2年前に出したフルアルバムの完全再現ワンマン。さらに、それまでに制作中のEPも完成させ、グッズもその日だけ買える限定品を作る。


「じゃあグッズも増やさないとね」

ハルナが指でグッズを数える。

「Tシャツ、タオル、アクキー……在庫確認した方がいいね」


「とにかくいっぱい作ろ!」

ユイが拳を上げる。相変わらず作れば良いと思っている。


ヒナも頷く。

「新しいシルクスクリーンの型も使えますからね。そろそろTシャツも追加の注文が必要です」

いつしかシルクスクリーンの型はかなりの量が増えて、様々な印刷パターンのTシャツを作ることが可能となった。


「その件なんだけど」

綾坂が妙に楽しそうな顔をした。


「……ん?なに?」

ハルナは綾坂に質問した。

「新しい物販、考えたの」


綾坂がテーブルの下から紙袋を取り出した。中から出てきたのは、小さなキャンバス。画材屋で売っているようなものではない。もっと安くて小さい。


「これみて」


「キャンバス?」

ハルナが手に取る。


「そう、100均のやつ」

「近所にお店あるもんね」

「駅前のね。まぁ、どこでも売ってるんだけど。ここにシルクスクリーンでlunatiのロゴと、EPのジャケットを刷る」


綾坂はキャンバスの表面を指差す。

「で、裏に1個ずつ違うダウンロードコード付きのQRシール」


「QR?ダウンロードカードの時みたいな感じ?」


ユイが言う。今では安定した収入源になっているライブ音源を収録したQRコード付きのカード。

綾坂曰く、このシステムを更に飛躍させたものだった。

実際は、媒体がカードからキャンバスに変わっただけだが。


「読み込んだらEPをダウンロードできるようにする」


綾坂がまだ白紙の真っ白なキャンバスを手に取りながら説明する。


「ストリーミングだけじゃなくて、ちゃんとスマホに入れてオフラインでも聴ける」


「ああ、まぁ。いいんじゃない?」

リョウヘイはよくわかっていないようだった。

綾坂の笑みがさらに深くなる。綾坂はリョウヘイの為にわかりやすいメリットを提示する。


「もちろん、それだけじゃない。曲を聴くだけならサブスクでできるからね。キャンバスを買ってくれた人には各パートだけ聴ける、ソロトラックも入れる」


「……各パート?ってことは…」

ユイが首を傾げる。


「ボーカルだけ。ギターだけ。鍵盤だけ。ベースだけ。ドラムだけ。それぞれのパラデータが収録されてて、単品で聴けるの」


「なっ!?」

ヒナの目が明らかに輝いた。

「ということは!私のギターだけ聴けるんですか?」

「聴けるよ」

「リョウヘイさんのドラムだけ聞いたりも…」

「もちろんできるよ」


「いやキモすぎだろ、味付け前の料理食わせるようなもんだろ」

流石にリョウヘイも笑う。


しかしハルナは興味深そうにキャンバスを見る。

「でも楽器やってる人なら、好きなパートだけ聴きたい人いるかも。音作りとか研究できるし。素材そのものの味がわかるよ」


「演奏をコピーしたい人にもいいですね。特にlunatiは楽器が強いバンドですし、価値は十分にあると思います」

ヒナが言う。


綾坂は更にメリットと叩きつけていく。

「更に個人利用ならDTMに入れてイジったりサンプリングしたりもできる。素材としてもフリーに使える。これは好きな人にはたまらないはず」


リョウヘイも少し興味が湧いてきた。

「確かに。ビートメイカーとかが俺のドラムの音をサンプリングしてくれたら嬉しい」


「でしょ?もしかしたら誰かがリミックスしてくれる可能性もある。まだ需要は読めないけど、欲しがる人は多いはず。ザックリだけど試算してみた」


小さなキャンバス、インク、個別コードのシール、袋を合わせて、原価は1個約400円。販売価格は3000円。材料だけ見れば高く感じるが、売っている中心はEPの音源とパート別データだ。価値は十分にある。


「同じQRを全部に貼ったら、1枚写真撮られただけで終わるからね。コードは1個ずつ分ける。完全には防げないけど、何もしないよりはいい」


「確かに…QRのリンクをSNSとかに共有されたら売れなくなっちゃうもんね。そこまで考えないと」


ハルナが感心したように言う。


綾坂はキャンバスを両手で持ち上げた。

そして、妙に熱を込めて自信満々で言う。

「つまりこれは現代版CDの新しい形ってわけ!」


全員が綾坂を見る。


「レコード、カセット、CDを経て、最後はQRコードになったの!ジャケットとしての機能はそのまま! 音はスマホに任せる令和版CDなの!」


「お、おお……」

リョウヘイは綾坂の勢いに驚く。


「これは売れる!絶対なの!」

綾坂はキャンバスを胸の前で構えた。

「まずウチが欲しいもん!」


「最後めっちゃ主観じゃん!」


正直。4人とも、まだ完成形はあまり想像できていなかった。小さなキャンバスにジャケット。裏にはQRコード。そこからEPをダウンロード。さらに各パートだけの音源まで入っている。CDなのか。グッズなのか。インテリアなのか。よく分からない。


「……やってみるか。欲しいもの作ろうぜ」


リョウヘイはよくわかっていないが、メンバーの自信のあるアイデアなら疑うことはなかった。


「綾坂がそこまで欲しいなら、少なくとも1人には刺さる」


「1人じゃダメでしょ!lunatiのファンはみんな欲しがるから、絶対だから!」


「じゃあ決定!よくわかんないけど、やろう!新グッズ作りながらライブに向けてスタジオ入らないとね!」

ユイが話を決めた。

また1つ、作るものが増えた。


4ヶ月、それは長いようで短い。


そこからの日々は、ライブに向けてライブをするような生活になった。普段の対バンは止めない。むしろ出る。ライブがあれば、MCで告知する。

月に1〜2回のペースでライブをして、ワンマンまでに新規のファンを増やしていく


「4ヶ月後! xyzでワンマンやります!」

ユイがステージから叫ぶ。

「2年前に出したフルアルバム、最初から最後まで全部やります!」


フライヤーをライブ終わりに配る事にした、物販にも告知を置く。

ユイはFULL MOONでも話す。ヒナは配信で告知する。切り抜き動画にも、さりげなく日付を入れる。ハルナはSNSで、2年前に曲を書いた時のことを少しずつ投稿した。綾坂は過去のライブ映像やレコーディング時の素材を掘り返し、短い告知動画へまとめる。リョウヘイも講師の仕事先で、興味を持ってくれそうな生徒にはワンマンの話をした。


そして家へ帰れば練習。グッズ制作。EP制作。またライブ。また告知。月曜日になれば5人で家事を終わらせ、そのままリビングが物販工場になる。


「Tシャツあと何枚?」

「黒20!」

「タオルこっち乾いた!」

「アクキーの金具足りません!」

「買ってくる!」

「キャンバス触らないで!まだ乾いてない!」

「もっと早く言って!」


部屋の一角には完成したグッズの箱が少しずつ積み上がっていく。

その横では、新しいEPの制作も進む。


そして防音室では、2年前のアルバムを最初から最後まで通すリハーサル。昔の曲。今では演奏の癖も変わった。音作りも変わった。2年前には難しかったフレーズが、今では簡単に感じることもある。逆に、当時の荒さが妙に格好よく聞こえるところもあった。


「なんか変な感じだな」

リョウヘイが言う。


「そうだね、自分たちの昔のコピーしてるみたい」

ハルナが笑う。


「でも今の方が圧倒的に上手いよ!」

ユイも胸を張って答えた。


「当然です」

ヒナは迷いなく言った。


「2年練習しましたから」


その2年間を.4ヶ月後。200人の前で、最初から最後まで鳴らす。


2年前に作ったアルバムを、今のlunatiで再現する。そして、そのライブをきっかけにまた音源を聴いてもらう。


その1再生から生まれる原盤収入が。今度は、これまでより多くlunatiへ入り家賃の一部になる。次の制作費になって、また次のライブへ繋がる。


2年前に作った作品を、2年後の自分たちがもう1度育てる。そんな4ヶ月が始まった。

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