#95 もう2年も経つのか
シェアハウスをしてから2年ほどが経過した。
それからはそれぞれの仕事をしっかりこなしつつ、lunatiの活動を精力的に行なっていた。
いろいろドラマはあるが、地味で泥臭い毎日だったのは言うまでもない。
それでもライブをして、SNSを運用して、投資をして、着実にファンを獲得していった。
毎月のようにライブがありグッズもDIYの為、売り切れが続出している。
ファンもしっかり増やしていき、ライブハウス界隈ではそれなりに名が売れてきていた。
物販は、販売価格は相場ほどだが、DIYで原価を抑えた分かなり利幅が取れる。
小物やカードも安定して売れ続け、遂には家賃は基本lunatiが毎月稼いでくれるようにまでなった。
ある日のこと。
リビングのテーブルに、1通の封筒が置かれていた。
「これなに?ポストに入ってたけど」
ユイがポストから見つけてきたらしい分厚めの封筒。
宛先は書いてない。
「家のやつじゃないかな?」
ハルナが封筒を見る。
リョウヘイが受け取り、中身を開いた。数枚の書類。
そして、そこに書かれた金額。
「……たっけー!」
リョウヘイは思わず声が出た。
「なに?」
ユイが横から覗き込む。
「更新料…」
リョウヘイがガックリしながら答える。
「こうしんりょう?スパイス?買うの?」
「違う、賃貸は2年に一回家賃を2倍払うんだよ」
「は!?2倍!?なんか良いことあんの?」
「この家を借りる契約を更新するだけ」
「はぁぁぁぁぁぁああん!??」
ユイはブチ切れた。
リョウヘイが請求書をテーブルへ置く。家賃22万円。更新料22万円。さらに火災保険や保証会社の更新料、事務手数料などが重なって――。
「……更新月に出ていくのが、全部で53万。これで、その月の家賃と、この先2年分の賃貸契約を更新するんだ」
「53万も!?そ、そんな!せっかくlunatiの貯金があとちょっとで100万まで行きそうなのに!」
ユイが叫んだ。
リョウヘイも改めて請求書を見る。
「フリーザ……」
「何の話?」
ハルナが首を傾げる。
「あ、いや、こっちの話」
綾坂も書類を受け取り、しばらく眺めた。
「痛いけど、こればっかりは仕方ない……53万かぁ……うぅ、忘れてたぁ…」
ノートパソコンを開き、lunatiの口座残高を確認する。以前は数十万円を貯めるだけでも大変だった活動資金。ライブ、物販、配信。少しずつ売上を積み重ね、最近ではもうすぐ100万円というところまで来ていた。
ただし、2年間ずっと右肩上がりだったわけではない。
1年目。普段の対バンで経費を引いたあとに残るのは、月によって数万円。家賃を丸ごと払えたのは、大きなワンマンがあった月だけだった。
2年目。動員は少しずつ増え、物販の定番もできた。通常月の手残りは8万円から15万円ほど。家賃の半分をlunatiから出し、残りを5人で負担できる月が増えた。
対バン、配信、物販の売上が重なり、通常月でも活動経費を引いたあとに18万円から25万円ほど残るようになった。大きなライブの利益は使い切らず、口座へ残した。
最初の35万円が、翌月には15万円へ減ったような時期から、2年と少し。増えては機材や制作で減り、また増やす。その繰り返しで、ようやく100万円が見えるところまで来ていた。
綾坂は残念そうにスマホでlunatiの資産を確認していた。
「lunatiの財布からペイするしかないね……もうすぐ100万貯まりそうだったのに……はぁ……」
綾坂も100万という数字を楽しみにしていた。残念そうに振込操作をしている。
ユイがすぐに反応する。
「ルナペイだね」
「何が?」
「lunatiのお金でペイするから、ルナペイ」
「電子マネーみたいに言うな」
リョウヘイが突っ込む。
ハルナは笑いながら請求書を覗いた。
53万円、確かに重い金額だ。それでも
「またみんなで頑張って貯めようよ!今度こそ、100万円目指そ!」
そのピンチさえもハルナは楽しんでいるように見えた。
「そうですね!次はもっともっと貯金しましょう!2年後の次の更新の時に、余裕で払っちゃいましょう!」
ヒナも乗る。
「新しいシルクスクリーンの型もありますし、たくさんグッズを作って、たくさん売りましょう!」
「よーし!53万取り返すぞー!目指せ100万!」
ユイが拳を上げた。
貯金が目標なのは良いことだ。それに一度100万まで貯まれば、それ以下の数字は見たくなくなるのが人間の性だ。
リョウヘイは笑いながら、もう1度書類を見る。契約期間。更新日。その数字を眺めているうちに、ふと口から漏れた。
「ってことは……住み始めてもうすぐ2年と少しかぁ……いろいろあったなぁ」
一瞬。全員が静かになった。
「……2年」
ユイがリビングを見回す。
この家に引っ越してきた日。リビングはダンボールだらけだった。
最初の夕飯は、片付いていないリビングで宅配ピザ。あれから、もう2年近く経つ。
ユイがしみじみと呟いた。
「1年目は地獄だったねぇ……」
「特にアンタね」
綾坂が即答する。
「バイトクビになりすぎ」
「しょうがないじゃん!合う仕事なかったんだから!」
「何個辞めたっけ?」
「覚えてない!でも友達はいっぱい増えたよ!」
「それがもうダメなんだよ」
綾坂が笑う。ヒナも少し懐かしそうに言った。
「私も一年目はギリギリでした……」
「ヒナちゃんも最初、配信だけじゃ全然足りなかったもんね」
ハルナが言う。2人はシェアハウスでも基本家にいる組だったので、お互いの近況をよく話し合っていた。
お互いの成長を、お互いが感じ取っていた。
「はい……最初のうちは30人見てくれれば良い方でしたから。スパチャとか投げ銭なんてあり得ませんでした」
ヒナは少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。
「正直に言うと、1度だけお母さんから援助してもらったことがあります……」
当時のヒナは、スパチャだけでは生活費を賄えず、貯金を少しずつ削っていた。それを見かねたヒナの母親が娘を思い生活費をあげたことがあった。
ヒナは縋りつくしかなく、それが悔しかった。
今では配信にも火がつき、節約すれば自分の収入だけでも十分生活できるところまで来ている。
「私も……」
ハルナも少し遠い目をする。
「私もギリギリだったなぁ……」
「ハルナは貯金あったじゃん」
ユイが言う。
「貯金が減っていくのも怖いんだよ」
「……今なら分かる……」
ユイが妙に深く頷く。
「ユイちゃんも、ようやく貯金できるようになったもんね」
「減らしたくない……絶対に……新しいベース買うもん」
今ではユイも立派に貯金している。なんなら高いベースを買おうとしているぐらいだ。
ハルナが笑う。
「コンペも100回くらい落ちたもん」
「100回って、それはさすがに盛ってない?」
「盛ってない。数えてないけど、それくらいは余裕で落ちた気がする」
最初の1曲が決まるまで。作って。送って。落ちて。また作って。また送って。それでも根気よく続けた。
今では毎月何曲も依頼を受け、作曲の収入だけでも生活できるようになった。綾坂も懐かしそうにソファへ背中を預ける。
「そうだよねぇ、アタシも最初は余裕なかったなぁ」
少し考える。
「GREAT ROCK行ったり、アルバム作ったり、グッズ作ったり……大変だったなぁ」
「ライブもめっちゃしたな」
リョウヘイが言う。
「最初なんてノルマ10人で大騒ぎしてたじゃん」
ユイが笑う。
「してた!」
「今考えたら可愛い数字だな」
「でもあの時は必死だったよ」
ハルナも笑った。
10人呼べるかどうか。Tシャツが何枚売れたか。交通費を払ったらいくら残るか。そんなことを毎回みんなで計算していた。
今でも金の話はする。むしろ前よりする。ただ、扱う金額が少しずつ大きくなった。53万円が一気に消えると聞いても、また稼げばいいと思えるくらいには。
「……あ」
そこでリョウヘイが止まった。綾坂を見る。
「綾坂」
「ん?」
「2年……」
綾坂も一瞬、何のことか分からない顔をする。数秒。
「あ」
目を見開く。
「あ、そうか!」
ハルナも気づいた。ヒナも。最後にユイの顔まで変わる。そして。
「フルアルバムの原盤権!!」
5人の声が重なった。
2年近く前。GREAT ROCKから制作支援を受ける代わりに結んだ契約。当時のlunatiには、自分たちだけでアルバムを世に出すための大きな宣伝費を用意する余裕がなかった。
だから企業の力を借りた。
アルバムの制作自体は自分たちで行い、100万円相当の支援はMV制作50万円とプロモーション50万円へ回した。
その代わり、2年間。GREAT ROCK側にはアルバムの独占利用権がある。配信などから得る原盤印税を独占していた。その期間が、もうすぐ終わる。
綾坂が慌ててノートパソコンを引き寄せる。
「契約書どこだっけ……!」
「綾坂が管理してるんでしょ!」
「管理してるよ! 今探してんの!」
フォルダを開く。さらにフォルダ。契約関係。GREAT ROCK。綾坂の指が止まる。
「……あった!」
5人が一斉に画面へ集まった。契約開始日。そこから2年間。
「家の更新より少し後だけど……こっちももうすぐだ」
綾坂が言う。
「マジか……」
リョウヘイが画面を見る。当時は2年なんて、ずっと先の話だと思っていた。その頃までlunatiを続けられているのか。どこまで大きくなれているのか。何も分からなかった。
でも今はライブをしてグッズを売って、それぞれが音楽の仕事を作って。lunatiの財布には100万円が見えるところまで金が貯まっている。
ヒナが静かに画面を見る。
「……2年経ったんですね」
「あっという間だったね、忙しかったし」
ユイが言う。
ハルナも笑いながら契約書を見る。
「じゃあ、これでアルバムの原盤収入も、今までより多く自分たちに入るんだ」
「うん」
綾坂が頷いた。
「契約が終われば、今まで向こうに入ってた原盤側の取り分もlunatiへ戻る。定期的にlunatiの貯金に印税が入るようになる」
「おお……!」
ユイの目が輝く。
「結構デカいな」
リョウヘイも頷いた。
「そう。家賃は毎月20万、絶対に出ていくでしょ。まず固定費の一部をアルバムに稼いでもらう」
リョウヘイが笑う。
「昔作ったアルバムが、今度は俺らの家賃を毎月少し払ってくれるわけか」
「めっちゃ偉いじゃん、アルバム!」
ユイが言う。
ヒナも嬉しそうに頷いた。
「それなら、さらに生活が楽になりますね」
「うん。家賃の3分の1でも音源が毎月払ってくれれば、ライブとか物販で稼いだ分を今までより残しやすい」
5人が音楽を続けるために必要な、この家の固定費。その一部を、2年前に自分たちが作った音楽で払い続けられる。また1つ。5人の生活から、金に追われる理由が減る。
綾坂が画面を見ながら呟いた。
「……まあ、その前に53万消えるけどね」
「流石に53万は笑えないね…」
ユイが諦めた顔をしている。
「現実だから」
「せっかくいい感じだったのに!」
ハルナが笑う。
「また貯めようよ!」
ヒナも頷いた。
「はい。今度はもっと早く貯まると思います」
リョウヘイは請求書を指先で軽く叩く。
「また2年後に53万ぶっ飛ぶからな」
「……次はもっと計画する」
綾坂が珍しく申し訳なさそうに肩を落とした。
「完全に忘れてた……ごめん」
「綾坂でも忘れることあるんだな」
「2年に1回払うやつなんて、覚えてらんないよ……」
少し考えてから、綾坂はもう1度口座残高を見る。
「でも逆に考えれば、53万を常に残しとけば2年後も困らないって分かったってことだよね」
「確かに。逆に53万円を先に確保できれば安心だな」
リョウヘイが頷く。
「じゃあこれからは53万を貯金の最低ラインにしよ。そこは絶対に割らない。使っていいのは、それより上に貯まった分だけ。どうしてもの時は53万を切り崩せる」
ユイがニヤッと笑う。
「じゃあ今から2年後のルナペイ積立しよ!」
「その名前は採用しない」
「なんでよ!かわいいじゃん!」
また笑い声が起きる。2年前とは違う。53万円が消える。だから終わりではない。次は忘れずに備えればいい。ライブがある。物販がある。それぞれの仕事がある。そしてこれからは、2年前に作ったアルバムまで生活を支えてくれる。
リョウヘイは契約書を眺めながら、ゆっくりソファへ背中を預けた。
「もう2年も経つのか……」
長かった。でも振り返れば、あっという間だった。
これでまた2年、lunatiを続けられる。
活動費用だと思えば安いものだ。それだけの価値はこの家にある。
5人は全員で口座残高から53万円がなくなるのをパソコン越しに最後までしっかりと見守った。
もうすぐ終わります




