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94/99

#94 もうすぐ1年経つんだね

シェアハウスを初めてから1年が近づいていた。


とはいえそれからも、lunatiの日々は急には変わらなかった。ライブがあれば4人でステージに立つ。ライブがない日はリハーサル。その間に、それぞれ自分の仕事をする。


リョウヘイはドラム講師。ハルナは曲を書く。ヒナは配信。綾坂はフリーのオペレーターとしてアリノスや外部の現場へ出る。そしてユイは、この前からアリノスで働きながら弾き語りも続けていた。


相変わらずクソ忙しい。でも、以前とは違う。5人とも生活の中に占める音楽の割合が、少しずつ大きくなっていた。


そんな中でも、月曜日だけはできるだけ5人で予定を合わせる。朝から掃除。1週間分の買い出し。溜まった洗濯。冷蔵庫の中身を確認して、ハルナが作り置きをする。それが終わればlunatiの練習。

さらに最近は、そこへ物販制作まで加わっていた。


「ユイ!そこ押さえてろよ!」

「バッチリ押さえてる!」

「いくぞ!動かすなよ!」

「分かってるって!」


リビングのテーブル。広げられた黒いTシャツの上を、リョウヘイがスキージーで一気になぞる。ゆっくり版を持ち上げると、胸元にlunatiのロゴが綺麗に残った。

使っているロゴは一緒だが、デザインを拡張させている。DIYTシャツ第二弾だ。


「おおー!」

ユイが声を上げる。

「いいじゃん!リョウヘイうまくなったね!」


「今回は綺麗ですね」

ヒナも覗き込む。今回は、を強調しているように聞こえた。


「前のちょっと掠れてたもんね、売れたけど」

ハルナが言う。


「それはユイが途中で動かしたから」

「違う!リョウヘイが鈍臭いから!アタシのせいにしないでよね!」


「ユイとリョウヘイのペアは成功率低いなぁ」

綾坂は苦笑いしている。

「私と綾坂さんペアは完璧ですね!」

ヒナは自分の仕事に満足している。


今回はTシャツだけではなくタオルも新たに作った。


今回は色やサイズを変えながら少量ずつ作ることとなった。今回も大量発注するほどの余裕はない。

だから必要な分だけ、自分たちで作る。


最近では、小さなlunatiのロゴを使ったアクリルキーホルダーまで作り始めていた。印刷とカットだけは業者へ発注し、届いたアクリルパーツに自分たちで金具を付けて袋へ入れる。今回は150個。1個あたりの原価は金具と袋まで含めて約200円、販売価格は1000円にした。


「これ楽しい!」

ユイがアクリルの保護フィルムを剥がしながら言う。

「見て見て!めっちゃそれっぽい!」


「それっぽいっていうか、普通にちゃんとしたグッズですね。業者さんのと比べても遜色ないです。」

ヒナも作業を手伝っている。


透明なアクリルパーツに小さなロゴ。金具を取り付ければ、それだけで立派なキーホルダーになる。


綾坂が完成した物を手に取る。

「これなら小さいし、ライブ帰りに買いやすいね」

「Tシャツより単価低くできるしな」


リョウヘイも頷く。


「あと持って帰るの楽」

「それ大事だよね。こういう小物はずっと売れそうだね」

ハルナが袋詰めをしながら言った。


月曜日。休みのはずなのに、気づけば何かしらlunatiの作業をしている。それでも誰も嫌がらなかった。家事をしながら。飯を食いながら。練習して。グッズを作って。くだらない話をして笑う。


会社の会議室で仕事をしているわけじゃない。全部、自分たちの家で、自分たちのバンドのためにやっている。


面倒くさがる人はいても、嫌がる人はいない。まるで文化祭の準備のように楽しく作業していた。


「そういえばユイ、最近バイトどれくらい入ってんの?」

リョウヘイがキーホルダーへ金具を付けながら何気なく聞いた。アリノスでうまくやれてるか気になっている。


「週4……たまに週3かな」

「ほーん、いいな」


ユイはアリノスで働き始めてから収入も安定し、様子を見ながら少しずつバイトの日数を減らしていた。


月末は弾き語りの収入も少しある。作詞の印税も忘れた頃にやってくる。lunatiの活動費を自分で負担する必要も減った。その分、週5で働く必要がなくなった。そこまでは良かった。


「ってかマキさん、めっちゃこき使うんだけど!」


ユイが突然訴えた。綾坂が吹き出す。

「でしょ?あの人、自分が働きたくないから人を雇ってんのよ。ウチが掃除とかしてる時もタバコ吸って話してるだけだもん」


「あれやれ、これやれってうるさいクセにいつも喋りかけて来て邪魔してくる!あれなんなの!?」


マキはほとんど働かない。

受付、ドリンク、PA、照明。常にバイトや外注を確保して自身はライブをずっと見てるだけ。

時折バーカンで酒を勝手に作り出して自分で飲む。そしてドリンクのスタッフに絡んだり、受付のスタッフに絡んだり、客と話したりして毎日のイベントを自身が一番楽しんでいる。


仕事といえば、たまにやる照明のオペと月末のフルムーンぐらい。それ以外はいちいちダル絡みしてくる面倒くさい店長として従業員の中では好評だった。


「マキさん、常に暇なんだよ。喋り相手が欲しくて人を雇ってるのかもね」


「受付やって、ドリンクやって、物販手伝って、転換まで手伝わされる!今日なんて機材の搬入と搬出まで手伝わされた!」


「それは普通にライブハウススタッフじゃん」

綾坂は笑ってしまった。


「あと酔っ払いの相手!なんで毎日酔っ払い大量発生してんの!?」

「それも仕事。アリノスで呑んでくれたんだから、愛想良くしな」

「綾坂よく平気だったね!?」

「ウチはバーカンで客と喋るより、卓触ってる方が多かったから」

「ずるい!」

「技術職ですので」

得意そうに言う綾坂に、ユイが睨みを送る。


「でもユイちゃん、楽しいんでしょ?クビになる気配がしないよ」

ハルナがニコニコで聞く。


「楽しい!毎日ライブの現場見れてマジで勉強になる!昼過ぎに出勤なのも寝坊しないから安心!」


全員が笑う。もうユイは大丈夫かもしれない。みんな一安心した。


そして、月末の月曜日。

ユイには、いつの間にかもう1つ予定が増えていた。ある日、ユイがスマートフォンを見ながら呆れたように口を開く。


「マキさんから『今月もFULL MOON出るからよろしくね』って連絡きた」


ハルナが笑う。

「もう決定事項なんだ。もうすっかりレギュラーだね」


「それな!アタシ一言も出ますってまだ言ってないのに!」


リョウヘイが聞く。

「で、出ないの?」

「出るけど!」

即答だった。


「社長命令じゃ……し、仕方ないでしょ…!」

なんやかんや、ユイはマキの事が大好きになっていた。


ハルナが笑う。

「優秀な部下だね」

「でしょ!」


そう言いながら、ユイはすでにスマートフォンの予定表へ『FULL MOON』と入力していた。ヒナがその様子を見て小さく笑う。


「ユイさん、出る気満々ですね」

「まあね!ギターもかなり弾けるようになってきたしね」

「十分に血を吸ったギターは、良い音で鳴りますよぉ…」


最初の頃のように怯えることも、もうなかった。月末の月曜日にアリノスで弾き語りをする。それはいつの間にか、ユイの毎月の予定の1つになり始めていた。


弾き語りを見に来てくれる客も、少しずつ増えていた。最初に来てくれたlunatiのファン。そこからFULL MOONでユイを知った客。他のアーティスト目当てで来たはずなのに、次の月もユイを見に来てくれる人。


「最近、普通にユイ目当ているもんな」

リョウヘイが言う。


「ふふん!最近は路上ライブで宣伝もしてるからね!」

ユイが嬉しそうに頷く。

「それに!『バンドも見てみます』って言ってくれる人もいるんだよ!」


「逆流も起きてるんだ。すごいじゃん、ユイ」

綾坂が感心してユイを褒めた。

ギターを渡して良かったと、心から思った。


lunatiのファンがユイの弾き語りを見る。ユイの弾き語りを見た人がlunatiを知る。別の活動に見えて、少しずつ繋がっていた。



ーーーーーーーーーーーーー



そして次の月曜日。

2階からヒナが勢いよく降りてきた。珍しく、かなり興奮している。


「ききき、聞いてください!」

リビングでくつろいでいた4人が一斉に振り向く。


「どうした?」

リョウヘイが聞く。


「この前のFULL MOON以降の同接がすごいんです!」

ヒナは嬉しそうにスマートフォンを見せた。


「私、プチバズしてます!」


「ふふん!この前のFULL MOONのMCでヒナの事もバッチリ宣伝しといたよ!」

ユイが笑う。


「ユイさん…!おかげでギターの配信も動画もショートもめっちゃ伸びてます…!ありがとうございます…!ありがとうございます…!」


ヒナは何故か泣いてしまった。

よほど嬉しいのだろう。


ユイの弾き語りをきっかけにlunatiを知り、そこからヒナの配信へ流れてきた人たち。さらにヒナが始めた切り抜き動画から新しい視聴者も増え、ようやくギター配信そのものに火がつき始めていた。


以前は30人から40人ほどだった同接も、今では100人前後を安定して超える日がある。スパチャも明らかに増えた。


ヒナは恥ずかしいそうにしながらも、嬉しさを堪えられない。

「先月も今月も、配信サイトの手数料を引かれて10万円くらい入ってきました!」


「10万!?」

ユイがすぐに反応する。


「アタシのバイト代と一緒くらいじゃん!」

「ユイさんはそれと弾き語りのギャラがあるじゃないですか!」


「まーね!」

ユイが得意そうに胸を張る。


「先月はちょっと投げ銭少なかったけど……」


ヒナはもう1度、自分の配信収益を眺める。

「毎月これくらいあれば、私、全然生活できます」


そもそもヒナは必要な物以外にあまり金を使わない。


家にいればギターを弾いているか配信をしている。それでも、配信収入には月ごとの波がある。一時的に良かったというだけで、生活の固定費を任せるにはまだ早かった。


「あと3ヶ月、その水準が続いたら安心して良いと思うよ」

綾坂が言うと、ヒナは少し悔しそうに、それでも素直に頷いた。


「そうですね、油断せず続けます!」


普段の配信で10万あれば、ヒナの生活は回る。更にlunatiからのギャラがあれば、貯金に回せる。

ヒナの生活はもうすぐ完成を迎えようとしていた。

 

ヒナは折角なのでリョウヘイの近況も聞くことにした。

「リョウヘイさん、もう講師業辞められるんじゃないですか?最近は他のバンドからのサポートの依頼もあるようですし」


「いいんだ、講師は好きでやってるからな」

リョウヘイは即答した。


「今は週4だし、このくらいなら全然続けられる。休みも作ろうと思えば作れる。空いた時間にドラムも叩けるしな。金も稼げて練習もできる、最高だろ?」


「ふふ、最高ですね」

ヒナは笑って答えた。


ドラム講師を続けていれば腕は落ちない。それなりに安定した金額も稼げる。毎月ステージでドラムを叩ける。たまに貯金もできる。

このサイクルはリョウヘイにとっては、かなり理想に近い生活だった。


「俺はもうこれでほとんど完成してるよ」

「完成?」

「生活の形がな。ま、講師が週1か2くらいになったらもっと嬉しいけど」

「なんでですか?」

「なるべく早起きしたくない」


話を聞いていたハルナが吹き出した。

「リョウヘイくんらしいなぁ」


「朝弱いんだから仕方ないだろ」


「バンドマンは基本夜行性だからね」

綾坂も笑う。


リョウヘイはそのままハルナを見る。

この流れでハルナの近況も聞いておこうと思った。

「ハルナはどうだ?」

「えっ。私?」

「今月、曲の仕事どれくらい?」


ハルナの顔が少し明るくなる。

「今月は4曲、アニメの曲もやるよ」

「おお!すごいな!」


最初は1曲3万円からスタートした。

リテイクに追われながら、ようやく納品した仕事だった。最初の採用から半年以上。そこから継続で依頼が入り、少しずつ単価も上がっている。


「じゃあ結構いくんじゃない?」

ユイが聞く。ハルナは少し計算する。


「私は月収15万くらいかな。もちろん月によるけど」


「15万!」

「でも、ここから税金や保険の分を残すから、8割ぐらいが手取りかな」


その言葉を聞いた瞬間。ユイの表情が曇った。


「すごいなぁ……税金……」

「はい……」


ヒナまで急に元気がなくなる。ユイとヒナは、健康保険や年金、確定申告の手続きを今も親や綾坂に教えてもらっていた。だが、手続きを手伝ってもらうことと、払う金が消えることは別だった。


「配信も作曲も、口座に入った額がそのまま手取りじゃないからね」


綾坂がノートパソコンを2人へ向ける。


「個人で受けた音楽の仕事は、それぞれで記録する。迷うなら入金の2割は使わずに別へ避けておいて。税金や保険で足りなければ増やす。余ったら、その時初めて自分の金」


「また使えないお金が増えた……」

ユイが肩を落とす。


「あとから足りないよりいいでしょ。貯金すると思ってやるべきだよ」


「……はい」

ヒナは自分の銀行アプリの10万円を見つめ直し、少し名残惜しそうな顔で2万円を別口座へ移した。


綾坂がノートパソコンから顔を上げる。

「しかし税金高いよね……」


リョウヘイは間髪入れずに頷いた。

「ほんとそれな、年金なんか払ってられるか」

急に声に実感がこもった。


「なんでそこだけそんな力強いの?」

ハルナが笑う。


「滞納するようになると分かる」

「えっ、リョウヘイくん」

「前世の話な」


また笑い声が起きる。そのあとハルナは、単発の仕事をこれ以上入れないと決めた。作曲の売上が3ヶ月続けて生活費の目安を超え、もし依頼が減っても半年ほどは持つ貯金が残っていたからだ。リョウヘイが言う。


「じゃあ今日から、作曲家がハルナの本業だな」


ハルナは少し驚いたあと、ゆっくり笑った。

「……本当に作曲家になれたんだ」


最初の3万円から、急にここまで来たわけではない。落ちたコンペの数の方が多い。依頼が0の月も、単発の仕事で埋めた月もあった。それでも1曲ずつ納品し、次の依頼へ繋げ、ようやく本業と呼べるところまで来た。



「思えば、もうすぐ1年経つんだね。みんなと暮らし始めて」

「そうか、もうそんなに経つのか」


少し前までは。誰がどれだけ稼げているか。どうやって生活費を作るか。そんな話をするたびに、どこか切実さがあった。


でも今は違う。ヒナは配信で半年平均6万円台。直近2ヶ月だけは10万円ほど。 


ハルナは作曲で月12万から15万円前後を3ヶ月続け、5人の中で最初に、別の単発仕事をやめて作曲一本へ切り替えた。


綾坂はフリーのオペレーターとして仕事を増やしている。仕事量は自分で決めれるため、かなり自由に立ち回っている。


リョウヘイは好きなドラム講師を続けながらlunatiをやる。リョウヘイの場合はもはや不足はない。あとはlunatiを頑張るだけ。


ユイもアリノスで働き、毎月FULL MOONへ出るようになった。ライブハウスの時給は安いが、バンドからのギャラと自身の弾き語り、たまにやる路上ライブで波はあるが以前よりは安定している。



それぞれ安定した仕事、変動する音楽収入、貯金を組み合わせて暮らしている。全員まだ途中だった。収入だって毎月同じではない。


それでも。音楽で生活する。


引っ越してきた日に5人で口にした目標は、ハルナを先頭に、ようやく現実の話へ変わり始めていた。

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