#89 満月ワンマン
ワンマン当日。
ここまで来たら、最悪誰でもよかった。リョウヘイはこれまでライブで仲良くなったバンドマンたちにも片っ端から連絡を入れていた。
『ゲスト出すから来てくれ』そんな誘い方までして、リョウヘイはとにかくフロアを埋めたかった。
その話を聞いたユイが首を傾げた。
「なにゲストって?」
「半額、またはドリンク代だけで入れる、友達価格みたいなやつ。家族とか業界関係者に使うのが基本ルールなんだけど…」
綾坂が説明する。
「代わりに、ゲストで入った分はlunati側のチケット売上にはならないよ」
「ちょっともー!なにやってんのリョウヘイー!ちゃんとチケット売らなきゃ!」
ユイがリョウヘイを見る。
「絶対家賃稼ぐって言ってるでしょ!」
「バカやろう。ワンマンはフロアを埋めなきゃマイナスプロモーションなんだよ」
リョウヘイは悪びれずに答えた。
「それにゲストは同じバンドマンだけに限定してる。みんな金ないけど、ライブハウス遊びに行きたいじゃん。巡り巡って俺らも遊びに行けるかもしれないし」
「まあ、バンドマン限定なら分かるけど……」
綾坂が横から続ける。
「それにお前ら、スッカスカのワンマンの写真を客がSNSに上げられたらどうだ?」
ハルナが少し想像して、顔をしかめた。
「……売れてない感がすごいね」
「確かに……想像しただけで吐き気します……」
ヒナまで青い顔をする。
「そうだろ?むしろパンパンの写真がたくさんアップされてたら、売れてる感も演出しやすいだろ?」
綾坂が頷く。
「ちょっとずるいけど、使えるもんは使わないとね。それに、ライブハウスが遊び場の金なしバンドマンから、同業者のウチらが吸い上げても意味ないでしょ」
「言い方!」
ユイが突っ込む。
「それならバンドマンがライブ終わりにここで追加でもう1杯お酒飲んでくれた方がいい。箱にも金落ちるし」
「なるほど……確かにそうだね。バンドマン、お酒好きな人多いもんね。そんなおいしいのかな?」
ハルナが頷いた。
ちなみにlunatiはリョウヘイを含め、全員が未成年だった。
「たくさんの人にライブもライブハウスも楽しんでもらえたら、それは最高の空間ですね」
ヒナのピュアが全開だ。
チケットを満額で売ることだけが正解ではない。今日の目的は、ワンマンそのものを成功させること。150人のフロアを、できるだけ埋めること。GREAT ROCK。フルアルバム。ここまで積み上げてきた勢いを、今日の光景で止めるわけにはいかなかった。
「で、綾坂!取り置きは!?最終どうなった?」
ユイが勢いよく綾坂のノートパソコンを覗き込む。
「今見てる……」
綾坂が予約管理画面を更新した。
「102!うん、これなら十分ワンマンできるよ!」
「すっご!100人超えたの!?」
ユイの声が跳ねる。ヒナも嬉しそうに画面を見るが、すぐに客席の方へ視線を向けた。
「でも、150には届いてません……ソールドアウトには届きませんでした……」
「ゲストで10人ぐらい来る」
リョウヘイが答える。
「予約は当日来なくなる人もいる。実動100人を超えたら、初ワンマンとしては十分成功だよ」
綾坂がフロアを見ながら続ける。150人は、あくまで安全に入れられる最大人数だ。そこへ届かなかったからといって、102人の予約を150人と呼ぶことはできない。
「ソールドアウトにはしない。当日券ありで、最後の1人までちゃんと呼ぼう。引きの写真もいっぱい撮っておくから、満員御礼ってことにしておこう」
「そっちの方が気持ちいいな。要は言い方次第なワケだ」
リョウヘイが頷いた。ハルナはすぐにスマートフォンを取り出す。
「じゃあ『当日券あります』って載せるね」
「初ワンマンで100人って、普通にすごいもんね!アタシ全然嬉しい!」
ユイが笑った。今のlunatiにとって一番大事なのは、満員に見せかけることではない。今日ここへ来た人たちに、次も見たいと思える熱のある景色を作ることだった。
開演時間。ステージ袖で待つ4人のイヤモニに、綾坂の声が入った。
『それじゃ入場のSE流すね。みんな1人ずつ、ゆっくりカッコつけて出てきて』
4人が思わず笑う。
『笑ってないで。こういうのは雰囲気だから』
照明が落ちた。同時に入場SEが流れ始め、暗くなったフロアから歓声が上がる。
その音の中を、1人ずつステージへ出ていった。ヒナ。ハルナ。リョウヘイ。最後にユイ。長い拍手と歓声に迎えられながら、それぞれが自分の位置につく。
リョウヘイはドラムスローンへ座り、客席を見渡した。人がいる。前から後ろまで、ちゃんと人の顔が見える。150人のキャパを完全に埋めたわけではない。それでも、スカスカなんて言葉とは程遠かった。何ヶ月も前なら想像すらできなかった景色だった。
ヒナがギターを構える。ハルナが鍵盤へ手を置く。ユイがベースを肩にかけ、マイクの前に立つ。イヤモニから、もう一度綾坂の声。
『みんな、いつも通り。楽しんで』
4人が頷いた。ユイがベースを高く掲げる。
「みんな準備はいいーー!?」
一気に歓声が膨らんだ。入場SEも頂点へ向かう。その瞬間。ユイがベースを振り下ろした。4人が同時に、強烈な1音を鳴らす。ドンッ、と空気が押し出された。客席が沸く。lunati初のワンマンライブが始まった。
セットリストは、完成したばかりのフルアルバムを軸に組んでいた。基本はアルバムの曲順。そこへ、これまで何度もライブで演奏してきたEPの曲を挟んでいく。
配信されたばかりのアルバム曲なのに、イントロが鳴った瞬間に歓声が上がる。歌い出しを待っていたように身体を揺らす客もいる。その反応が、4人には嬉しかった。画面の向こうで増えていた再生数が、今は目の前の人間になっている。
いつもの30分ではない。今日は1時間20分。曲を重ねても、まだ終わらない。汗だくになっても、次がある。その長ささえ楽しかった。
途中のMC。ユイがマイクを握った。
「正直、今だから言えるけど!」
リョウヘイはその時点で嫌な予感がした。ユイは満面の笑みで続ける。
「GREAT ROCK、機材手持ちで運ばされてさ!」
客席から笑いが起きた。
「車で行ったのに!正規のアーティストさんたちはみんな車で入ってくの!待遇ひどいってマジで!」
さらに大きな笑い。言っていることだけなら、かなりの悪口だ。それなのにユイがあまりにも楽しそうに喋るせいで、不思議と嫌味に聞こえない。むしろ客席は続きを待っている。
「ユイちゃん、関係者さん来てるかもしれないから……!」
ハルナが慌てて止める。
「……あ」
ユイの顔が固まった。
「い、今のなし! GREAT ROCK最高!」
一気に笑いが広がる。
リョウヘイも苦笑しながらマイクへ口を寄せた。
「ユイ、さっき挨拶しただろ……」
「あ、さっきの人?そ、そうなんだぁ…」
また笑いが起きた。
その横で、ヒナが静かにマイクへ近づく。
「じゃあ、私たちにあんな待遇をさせてしまったことを後悔させないといけませんね、ユイさん!」
一瞬の間。そのあと、今日一番と言っていい歓声が上がった。
そういえばMCでヒナが喋るのは初めて見た。ワンマンだからか、彼女なりにバイブスを伝えようとしているのだろう。
ユイが勢いよくヒナを指差す。
「そ、そう!それそれ!」
そして客席へ向き直る。
「そしてこれからも引き続きお世話になりまーす!」
再び大笑い。
「次の曲いくぞーー!」
「ユイちゃん、次の曲、私が歌うやつ…」
歓声が返ってくる。リョウヘイがスティックを上げた。カウント。次の瞬間、4人の音がまたフロアを埋める。今度はさっきまでコーラスだったハルナがメインボーカルに回り、ヒナがギターを弾きながらコーラスも担う。
アルバム曲は綺麗に半分ずつ、ユイとハルナがメインボーカルを務めた。
ボーカルが変わることで一気に雰囲気も変わる。
ライブ中盤で疲れてきたフロアに、柔らかい音で癒しを与えた。
アルバムを作って。フェスに出て。散々な扱いに文句を言って。その全部を、今は笑い話にしながらステージに立っている。1時間20分。長いはずだった時間は、始まってしまえば驚くほど短かった。
最後の曲を叩き切った時。リョウヘイは、自分たちが初めてワンマンをやり切ったことよりも、目の前の客がまだlunatiを見ていることの方が、ずっと嬉しかった。
ライブ終了後。ハルナが楽屋へ戻った瞬間、鍵盤ケースの横にしゃがみ込んだ。
「はぁぁぁぁ……やりきったぁぁぁ!」
普段のハルナからは珍しいくらい、興奮した声だった。
「最後やばかったね、ハルナ!超声出てた!」
ユイも汗だくのまま笑っている。
「お2人とも、息を整えてください。喉はまだ大丈夫ですか?」
ヒナが冷静に聞く。
「え?」
ユイとハルナが同時に振り返った。
その時。閉じた楽屋の扉の向こうから、まだ拍手が聞こえていることに気づいた。一向に止まらない。リョウヘイが笑う。
「どうやら、おかわりみたいだ」
アンコール。予想していなかったわけじゃない。やる曲もちゃんと決めていた。それでも、実際に自分たちを呼ぶ拍手を聞くと嬉しかった。ユイが勢いよく立ち上がる。
「よし!サービス残業だー!」
「ユイちゃん、言い方」
ハルナが笑いながら立ち上がった。4人は再びステージへ戻る。アンコールも最後までバッチリやり切った。最後の音が消えたあと、ユイはマイクを握る。
「ありがとー!物販で待ってるねー!」
大きく手を振りながらステージを去った。
楽屋へ戻ると、綾坂が笑顔で迎える。
「お疲れ様!よかったよ!MCも最高!もっと言わなきゃ!」
「あれ以上は無理。マジで炎上する」
リョウヘイが止める。
「物販いこ! ハルナ!」
「うん!」
「今日は私も…!」
ヒナまでギターを置いて立ち上がった。
綾坂がリョウヘイを見る。
「アンタは?」
「え、いいよ。片付けとかあるし」
「ワンマンなんだから後でいいよ。ほら、ファンサしてこい」
「えー……俺、そういうの苦手なんだよなぁ……」
そう言いながらも、結局リョウヘイも3人の後を追った。珍しく4人全員が物販に立つ。すると、思っていた以上にリョウヘイのところへ客が集まった。
「今日もドラムめちゃくちゃよかったです!」
「いつもライブ見てます!」
「ずっと話したかったんです!全然物販に出てこないし!」
リョウヘイは笑う。
「いつもありがとね。みんなのおかげだよ」
だいたい、それしか言えない。それでも、普段ほとんど物販に立たないリョウヘイと話したいのも含めて、商品を買いに来る客も多かった。
それはどうやらヒナも同じなようで、コミュ症を全開にしながらも客と話している。
「リョウヘイさん、サインください!」
1人の男性が声をかけてきてくれた。この人は初期からlunatiのライブによく来てくれる常連さんだった。
「もちろんっす」
リョウヘイがダウンロードカードを受け取る。その瞬間。
「サイン!?アタシも書いていい!?」
ユイが横から飛び込んできた。
「もちろんです!メンバーみんなのサインほしいです!」
「よっしゃ!」
「私も考えてたやつがあります!」
ヒナもペンを取り出す。
「実は私も……」
ハルナまで続いた。
「みなさん書いてください!ワンマン来てよかったー!」
結局、1枚のダウンロードカードに4人分のサインが並んだ。男性はとても喜んでまたライブに来ることを誓ってくれた。
それを見た別の客も欲しがる。さらにその後ろの客も。いつの間にか、物販には列ができていた。
しばらくして。最後の客を見送り、ようやく物販が落ち着いた。そして――いつものだ。
「さぁて、清算といこうかねぇ、lunati」
マキに呼ばれ、5人はいつもの精算スペースへ向かった。マキは予約表と当日の受付記録を照らし合わせる。
「取り置き102のうち来場92。当日が9。ゲストが10。総動員は111人だったよ。すごいじゃないか!」
「111人……」
ハルナが小さく呟く。
150人には届かなかった。それでも、初めてのワンマンとしては十分すぎる景色だった。
ユイが受付記録を覗き込みながら、ふと首を傾げる。
「前から思ってたんだけど、この当日券ってなんなの?予約すんの忘れてた人?」
「ま、そういうやつもいるけどな」
リョウヘイが答える。
するとマキが笑った。
「ほとんどがアリノスの客さね、この前ウチで飲みに来た奴にlunatiを売っといたのさ。酔狂なやつらでね。ライブを肴に酒を飲むのが好きなのさ」
「いつの間にか晩酌の相手させられてる!?」
ユイが驚く。マキは楽しそうに笑いながら、再び電卓へ視線を戻した。
「予約は10人来なかった。ゲストもバックなし。有料来場101人分を、いつもの条件で計算して――」
何度か電卓を叩き、封筒を差し出す。
「はい。チケットバック、15万1500円」
「15万……!チケットバックだけで……!」
ユイが封筒を見る。
ただし、今日はまだこれで終わりではない。
「ありがとうございます」
綾坂がマキから封筒を受け取り、その場でノートパソコンを開いた。今度は自分たちの番だ。物販の在庫数。現金。キャッシュレス決済。1つずつ照合していく。
「Tシャツが……これで、カードが……」
4人が綾坂の周りへ集まる。
「どう?」
ユイが待ちきれずに聞く。
「ちょっと待って。今やってる」
綾坂が最後の数字を入力した。そして、一度画面を見直す。
「……物販、18万4000円」
「えっ!そんな!?忙しくて全然数えてなかった……」
ハルナが目を丸くする。
「そんな売れたんですか!?」
ヒナも驚く。
「今日4人とも物販立ったのデカいね。特にリョウヘイとヒナっちがいたのも効果があったと思う。今後はワンマンだけでも4人で物販やった方がいいかもね」
綾坂が笑う。
「てっきり、客はフロントマンのユイやハルナを見てると思ってたけどな」
リョウヘイは不思議そうに呟いた。
「ウチも最初は思ってたけど、これは嬉しい誤算だね。バンドはもちろんだけど、メンバーそれぞれにしっかりファンがついてる。」
更に綾坂は続ける。
「サイン始めてからカードの売り上げが一気に伸びてる。サイン欲しさにダウンロードカードを買ってるのかもね。カードは100枚完売して10万。残りはTシャツで28枚」
綾坂はチケットバックと物販売上を足す。
「15万1500円と、18万4000円だから――」
画面に数字が出た。
「今日の売上、33万5500円」
一瞬、全員が黙った。
「……33万」
ユイが呟く。そして次の瞬間、ぱっと顔を上げた。
「毎月ワンマンやったら生活できるじゃん!」
マキがすぐに鼻で笑う。
「そんなに甘くないよ、この業界は。綾坂、説明してやんな」
「なんでウチに振るんですか……」
そう言いながらも、綾坂はノートパソコンを閉じた。
「まず、今日111人来たからって、来月も111人来るとは限らない。同じバンドを短期間で何度も見たい人もいるけど、まだlunatiはそのレベルじゃない」
「うっ、確かに」
「同じバンドのワンマンに毎月来れる人なんてそんなにいないの。チケット代もかかるし、予定もあるし、新幹線で県外から来る人もいたでしょ?」
リョウヘイも頷く。
「今回はGREAT ROCK、アルバム、MVって、でかいきっかけが重なったからな」
「それにワンマンって、普段の対バンより告知も準備も重いんだよ」
綾坂が続ける。
「毎月やってたら特別感もなくなる。客も『今月行けなくても来月あるし』ってなる」
「うっ……正論すぎる」
ユイの顔が曇る。
「あと今日は物販がかなり売れたけど、それも毎回同じ人がTシャツ買ってくれるわけじゃない」
「ううっ……」
「新しいグッズ作れば制作費もかかる」
「もうやめて!せっかく33万も稼いだのに!テンション下がる!」
ユイが頭を抱えた。ヒナが少し考え込んでから口を開く。
「つまり、1回のプレミア感を高めたりして、物販もさらに投資して客単価を上げて……2ヶ月分ぐらい一気に稼げないと、安定は難しいですね……」
「そういうこと。さすがはヒナっち、ユイとは違うね」
綾坂がヒナの頭を撫でた。
「普段の対バンライブは客を増やすため。物販と配信で少しずつ回す。ワンマンとか自主企画で大きく利益を残す。これが定石だよ」
ヒナが納得したように頷いた。
「なるほど……毎回同じ稼ぎ方をするわけじゃないんですね」
「そ。これからライブごとに役割が違うの。」
ユイは腕を組んで唸った。
「音楽で食べるの、思ってたよりずっと経営じゃん……」
「そうだよ、ユイ」
綾坂が少し得意げに笑う。
「これはlunatiって会社のサクセスストーリーなんだから」
「確かに会社経営みたいだね」
ハルナが笑った。ヒナもすぐに続く。
「綾坂さんは絶対社長ですね」
綾坂はもう1度ノートパソコンを開いた。
「それと、33万はまだ売上だからね」
キャッシュレス決済の手数料、交通費、印刷費、消耗品。それらを合わせて約3万円。この日の手残りは約30万円。それまで活動口座に残してきた金と合わせると、残高は約35万円になった。
「この35万円から、次の家賃20万円を先に確保する。残り15万円で、次の物販とライブを回す」
「33万売って、自由に使えるの15万!?」
ユイが叫ぶ。
「だから売上と残高は違うって、さっきから言ってるでしょ」
「でも来月の家賃の支払いは相当楽になりました!少し贅沢できちゃいます!」
はしゃぐヒナを見て、マキは声を上げて笑った。
その日の夜。5人は近くの安い居酒屋で、軽い打ち上げをしていた。全員まだ20歳未満で酒は飲めない。
翌日もそれぞれ仕事があるため、終電前には帰る。
lunatiの健全でささやかな打ち上げだった。
ユイが料理をつまみながら、向かいの綾坂へ身を乗り出す。
「社っ長さん!今回のギャラは!」
「やめろ、ピンハネされるぞ」
リョウヘイが真顔で止めた。
「すいません」
ユイがすぐに姿勢を正す。
「ふざけてるとギャラ渡さないよ」
綾坂は呆れながら答えた。
「まず次の家賃20万円を確保。来月の家賃の徴収は1人1万でいい。残り15万円は、物販とスタジオ代の運転資金」
「家賃補助!」
ヒナが珍しく嬉しそうな声を上げる。
「ありがたいです!最近スパチャが減っていたので……」
ハルナが苦笑する。
「ヒナちゃん、ホント意地でもバイトしないよね。ユイちゃんみたいになっちゃうよ?」
「バイトしてるヒナっち、想像できない」
綾坂も笑った。
リョウヘイがヒナを見る。
「俺らがいないと元に戻っちゃうもんな」
「……はい」
ヒナは少しだけ視線を逸らした。
「コミュ症はそんな簡単には治らないので……」
ユイは話を遮った。
「また物販作るの?次は何?」
「うん。Tシャツだけじゃなくて、タオルとかステッカーとか、原価の安いアイテムをなるべく作ってこ」
「またDIYだ!」
「そうだよ、新しいシルクスクリーンの型も注文しよう。忙しくなるよ?」
初めて、自分たちで稼いだ金だけでほぼ1ヶ月分の家賃を払えるところまで来た。残った金は次の物販へ回す。
対バンで客を増やして。配信や物販で少しずつ回して。ワンマンや自主企画で、まとまった利益を作る。
まだ5人全員が音楽だけで暮らせるわけではない。ただし、ワンマンのない翌月も同じだけ稼げる保証はない。
それでも、少しずつ。lunatiというバンドが、本当に5人の生活を支え始めていた。
イメージソング
Play Dead/ビョーク&デヴィッド・アーノルド
(lunati登場SEのイメージソングです。よかったら聴いてね)




