#88 Music Video
アリノスでのライブ終了後。
精算スペースでチケットバックと物販の売上をまとめ、綾坂が数字を確認する。
「……売上、20万!ついに20を超えた!」
その金額を聞いた瞬間、ユイの目が潤んだ。
「やったぁ……20万だぁ……ホントによかったよぉ……これで来月はなんとか生きれそう…」
ユイはマジで金欠だった。
心の底から安心したような声だった。
マキが笑う。
「いっぱい売れたねぇ」
「ただし、ここから交通費、経費諸々を引くよ」
綾坂が経費を入力する。
手元に残るのは約17万8000円。
そのうち10万円を、来月の家賃へ回すことにした。
残りの金はlunati貯金に回すことになった。これまで蓄えてきた貯金は、グレートロックの車両費と度重なるスタジオ代で目に見えて減っていた。
「1人2万円ずつ家賃の負担が減るな。正直、俺もめちゃくちゃ助かる…」
リョウヘイも少し肩の力を抜いた。
「私もです……今月ちょっと危なかったです……皆さんそうですよね…」
ヒナが小さく息を吐く。
「残りはアルバムとワンマンの運転資金。ここで全部生活費にしたら、次の売上を作れないからね。なんならスタジオも入れなくなる」
綾坂が釘を刺した。ユイが涙目のまま3人を見る。
「えー、みんな貯金してんじゃないの?」
「その貯金を切り崩さなきゃならないかもしれなかったの。アンタみたいに宵越しの銭を持たない生活してないから」
綾坂がすぐに突っ込む。
「アタシだって好きで持ってないわけじゃない!」
意味のわからない反論をするユイ。
「ギャラ入ったらすぐ使うからでしょ!もっと大事に貯金してから使いなさい!」
「必要なものに使ってるの!」
「毎回そう言って高そうな服とか買ってるじゃん!機材ならまだ納得できるけど!」
「ライブの衣装だもん!アタシにとっては機材だもん!それに中古で我慢してるし!」
マキがそのやり取りを見ながら笑う。
少し前まで、ライブの売上はほとんど活動資金に消えていたが、今は違う。
客が増えて物販も売れる。そして、その金の一部が5人の生活費になる。まだまだ音楽だけで暮らせるところまでは程遠い。
それでも今月は、自分たちの音楽が家賃を2万円ずつ軽くしてくれた。売上20万円の全部が自由な金ではない。それでも、前より確実に生活へ近づいていた。
マキが精算表をまとめながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「アンタら、この勢いでワンマンはどうさね?」
「ワンマン!やる!」
ユイが一気に顔を上げる。
リョウヘイは少し考えた。
「いやマキさん、俺らにはまだちょっと早い気が……」
「何ビビってんだい?この知名度は今だけかもしれないんだよ」
マキはあっさり返した。
珍しく真剣な顔で助言する。
「GREAT ROCKの余韻があるうちに次を打った方がいい。アルバムも作るんだし、レコ発ワンマンって冠でもありゃ形になるさね。たまには無理して背伸びも必要だよ」
「確かに……」
綾坂が腕を組む。
「今ならGREAT ROCKの宣伝力も使える……フォロワーも増えた。条件はかなり揃ってる…」
アルバムのプロモーション。フェスで増えたフォロワー。ライブの予約も、実際に伸びている。少し前なら無謀だったワンマンも、今なら現実的な選択肢になり始めていた。
マキがスケジュールを確認する。
「11/24の金曜日が空いてるよ。おすすめ」
「なんでですか?」
ヒナが首を傾げる。マキはニヤリと笑った。
「アンタら月好きなんだろ? この日は満月だよ」
「好きというわけではないんですけど……」
ハルナは苦笑いする。
確かにlunatiのロゴには月が書いてある。
名前にルナがあるから、それだけの理由だった。
「……でも満月の日にワンマンなんて、なんだか素敵」
「やろうよ、満月ワンマン!」
ユイはもう完全にその気だった。綾坂がスマートフォンで日程を確認する。
「アルバムは今月中に上げる。そこから1ヶ月ぐらい宣伝期間もある……タイミングはバッチリだね」
リョウヘイは4人の顔を見る。ユイはやる気満々。ハルナも嬉しそうに笑っている。ヒナは答えを待つように、じっとリョウヘイを見ていた。
「……やるか!ワンマンライブ!」
「やったぁ!ワンマンだぁ!」
ユイが声を上げる。
「ワンマン!卒業式以来ですね!」
ヒナもすぐに頷いた。
マキは満足そうに笑い、スケジュールへlunatiの名前を書き込んだ。11/24。満月の夜。lunati初のワンマンライブが決まった。
アリノスのキャパはMAXで150人。
今のlunatiでは、全力で集客してもまだ届かない数字だった。だから、とにかく告知した。Instagram。ヒナの配信。ライブ終演後の物販。普段の仕事先や友人、生徒。隙があれば11/24のワンマンを宣伝する。
「11月24日、アリノスでワンマンやりまーす!」
ワンマン前のブッキングライブでもユイに至っては、もはや挨拶のように告知していた。
その間にも、フルアルバムの制作は進んでいく。そして10月。何度も録り直し、何度もミックスを修正し、最後のマスタリングまで終えた綾坂が、リビングへふらふらと現れた。
髪は乱れ、目の下には薄くクマができている。ノートパソコンをテーブルに置くと、そのままソファへ沈んだ。
「で……き……た……」
綾坂はボロボロだった。肉体と精神を削り散らしながら作業に没頭していた。
「うわゾンビかと思った」
ユイが真顔で言う。
「そんなこと言ったら噛み殺されちゃうよ」
ハルナが苦笑する。
「お疲れ様、綾坂さん」
「今は噛む元気もない……」
「綾坂!寝るなー!」
「ユイちゃん、ここは寝かせてあげるとこ!」
それでも、完成した。lunati初のフルアルバム。
その日は5人ともリビングに残り、スピーカーから完成した音源を繰り返し流した。1曲目から最後まで。また1曲目へ戻る。今度は曲間の無音まで意識して聴く。
「やっぱこれ、最初じゃない?」
「いや、2曲目の方がいいと思う」
「この2曲は続けたいです」
「でもそれだと後半重くない?」
「これだと歌詞の繋がりがなくなっちゃう」
「ここはもう少し無音がほしいな」
「最後はやっぱこの曲だよね!」
曲そのものは完成したのに、最後の最後で曲順がなかなか決まらない。割と揉めた。綾坂が順番を入れ替えるたびに全員で最初から聴き直し、気づけば何周したかも分からなくなっていた。それでも最終的には、5人とも納得できる並びに落ち着いた。
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完成した音源データをGREAT ROCK側へ送る。
すると、ほとんど間を置かずにMV撮影の日程が決まった。向こうも乗り気なのが伺えて好印象だった。
数日後。指定された撮影スタジオへ向かった5人は、中へ入った瞬間に足を止めた。
「……広っ」
ユイが見上げる。今まで自分たちが使ってきたような練習スタジオとは、規模がまるで違う。大きな白ホリ。天井から吊られた照明。レールやスタンド。何台ものカメラ。スタッフもすでに何人も動き回っている。
かなりしっかりとした設備の、本格的な撮影スタジオだった。
リョウヘイは少し離れたところで準備をしているスタッフを見てから、綾坂へ顔を寄せ小声で囁く。
「……綾坂、これいくらかかってんの?」
綾坂も小声になる。
「……込み込みで45」
「45!?」
それを聞いていたハルナは肩をビクっとさせてた。
「ほぼ家賃2ヶ月分……!?お、お腹痛くなってきた……」
3人で改めてスタジオを見る。照明が1つ動くたびに、なんとなく金が溶ける気がした。
その頃。少し離れた場所では、別のことが始まっていた。撮影スタッフが置いていたモニターに、自分たちの姿が映っていることに気づいたユイが、カメラの前へ飛び込む。
「イェーイ!」
モニターの中で、ユイが大きくピースする。ヒナもすぐ横から画面を覗き込んだ。
「ユイさん映ってます! すごいすごい!」
「ヒナも来て!一緒にやろ!」
「はい!」
2人でカメラの前へ並ぶ。
「イェーイ!」「イェーイでーす!」
無邪気にはしゃぐ2人を見て、撮影スタジオのスタッフさん達もだんだん笑顔になっていく。
スタジオの雰囲気は一気に和んでしまった。
その様子を見たリョウヘイが呟いた。
「……おい、遊ぶな。仕事中だぞ」
「まぁまぁ、たまにはいいんじゃないかな。45万円もかかってるんだし、いい経験だよ」
ハルナが笑う。
撮影は滞りなく進んでいった。
言われるがままに演奏のフリをする。撮影なので音は出てない。
完成したフルアルバムの一曲目がMVの曲になったので、それをスピーカーで流しながら必要な素材を手際よくカメラを通してパソコンに納めていく。
せっかく衣装も用意され、ヘアメイクまでしてもらっている。演奏シーンの撮影がひと段落したところで、ついでに新しいアー写も撮ってもらうことになった。
白ホリの前に4人が並び、何パターンか撮影する。その様子を少し離れたところから見ていた綾坂へ、リョウヘイが手を振った。
「次は綾坂も入れて5人で撮るぞー」
「は?バカなの?ウチは裏方だから映んない」
綾坂が本気で嫌そうな顔をする。
「おかしいでしょ、マネージャーがアー写に混じってるとか」
「だーから面白いんでしょ!ほら、綾坂早く!」
ユイが綾坂の腕を引っ張る。
「撮ろう、綾坂さん!」
ハルナも笑いながら手招きした。
「後ろの方でちょっと怖い顔しててください!」
「なんで怖い顔なのよ!」
ヒナの提案に突っ込みながらも、結局綾坂は折れてしまった。
「わかったから……恥ずかしいなぁ、もう……」
そんな5人のやり取りに、カメラマンやメイク、照明のスタッフからゆるい笑い声が漏れた。撮影現場の空気が、一気に和らぐ。
「それならマネージャーさんも軽くメイク入れましょう!」
メイクさんが気を利かせて綾坂に化粧を施してくれた。元々顔がいいのでメイクをするとメンバーの誰よりも魅力的に見えた。
「じゃあ、撮っていきまーす」
カメラマンの声に合わせ、5人がレンズを見る。演奏するのは4人。その音を支えるのは綾坂。少し変わった5人組のアー写も、こうして新しく撮り直された。
「いい写真」
ユイは取れたての5人の写真を見ながら上機嫌だった。
「それ公式アカウントでは使わないからね」
綾坂に釘を刺された。
「いいよ、アタシのアカウントで使うから。それにアタシがこの写真を欲しいだけ」
「そ、なら、いい、けど…」
綾坂は耳を赤くしてそっぽ向いた。
MV撮影も無事に終了。
編集を経て、11月頭。フルアルバムの配信開始とほぼ同時に、GREAT ROCKの公式チャンネルからMVも公開された。
概要欄にも、映像の最後にも。11月24日。アリノス。lunati初ワンマンライブ。しっかり告知が入っている。公開後はGREAT ROCK側のSNSでも何度か取り上げられ、lunatiのアカウントでも繰り返し宣伝した。
そして数日後。リビングで綾坂が再生数を確認していると、ユイが横から画面を覗き込んだ。
「1万!?」
YouTubeに表示されている数字は、10,000を超えていた。
「1万再生されてる!これはすごい!……の?」
「普通にかなりいいよ」
綾坂が答える。
「lunatiだけの力で出したMVなら、たぶんこんな速度じゃ伸びてない。GREAT ROCKの宣伝力がちゃんと効いてる」
「じゃあ1万人がアタシたち見たってこと!?」
「再生数だから1万人とは限らないけどね。大体そんな考え方でいいよ」
「これバズってる!?ねぇこれバズってる!?」
「ど、どうなんだろう。ウチもバズの定義はよくわからないから…」
リョウヘイも画面を見る。
「でも、今までlunatiを知らなかった人にもかなり届いてるってことだろ」
「それは間違いないよね。SNSも新規フォロワーすごいんだよ」
ハルナが頷いた。
「で、大事なのはここから」
綾坂は別の画面を開く。ワンマンライブの予約ページ。
「MV見て終わりじゃ意味ないからね。これを11/24のワンマンライブの動員に変えないと」
ユイの目つきが変わる。
「……そうだよね!YouTubeが再生されてもアタシらには1円も入ってこないんだから!」
ハルナはスマートフォンを取り出した。
「インスタからの取り置きは毎日数件ずつ来てるよ。今は……もう80人予約してる!この動画がしっかりライブの動線になってくれてるんだね」
「アリノスでもワンマンのフライヤー配ってくれるって、マキさんからメール来たよ!更に追い込みをかけるよ!」
「じゃ私、イラレでフライヤー作っちゃうね!」
ハルナが笑う。こういうアートワークはハルナが担当にいつの間にかなっていた。
YouTubeの1万再生。数字だけなら、まだ大ヒットなんて呼べるものではない。それでもlunatiにとっては、今まで届かなかった場所まで音が届き始めている確かな証拠だった。
そして、その先にあるのは11月24日。150人。
lunati、初めての自主ワンマンライブだった。




