#84 GREAT ROCK fes
ある日のアリノス。
イベントも終わって締め作業をしていた綾坂へ、マキが声をかけてきた。
「どうだい綾坂。あの子達は元気にやってるかい?」
「えぇ、まぁ。1人バカがいるんでそこだけ不安ですね」
「あぁ、ユイさね」
マキはタバコに火をつけた。(winston caster 5mm)
「あたしゃバカは好きだけどねぇ」
煙と共に答える。
「月1でバイト辞めてますよ?」
「バカというか、もはやクズだねぇ……」
マキは苦笑いしながら1つ思い出したことがあった。
「そうだ。GREAT ROCKフェスティバル、知ってるだろ?今年もオープニングアクトの募集始まったよ。それを伝えにきたんだった」
「そりゃ知ってますよ。日本最大のロックバンドフェスじゃないですか。学生時代によく行ってました」
「アンタら、応募しなよ」
綾坂が顔を上げる。
「えっ!?ウチらがですか!?」
「今のlunatiなら、いいとこまで行くと思うよ。それにライブハウスからの推薦枠もある。ANTSは去年負けたから、今年はlunatiを推薦するよ?どうだい?」
GREAT ROCK fes
そのオープニングアクトを一般公募で選ぶ企画は毎年ライブハウスのポスターで目にする事ができる。
この企画をきっかけに羽ばたいて行ったロックバンドは数多い。
ロックバンド界の登竜門といっても過言ではない。
綾坂は顎に手を当てながら考えた。
「一度持ち帰ってもいいですか?さすがに1人では決められません」
「もちろんさね。そのうち答えをおくれ」
「はい。多分、うちのバカが出たがると思います」
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月曜日。
綾坂はメンバーを集めてフェスのオープニングアクト(OA)の応募の話を切り出した。
こういう時シェアハウスはすぐ相談できて便利だ。
綾坂が応募要項をリビングのテレビへ映す。
「みんなグレートロックフェスは知ってるよね?アレのOA枠の一般応募枠があるの」
「知ってる知ってる!えー!?でれんのー!?」
ユイはもう出る気満々だ。
「応募自体は誰でもできる。年齢も事務所所属の有無も問わない。オリジナル曲必須。三次審査まであるんだ」
ハルナはポスターに書かれた内容を声に出して記憶している。
ユイのテンションはすでに高い。
「出たい!」
「まず要項全部読むぞ。多分ここにも落とし穴がある」
「はい」
リョウヘイの警戒にユイも緊張感を持って黙ることにした。
事務所の契約書を経験した直後だったので、5人とも以前より細かい文字を見るようになっている。
そして、賞の説明で手が止まった。
GREAT ROCKオープニングアクト出演。
賞金100万円。制作サポート。
「100万…!?もらえるの!?」
ユイが反応する。
「待って」
綾坂がすぐ止める。
「これ、現金でもらえる100万じゃない」
「え?」
「制作支援費として運営が管理。アルバム制作と、リリース後のプロモーションに使うって書いてある。宣伝や音源制作費としての100万円ってこと。お小遣いじゃない」
綾坂はポスターの端の豆粒みたいな文字列を指差す。
「こんなちっちゃい文字で!?なんかセコくない!?」
さらに細則を読む。
その支援で制作した音源の原盤は、原則として主催または提携レーベル側が保有する。
リョウヘイの顔が引きつった。
「こいつら昔っからやり方変わらねぇな」
綾坂が横を見る。
「また経験者みたいなこと言ってる」
「おじ…」
「ユイちゃん?」
ヒナがゆっくり手を挙げる。
「私、出たいです……みなさん、私のワガママに付き合ってもらえませんか……?」
「ヒナちゃん?」
「私、ずっとこのフェスに出るのを夢見ていました。子供の時に家族で一回だけ行ったことがあるんです。おっきなステージで爆音で鳴らすバンドを見て、私もいつか同じステージに立ちたいと、ずっと願っていました」
ヒナの声が強くなる。
「条件とか、賞金とか、正直、私にはよくわかりません、でも!…OAでもいい!…私、このフェスは出たいです!lunatiで勝負したいです!」
「ヒナちゃん…」
その一言には全員が同意した。
「おし、応募するか」
リョウヘイは平然と告げた。
「リョウヘイさん…」
「うちのメンバーが出たいって言ってるんだ。それだけで理由は十分だろ?」
「でもみなさんが…」
ヒナは辺りを見回す。
「もう条件とかどうでもいいよ!叶えようよ!ヒナの夢!」
ユイはヒナの気持ちに応えたかった。
綾坂とハルナも力強く頷いた。
「みなさん、ありがとうございます…」
ヒナは深く頭を下げた。
もう細かい事はどうでも良かった。ただ、ヒナが出たいと言っている。
それだけでバンドが動くには十分のエネルギーだった。
しかし問題は、受かったあとの条件だ。
「ぶっちゃけウチら、アルバム制作費いらないんだよね。自主でやれるし。ここに手を出されると原盤権も持っていかれる可能性がある…」
綾坂が言う。
「原盤は渡したくないよな」
リョウヘイが続ける。
「そこは受かってから交渉するか」
「交渉できる?」
ハルナが聞く。
「できる余地はあると思う。まずはマキさんに電話するね」
綾坂はその場でマキへ電話をかけた。スピーカーにする。
『もしもし』
「マキさん、お疲れ様です。GREAT ROCKの件なんですけど」
『ああ。どうだい?出るかい?』
「はい。ただ、原盤の条件がちょっと気になってまして」
『とりあえずやってみればいいさね。応募するだけなら金はかからない。落ちても多少は宣伝になるし、受かったらそん時考えればいいさね。選考も3回あるんだ、心配するには気が早いよ』
5人が顔を見合わせる。
とりあえずやってみる。確かにそうだ。まだ選考も通過していないのに心配しすぎている。マキにもそう見えたのだろう。
「た、確かに。宣伝にはなる。確かANTSもこれキッカケで一気にフォロワー増えてたし…。売名するだけなら、その辺の企業よりかは信頼できるか……」
綾坂はメリットとデメリットを天秤にかけている。
『受かったあと条件が嫌なら、その辺は綾坂とリョウさんで上手いことやんな。向こうだって選んだバンドに辞退されたくないだろ』
リョウヘイが電話へ向かって言う。
「マキさん、推薦してもらえるってマジなんすか?」
『マジだよ。一次選考は絶対通過できる。そのあとは実力勝負さね』
「ありがとうございます、lunati出ます」
「そうかい。そしたらまずは一般応募しときな、あとでこっちから推薦状を送るからねぇ」
「わかりました。引き続き、よろしくお願いします」
リョウヘイは電話を切った。
受かるかどうかは分からない。
それでも、応募しなければ何も始まらない。
GREAT ROCK。
lunatiは初めて、大型フェスへ繋がるオーディションに挑むことになった。
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応募を終えてから、しばらく待った。
ある日、綾坂のスマートフォンへ通知が入る。
「来た!グレートロック一次選考審査結果!」
全員が一斉に集まる。
「一次選考、通過だって!」
「やったぁ!わかってたけど嬉しい!」
ユイが飛び跳ねる。
応募総数は1000組を軽く超えていた。音源による最初の審査を通過し、公開候補に残ったのはlunatiを含めて100組。
「1000の応募があって、100しか残らなかったと考えると、アリノスからの推薦はかなり意味がありましたね」
一次は通過が確定しているとはいえ結果が出るまでヒナはソワソワしていた。ヒナはそっと胸を撫で下ろしてひと安心した。
「そうだね。応募数が1000ともなると、まともに音源を聞いてもらえない可能性もあるからね」
綾坂は応募総数を見て苦笑いしていた。
ここからは二次選考となる。
一般ユーザーの投票と、運営側の評価が入る。各バンドのプロフィールと音源が公開された。
「投票数は見えないんだ」
ハルナが画面を見る。
「そう、順位も非公開」
綾坂が答える。
「だから余計なこと考えず宣伝するよ。ここからはネットとリアルをフル活用してみんなに投票してもらう!」
「アタシの友達リストが火を吹く時が来た!」
ユイは早速スマホを取り出した。
「インスタのフォロワーさんにも手伝ってもらわなきゃね!」
ハルナもインスタの告知文を作り始めた。
「私も早速配信してきます!24時間耐久やります!」
その日からしばらくヒナの姿を見る者はいなかった。
Instagram。ヒナの配信。ユイの友人。リョウヘイの生徒や知人。使える繋がりは全部使った。
「投票お願いしまーす!」
バイトに出勤したユイは、もはや日常の挨拶と同じ勢いで宣伝していた。今のバイト先の音楽スタジオでユイは特別にポスターを貼らせてもらったのだ。
同僚だろうが客だろうがその場で投票サイトに誘導してボタンを押させている。仕事はおざなりだ。
数週間後。
次の通知が綾坂に届く。
「……通った!2次も通った!」
「やば!あと何組残ってんの?」
「26組!結構絞られてきたね」
ユイと綾坂はハイタッチした。
「去年はANTSもここまでは通過したらしいよ。つまりこの後、狭き門が待ってるはず」
「ここまで来たらやるしかないよ!3次は!?何すんの!?」
300組以上から、26組。
ここまででも、かなりのバンドが落とされたことになる。この中の上位4組がOAの権利を勝ち取る。
ここからは3次選考となる。これが最後の選考だ。
3次選考では、指定されたライブハウスで各バンドが1曲だけ演奏するライブ映像審査だ。
その様子を運営が公式映像として撮影。撮り直しなし編集なしの1発勝負。
短いインタビューと一緒に公開され、最後の一般投票と運営審査で4組が選ばれる。
「1曲だけ……しかもファーストテイク……ミスできませんね……」
ヒナが呟く。
「何ビビってんのヒナ!いつも通りやればいいの!」
ユイはミスをする前提で動いているので怖くないようだ。
「曲はどれにする? EPの曲にする?」
ハルナが聞く。
「EPの一曲目にしよう。宣伝にもなるしな」
「そうだね。あの曲ならわかりやすくていいと思う」
リョウヘイと綾坂も頷く。
相談した結果、EPの中からlunati全体の強さが一番分かる曲を選んだ。ユイの歌だけでもない。ヒナのギターだけでもない。ハルナの曲だけでもない。リョウヘイのドラムだけでもない。
4人が揃って初めて成立する曲だった。
いつもの通り。という話だったが練習の段階で綾坂から細かい動きの指示があった。
当日のカメラの配置から、写りのいいパフォーマンスを予想し、演奏に落とし込んでいった。
演奏よりも動きの練習の方がlunatiにとっては大変だった。
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そしてライブ撮影当日。
会場にはしっかり26組のバンドが集まっていた。
どのバンドも、ここまで残ってきただけあって強い。
まだ演奏を見ていなくても、音楽に捧げた時間や覚悟が滲み出ている。
ライブ撮影が1バンド目から始まった。
1曲のみの演奏だからか、やはり勢いのある曲で力強くパフォーマンスしている。綾坂の読みは当たっているかもしれない。
その後もライブ撮影は進んでいく。
派手なバンド。演奏力で押すバンド。独特な世界観を持つバンド。コミックバンドもいる。
全国から厳選されたそれぞれのバンドの個性が光る一曲をみな演奏している。売れる準備万端といったところだ。
やがてlunatiの出番が近づく。綾坂は音響側の確認を終え、4人のイヤモニへ声を送った。
『いつでもいけるよ、みんな。練習でも言ったけど改めて言わせて』
リョウヘイがスティックを握る。ヒナがギターを構える。ハルナが鍵盤へ手を置く。ユイがマイクの前へ立つ。
『大事なのは上手い演奏じゃなくて熱い演奏だよ。ここにいる奴らにlunatiをわからせてやって』
撮影が終わったバンド、次に撮影を控えているバンド、フェスの幹部。フロアにはlunatiのライブを楽しみに待つ客はいない。みな、それが本物かどうか見極めようとしている。
1曲、やり直しなし。
その条件は、むしろlunatiに向いていた。
演奏技術はもちろん高い、他のバンドと比べても頭ひとつ抜けている。
更にはカメラを意識したパフォーマンスは完璧にハマっている。フェスの幹部も思わず笑ってしまっていた。
4人は最初の1音から最後まで、一気に演奏し切った。
「お疲れ様!いいの出てたよ!向こうから良かったって褒められたよ!」
ライブ後の4人に綾坂が声をかけた。
終わってすぐ、関係者から「とてもよかったです。今後ともよろしくお願いします」と綾坂はお墨付きをいただいていた。
「やっぱりね!今日も最高のライブしたもん!これはもう確定でしょ!」
いつも通り細かいミスは無視してユイは自分を過大評価した。
「甘いよユイ、この後もまた投票がある」
いつも通り綾坂がユイを正す。
「またぁ!?」
ユイと共にヒナも驚いた。ヒナに限っては24時間耐久をまたしなくてはならないという、謎の責任感が生まれていた。
「グレートロックの公式チャンネルにライブ動画をアップして、更に投票させるの。上位4組がグレートロックのOAとして出演決定って流れだよ」
「ここが最後の関門だな」
リョウヘイはニヤニヤしている。言葉とは裏腹にワクワクを隠しきれていない。
「リョウヘイくん、ワクワクしてるね?」
ハルナが横から顔を覗き込んでくる。
顔はワクワクしているように見えた。
「まぁな。それにここまで来たら宣伝効果もバッチリだ。SNSのフォロワーも増えそうだな」
その時、フェスの運営から声がかかった。
別室でインタビュー動画の撮影をお願いされた。
10分ほどで撮影は終わる。
これで、この日の仕事は全て終了した。
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数日後。
26組のライブ映像とインタビューが公開された。
lunatiのライブ映像はすぐに1万再生を記録した。しかし他のバンドも同じように再生数を伸ばしている。
今回も投票数は非公開になっているが、再生数を見れば予想はつきやすくなる。
この段階で1万回以上動画が再生されていないバンドは実質脱落といってもいい。
映像コンテンツの配信が初めてのlunatiにとっては、これだけでも十分な宣伝になった。
SNSからは、知らない人から反応が来るようになった。
『オーディションで初めて見た』
『26組全部見たけどlunatiに入れた』
『他の曲も聴いた』
『またライブ行きたい、Tシャツ買った』
これまで応援してくれる人もコメントをくれている。
ハルナがコメントを読みながら言う。
「マキさんが言ってた意味、分かるね」
「落ちても宣伝になる、か」
リョウヘイが頷く。
まだ結果は出ていない。それでも、オーディションそのものがlunatiを知らない人へ音を届けている。
投票期間が終わった。あとは待つだけ。
月曜日。5人がリビングへ集まっている時、綾坂のノートPCへメールが届いた。
「……来た」
全員が黙る。綾坂が開く。数秒。
「……合格」
ユイが目を見開く。
「え?」
「最終4組に残った…!」
「やったぁ!出れんの!?マジで!?」
GREAT ROCKへのOA出演が決定した。
「やった…!やりました…!私、私達、出れるんですね!?グレートロックに…!」
ヒナも感動している。
突如、ユイに抱きつかれて2人で喜びを分かち合っていた。
「森ステージか。結構いいとこだな」
リョウヘイがメールを確認している。
太陽、森、川、丘。この順でステージは別れている。
ステージの大きさもこの順である。
綾坂が日程を確認する。
「やば、そもそも落ちる前提だったからバイトいれてるかも」
リョウヘイもカレンダーを見る。
「あ、俺も休みにしなきゃ」
「2人とも舐めすぎ!余裕すぎ!」
グレートロックフェス、開催は1ヶ月後だった。




