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#81 掻っ攫う

イベントがもうすぐ始まろうとしていた。

2マンライブ。前半はギターロックバンドANTS。

リハーサルの段階で高いクオリティに仕上がっているのがlunatiの耳にはすぐわかった。


「lunatiです!今日はよろしくお願いしますー!」

ユイは元気にANTSのボーカルに挨拶した。


「お、よろしくね!まだ18歳なんだって?若いのにすごいねー!」

「えっ?いや、そんなこと…」

「ライブ楽しみにしてるよ!じゃね!」


何気ない会話だったが、直後ユイはブチ切れそうになっていた。

「何アレ!?超ムカつく!!ステージに立ったら年齢なんて関係なくない!?絶対ナメられてる!!」

 

斜め上のキレ方をしている。


「怒んなよユイ。ライブでわからせてやろうぜ」

リョウヘイは笑いながらユイをなだめた。


しかしANTSのライブは強かった。

長くアリノスでやってきただけあって、客の反応をよく知っている。

曲が始まれば前へ出る。MCでは笑わせる。固定客も多く、フロアの空気には最初から安心感があった。


lunatiの4人は袖からそのステージを見ていた。


「上手いな、俺らと同じぐらいか」

リョウヘイが言う。


「はい。長く組んでいないと、あのグルーヴは出ませんね。洗礼されています」

ヒナも真剣に見ている。


「それに、お客さんとの距離が近いです。なんというか安心感のあるライブの雰囲気になってます」

「確かに、ホームって感じするね」

ハルナが頷く。


ユイは少しだけ笑った。

「じゃあ、アウェイのアタシらがお客さん掻っ攫っていったら、めちゃくちゃ面白くない?」

目にはワクワクが映っていた。さっきの腹いせに意地悪っぽく言ってみる。


綾坂は思わず吹き出した。

「もうちょっと言い方なかったわけ?まぁ、マキさんもそれを期待してるんだと思うよ」


そんな話をしていたら、ANTSのライブが終わった。


客席には、そのまま残っているANTSの客が多かった。lunatiを見たことがない人間もかなりいる。音響卓に移動した綾坂の声が、転換準備をしているメンバーのイヤモニへ入る。


『こっちはいつでも準備オッケー。いつも通りね』

4人が頷く。


そしてライブ後半が始まった。

最初の1曲で、客席の空気が変わった。

ANTSとはまるで違うグルーヴだが、lunatiのやり方でフロアを揺らし始めた。


ユイの声が真っ直ぐ前へ飛ぶ。ヒナのギターがその隙間へ食い込む。ハルナの鍵盤が広げた空間を、リョウヘイのドラムがまとめて押し出す。


同世代では明らかに抜けた演奏力。

だが、それだけではない。

学生時代から何度も修羅場を越えてきた4人の音には、もう初々しさよりも説得力があった。


知らない曲なのに、身体を揺らす客がいる。後ろで腕を組んでいたANTSの客が、少しずつ前へ出てくる。最後の曲が終わる頃には、フロアの熱は完全にlunatiへ向いていた。


終演後。音響卓の片付けをしていた綾坂へ、マキが近づく。

「いやー、根こそぎ持ってったねぇ」


綾坂はケーブルをまとめながら、丁寧に聞き返した。

「何をですか?」


「ANTSの客だよ。もう綾坂もわかってるんだろう?」

綾坂とマキはフロアを見る。lunatiの物販には、見覚えのない客が並んでいる。

新規の客がTシャツとカードを求めて行列を作っていた。ユイとハルナがてんてこ舞いで物販を回しているのを見て綾坂もマキも笑った。


「マキさんの狙い通りですね」

「いやいや、ここまでとは思ってなかったさ」


マキは楽しそうに笑う。

「ANTSに悪い事しちゃったねぇ」

「この業界の本質は客の奪い合いですよ。まさに諸行無常、仕方のないことです」

綾坂も笑いながら返した。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁて、清算といこうかねぇ、lunati」


「お!来た来た!清算タイム!」

この清算タイムにも慣れたもので、そろそろ清算の時間だとこの各々がアリノスの事務所付近で待機するようになっていた。


マキさんの秘密基地にもだいぶ慣れてきた。

「動員は今回も40人だったよ。アベレージが高いねぇ」


ANTSの動員は50人。lunatiは40人。

全体で90人ほどの動員だった。


チケットバックは6万円。

Tシャツ12枚で3万6000円。

なんとダウンロードカードは50枚完売で5万円を売り上げた。

合計14万6000円。


精算を終えたあと、綾坂が売上から当日の交通費、追加で刷ったカード、消耗品(ヒナのギター弦とライブ用の水)を引いた。今回の手残りは約13万円。


前回の売り上げも含めるとlunatiの全財産は20万円ほどになった。


「うん、今回もバッチリ売れたね!」

綾坂も上機嫌そうだった。

リョウヘイは提案するなら今だと思った。

「このうち10万円だけ、来月の家賃に入れないか?」


「5人分だから、各自の負担が2万円ずつ減る。残り10万円は活動口座へ戻すって事だね?いいと思うよ。実質みんな2万円のギャラだね」


「2万円!すごい!もっと欲しい!」

ユイは高額のギャラに興奮を隠せない。

「全部出したら次の投資ができなくなるでしょ。ランニングコストもかかるし。それに先に家賃として確保しておけば、いろいろ安心でしょ?特にユイには」


綾坂が即答した。リョウヘイも頷く。


「現金で2万円もらうのと、払うはずだった家賃が2万円減るのは、財布の中では同じだからな。ユイが無駄遣いしないようにする為でもある」


「もういいよ!信用ないなぁ!」


ハルナが少し不思議そうに笑った。

「バンドのお金が、初めて生活の方まで来たんだね。なんだか感慨深いなぁ」


ヒナも小さく頷く。

「これで家賃の徴収もだいぶ軽くなりますよね。来月は貯金を崩さなくてよさそうです…」


初めてだった。lunatiが稼いだ金が、次の機材や制作費だけではなく、5人の生活を10万円分支えてくれた。


それでもまだ家賃の4分の1ほどにしか満たない。次の月も同じことができる保証はない。それでも確実に、夢の形が数字になり始めていた。


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