#79 ギャラ1万円
卒業後、2回目のアリノス。
前回ほどの緊張はなかった。スタッフの動きも、搬入も、精算の流れも、もう1度経験している。
それでもステージへ上がれば、そこに慣れは関係なかった。30分、4人は最初から最後まで、自分たちの音を叩きつけた。
ユイはMC中にTシャツの宣伝をしていた。
「今日から!lunatiTシャツ発売です!今着てるのがそうなんだけど、かわいくない!?」
ステージから客席に向かってTシャツを見せつけるユイ。
ハルナも宣伝に加わる。
「ボディのロゴは、メンバーみんなで刷りました!それぞれちょっと違うデザインを楽しんでください!」
ライブは大盛況に終わる。
対バンのバンドの客を根こそぎ持っていくようなライブをlunatiはカマした。
ライブ後。
物販に立ったユイが、Tシャツを両手に抱えて声を上げる。反則級にデカい声を出し続けてライブ後の客の視線を集める。物販を売りながら客と話していくうちに、自然とユイの周りには人が集まってくる。
今回も物販も大盛況に終わった。
「めっちゃ売った気がする!もう何枚売ったか忘れた!」
「ちょっと待って…えっと、18枚売れてる!」
「やった!ノルマクリアだね!」
「うん、ここからは利益になるんだ。やったね」
ハルナも笑顔になっていた。
「さぁて、清算といこうかねぇ、lunati」
「マキさん」
リョウヘイがマキさんに呼ばれた。
「おーい、みんなー。清算すんぞー」
「来た!清算タイム!今回も結構呼べたもんね!」
ユイはウキウキしながらアリノスの事務所に入って行った。
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「37人だ。今回も頑張ってくれたねぇ」
マキさんは綾坂に清算表を渡しながら労った。
綾坂は紙をチェックする。
「ありがとうございます。死に券が多いな…」
予約は42人。
実際に来たのは37人だった。全員が来るわけではない。前回、綾坂が何度も言っていた通りだった。それでも37人。卒業して、自分たちで集客を始めてまだ2回目。十分すぎる数字だった。
「前回より動員減ってる!前は40人来たのにぃ!」
ユイは不満そうだった。
綾坂はため息は出しながら答えた。
「だからアンタは人を信用しすぎなのよ。取り置きなんてそんなもん。バンドが大きくなったらその不安もなくなるから」
「動員は減ってしまいましたが、Tシャツとカードもたくさん売れてましたよね?なんなら前回よりも売り上げはイイんじゃないですか?」
ヒナは確認する。
その横でリョウヘイが今回の物販の売り上げを確かめていた。
「丁度終わった。今回もいい感じに売れたな」
Tシャツ18枚で5万4000円。
ダウンロードカード24枚で2万4000円。
物販では¥78,000円の売り上げ。
そしてチケットバック、ノルマ10人を超えた27人分で4万500円。
綾坂が全部の数字をノートPCへ入れる。
「Tシャツ5万4000。カード2万4000。チケットバック4万500。合わせて12万ってところか」
ユイが身を乗り出す。
「10万超えた!すごい!今日1日で10万稼いだの!?」
ハルナも嬉しそうに数字を見る。
「前回より、物販の売り上げがしっかり増えてるね」
「Tシャツがデカい。でも、今の12万円は売上。まだ利益でも口座残高でもないからね」
綾坂が別の欄を開いた。
Tシャツを作るために使った約4万円は、前回の利益から支払い済み。その時点で、lunatiの口座は9万円から約5万円まで減っている。
「今日の入金が11万8500円。そこからカードの印刷、5人分の交通費、消耗品を合わせた経費8500円を引く」
綾坂がエンターキーを押して数字を確定させた。
「ライブ前の残高5万円と合わせて、今の口座残高は16万円ぐらいだね」
綾坂は売れ残ったTシャツの箱を指差した。
「Tシャツも定期的に売れていくだろうし、まずは完売を目指していこう」
ユイは力強く頷く。
「うん!お客さんが少なくてもしっかりグッズを作って売ればお金になるんだね!」
言い終わると同時に、ユイは何かに気がつく。
「あっ!そっか!」
「なに?」
ハルナが見る。
「動員の収益はライブハウスと折半になるけど、グッズの収益は全部lunatiに入るから……!」
綾坂が口元を上げる。
「やっと気づいた?」
「物販めっちゃ大事じゃん!他にもいろんなもの増やしてもっと展開していこうよ!」
「最初からそう言ってる。その為の資金を集めてたの。それが今日集まった」
「もちろん聞いてたけど、数字で見ると全然違うね。単純に客をいっぱい呼べばいいってわけじゃないんだ」
ライブハウスに客を呼ぶ。その客がTシャツを買う。カードを買う。そして、その音源を聴いてまたライブへ来る。少しずつ循環ができ始めている。
リョウヘイは物販の前でTシャツを着て帰っていく客を見た。
「自分たちのロゴ着て歩いてくれるって、なんかいいな」
「宣伝にもなるしね」
ハルナが笑う。
「それだけじゃなくてさ」
リョウヘイは少しだけ考える。
「ライブの外でもlunatiが残る感じする」
ヒナが頷いた。
「私も、誰かが着ているのを街で見てみたいです」
「見つけたら声かける!」
ユイが言う。
「絶対びっくりされるからやめな」
綾坂が止めた。
卒業後2回目のライブ。
売上約12万円。現在の活動口座16万円。
それだけでも十分嬉しい。だが5人にとってもっと大きかったのは、自分たちで金を作る方法が少しずつ見えてきたことだった。
それでも音楽だけで生活していくには、まだ全然足りない。バンド活動で5人分を養っていかなければならない。
「まだバイトは辞められそうにないなぁ」
ユイはぼやいた。
「そんな甘くないよ、この業界」
綾坂はユイの肩に優しく手を置いた。
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数日後。
月曜日のリビング。
綾坂が、これまでプールしてきた活動費を確認していた。ライブの売上。物販。次のために残してきた金。机の上に10枚綴りに整列していく札束をを見たユイがニヤけながら声を上げる。
「16万もあるー!うへへ、うへへ」
「今確認してるからちょっと待って。終わったらギャラ渡すよ」
綾坂がすぐに返す。
「ギャラだー!」
「ギャラ…!あぁ…嬉しいです…!」
ユイとヒナは歓喜した。
2人とも今月はかなり厳しかったらしい。
ギャラがそれほど多くない金額なのはわかっている。
それでもギリギリの生活をしている人間にとっては十分な施しだ。
「綾坂、今回はみんな一万円ずつでいいんじゃないか?」
「うん、ウチもそう考えてた。バンドの貯金はとりあえず10万あればしばらく回せるから」
「え!?」
ユイの目が輝く。
「一万円!?い、いいの!?そんなに!?」
「もちろんいいよ。ユイ、ご苦労様」
綾坂は5人分、合わせて5万円を分ける。
「ヒナっちも、ご苦労様」
「一万円…!すごい…!」
ヒナは感動している。
「はい、ハルナ。ご苦労様」
「綾坂さんも、お疲れ様」
「リョウヘイも、ご苦労様」
「ありがたく頂戴いたします」
手で直接渡された、裸の一万円。
メンバーをそれぞれの特別な一万円を大切に財布にしまった。
この金で食べるご飯は、きっとうまいんだろうな。ユイはそんなことを考えていた。
「残りは10万ちょい。これを次の投資に使う」
「次は何するの?」
ユイは食い気味で聞いてくる。
「やっぱりバンドの物販といえば、音源でしょ!」
綾坂が答えた。
「3曲入りのEP作ろう!」
「EP?なにそれ?」
ユイは首を傾げる。
「Extended Playだよ、ユイちゃん。もう…学生の時に授業で習ったでしょ?」
「まぁシングルとアルバムの中間みたいなやつだよ」
ハルナとリョウヘイの説明にユイはわかったような、わかってないような顔をした。
今まで販売していたダウンロードカードは、ライブ音源を中心にした簡易的なものだった。正直、音はそんなによくない。ライブゆえに多少の荒さはどうしても出てしまう。
しかし今度は違う。ちゃんとした環境で録音して、作品として残す。
「レコーディングか…久しぶりだな」
リョウヘイが少し嬉しそうに言う。
「でもドラムはどうする?この家ではドラムは無理だし、どっかレコーディングスタジオでも借りるか?」
「実は今、ティア姉さんに相談してる」
綾坂がスマートフォンを見る。
「もしかして…!東音のレコーディングスタジオを使わせてもらえるんですか!?」
ヒナは興奮しながら綾坂に聞いた
「もちろん東音もビジネスだからタダじゃないけどね。卒業生だからこそ、ちゃんと使用料の話はしたよ。今回は学校側の卒業生支援枠で使わせてもらえるって」
「特進でレコーディングした時のこと、思い出すな」
リョウヘイは寝ずにレコーディングしたあの日を思い出していた。
「今回はだいぶ余裕を持ってやれそうだね」
ハルナも苦笑いしている。
「あんなの、もう2度とやりたくないよ…」
綾坂はトラウマに頭を抱えた。
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数日後。
久しぶりの東音についたリョウヘイと綾坂。
他のメンバーは予定が合わなかったので今回は2人だけだ。
曲は完成している。シンプルにドラムの音だけ録音できればいいので2人でも問題はなかった。
「お久しぶりです、リョウヘイさん。ナルミも」
ティアーユが笑顔で出迎えてくれた。久しぶりに会った気がするが、相変わらず美人である。
「姉さん。本当によかったの?あの請求書、間違いじゃないよね?」
綾坂が言う請求書は、この前届いた東音からのレコーディングブースの使用料が書かれたものだった。
その金額は相場の半分ほどの額が書かれていて、綾坂は目を疑った。
東音のプロユースの設備や環境を考えると、かなりの値段をとっても不満を言う人はいない。
「あの金額で間違いありません。ブースやミキサー、楽器や機材のレンタルも含めての請求書です」
「ホント、なんていったらいいか…」
リョウヘイは頭を下げた。
「構いませんよ、リョウヘイさん。良い作品を期待しています」
それだけ言うとティアーユは授業に戻って行った。
ドラムのレコーディングブースへ入ると、リョウヘイは少しだけ懐かしい気分になった。学生だった頃、何度も音を残した場所。今は学校の課題ではなく、自分たちの芸術作品を作るために来ている。
綾坂はドラムセットの周りへマイクを立てていく。キック。スネア。タム。オーバーヘッド。ルーム。気づけば大量のマイクがドラムを囲んでいた。
リョウヘイがその光景を見回す。
「いいね。ちゃんとレコーディングって感じする」
「テンション上がってる?」
「そりゃ上がるだろ。こんだけマイク向けられてドラム叩けるんだぞ」
綾坂が少し笑いながら、オーバーヘッドの位置を調整する。
「その調子だよ、リョウヘイ。今はリズムトラックなんて打ち込みでもかなり自然に作れるし、タイミングも音量も綺麗に揃えられるけどね」
綾坂は作業の手を止めてリョウヘイを見た。
「でも今日は、そういう綺麗さじゃなくて、ドラムを叩いた時のリョウヘイの熱量を録音したいの」
「そうだな」
リョウヘイはスティックを手に取り、軽く握り直した。
「じゃあ、残さず拾ってくれ」
「任せて」
綾坂は位相を確認し、チューニングを微調整し、何度も各マイクの音を聞き比べる。リョウヘイが叩くたびに、ブースの向こうで波形が増えていく。
完璧に揃った音ではない。微妙な強弱もある。ほんのわずかな前後もある。だが、その揺れがバンドを前へ進ませる。
準備や休憩を含めて5時間ほどで3曲のドラムトラックを録音し終えた。
「よし、片付けるかぁ…!」
綾坂が大きく伸びをする。
「ここからが大変なんだよな」
「ホントよ…自分でマイク立てといてアレだけど。片付けるの面倒くさいんだよなぁ。ドラムのレコーディングって大変」
「打ち込みに頼りたくなる気持ちもわかるよ。金も時間もかからないしな」
MIDIで打ち込めば好きな音、タイミングでドラムをつけることができる。それでもやはり生音にこだわるのはバンドマンの性なのだろうか。
「あとは家の防音室でアンプを鳴らしながら残りの音を撮っていこう」
「やっとあの家の真価を発揮できるな」
lunati初のEP制作が、本格的に始まった。




