#78 SNS
次のライブまで3週間。
ライブに向けてやることは多い。スタジオの日程を合わせる。予約状況を確認する。Tシャツの告知をする。ダウンロードカードも用意する。ライブハウスへ提出する資料もある。
学生の頃なら演奏のことだけ考えていればよかったが、今はステージに立つまでの仕事が山ほどあった。
その中でも、最近特に動きが良かったのがlunatiのInstagramだった。
「え…!また増えてる…!?」
ハルナがソファでスマートフォンを見ながら言う。
「どれくらい?」
綾坂が隣から画面を覗き込む。
「先週より46人増えてるよ」
「すごっ!結構いいね!」
Tシャツを作った日の投稿が、予想以上に伸びていた。完成したTシャツの写真だけではない。5人で床に座って作業している様子や、ユイが斜めにプリントして騒いでいる動画、ヒナが数ミリ単位で位置を確認している姿。綺麗に作り込んだ宣伝というより、ただlunatiが5人で何かをやっているだけ。それが妙に受けていた。
「これ見て!」
ユイがスマートフォンを持ってくる。
「アタシが失敗したやつ、めっちゃ再生されてる!」
「ふーん、よかったじゃん」
リョウヘイが適当に返す。
「もっと興味持ってよ!リョウヘイはインスタやってないからこの再生数の凄さがわかってないんだよ!」
「いやスゴイと思うよ?」
「絶対ウソ!嘘つきの顔してる!」
正直なところ、SNSは本当に分からない。
リョウヘイ自身、昔からほとんど興味がなかった。何を食べたとか、どこへ行ったとか、わざわざ写真を撮って人に見せる感覚がいまいち理解できない。
もちろん、バンドに必要なのは分かっている。だからこそ、分かる人間に任せることにしていた。
「SNS運用はお前らに任せる」
「丸投げじゃん!」
ユイが言う。
「適材適所だよ」
「リョウヘイくんもメンバーなんだから協力してよ」
ハルナが笑う。
「わざわざ世間に報告するような事は俺にはないんだよ」
「ドラムの演奏動画は?」
「それはYouTubeでやってるけど趣味レベルだよ」
「リョウヘイはこまめに投稿したりは向いてなさそうだね」
綾坂が呆れる。
「何書けばいいか分かんないんだよ」
「今日もドラム叩きました、とか。いろいろあるでしょ?」
「誰が見たいんだよ」
「どっかに見たい人がいるかもしれないからSNSやってんの!」
ユイが正論を言った、珍しい。
ヒナは隣で自分のスマートフォンを操作している。
「リョウヘイさんのドラム動画は需要あると思いますけど…」
「そう?」
「ありますよ。演奏している人の手元を見たい人は多いです。私自身よく見ているので」
ヒナに言われると少し説得力がある。自身のギター配信を続けているヒナも、今ではSNSからlunatiへ人を流す重要な入口の1つになっていた。
「じゃあ今度スタジオで撮ろっか。一番派手な技使ってるとこだけ撮らせて」
綾坂が言う。
「まぁ、それくらいなら」
「決まり!」
ユイが勝手に話を終わらせる。
「お前は何するんだよ」
「アタシ?」
ユイは少し考える。
「リプを返す!」
実際、ユイの役割はかなり大きかった。
lunatiのInstagramへコメントが来れば、ハルナだけでなくユイもよく返事をしている。ライブに来てくれた人を見つければ自分のアカウントからフォローし、ストーリーに反応が来ればそのまま会話を始める。
ユイのアカウントは、ほとんどlunatiのサブアカみたいになっていった。頻繁に投稿されるlunatiの写真や動画がより深く知りたいファンには刺さるようだった。それにユイはしっかり宣伝することを忘れていない。
結果としてlunatiとユイのアカウントのフォロワーはほとんど同じぐらいだ。
綾坂が分析する。
「ユイはSNSを宣伝だと思ってないのが強いのかもね」
「どういう意味?」
ユイは首を傾げた。
「普通に友達増やしてるだけ」
「え?そういうもんでしょ?インスタって?」
「それでいいんだよ、ユイちゃん」
ハルナも笑った。
綾坂は続ける。
「でもいいと思うよ。公式アカウントはしっかりやってるのに、メンバーの個人アカウントはちょっと距離近い感じするのは面白いかも」
「じゃあもっと返信していい?」
「炎上するようなこと言わなければ」
「炎上ってなんて言えばなるの?」
「アンタの場合、それを自分で判断できないのが怖いのよ…」
「大丈夫ですよ、ユイさん。ネットの中でも相手へのリスペクトを忘れなければ、きっと大丈夫です」
ヒナは基本的に公式アカウントへ直接投稿することは少ない。その代わり、自分の配信でlunatiの話をする。SNS運用に関してはみんなより少し先輩だ。
ヒナはライブが近づけば自然に告知し、Tシャツの制作動画が上がれば配信中に着て見せた。それだけでInstagramへ流れてくる人がいる。
そしてハルナは、全体をまとめていた。写真を選び、文章を考え、投稿のタイミングを決める。普段の作曲家としての曲作りの合間にやっているとは思えないくらい、すっかり慣れてきていた。
「ハルナ、やっぱりこういうの向いてるな」
リョウヘイが言う。
「そうかな?先に作って投稿予約しておくだけだよ?」
「俺なら3日で終わる自信がある」
「投稿しなくなるってこと?」
「アプリさえ開かなくなる、なんなら消してる」
ハルナが笑った。
綾坂がノートPCから顔を上げる。
「でも、今の伸び方は結構いいよ」
「今フォロワーどれくらい?」
ユイが聞く。
「今は3000人くらい」
ハルナはインスタを見ながら答える。
「3000!?」
ユイが大きな声を出す。
「Tシャツ3000枚売れる!?」
「売れない、フォローと購入は全然別だから」
「さすがにダメかぁ!」
ライブの予約と同じだった。見てくれる人。興味を持ってくれる人。実際にライブへ来る人。金を払って物販を買ってくれる人。全部同じではない。
「でも入口が3000人増えたって考えれば十分だよ」
綾坂が続ける。
「今までlunatiを知らなかった人が、少なくとも名前を見るようになったんだから」
「じゃあ、その人たちにライブ来てもらえばいいんだね!」
ユイが言う。
「簡単に言うけど」
ハルナが笑う。
「まず知ってもらって、曲聴いてもらって、興味持ってもらって。それからじゃないかな」
「道のりが長い!」
「そういうもんだよ。人をライブに連れてくるのは大変なんだ」
リョウヘイが言う。
昔なら、ライブハウスで対バンして、フライヤーを配って、口コミで少しずつ名前を広げていくしかなかった。今はスマートフォン1つで、全く知らない人にも届く。便利だとは思う。ただ、自分でやりたいとは全く思わない。
「俺、やっぱSNSはみんなに任せるわ」
「あ、リョウヘイまた逃げた!」
ユイが指を差す。
「逃げてない。役割分担」
「じゃあリョウヘイさんは何をするんですか?」
ヒナが聞く。
「ドラム叩く」
「それだけ?」
綾坂が意地悪く言う。
「バンドのこと考える。物販の案出す」
「それはみんなやってる」
綾坂の声は聞こえないフリをしてリョウヘイは胸を張る。ユイがスマートフォンを構えた。
「じゃあ今の撮っとこ」
「おい、なんで撮るんだよ」
「『SNSはみんなに任せる男』」
「おまっ…絶対載せるなよ。人権侵害だぞ」
「もう撮っちゃったもん!載せちゃったもん!」
「消せよー!」
「やだよー!任せるって言ったでしょー?」
ユイが逃げる。リョウヘイが追いかけようと立ち上がると、ハルナが笑いながら2人へスマートフォンを向けた。
「あ、これも撮っとこ」
「ちょ、ハルナまで!?」
「こういう自然なのが反応いいんだよ。それに任せるって言ったでしょ?」
「勘弁してくれ……」
綾坂とヒナも笑っている。2人はスマートフォンを取り出した。
「リョウヘイさん、今の顔いいですね。撮っておきます。どうぞ私達にお任せください」
「そうだよ、リョウヘイ。任せるとはそういうことだよ?」
「お前ら何言ってんだよ。マジやめて?」
その日の夜、lunatiのInstagramに短い動画が1つ増えた。
ユイからスマートフォンを取り返そうとするリョウヘイ。笑いながら撮影するハルナ。横で笑う綾坂。そして画面の端で、何事もなかったようにギターを触っているヒナ。
文章は短かった。
『ライブまであと3週間。今日もlunatiは元気。』
翌朝。その動画は、Tシャツの制作動画より伸びていた。
「なんでだよ……意味わかんねぇ」
リョウヘイはユイに見せられた画面を睨みながら呟いた。
SNSは、やっぱりよく分からない。でも、分からないなら分かる4人に任せればいい。
lunatiを知ってもらう入口が増えるなら、それで十分だった。
その為だったら被写体になるのも甘んじて受け入れよう。リョウヘイは仕方なくいろいろ諦めることにした。
「今日はちょっとドラムの動画撮るか…」
リョウヘイはスタジオに向かった。
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次のライブまで、あと2週間をきった。
月曜日のリビングには、完成したlunatiのTシャツが積み上がっていた。白地に自分たちで刷ったロゴ。全部XL。完成品49枚。最初にかかった費用は、無地のTシャツ、インク、版、シルクスクリーンの道具まで含めて約4万円。販売価格は1枚3000円。綾坂がノートPCへ数字を並べる。
「改めて確認ね。今回は最初に道具も揃えてる。15枚くらいTシャツが売ればほぼ元が取れる」
「15枚!そんぐらいならイケそうな気がする!」
ユイがTシャツを1枚掲げる。
「じゃあ15枚売れば勝ちってこと!?」
「正確にはそこからやっとスタートって感じ。投資分を回収して利益に変わるタイミングってこと。反対に15枚売らないと赤字」
「赤字は絶対やだ!アタシ負けないから!」
「ユイさん、勝敗にするの好きですね」
ヒナが静かに言った。
「目標あった方が燃えるでしょ!」
「気合いでどうこうなる相手じゃないです」
ハルナはInstagramへ載せた制作動画の反応を確認している。
「もう欲しいって言ってくれてる人、結構いるよ。たくさんコメントももらえてる」
画面をみんなに見せる。
確かにしっかりといいねやコメントがついている。
「すご!15枚は余裕で超えそうだね!」
「Tシャツの取り置きもした方がいいかな?」
ハルナは綾坂に相談した。
「もちろんだよ、ハルナ」
綾坂が笑う。
「取り置き希望があれば受けてもいいよ。大事なのはライブ当日に現場に来てもらうことだからね。Tシャツを買いに行くのも、ライブを見に行く一つの理由になる」
リョウヘイも床に積まれたTシャツを見る。金もスタッフもないから、自分たちで作った。その過程までSNSに載せた。完成品だけを店頭に並べるより、誰がどうやって作ったのかまで知ってもらえている。
「これがちゃんと売れてくれれば、かなり利益を出せそうだな。シルクスクリーンの型だけ変えれば違うロゴのTシャツも作れるしな」
「そうだね、次は色違いとか作ってみる?」
ハルナが聞く。
「いや、まずこの49枚を減らしてから」
綾坂が即答する。
「不用意に在庫を持つべきじゃないよ。よっぽどないと思うけど、売れなきゃただの布と大きいダンボールだからね」
綾坂はTシャツの入ったダンボール箱を軽く叩きながら言った。
「怖い言い方するなぁ……」
ユイが箱を見る。
「急に4万円の塊に見えてきた……」
「そういうこと。こんなダンボールが何個もある家はウチが耐えられない」
ライブの予約も増えていた。前回ほどではないが、卒業後2回目のライブを楽しみにしてくれている客はいる。Instagram経由。ヒナの配信経由。前回初めて見て、もう1度来てくれる人。少しずつだが、lunatiの外側に輪ができ始めていた。
綾坂が笑いながら、物販用の釣り銭と在庫表を作っていく。
「今回はライブだけじゃなくて、物販も勝負だよ。ちゃんと売って、次の活動費にするよ!」
「よし!」
ユイがTシャツを抱える。
「まずは15枚、絶対売る!」
卒業後2回目のライブ。今度は演奏だけじゃない。自分たちで作ったものを、自分たちの手で客へ渡す。それもまた、バンドを続けるための仕事だった。
もうすぐライブが始まる。




