#77 DIYバンドTシャツ
ライブから1週間後の月曜日。
いつものように5人がリビングへ集まり、次のライブについて確認していた。綾坂がアリノスから送られてきた出演条件をノートPCに表示する。リョウヘイは画面を見ながら読み上げた。
「4マン、ノルマ10、30分か。持ち曲も十分あるし、練習はいつものペースで良さそうだな」
「ラーメンの注文みたいに言わないでよ。この前辞めたばっかりなのに」
ユイが不満そうに言う。
「しらねぇよ。ってかお前……」
「ユイ、アンタもしかして、またクビになったの……?先週もパチ屋のバイト、クビになってたでしょ…?」
綾坂も呆れた顔をする。
「違う!環境が合わなかっただけ!自分からやめたの!」
ハルナが首を傾げる。
「でも、1ヶ月に2回クビになるとかありえるんだね。ユイちゃんすごい」
「褒めてないよね?」
「褒めてないよ?」
即答だった。
綾坂はユイに忠告した。
「でもパチ屋は辞めた方がいいよ。あの環境で長時間働いてたら、どうしても耳を悪くしちゃう。日常には問題のないレベルだけど、音楽をやる人間にはあんまりオススメしない」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン『宅配便でーす』
「あ、来た。俺のだ。行ってくる」
数分後、リョウヘイが大きなダンボールを抱えてリビングへ戻ってきた。
「どっこいしょ」
「おじさん何買ったの?」
最近のユイはリョウヘイをおじさん扱いするのにハマっている。
「誰がおじさんだ」
「今どっこいしょって言ったじゃん。様になってたよ」
「シンプルに荷物が重いんだよ」
ヒナもギターを置いて近づいてくる。
「大きいダンボールですね。バスドラムでも買ったんですか?」
「違うわ、単品で買わないわ普通」
リョウヘイは床に箱を置き、ガムテープを剥がした。4人が自然と周りに集まってくる。
「中身はなんと……」
リョウヘイが箱を開く。
「Tシャツ!いっぱいある!」
ハルナが声を上げた。中には、まだ何もプリントされていない無地のTシャツがぎっしり詰まっている。
「ほんとに全部XLだ!ヤバ!イメージ通りの形だ!どうどう!?」
ユイが1枚引っ張り出して身体に合わせる。
「ぶわー!もうかわいいですユイさん!」
「ホントだ!良い感じ!」
ヒナとハルナも身体に合わせてみた。
ぶかっとしててかわいい。
ショートパンツのユイにはかなり似合っていた。
「こっちも届いてるよ」
綾坂が別の箱を持ってくる。その中には、シルクスクリーン用の版やインク、スキージーなどが入っていた。
「今日で1人10枚作るよ! シルクスクリーンのキットも3つあるから、全員で回してくよ!」
綾坂は全員に指示した。
「50枚全部今日やんの!?」
ユイは作業量を想像した。
「全員で協力すれば、1日で終わるはずだから」
綾坂は余裕の表情をしている。
「休憩しながらゆっくりやろう」
ハルナはそう言いながら、スマートフォンを取り出した。
「写真と動画も撮っておくね」
「最初から?」
「うん、素材は多い方がいいから。まとめて宣伝動画作っちゃうよ」
「ハルナすごい!」
ハルナは床に並んだ無地のTシャツと、シルクスクリーンの道具をまとめて撮影する。
『lunati、物販制作中。Tシャツ50枚、全部自分たちで』
「もう載せたの?」
リョウヘイが聞く。
「うん。完成するまでをちょっとずつ載せていこうかなって」
「じゃあアタシがやってるところも撮って!」
「失敗してるところもね」
「失敗しないし!」
その後、綾坂から簡単にやり方を教わり、5人で作業を始めた。最初こそユイが少し斜めに刷って「これは味!」と言い張ったり、ヒナが位置を細かく気にしすぎたりしたものの、数枚もやれば全員すぐに慣れた。
ハルナは作業の合間に写真や短い動画を撮り、Instagramへ載せていく。
『手作りなのいいね』『欲しい』『楽しそう』。
反応も少しずつ増えていた。
「こういうの見てもらえるの、いいね」
ハルナがスマートフォンを見ながら笑う。
「完成品だけ出すより、作ってるところから見せた方が応援の意味でも買いやすいだろ」
リョウヘイが言う。綾坂も頷いた。
「多少プリントに個体差があっても、最初からDIYって分かってれば、それも味になるしね。限度はあるけど」
「アタシの斜めも味!」
「まだ言ってんの?」
作業が半分ほど進んだところで、ユイが聞いた。
「ちなみにこれ、いくらで売るの?」
綾坂は少し考える。
「んー、3000円ってとこかな」
「うん、妥当だな」
リョウヘイも頷く。ハルナが出来上がったTシャツを見ながら聞いた。
「これって1枚の原価はいくらなの?」
「機材費も含めてですよね」
ヒナも続ける。
「そうだね。シャツ代、インク、版、シルクスクリーンのキットとか全部合わせて、今回かかったのが4万ちょい。ざっくり1枚800円くらいかな」
「3000円で売って、800円だから……」
ユイが指を折り始める。
「1枚売ったら2200円! 1人440円!」
「また5で割ってる」
ハルナが笑う。
「ただ今回は最初に道具を揃えてるからね」
綾坂が続けた。
「損益分岐点……まあノルマは15枚ってところかな。15枚くらい売れば今回の投資はほぼ回収。16枚目からは利益が残りやすくなる」
「またノルマー!」
ユイが天井を仰ぐ。
「ライブでもノルマ! Tシャツでもノルマ!」
「1日で売るわけじゃない。長い目で見とけばいいよ。道具は次も使えるしな」
リョウヘイが言う。
「それでも16枚目からは利益なんでしょ?」
「そういう考え方でいい」
「じゃあ16枚売ったら……」
「また5で割ろうとしてる」
ハルナが先に止めた。ヒナがユイを見る。
「ユイさん、お金の話になると必死ですね……そんなにお金ないんですか……?」
「うっ!そうだけどっ!」
ユイは慌てて返した。
「ヒ、ヒナだってギター配信だけじゃ厳しいでしょ!バンドでちょっとでもお金稼がないとヤバいのは一緒じゃん!」
「う……」
ヒナが少し視線を逸らす。
「はい…。正直、ギリギリです……。最悪、まだ貯金がありますけど」
「ヒナも貯金してる……裏切り者……」
ユイは泣きそうだった。
「貯金があると裏切りなのか……」
リョウヘイは思わず呟いた。
値段も決まり、そのまま作業を続ける。昼休憩やコーヒー休憩やゲーム休憩を挟みながら5人で刷り続け、夕方には床いっぱいにTシャツが並んでいた。
最後の一枚をユイが仕上げている。
「リョウヘイ」
ユイが大きく滲んだ1枚を持ち上げる。
「なんだよ」
「部屋着できたよ。あげる」
「俺に押し付けんな。お前が買い取れ」
ハルナが笑いながら、その失敗作まで写真に収めた。最後に5人もそれぞれ完成したTシャツを着て並ぶ。全員XL。ユイやハルナにはかなり大きく、ヒナも袖が余っている。
リョウヘイのストリートファッションによく合うデザインだった。
「可愛い!これ普通にイイじゃん!」
ユイが袖を広げる。
「思ったよりいいね。ゆったりしてるの可愛い」
ハルナも嬉しそうだった。
「私も好きです。これは売れそうな予感がします」
ヒナも自分の袖を見る。
「うん、イイね!ウチも欲しいくらい!」
綾坂が全員を見ながら言った。
リョウヘイは床に並んだTシャツを見る。1週間前までは、lunatiの物販は小さなダウンロードカードだけだった。今は、自分たちで作ったTシャツが49枚ある。
金もない、スタッフもいない。だから自分たちで作る。その過程まで全部、lunatiの活動にしていく。
宣伝するネタは多い方がいい。
「次のライブ、楽しみになってきたな」
リョウヘイが言う。
「アタシ全部売るよ!ライブでも物販でもこれ着て宣伝する!」
ユイが宣言した。
綾坂が言う。
「それはマジで大事。やっぱりメンバーの着てるのと一緒の服がほしいはず。ファンってそういうものだから」
「よーし売るぞー!」
ユイは気合いを入れている。
「新しい物販はできた。あとは動員だな。そろそろSNSの方で動きがあるといいが…」
リョウヘイはインスタの動向を気にしていた。
次のライブまであと少し。
今度は、このTシャツを客に届ける番だった。




