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74/99

#74 集客

アリノスでのライブが決まってから、lunatiはそれぞれ告知を始めた。ライブまでは約1ヶ月半。ノルマは10人。


その数字だけ見れば難しくはなさそうに思える。

でも綾坂からは忠告を受けている。

「行くと言ってくれた人」と「実際に予約した人」は別だから、と何度も念を押されていた。


だからまずは、本当に来てくれる人を1人ずつ増やしていく。リョウヘイの場合、使える繋がりはドラム教室だけだ。


リョウヘイも講師を始めてから知ったことだが、教室に通ってくる生徒の層は思っていたよりずっと幅広い。小学生から定年後に始めた高齢者まで、老若男女といっていい顔ぶれが並ぶ。


中でも意外と多いのが、平日昼間のレッスンにやってくる主婦層だった。東京という土地柄なのか、時間にも懐にもそれなりに余裕のあるマダムが少なくない。


「実は俺、バンドやってて。今度都内でライブあるんすよね」


ある日のレッスン終わり、通ってくれているマダムの一人に、何気なくInstagramの画面を見せてみた。


「あら、素敵じゃない先生。来月に下北沢でライブなのね」


「そうなんす。駆け出しのバンドなんで、応援してもらいたいんですよ。マダムが来てくれるなら心強いです。よかったら」


軽い気持ちで言っただけだったのに、マダムはその場でスマートフォンを取り出し、慣れた手つきでチケットを購入してしまった。


「予約できたわ。楽しみにしてる」

「あ、ありがとうございます…」


拍子抜けするくらい早い決断だった。あとで話を聞いて分かったことだが、マダムたちの多くは子育てがひと段落していて、平日の昼間は比較的自由が利く。生徒の中でも時間とお金に余裕がある層らしい。


「それにね、先生たちくらいの歳の子見てると、なんか応援したくなるのよね。うちの息子と同じくらいだし」


そう言われて、リョウヘイは確かにと納得した。

生徒からすれば、自分たちは息子世代らしい。親心というやつなのだろうか。

なんにせよ応援してくれる人が一人増えるのはありがたいことだった。


高校生の生徒にも同じように画面を見せると、今度は例の写真をじっと見られた。

「え、ここでライブするんですか!?ここアニメの聖地巡礼で行ったことあります!すごい!」


何がすごいのかは分からないが、素直な反応が嬉しくもあった。

「あーなんか、そうらしいな。興味あったら」

「行きたいです!」

「無理に来なくていいぞ、時間も夜だし」

「先生がライブで叩いてるとこ見て勉強したいです!」


そう言われると、単純に嬉しい。生徒の中には未成年も多いから、夜のライブに誰でも気軽に誘えるわけじゃない。親御さんにも相談して、来られそうなら。それくらいにしておいた。


マダムたちのように即決で来てくれる層もいれば、慎重に検討する層もいる。あとは仕事を始めてから知り合った講師やスタッフ、東音時代から付き合いのある知人にも連絡を入れる。1人、2人。小さい数字だけど、確実に増えていった。


ヒナはいつものように、防音室でギター配信をしていた。配信を始めて3ヶ月。最初の頃に比べれば見てくれる人も少しずつ増えている。相変わらず雑談は得意じゃないが、顔が見えないから話しやすいらしい。


学生時代は趣味程度にやっていた配信。

趣味でやる分にはなんでもよかったが、同接などの数字を出そうとするとかなりの労力が必要になるのをヒナは最近になって理解し始めていた。


ほとんどギターを弾いて、コメントで質問されたら答える。それだけだ。でも、それが逆にヒナらしいらしく、毎回来てくれる人も増えていた。曲を弾き終えると、ヒナが画面を確認する。


「ありがとうございます」


コメントが流れていく。

『今日めっちゃ音いい』『そのフレーズ好き』『何のの曲?』


「私が所属するバンド、lunatiの曲です。カッコいいですよね」


さらにコメントが増える。『ライブ行きたい』


「今度都内でライブがありますよ、是非遊びに来てくださいね」


コメントの流れが一気に速くなった。『いつ!?』『行きたい』『詳細ください』


ヒナは横に置いていたスマートフォンでInstagramを確認する。


「来月、アリノスというライブハウスでライブがあります。詳細はlunatiのInstagramに載っています」


『フォローした』『東京なら行ける』『初めてでも大丈夫?』


「もちろん大丈夫です。音楽が好きなら、ライブハウスはどんな人が来ても楽しいと思います。」


少し間を置いて、ヒナが付け足した。


「…あとライブの方がギターが大きい音で聞けますよ!」


宣伝として正しいのかは分からない。でもヒナにとっては、それが最大の売り文句らしい。


ハルナが作ったInstagramも少しずつ動き始めていた。最初の投稿は、リビングで昼飯を食べているリョウヘイたち4人の写真。リョウヘイとユイがくだらないことで言い合って、ハルナが笑い、ヒナもその横で笑っている。


どう見てもアー写というより日常写真だ。それでも反応は悪くなかった。『仲良さそう』『この写真好き』『東音卒業しても続けてるんだ!』『ライブ待ってました』


東音時代から知ってくれている人が中心だったが、ヒナの配信から来たらしいアカウントも少しずつ増えている。ハルナは曲作りの合間に、ライブ情報や家でのちょっとした様子も投稿するようになった。ある日、ソファでギターを弾いていたヒナにスマートフォンを向ける。


「ヒナちゃん、ちょっと撮っていい?」

「ギターだけなら…」

「顔も少し入れたいんだけど」

「離れて撮ってくれるなら…」

「うーん、やっぱりダメかぁ」

「そ、そういうのはユイさんに任せた方が良いかと!」


ヒナはブレない。

ハルナも少しずつ、lunatiを外へ見せる方法を覚え始めていた。

なるべく毎日の投稿を心がけた。なるべく接触機会を増やして存在を知ってもらう事を目標に素材を撮り溜めている。


そして最も強かったのが、ユイだった。

「よし送った!これで10人目か…」


ある日の夜。ソファに寝そべってスマートフォンを触っていたユイが、唐突に叫んだ。


「ライブ告知?」

ハルナが顔を上げる。


「そう、ライブの告知!」

「東音の友達?」

「ううん、前のバイト先の新しい友達!」

「そっか!学生時代の知り合いはほとんどインスタをフォローしてくれたから告知の必要はないからね」

「うん!わかってる!」


綾坂がノートPCから顔を上げ、怖い顔でユイを見た。


「前のバイト先…?アンタ、またクビになったの!?」

「うん!もう来なくていいって言われた!」

「一体なにしたのよ…」 

「居酒屋でバイトしてたんだけどー、ミスしたら酔った客がブチギレてきてさー。バチバチに喧嘩したらクビになった」

なんて事ないような口調でユイは話す。


「ユイ、アンタ…。家賃納めれるならいいけど…そんなんでホントに大丈夫?時給分だけでいいから、少しは愛想良くしないと…」

綾坂は本気で心配していた。


「アタシはアタシらしく働けるところを探してんの!むしろ合わないバイト先なのが早めに分かってよかったよ!」

ユイは笑いながら言っていた。恐らく本気でそう思っているようだった。綾坂は頭を抱えた。


この3ヶ月で、ユイは何度かバイト先を変えている。カフェ、飲食、イベントスタッフ、短期の倉庫作業。それ以外にも単発でいろいろやっていた。長く続いても2週間程度でクビになる。


しかし友達だけは異常な速度で増え続けていたようだった。仕事はクッソできないが、人と仲良くなることだけはユイの得意分野だった。


ぴこん、と通知音が鳴った。ユイの目の色が変わる。

「さっきの子、ライブ来てくれるって!」

「す、すごい…こんなアッサリ」

ハルナが驚く。


「当日まで本当に来るかわかんないからね」

綾坂が釘を打つ。


それでもユイは気にせず、次の通知をチェックしていた。


ぴこん。


「こっちも!」

「今度は誰ですか?」


ヒナが聞く。

「イベントで一緒だった人!」


ぴこんぴこん、と立て続けに鳴る。ユイの指がフリック入力で忙しなく動き、その都度画面に食いつくように顔を近づける。


「ソーコも来れるって!」

「誰?」

「倉庫!」


ヒナが少し首を傾げる。


「倉庫って名前ですか?」

「違うよ! 倉庫で一緒だった子!」

「名前覚えてやれよ」


リョウヘイは思わず吹き出した。ソファの上で通知音に一喜一憂するユイの姿は、もはや選挙戦の開票速報でも見ているようだった。


「お前、仕事は続かないのに友達だけ異常に増えてんな」

「いいじゃん!人脈!メールするだけなら無料だしね!」

「どうやったらそんな友達増えるんだよ」

「普通に喋って、仲良くなったら連絡先交換するだけだよ? 簡単じゃーん」


心底不思議そうな顔だった。自慢しているというより、本当にそれ以外のやり方を知らないらしい。


「職場が変わっても、そこで仲良くなった人とまで縁が切れるわけじゃないですもんね」


ヒナが妙に納得した様子で言う。

「そうそう! ヒナ分かってる!」


「ですが、連絡するお友達の数が、辞めたバイトの数に比例すると思うと、なんだか悲しいです…」


たぶん、息をするようにコミュニケーションができるのがユイの強みなんだろう。それに新しいバイト先で誰が相手でも関係ない。ユイは常にユイだ。


器用に仕事を続けることはできなくても、器用に人とは繋がれる。誰も真似できない種類の才能だった。



ぴこん、とまた鳴る。


「今のバイト先の子も来てくれるって!」

「今のところはまだ続いてるの?」


ハルナが恐る恐る聞く。

「うん!バッチリ続いてるよ!」

「何日目?」

「4日目!研修終わったとこ!」


全員の生温かい視線が突き刺さる中、ユイのスマートフォンはまだ鳴り続けていた。


そんなユイだったが、集客に関しては誰よりも結果を出していた。


ライブまで1ヶ月。5人でスタジオに入れる日は以前より少なくなったが、演奏自体に大きな問題はなかった。


月曜日を中心に全員で合わせ、それ以外は必要な部分だけ各自で詰める。ハルナとヒナは家でも曲を触り、ユイも歌とベースを確認する。


リョウヘイはレッスンの空き時間でドラムを叩き、綾坂はアリノスで本番の環境を確認していた。学校にいた頃みたいに毎日集まることはできない。それでも、散々一緒に演奏してきた5人だ。身体に残っているものは簡単には消えなかった。


lunatiは場数もかなり踏んできた。修羅場もそれなりに潜ってきた。正直ライブの演奏面に関しては全く心配はない。


それより気になるのは、集客の方だった。


ライブまで3週間。月曜日。掃除を終えたあと、綾坂がリビングでノートPCを開いた。


綾坂はパソコンを操作しながら言った。

「取り置きの予約状況見る?」

「見る見る!今どんな感じ?」


ユイが真っ先に横へ座る。ハルナとヒナも覗き込み、リョウヘイも後ろから画面を見る。


「今の予約、24人」

「24!? すごくない!?もうノルマ超えてる!」

「今のまま全員来ればね。安心するのはまだ早いよ」

「またそれ言う!いいじゃん!とりあえずクリアしたってことで!」

「まぁ予約24なら、とりあえずは安心か」

「仮に半分の人が来れなくても、ノルマは越えてるもんね」

ハルナも一安心した表情だった。



綾坂が予約の内訳を確認する。

「東音の頃から来てくれてた人が7人。リョウヘイ経由が3人。ヒナの配信から3人」


「3人も来てくれるんですか?」

ヒナが少し驚いた顔をする。


「予約入ってるよ。どこから予約ページに飛んできたかわかるようになってるからね」

「……嬉しいです。私の配信もちゃんと意味があるんですね」

ほんの少しだけ口元が緩んだ。


「Instagramから直接予約が4人」

ハルナも嬉しそうに画面を見る。


「私たちのこと知らなかった人かな?」

「東音の子もいるだろうからまだその辺はわかんないかな…」


「じゃあ残りは?」

リョウヘイが聞く。綾坂がユイを見る。


「7人。ユイ経由」

「やった! アタシ1番じゃん!」

ユイが両手を上げた。

「友達の数で競ってないよ」

ハルナが笑う。


「とはいえ、まだ口約束の段階だからね。当日になるまでホントわかんないんだから……」

綾坂はなんだか悔しそうにユイに忠告した。


それでもすごい。リョウヘイはドラム講師。ヒナは配信。ハルナはSNS。ユイは人付き合い。卒業後にそれぞれ作った繋がりが、少しずつlunatiへ人を連れてきている。


綾坂はパソコンを操作しながら続ける。

「ノルマ10人だから、それを超えた14人分。今のところ2万1000円バック予定だね」


ユイがすぐ計算する。

「5人で割ったら……4200円!少ない!」

「割るなバカユイ。そんな少額を分けあっても意味ないから。活動費としてバンドの貯金にするよ」

綾坂がツッコんだ。


「えー!?ギャラなしー!?」

「この前散々説明したでしょ…」

「24人も呼んでるのに!」

「でも赤字じゃないだけマシだよ?ね、ユイちゃん」


ハルナが言う。ユイが少し考える。


「それにまだ時間もあるし。もっと人を呼べればバックも増えるんだよ」

「……たしかに!もっと友達増やせばいいんだ!」


ノルマを超えた。でも、だから終わりじゃない。せっかくライブをするなら、1人でも多く来てほしい。


その後も告知は続けた。ヒナの配信を見て初めてlunatiを知った人。ハルナのInstagramから興味を持った人。ユイから突然メッセージを送りつけられた人。リョウヘイの生徒や知り合い。予約は少しずつ増えていった。


ライブまで2週間、31人。1週間前、38人。そして――ライブ前日。


土曜日の夜。5人でリビングに集まっていた。床には明日持っていく機材や荷物が並んでいる。


リョウヘイのドラム機材をまとめたカート。これにはスネア、ツインペダル、スティックケース、コブラ・クラッチがゴムバンドでガッチリ固定されている。

かなりの重量なのでカートがなければ運べない。


ユイのベース、ヒナのギターとエフェクター、ハルナのキーボードはそれぞれケースに入れて背負って運ぶ予定だ。


それに綾坂のPA機材とマイクが多数。

lunatic用にセットアップしたsennheiserのマイクフルセットをハードケースにまとめている。


当日は電車での移動になるので、手で持てる量の機材が限界だった。


荷物をまとめた終わってひと段落したところで、綾坂はPCを開いて、最後の確認をしていた。

「取り置き最終予約、43人」

「43! あと7人で50人だったのにぃ!」

ユイは本気で悔しそうだった。


「50人に届かなかったね」

ハルナが笑う。


「当日急に来る人いるかもしれないじゃん!」

「うん。予約なしで来る人もいるから、可能性はあるよ」


綾坂が答える。


「ただしキャンセルもあるから、明日になるまで実際の動員は分からないけど」

「絶対その一言入れるよね!綾坂、人を疑いすぎ」

「それが事実なの。ユイは人を信じすぎ」


ヒナが数字を見ながら呟いた。


「でも、43人も来てくれる可能性があるんですね」

「そうだな。初のブッキングライブで43はすごいぞ」


リョウヘイも画面を見る。最初の目標は10人だった。赤字にならないための10人。そこから始まって、43人まで増えた。東音のイベントじゃない。学校が集めた客でもない。リョウヘイたちが自分たちで声をかけて、自分たちで集めた43人だ。


綾坂は一瞬で計算する。

「チケットバックだけなら、33人分で4万9500円」


ユイがすぐに反応する。

「おお!」


「まだ確定じゃないから。あと、5で割らないでよ、ユイ」

「もう分かったって!」


全員が笑う。その後は持ち物を確認した。忘れ物がないか。集合時間。入り時間。リハーサル。本番の時間。3ヶ月ぶりのライブ。学生じゃなくなってから、初めてのライブ。リョウヘイはスティックケースの中身を確認してまた閉じた。


「なんかワクワクしてきた!ここからがホントにホントのバンド活動なんだね!いよいよ始まるんだ!」

ユイが希望を胸に輝いていた。


リョウヘイも頷く。

「そうだな。これからはlunatiっていう1つの会社だと思っていい。金がなくなれば潰れて解散だ。ずっとやり続けるには金が必要なんだ」


「うん。ウチもその考え方でいいと思う」

綾坂が続ける。

「資金繰りを間違えれば、バンドは簡単に空中分解する。逆にしっかり利益があれば、簡単にはやめないよ」


「みなさん!大事な事を忘れていませんか!?」

ヒナが突然立ち上がった。

「明日のライブが楽しみじゃないんですか!?お金の話も、もちろん大切だと思います。でもそれは最高のライブがあってこそじゃないですか!」


リョウヘイは笑ってしまった。

「確かにな。まだライブもしてないのに。ヒナ、俺は明日のライブ超楽しみだぞ!」


ユイも釣られて笑う。

「アタシも!まずはしっかりカマしてから、その後の事、考えよ!」


ヒナがギターケースを見つめながら言う。

「私も!早く弾きたいです!」

「うん!私も!歌いたい!」

ハルナが笑う。


綾坂がPCを閉じた。

「じゃあ今日のところは早く寝よう。明日遅刻したら本当に笑えないから」


その瞬間、全員の視線がユイへ向いた。


「なんでアタシ見るの!?」

「ユイ、寝起き最悪だから」

「大丈夫だって!明日15時入りだよ?」


「ライブの時間に喉がちゃんと開くように調整してくださいね」

ヒナが言う。

ユイがリョウヘイを見る。


「リョウヘイ、今日は絶対ゲーム誘わないでよ」

「俺のせいにすんな」

「この前はリョウヘイのせいだったじゃん!」


ハルナがリョウヘイを見る。


「リョウヘイくん?」

「今日はやりません」

「よろしい」


明日の朝だけは、ちゃんと起きよう。


東音を卒業して3ヶ月。シェアハウスを始めて、仕事を始めて、それぞれ違う生活を送り始めた。それでも、リョウヘイたちはまた5人でステージに立つ。


明日、アリノス。

卒業後初めてのlunatiのライブ。

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