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#73 ノルマ

夕食を食べながら作戦会議は続いていた。

「で、条件は?」


リョウヘイが聞くと、早坂がアリノスから届いた内容をノートパソコンに表示した。


「本番は約1ヶ月半後。4マン。前売3000円、当日3500円。ドリンク600円別。持ち時間30分、転換15分」


「30分もやれるの!?いいじゃん!」

ユイが即答する。


「それと、チケットノルマ」

「ノルマ?」

「普通は前売15枚なんだけど、今回は10枚でいいって」

「なんで?」

「ウチがアリノスで働いてるのと、東音の頃から付き合いあるから。店長のマキさん、覚えてる?」


ユイが笑う。

「覚えてる!そっか、お礼言わなきゃね!」


「いいよ、社割みたいなもんだから」

早坂がノートに数字を出した。


「10枚×3000円で3万円。これが最低ライン」

「10人呼べばいいってこと?」

ハルナが聞く。


「そう。最初の10人分はバンドには入らない。11人目からハーフバックで、1人あたり1500円のプラス」


ユイが少し考える。

「じゃあ9人しか来なかったら?」

「3000円払う」

「は?」

「ん?」


一瞬、2人の間に沈黙が走った。


「いやいや!ライブハウス、おかしくない!?」

ユイが叫んだ。


「なんでアタシたちがライブして、お客さんまで連れてきて、少なかったらお金払うの!?でノルマ超えたら半分こ!?絶対なんかおかしいよ!新手の詐欺だよ!」


「元来ライブハウスってそういうものなの。条件はバンドごとに違うけど、ウチらみたいな駆け出しにはノルマが絶対ついて回る」


「ライブハウスにも固定費があるからな」

リョウヘイが答える。

「家賃、電気、機材の維持、PA、照明。特に人件費がかかる。店開けるだけで金かかるって話だ」


綾坂も頷く。

「ブッキングライブのノルマは、店側が最低限の売上を確保するための仕組み。もちろん全部のライブにノルマがあるわけじゃないよ。バンドの格が上がればノルマなしとか、逆にギャラが出るバンドもいる」


ハルナが納得したように言う。

「ライブハウスも赤字じゃ続けられないってことだね」


ヒナも納得したようだ。

「このドリンク600円というのも、お店を継続するためのシステムの一つなんですね」


「そう。話せば長くなるから言わないけど、それぐらいの歴史がライブハウス界隈にはある」


リョウヘイが笑う。

「ライブハウスも儲かってない、だからバンドもなかなか儲からない。実はどっちも同じ穴のムジナってやつなんだ」


ユイはガッカリしたように肩を落とした。

「なにそれぇ…夢なさすぎ…」


綾坂は笑いながら言った。

「だからウチはプレイヤーじゃなくて裏方目指すことにしたんだよ。ミュージシャンって儲からないから」


「裏切り者!」

ユイは悔しそうに綾坂を指した。


「そもそもウチは音響が好きなの。あと不思議なことに、PAとか裏方の方が安定して儲かるんだよ」


「アタシたち赤字になるかもしれないのに、綾坂はアリノスから給料もらってるの!?」


「同じチームとはいえ仕事内容は全く別なんだから仕方ないでしょ」


ユイが頭を抱えた。

「じゃあどうしたらバンドって儲かるの!?」


「いろいろだよ、バンドの儲け方はチケットだけじゃない」

リョウヘイが指を折る。


「チケット、物販、音源、配信。もっと客呼べるようになったら出演料が出ることもある。自分たちでイベント組んだり、ワンマンやったり」


「ライブだけじゃないんですね」

ヒナが言う。


「そう。ぶっちゃけ、入口は何でもいい」

綾坂が続ける。


「配信で知って、ライブ来て、物販買って、また曲聴いて、次のライブ来る。その循環の輪を広げていく感じ」


ユイがまた計算を始める。

「じゃあ、例えば50人来たら?」


自分で計算しろよと思いながらも綾坂は瞬時に答えてあげた。

「ノルマ10人を超えた40人分、6万円がバック」


「40×3000÷2……6万!」

「そう」

「すごい!それを5人で割ったら……1万2000円……」

だんだんユイの声が萎んでいった。


「……メンバーで割ったら全然残んない……」

「交通費や外食代も含めるとほぼ一万円だね」

綾坂は冷静にリアルな計算をした。


「普通にバイトするのと変わんないじゃん…」

「だからバンドってのは儲からないんだよ」

「何回も言わないでよぅ…」


早坂が笑う。

「でも客を呼べるようになれば条件は良くなるよ。ノルマなくなったり、出演料が出たり」


ヒナが静かに言う。

「じゃあ、最初は10人を超えればいいんですね」


「まずはそこだね。ライブハウスに、このバンドは客を呼べるって認めさせないといけない」


ハルナも頷く。

「1本ずつやっていこうよ」


ユイはしばらく考えてから、リョウヘイを見る。

「それ積み重ねてったら、いつかlunatiで生活できる?」

「それだけじゃできない」

「まだ足りないのー!?」

「でも必要な第一歩目なんだよ」

「わかった…高校生の時は楽だったなぁ」


結論は早かった。

出演することが決まり、早坂がアリノスへ返事を送る。


ライブまでは約1ヶ月半。


「簡単にだけどアー写撮ろっか。インスタに載せて告知しよ」

ハルナが言った。


綾坂は頷いた。

「そうだね、SNSも運用した方がいい。ちゃんとしたアー写はまた別のタイミングで取ればいい」

「え、今から!?バリバリ部屋着なんだけど!?」

ユイは焦って髪を整える。


「今撮っちゃおうよ。この家で生活してるのが一番今のlunatiっぽいと思うんだよね」

ハルナは容赦なくスマホをカメラモードに切り替えて綾坂に渡している。


わざわざどこかへ撮りに行くほどでもない。

とりあえず最初の1枚があればいい。


「とりあえずいつも通り、みんなで話しながらワイワイ食べてて」

綾坂がスマートフォンを持ち、昼食中の4人を何枚か撮った。


ポーズも決めない。


ユイがバカなことを言って、ハルナがそれにつられ、ヒナも少し笑う。

リョウヘイも普通に飯を食っている。


数枚を並べると、ユイがすぐに1枚を指差した。

「アタシこれがいい!可愛い!」

「確かにlunatiっぽいね」

ハルナも笑う。


「いつもの感じが出てますね」

ヒナも頷いた。


「俺もこれでいい、綾坂は?」

「PAが写ってるアー写なんてないでしょ…ウチはいいから」


ハルナはその写真を使って、lunatiの公式Instagramを作った。


最初の投稿。

『lunati、卒業後初ライブ決定。1ヶ月半後、アリノス。詳細は後日お知らせします』


「アタシ友達全員に送る!」

ユイが言う。


「私は配信で言います」

ヒナも続く。


「俺も生徒とか知り合いに言うかな」

リョウヘイが答える。


卒業してから最初のライブ。


今度は学校が客を集めてくれるわけじゃない。


自分たちで、最初の10人を連れてくるところから始まる。

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