#72 月曜日
共同生活を始めて、3ヶ月が経った。
月曜日。
この日はできるだけ5人とも予定を入れないようにしている。掃除、買い出し、バンドの話。必要なら全員でスタジオへ入るための、5人の休日みたいなものだった。
朝。
「ユイちゃん、もう起きて!」
2階からハルナの声が響いた。
返事がない。ただのしかばねのようだ。
「ユイちゃん!いい加減にしてー!」
布団の中から、ようやく声が返る。
「あとごふんー……」
「もう!今日は忙しいんだから!」
「今日なんかあったっけぇ…」
「とりあえず起きて、朝ごはん食べて!」
しばらくして、ハルナに連れられるようにユイがリビングへ降りてきた。
黒髪はぼさぼさ。
目は半分しか開いていない。
「おはよぉ……」
「はい。とりあえず食べて」
テーブルには朝食が並んでいた。
朝ごはんは基本的に毎日ヒナとハルナが作ってくれる。2人は基本的に家にいる事が多いので、自然と家事は2人がやってくれる。
リョウヘイや綾坂は仕事の帰りに必要なものを頼まれて買ってきたり、休みの日は家事を手伝ったりしていた。
ユイは何を頼んでも忘れる。いつしか何も頼まれなくなった。
寝起きのユイは椅子へ座ったまま、しばらく皿を見つめている。
「……」
「もう……。ほら、自分で持って」
ハルナがトーストを持たせる。
「ちゃんと食べてね」
ユイは言われるがまま、ゆっくりかじった。
綾坂がコーヒーを飲みながら、その姿を見る。
「ユイ……アンタもう18だろ……」
「いくつになっても…朝は眠い…」
「昨日LOLしてたからです」
ヒナが静かに言う。
「またゲーム?規則正しく寝ないからだよ」
ハルナも続ける。
「そうだぞ」
リョウヘイが頷く。
すると、ユイの目が少し開いた。
「リョウヘイが『あと1回』ってうるさいから」
ハルナがゆっくりリョウヘイを見る。
「ん?どういうこと?」
「ヒナがやろうって言い出したんだろ…」
「で、でも私は寝坊してません!それに私はMVPでした!」
朝食を終える頃には、ユイもようやく人間らしい動きに戻っていた。
月曜日の最初の仕事は掃除だった。
共同生活を始める時に決めたルールの1つ。
リビングに個人の物を置きっぱなしにしない。
それぞれの私物を自分の部屋へ戻しながら、掃除機をかけ、床を拭き、キッチンと水回りも手分けして片付けていく。
全員でやれば1時間ほどの作業だ。
格安で貸してもらっているが条件はもちろんある。
その一つが、なるべく綺麗に保つことだった。
家は人が住んでいないと悪くなるらしい。
だが人が住んだら当然汚れる。
不動産としての価値が高い物件だからこそ、いつか売りに出す時にの為に綺麗にしておいてほしいそうだ。
住んでいる身からすれば、それを条件付けてくれた方がありがたい。否が応でも掃除はしなくてはいけない。家も綺麗な状態を保てる。
最初の頃はハルナが家事をやりすぎることが多かった。今はなるべく5人で分担している。
ユイも言われれば、やれるだけはやってくれる。
熱意だけはあるので怒りにくい。
ユイは皿洗いがメインの家事になっていった。
ヒナは作業が妙に丁寧。
洗濯とハルナの補助を担当している。
早坂はほとんど休みなく働いている。その為あまり家事はできないが、休みの日は率先して協力した。
リョウヘイは高い場所と力仕事担当になりつつあった。ずっと重いものを持たされている。
昼前にはリビングなどの共有部分は引っ越してきた日と同様にまで綺麗にリセットされた。
毎週月曜日の午前中はいつもこんな感じだ。
「ふぅ。コーヒーでも飲んで休憩しよ」
ハルナが言う。
「今日は何だっけ?買い出し?」
ユイが聞く。
「そう。1週間分の食材と日用品。そろそろお米も無くなってきたし、おかずのストックも作らなきゃ」
ハルナが答える。
「5人分だもんね。コストコ行こっか」
綾坂が共有口座のキャッシュカードを持ってくる。
共同生活を始めてから、食費や洗剤、トイレットペーパーみたいな共用品は、この口座から出すようにしていた。
毎月5人が決まった額を入れる。
1人6万。合わせて30万が毎月徴収される。
このうち20万は家賃や光熱費諸々で消えていく。残された10万でなんとかやりくりしていた。
個人で使う物は自分の金。
家で使う物は共有口座。
ここまでしっかりとわけることで、食と住は確保される。都内で一人暮らしするよりかは、少しばかり安い。
スーパーでの買い出しは、ほぼハルナ主導だった。
「まずお米、お野菜、お肉、あと卵ね。1万5千円が上限ね」
「こんだけ買って1週間でほとんど使い切るのすごいな」
リョウヘイがカートを見ると、まるで業者の仕入れのようだった。
ユイがお菓子を入れ、綾坂が戻す。
「おい、戻してこいクソガキ」
「いいじゃんかぁーお菓子ぐらいー!」
「どうなのハルナ…」
「一個だけならいいよ、みんなで食べよ」
ヒナは必要な物を言われた通りカゴへ入れる。
「洗剤とトイレットペーパーです」
リョウヘイは重い物を持つ。
「米、重い…10kgはヤバい…」
帰りはカゴ付きの台車に食材をおいて15分ほど歩いて帰った。
帰宅すると、ハルナとヒナはそのまま何日か分の作り置きを始めた。
なるべく食材を先に調理して、細かくジップロックに分けて冷凍していく。使わない肉も分けて冷凍。
米も大量に炊いて、冷凍していく。
あとはレンジでチンすれば、いつでもご飯を食べられる。もちろんこれはストックで、ハルナとヒナが毎日作ってくれる分もある。
全員の生活時間が違うので、毎日5人揃って食事ができるわけではない。
それでも家で食べられる時は、なるべくここで食べる。それだけで節約になるからだ。
リョウヘイとユイ、綾坂の3人は外で仕事するので出勤前に冷凍した食材をチンしてお弁当に詰めて出勤していた。
昼ごはんも食べてゆったりしている。
時計は14:30を指している。
「よし、みんなスタジオ入ろうか!」
綾坂が手をパンと叩き号令をかける。
この日は家のスタジオで新曲を練っていた。
ドラムはその場でリョウヘイと綾坂がパソコンに打ち込み、ウェッジから爆音で再生される。
それに合わせて、ベース、ギター、キーボードを演奏して曲の骨組みを作っていく。
生のドラムは叩けないが、アイデアのシュミレーションや上物の3人の練習にはとても効果的だった。
節約もあって毎週レンタルスタジオは使えない。2週間に一回が限界だ。使えない週は家のスタジオに篭る。
3時間ほど練習して、夕方。
5人はようやくリビングで休んでいた。
「ふぇー…疲れたぁー」
「でも家で思いっきり歌えるのはいいよね」
ユイとハルナは疲れながらも楽しそうだった。
「ユイお疲れ様。飴舐めときなさいよ」
「っていうか、リョウヘイと綾坂だけ楽してない?」
「リョウヘイはともかく、ウチは聞くだけだから楽だよ?」
「自分で言う!?」
「ウチは頭と耳を使うのが仕事なので」
「リョウヘイは絶対楽してる!」
ユイは不満そうにリョウヘイを睨んだ。
それをヒナとハルナが否定する。
「リョウヘイさんは叩きたいのに我慢してるんですよ、楽してるとはいえ、楽しくはないはずです」
「そうだよ。何もしてないんじゃなくて、ただ無力なだけだよ。ドラムがない環境だと、リョウヘイくん弱いから」
「フォローしてくれよ」
綾坂が思い出したように口を開いた。
「あっ!そういえば、ライブのオファー来たよ」
ユイが勢いよく身体を起こす。
「ライブ!?」
リョウヘイも早坂を見る。
「アリノスか?」
「そう。対バンで4マン」
「よし出る!」
「うん!卒業してからは初ライブだね!」
ハルナも嬉しそうに笑う。
ヒナもギターを抱えたまま、珍しく声を弾ませた。
「やっとライブができる!」
綾坂は自信満々に言った。
「この3ヶ月でどれぐらいのランニングコストがかかるかデータが取れた。生活の地盤も固まってきたし、そろそろライブしてもいい頃だと思う」
共同生活を始めて3ヶ月。
5人の生活にも、ようやく慣れてきた。
生活してすぐライブに専念するのは、リョウヘイと綾坂が止めていた。まずはどれぐらいの収入と支出があるのか、生活スタイルはどうなるのか、最初の3ヶ月でデータを取ることがマストだと事前に説明し、みんなも納得していた。
「綾坂、条件を教えて欲しい」
「もちろん、今詳細を送ってもらってる」
そして次は。
ここから本当の意味での、最初のライブが始まる。




