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#71 5人暮らし

東音を卒業して、まだ3日しか経っていない。


それなのに、リョウヘイたち5人はもう次のスタートラインに立っていた。

目の前には、2階建ての真新しい一軒家。春の終わりの陽射しが白い外壁に反射して、少し眩しい。


この家で今日から、リョウヘイ、ユイ、ハルナ、ヒナ、綾坂の共同生活が始まる。卒業したからといって、バンドが終わるわけじゃない。むしろここからが本当のスタートだった。


lunatiを続けていくために、5人は生活そのものを一つ屋根の下に持ち込むことを選んだのだ。


「でっか! 想像してたより全然大きいじゃん、この家!」


真っ先に声を上げたのはユイだった。両手を広げ、家を見上げたまま、その場でくるりと一回転する。


「今日からここにみんなで住むんだね。……なんか、やっと実感湧いてきた」


隣でハルナが小さく微笑んだ。声には嬉しさと、少しの緊張が滲んでいる。誰も口には出さないが、今日という日がどれだけ特別か、5人とも分かっていた。


問題は、その特別な日にふさわしくないくらい荷物が多いことだった。玄関先に積まれたダンボールとキャリーケース、さらに中身の分からない大きな袋を見て、リョウヘイはひとつ息をつく。


「ユイ、それ全部お前の荷物か?段ボールの数、明らかに多すぎるだろ」


「そうだよ! だって実家に置きっぱなしだったやつも全部持ってきたし、友達からもらった物とか、なんとなく捨てられなかった物とか、気付いたらこんなに増えてたの!」


「何が入ってるんだよ、これ。持った感じ軽いのに、数だけ無駄にあるぞ」


「服とか、コスメとか、あと去年もらったぬいぐるみとか、あと多分もう読み終わった漫画とか……とにかく、いろいろ!」


「絶対いらない物混ざってるだろ、それ」


「いるもん 全部いつか絶対使うタイミングが来るの!触んないで!」


言い切ったわりに、ユイの視線は一瞬泳いだ。心当たりがないわけではないらしい。

その横には、まったく対照的なハルナの荷物が並んでいる。側面には『服』『本』『キッチン用品』『作曲関係』ときっちりラベルが貼られ、積み方まで几帳面だった。


「ハルナの箱、めっちゃ分かりやすい……。何がどこに入ってるか一目で分かるじゃん、頭いいね」


ユイが自分の箱を見下ろす。何も書かれていない。開けなければ中身が分からない箱が、いくつも足元に転がっていた。


「ユイちゃんは書かなかったの? あとで絶対困ると思うよ」

「開ければ分かるよ!中身覚えてるし!すごくない!?」

「逆に開けないとわかんないじゃん…」

「……たしかに。そこまで考えてなかった。」


今さら気づいたらしいユイの顔が、少しだけ曇った。


一方、ヒナの荷物は一見すると少なく見えた。実際は違う。生活用品の箱は数個しかないのに、ギターケース、アンプ、エフェクターボード、機材ケースがそれと同じくらいの数、几帳面に並んでいる。


「ヒナ、普通の荷物より明らかにギターの方が多くない?この比率どうなってんの」

「必要なので、これくらいは当然かと」

「生活用品は? 服とか布団とか」

「あります。あそこの箱に」


ヒナが小さなダンボールを一つ指差す。生活用品らしきものは、その一箱にほぼ収まっているようだった。あまりの量の差に、ユイが思わず突っ込んだ。


「それだけ!? 本当にそれだけで生きていけるの?」

「はい、必要な物しか持ってきていませんから。先週そうしようねって打ち合わせしたじゃないですか…」


「でもヒナは生活用品よりも機材がメインになってるよ!」

「私にとっては機材が生活用品なんです!無駄にいっぱい持ってくるユイさんより全然マシです!」


「急に噛み付いてきた!なんも言えない!」


ヒナは冗談ぽく怒りながらも、ギターケースの持ち手をそっと握り直した。その仕草だけで、彼女がどれだけこの荷物を大事に扱っているかが伝わってくる。


そこへ、家の前に大きな配送トラックが停まった。


「これは……まさか」

リョウヘイが眉を寄せる。助手席から降りてきたのは綾坂だった。涼しい顔で荷台の扉を開けている。


「おはよ。ごめんね、ちょっと荷物多くて遅くなっちゃった」

「綾坂、それ……。まさかとは思うけど」


ヒナもトラックを見上げた。荷台には、マイク、スタンド、大量のケーブル、モニタースピーカー、オーディオインターフェース、ラックケース。リョウヘイには用途すら分からない機材まで積まれている。


「機材だよ。見れば分かるでしょ」

綾坂が悪びれもせず答えた。


ハルナは恐る恐る聞いた。

「今日、引っ越しだよね?イベントじゃないよね?」

「引っ越しだよ。ちゃんと生活用品も別で持ってきてる」


「ライブハウス作るんじゃないよね?」

「なにそれウケる。作りたいけどこの機材量じゃ足りないかな」


「ウケちゃったぁ…」


呆れるハルナとは対照的に、綾坂は心底楽しそうに笑っていた。機材に囲まれている時が、一番彼女らしい顔をしている。


家の中に荷物を運び込み、5人で家の中を見て回る。1階には広めのリビングとキッチン。その奥には、普通の部屋よりも分厚い扉がついた小部屋があった。防音室だ。扉を開けると、10畳ほどの空間が広がっている。5人で音を合わせるには十分な広さだった。


真っ先に足を踏み入れたのはヒナだった。壁を見て、天井を見て、床の感触を確かめるように一歩、二歩と歩く。それから振り返り、綾坂をまっすぐに見た。


「ここは…何時まで弾いていいんですか?」


「まずそこなんだ…ヒナっぽいね」

ユイが笑う。


「生活する上で、そこが一番重要です」


「まあ、夜にどれくらい音が外へ漏れるか、実際に試してから決めよう。近所への挨拶も先にしとけよ。先に謝っといた方が後々楽になる」


リョウヘイが答えると、ヒナは真剣な顔で頷いた。譲れない一線らしい。


「近隣へのご挨拶は、みんなで行きましょうね…?」

ヒナは恐る恐る確認した。


綾坂も部屋の中をぐるりと見回し、壁を軽く叩いて反響を確かめる。


「吸音は少し調整したいね。パネルを何枚か足せば、ギターとかベース、キーボード、歌の録音まで、この部屋だけでだいたい完結できると思う」


「配信もできますか? この部屋から」

「できるよ。回線と機材さえちゃんと揃えれば、配信環境としても十分。やるの?配信」


「はい。この前やっと登録者数が12,500人を超えたので、スパチャ狙いで配信しようと思ってます。もちろんlunatiの告知もやりますよ」


食い気味に言い切ったヒナに、ハルナが思わず吹き出した。


「ヒナちゃん、ネットの中だとグイグイだね」

「普段のリアルがポンコツなので…ネットだけでも頑張ろうと思ってます…。多分私、アルバイトとかできないので…なんとかして収入源を確保しないと…」


話を聞いてハルナとリョウヘイと綾坂の顔が一気に曇る。

(あぁ、そういえばこの子にはバイトとか無理だった…)

3人は口に出さなかったが同じことを思った。


その横で、ユイが防音室の中央を指差す。


「じゃあドラムもここ置けば、家で全部完結するじゃん! みんなで合わせるのも家でできちゃうよ!」


「それは無理」

リョウヘイの即答に、ユイが目を丸くする。

「え、なんで? せっかく防音室あるのに!もったいないよ!フル装備のドラム買っちゃおうよー!」


「この防音のレベルじゃアコースティックドラムは厳しい。家でやるなら練習パッドか電子ドラムまでが限度だな。全員でちゃんと音を合わせたい時は、大人しくスタジオを使うしかない」


「えー、せっかくの防音室なのに?」


「ロックドラムなめんな。バスドラムまで本気で鳴らしたら、この程度の防音じゃ絶対に漏れる」


家で全部完結できれば楽だが、そこだけは諦めるしかなかった。


綾坂も話に続いた。

「防音物件って言っても、どこも基本的には打楽器演奏不可の物件なの。ドラムは部屋も一緒に共振しちゃうから、防音したところで完全に遮断するのは無理なの」


ハルナも付け足した。

「物件によっては、グランドピアノがダメなところもあるもんね…」


ユイはリョウヘイの方を見た。

「…ドラムってめんどくさいね」

「言わないで…俺が一番それを感じてるから…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


2階へ上がると、3人分の個室が並んでいた。

部屋決めは思ったより早く終わる。


ヒナはギターを持ったまま移動しやすい階段そばの部屋、ハルナは日中に作業しやすい、日当たりのいい部屋。ユイは最初に飛び込んだ部屋とは結局別の、収納の広い部屋に落ち着いた。


「リョウヘイとウチの部屋は一階ね、好きな方選んでいいよ」

綾坂に聞かれ、リョウヘイは軽く肩をすくめる。


「俺はどこでもいいよ。正直そんなにこだわりない」

その一言のせいで、最後に余った部屋がリョウヘイのものになった。


「玄関入ってすぐの部屋か、楽で良いな」

「ウチらの機材は重いからね…2階は無理」

「確かに…あの鉄の塊もって階段はしんどいな」

「ちょっと!!ウチの子を鉄の塊とか言わないで!みんないい子なんだから!」


綾坂が割とマジで怒りそうだった。

リョウヘイは何も言い返せず、渡された鍵をポケットにしまった。


部屋が決まれば、あとは荷解きが待っている。最初の1時間くらいは、まだ全員それらしく作業していた。そのうち、リビングにはユイの服が広がり始める。


散らかったリビングを見てハルナがユイに注意する。

「ユイちゃん、服をリビングに広げないで! せっかく片付けたのに!」


「今仕分けしてるだけだから! 夏物と冬物、あとまだ着れるやつと着れないやつで分けてるの!」


「自分の部屋でやってよ、それは…」

「だって自分の部屋より広いんだもん、リビングの方が!」


「そもそも荷物が多すぎるの!すぐ片付けないと、メグミさん呼んで半分くらい持って帰ってもらうよ!」

「なんで母さんの連絡先知ってんの!?やめてよ!カッコつけて家出てきたのに、初日にそれはダサ過ぎるでしょ!」



ヒナは自分の生活用品より先に、ギター周りの配置を終わらせて防音室へアンプを運び込んでいた。綾坂は綾坂で、引っ越し作業より先にケーブルをまとめ始めている。


リョウヘイはヒナにお願いされてオレンジ色のアンプの搬入を手伝いながら聞いた。

「重っ…!!これ今日中にやることか?生活用品の方が先だろ」


リョウヘイが聞くと、アンプの反対側からヒナは迷いなく答えた。

「そっちはもう終わりました、そんなことよりも日が出ているうちに少しでもアンプから音を出したいです」


ヒナの目は本気だ。リョウヘイは一度止める

「今日は準備だけしといて明日にしような。周りを手伝ってやってくれ」


ヒナは少しションボリしてしまったが納得してくれた。

「わかりましたぁ…」

ヒナはちょっと拗ねてる。


構わず防音室で作業している綾坂にも声をかける。

「綾坂も、今日は音出さないだろ?明日でも…」


綾坂は手を止めずに答える

「なんの配線されてないスタジオなんて気持ち悪くて耐えられない。効率よく、美しく、完璧に配線してやっとスタジオと呼べるの。わかったらそこのウェッジ持ってきて」


やれやれと言いながらもリョウヘイは足元用のスピーカーを担ぎ上げる。

「なんか重いものばっかり持たされてる気がする」

「頑張んなさいよ、男の子でしょ?ウチらみたいな華奢な女の子に重いもの持たせる気?」


「それを言われるとなぁ…」

綾坂はニヤニヤしている。こういう男女差を提示するとリョウヘイは弱い。ヒナもそれはわかっている。


「すみません…アンプはどうしても1人では無理で…」

「ヒナっち、バカデカいアンプ買うからだよ…」

「だって…!アンプは大きければ大きいほどカッコいいんですよ!?アンプの大きさはギタリストのステータスなんです!」

「わかったわかった、今度台車でも作ろうね」


ーーーーーーーーーーーー


ハルナは早々に自分の荷物を片付け終えると、そのままキッチンへ移動し、食器や調理器具を手際よく整理し始めた。


「ハルナ、もう終わったの? 早すぎない?」

ユイは自分の荷解きも終わってないのにハルナの邪魔をしにきた。


「自分の部屋はだいたい。荷物少なめに来たから」

「早くない!?」

「ユイちゃんが遅いんだよ、単純に。荷物の量も違うし」

呆れて言いながらハルナは食器を並べていく。


「このお皿めっちゃかわいい!」

「前の家にあったやつだよ。無駄にいっぱいあるからもらってきちゃった」

ハルナは笑顔で答えた。


「そっか…」

ユイは目を細めて安心した。 


まるでもう過去に縛られていないと宣言しているようにもユイには見えた。


「明日には家具や家電も届くからね」

「ハルナのお父さん、感謝…」


事情を聞いたハルナの父は、シェアハウスを格安で貸してくれた。

更には家具や家電までプレゼントしてくれたそうだ。そのおかげで初期費用はほとんどかからなかった。


後から聞いた話だが、ハルナの父親は不動産業界では有名でかなりのやり手らしい。冗談で言っていたハルナお嬢様説もあながち間違ってはいなさそうだ。


その頃、リョウヘイは自分の部屋で棚を組み立てていた。説明書を見なくてもいけるだろうと高をくくっていたのが間違いだった。苦戦しているとしばらくして様子を見に来たハルナが声をかけてきた。


「リョウヘイくん、ちょっといい?」

「ん?どうした?」

「もうすぐ夕方だけど、ご飯どうする?買い出し行く?」

「いや、今日は出前でも取ろう。みんな疲れてる」


ハルナはリビングでグッタリしているメンバーをチラッと見た。朝から動きっぱなしで、流石に疲れているようだった。

「そ、そうだね…。ウーバーでも頼む?」

「いや、こういう時は宅配ピザと相場が決まってるんだよ」

「そうだっけ…?でもピザ、いいね」


「えっ!ピザ頼むの!?アタシ絶対サクサクのやつがいい!」

離れたところからユイの大声が聞こえてくる。ご飯に関しては耳が良くなるみたいだ。


しかしすぐに綾坂とヒナに捕まった。

「アンタは荷解きが終わるまでお預けよ」

「えぇー!?」

「ほら、30分もしない内にピザが届きますよ。急ぎますよユイさん」


夕方を過ぎる頃には、全員が完全に疲れ切っていた。キッチンは使える。食器もある。それでも、今から5人分の夕飯を一から作ろうと言い出す人間は、誰一人としていなかった。


結局、引っ越し初日の夕飯は宅配ピザになる。まだ片付ききっていないリビングで、ダンボールをテーブル代わりにして、5人で車座に座った。


「共同生活1日目のご飯がピザって最高じゃない!?シェアハウスっぽくない!?」


ユイが嬉しそうに箱を開ける。チーズの匂いが部屋いっぱいに広がった。


「今日は仕方ないよ、さすがに。明日からはちゃんと作ろうね。出前は高いから…」


ハルナが皿を配りながら言う。


「ハルナのご飯楽しみ! いっぱい食べる!」

「リビングを汚す人は嫌い……あとご飯はみんなで作ろうね」

割と真剣な表情だった。


ハルナは綺麗好きという言葉では足りないほど綺麗好きだった。潔癖とまではいかないが、だらしなく汚れていることが許せないようだった。


「そういうところも一緒に暮らしていって、ルールをいろいろ作っていこうな。もちろんみんなで」

リョウヘイがフォローしてあげる。


「一緒に住んでみないと、わからないこともありますもんね」

ヒナも納得している。


「まさかハルナが潔癖だったとは……そういえばお嬢だったもんね……」

綾坂はハルナを見た。


「お嬢はやめてって言ってるでしょ!?」


5人で笑う。笑い声が、まだ物の少ないリビングによく響いた。


東音を卒業して、たった3日。制服もない。授業もない。明日の時間割もない。その代わり、これから何をするのかは、全部自分たちで決めなければならない。


ピザを頬張りながら、自然と話題はこれからのことに移っていった。


「で、みんな仕事どうするの? せっかくだし、みんなの仕事聞いておきたいんだけど」


ユイが聞く。


「まずお前が一番考えた方がいいだろ、その質問」

「アタシも考えてるよ、ちゃんと!」


「ユイちゃんは何するの?」

「なんでも! やれることはとりあえず全部やる!」


「何も決まってないんだね、要するに」

「働く気はある! 働く気だけは誰よりもある!」


いかにもユイらしい返事だった。


「リョウヘイさんは?講師業はこれからも続けていくんですか?」

ヒナに聞かれ、リョウヘイは少し考える。頭の中では、もうずっと前から決まっている答えだった。


「ドラム講師は続けるよ。なるべくドラマーでいたいからな」


「ドラマーでいたい…ですか…?」


「ドラム教えたり、ライブしたり、サポートもしたり、レコーディングに参加したり。俺には全部がドラマーの仕事なんだ。適当なバイトじゃなくて好きなことを仕事にしたい。もちろんその中には俺たち、lunatiも入ってる。みんなもそうだろ?」


もちろん理想を言えば、lunatiだけで全員の生活費を賄えるのが一番いい。でも、最初からそう上手くいかないことは、前の人生で嫌というほど知っていた。だからこそ今度は、焦らず一つずつ積み上げていくつもりだった。


毎日のようにライブがあるわけでもない。

それ以外の時はどこかで金を稼がなければならない。

それならば、なるべく好きなことで稼いだ方が楽しいと、リョウヘイは前世で学んでいた。


「アタシもそれ!lunatiで生活したい絶対!」

ユイがすぐに乗ってくる。


「そうなるまでの生活費をどうやって稼ぐかを話してんだよ」

リョウヘイがユイを注意する。


「とりあえずなんかバイトするよ! lunatiで生活できるようになるまでの繋ぎとして、ちゃんとする!」


ヒナは少し考えてから、静かに口を開いた。


「私もユイさんと同じです。lunatiで生活したいという気持ちは同じなので」


「そうだよな。lunatiが売れれば全て解決だ」


「はい。ギターを弾いて、ライブして、それで生活できたら、それが一番理想的な形です。あとは配信も…」


ヒナは少し恥ずかしそうに続けた。


「演奏の様子とか、機材の紹介とか。家に防音室もできたので、環境としては十分だと思います。配信は顔出ししないのでメンタル的にも安心です」


「いいじゃん! ヒナっぽい!」

ユイがすぐに反応する。


リョウヘイも頷いた。

「ヒナならマジで無限にずっとギター弾いてられるし、向いてると思う」


「はい…バイトなんて…考えただけで…もう」

今度は全員の顔が暗くなった。

全員で頭を抱えて、思った。

(コイツが一番ヤバいかもしれない…)


今度はハルナへ視線が集まる。ハルナは少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから答えた。


「わ、私は……作曲家を目指したい。ちゃんとそれで食べていけるように」


「作曲家!?lunatiの曲だけじゃなくて!?」

ユイは少し悲しそうに反応した。


ハルナは慌てて否定する。

「もちろんlunatiの曲を優先して書くのは大前提だよ!でも、曲作るの…私、好きだし。それが仕事になったら、一番いいかなって」


「でもハルナ、バイトはしなくて大丈夫なの?」


「しばらくは曲作りに集中するつもり。いっぱい作って片っ端からコンペに参加して、まずは名前を売るつもり」


綾坂は心配そうな顔でハルナに忠告した。

「作曲家はお金になるまではしばらく時間がかかるよ。根気もいる。ハルナ、大丈夫そう?」


ハルナは笑顔で答える。

「うん、貯金あるから、当面は大丈夫。週2ぐらいで単発バイトもする予定だし」


「ち、ちなみにハルナ。貯金っていくらあるの…?」

貯金なんて無さそうなユイは恐る恐る聞いた。


「100万円くらい…かな。お小遣いとかお年玉とか、ずっと貯めてたから…」


ユイの手が止まった。

「……100万円?嘘でしょ…?お年玉を…貯める…?何言ってんの…?」

「う、嘘じゃない!欲しいものとか本当に無くて…本当だよ…?」


ハルナの家庭事情を知っているlunatiからすると、妙に納得できた。

あの母親と、不動産業の父親。お金には不自由がなかっただろう。


「アタシ今、財布に6840円しかないんだけど。全財産なんだけど」


「知るかよサボんな働けホントに普通に金稼げ」

リョウヘイが即ツッコんだ。


最後に、視線は綾坂へ向いた。


「綾坂さんはもう決まってますよね、進む方向」

ヒナが言う。


「うん。ウチはアリノスでPAのバイトする。将来的には音響の仕事でちゃんと食べていきたい」


「学生ん時からスカウトされてたもんな」

リョウヘイは学生時代を思い返していた。


アリノスの店長のマキさんが綾坂を気に入っていた事をユイは思い出した。

「えー!lunatiは!?」


「最優先に決まってるでしょ。音響とlunati、どっちも捨てるつもりなんてない。音響の道を極めることは、lunatiの音響を極めるのと同じなんだよ」


「ならよし!」

「なんでアンタの許可が必要なのよ…」

「他のバンドに浮気は許さないから!」

「するわ!いろんなバンドでオペしてlunatiに還元するって言ってんのよ!」


綾坂は呆れたように笑ったが、その目はどこか嬉しそうだった。


それぞれ目指すものは、少しずつ違う。


リョウヘイはドラマーを目指す。

ユイとヒナはlunatiそのもの。

ハルナは作曲家。

綾坂は音響。 


それでも、その真ん中には全員、lunatiという同じ場所がある。簡単に言ってしまえば【売れたい】の一言に尽きる。


リョウヘイはダンボールだらけのリビングを見回した。


「明日から共同生活、本番だな」


ユイも自分の後ろに積まれた箱の山を見て、少しだけ及び腰になる。


「明後日からにしない、それ? まだ全然片付いてないし…」


「ダメ、食べ終わったら続きやるよ」

「ハルナ、オカンみたい…」

「ユイちゃん、怒るよ…?」

「すんません…」

「ユイさん、私も手伝いますから…」


綾坂とリョウヘイはそのやり取りを見ていた。

「はぁ…先が思いやられる…」

「俺たちも手伝うか…」


窓の外はもうすっかり暗くなっている。それでも、リビングの明かりの下では、まだしばらく笑い声が絶えなかった。


明日から5人は、自分たちの力でlunatiを続けていく。まだ何も保証されていない、けれど確かに始まったばかりの生活が、そこにあった。


挿絵(By みてみん)

lunatiハウスの家賃は、いろいろ込み込みで20万と少しという設定です。毎月約4万円を5人は納めなくてはいけません。

それプラス、活動量に比例して追加で綾坂から徴収がある設定です。


都内で一人暮らしするよりは、幾分かマシ。そんな値段設定だと思ってください。

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