#70 あなたを信じる仲間を信じて
――卒業式当日。
2年。
振り返れば、あっという間だった。中学より短いのだから、そう感じるのも当然かもしれない。
いろいろあった。
入学して、ユイと出会った。
ハルナが委員長に立候補して、クラス代表ライブから始まって、ヒナを追いかけ回してlunatiができた。
無理やり交渉して特進クラスに入り、綾坂やサクラ先輩、フミ先輩とも出会った。一緒に曲を作って、ライブをして、喧嘩をして、事件まで起きた。リョウヘイの足も、ユイの喉も、一時はどうなるかと思った。
それでも。
ここに来てよかった。
本当に楽しかった…
リョウヘイは心から、そう思えた。
大音楽室では、卒業式が執り行われていた。名前を呼ばれた卒業生が1人ずつ階段を上り、壇上の軽音楽主任のティアーユの前まで進み、頭を下げ卒業証書を両手でしっかりと受け取る。
証書を受け取った生徒に、ティアーユは1人ずつ顔を見て声をかけている。
「卒業、おめでとうございます」
「ティア先生…!ありがとうございます…!」
ティアーユは、1人1人と短く声をかけていた。
たった1言。
それだけなのに、その言葉を聞いた瞬間に泣き崩れる生徒もいた。やがて、リョウヘイの名前が呼ばれた。リョウヘイは席を立ち、壇上へ向かった。ティアーユの前で足を止めると、彼女は少しだけ首を傾げた。
「リョウヘイさん」
「はい」
「さすがにあなたは泣きませんね」
「もう慣れましたよ、卒業式は。前世も含めると、もう結構やってるので」
ティアーユが小さく笑った。
「そうですね……それでも、おめでとうございます」
「ありがとうございます。なんやかんや言うても、やっぱ嬉しいもんですね」
「こちらこそ、いろいろありがとうございました。貴方には深く感謝しています。何かあれば力になります。lunatiの心臓はあなた自身です」
「わかってます。大丈夫、俺にはイカれたメンバーがついてる」
「そうですね…」
ティアーユは穏やかに微笑みならリョウヘイに卒業証書を手渡した。リョウヘイは証書を抱え、そのまま壇上を降りた。次に名前を呼ばれたのはユイだった。
「先生……」
ユイがティアーユから証書を受け取り、名残惜しそうにティアーユを見つめていた。ティアーユは、ユイの顔をまっすぐ見た。
「喉と、仲間と、歌を、大切にしてくださいね。おめでとう」
「……はい」
ユイの目が一気に潤んだ。
「アタシ…バカだけど、大切なものは、ちゃんとわかってるから…!ありがとう先生…大好き…!」
それでも泣き崩れることはなく、両手で証書を抱えて頭を下げる。
続いて、ハルナ。
証書を受け取り、ティアーユの前へ進む。
「これからも、たくさん曲を作って、たくさん歌ってください。おめでとう」
「はい……。ここにいられるのは、みんなと先生のおかげです。今まで…本当に…ありがとうございました……」
ハルナも目を潤ませながら深く頭を下げた。
次は綾坂。
証書を手に舞台袖へ来た綾坂へ、ティアーユは少しだけ優しい表情を向ける。
「みんなのこと、任せましたよ。おめでとう」
「うん。ウチが絶対にlunatiを潰させない。絶対にウチがlunatiを導くから…だから姉さん…安心してね…」
綾坂も目を潤ませていた。
そして最後はヒナ。
名前を呼ばれる前から、すでに泣いていた。
「うっ……うぅ……」
肩を震わせ、嗚咽しながら壇上へ向かっていく。その姿に、会場から温かい笑いが起こった。
けれどヒナは、まったく気にしていない。
昔だったら人に見られているだけで怯えて、なるべく目立たないようにしていたはずだ。笑い声が聞こえれば、自分が笑われているのかと不安になっていたかもしれない。
それが今は、あんなに目立って泣いている。
その見事な泣きっぷりが会場全体の涙を誘発している。
「……ヒナ、成長したな……」
リョウヘイは腕を組んでしみじみ答えた。
隣で同じようにヒナを見ていた綾坂が、目元を拭いながら呟く。
「感想が親なんだよ、バカ……」
リョウヘイが呆れたように返すと、綾坂は小さく鼻をすすった。
「いや、でも…すごく成長を感じてしまうんだ…ずっと見てきたから……お前にもわかるだろ…?」
「いやわかるけど……」
ヒナはティアーユから証書を受け取り、そのまま泣きじゃくりながら、真っ直ぐにティアーユを見つめている。ティアーユは穏やかに優しくヒナを見つめている。
「ヒナさん」
「うっ……ヴァイ……」
「まだ自分を信じ切れていないのですね」
「ずびばべん…!ばだばだ未熟者べす…!」
「でも良いのです。あなたはそのままで」
「え…?」
「あなたを信じる仲間を、信じてください。卒業、おめでとう」
ヒナの中で、何かがプツンと切れてしまった。
「うあああああぁぁぁぁん! うぇええぇえぇん!!でぃあせんせぇぇぇ!!!でぃあせんせぇぇぇ!!!」
とうとう堪えきれなくなったのか、ヒナは声を上げて号泣した。最愛の先生の名前を呼ぶが口がうまく動かない。何度も先生を鹿と呼んでしまう。
会場からまた温かい笑いが起こる。
急に名前が鹿になってしまったdeer先生も笑っていた。ティアーユにはdearに聞こえたということにしておいた。
ヒナは卒業証書を胸に抱え、何度も頭を下げて壇上を降りる。
そしてそのまま。
「ぅええぇえぇぇぇ、バルナじゃぁぁん……!」
「うん、おいでー」
ヒナはハルナの胸へ吸い込まれていった。
「うぇええぇえぇん……!…ォェ」
「よしよし、なんかヒナちゃん見てたら涙引いちゃったよ。はい、ハンカチ」
ハルナが苦笑しながら、ヒナの頭を撫でる。ユイも目元を拭いながら強引に笑った。
「ヒナ泣きすぎでしょ!高校生のギャン泣きはみっともないよー!」
「ユイも泣いてるじゃん」
リョウヘイが横から指摘すると、ユイは冗談で言い返した。
「アタシ泣いてないし!ア、タシ……人生で泣いたこと…一回もない…もん……!」
我慢できずに涙をいっぱい流しながらユイは答えた。
「何我慢してんだよ、バカやろう…」
一瞬、リョウヘイの視界が何故かボヤけた。
そうして。
5人は、東音を卒業した。
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卒業式を終えたあとの校門前には、多くの生徒や教師が集まっていた。
写真を撮る者。
別れを惜しむ者。
泣きながら先生に抱きつく者。
あちこちから笑い声と泣き声が聞こえる。リョウヘイたちも校門の前に集まっていると、少し離れたところからヒメがスマホを構えた。
「みなさん、撮りますよー!」
「もっと寄ってくださーい!」
ユイがリョウヘイの肩へ寄り、反対側からハルナも近づく。ヒナはその間から顔を出し、端にいた綾坂もユイに引っ張られた。
「綾坂ももっとこっち!」
「ちょ、近いって!」
「いいじゃん最後なんだから!」
「最後じゃないでしょ。これから一緒に住むんだから」
「あ、そっか」
「忘れんな!」
ヒメが笑いながらスマホを構え直す。
「はい、いきますよー! 3、2、1――」
シャッター音が鳴った。
その直後だった。
「あ、あの……リョウヘイ先輩!」
「ん?」
リョウヘイが振り返ると、見覚えのない女子生徒が数人立っていた。
「私たちもお願いします……!」
「あぁ、構わんよ」
リョウヘイは笑って答えた。
――誰だっけ……。
横にいた綾坂が、嫌な予感でもしたように眉をひそめた。
「リョウヘイ、気軽に受けると……」
言い切るより先に、周囲がざわついた。
「あっ、リョウヘイ先輩!」
「私もお願いします!」
「私も!」
「え?」
それに気づいた1年生たちが、一斉に集まり始める。ほんの数秒で、リョウヘイの周りに人だかりができた。
「ちょ、待って待って!」
その時。
人混みの向こうから、リナの声が飛んだ。
「整列」
「はい!」
群がっていた1年生たちが、一瞬で列を作った。さっきまでの混乱が嘘みたいに秩序立っている。
「……すげぇ」
リョウヘイは並んだ人数を見回した。
「悪いけど時間ないから、まとめてでもいい?」
先頭にいた女子生徒が勢いよく頭を下げる。
「もちろんです! お忙しいところ大変申し訳ありません…」
「い、いや、大丈夫……」
なぜか、リョウヘイのほうが気圧されていた。結局、集まった後輩たちとまとめて写真を撮ることになった。少し離れたところでその様子を見ていたヒナが、ハルナへ小声で話しかける。
「ハルナさん、あの子……」
「う、うん。ファンクラブの1年代表の子だね……」
どうやらリョウヘイの知らないところで、いつの間にかファンクラブが出来上がっていたらしい。
リナが全体の代表。
そして、最初に声をかけてきた子が1年生の代表だという。写真を撮り終えて戻ると、ユイが集まった後輩たちを見ながら呆れていた。
「多すぎでしょ。1クラス分ぐらいいるじゃん!」
リナが淡々と答える。
「これでも絞った……。抽選で当たった子しか来てない。来れなくて泣いていた子もいた……」
「そんなにいるのかよ……ちょっと怖い……」
思わず後ずさるリョウヘイに、ハルナが心配そうな顔を向ける。
「自覚がなさすぎるよ、リョウヘイくん」
ヒナが納得したように頷いた。
「まあ、気がつかれないように徹底してましたから。リナさん」
「徹底する意味ある?」
リナはリョウヘイの疑問を無視して、ヒナへ視線を向けた。
「ヒナもファンクラブ卒業だね」
「……え?」
全員の視線がヒナへ集まる。
ヒナの顔がみるみる赤くなった。
「そ、それはずっと秘密にしててください……」
ユイがすかさず突っ込む。
「何しれっと入会してんのよ……」
ヒナは恥ずかしそうに俯きながらも、妙に真剣な声で答えた。
「ファンとはそういうものです……」
「どういうものなのよ」
「定期的にリョウヘイさんの個人練習の録音データをリナさんがばら撒いてくれるんです……ドラムだけ聴きたいリズム狂にはたまらないクラブなんです……」
「きもっ…!しかもそれ、絶対無許可でしょ…。っていうかヒナ、lunatiの時のドラムデータも、もしかして…」
「だから気が付かれないように徹底してたんです!」
その横で、綾坂が時間を確認する。
もはや呆れた声で号令をかける。
「リョウヘイ……そろそろ準備行くよ……」
「俺が悪いみたいに言わないで……傷付く……」
「何も言ってないでしょ…」
「その顔と声が言ってるんだよ……」
綾坂が呆れたようにため息をついた、その時。
校内放送が響いた。
『これより、卒業生代表によるライブイベントが中庭にて開催されます。ご来場、ご来賓の皆様も、ぜひご観覧ください』
そのアナウンスを聞いた瞬間、校門前にいた生徒たちが一斉に中庭へ向かい始めた。
「ほら、行くよ」
綾坂に急かされ、リョウヘイたちも中庭へ向かう。東音での、本当の最後のステージへ。中庭ステージには、すでに機材が組まれていた。
何度も立った場所。
マンスリークローザーで、何度も音を鳴らしてきた場所だ。セッティングを終え、全員が持ち場につく。
『よし、いつでもいけるよ』
足元のモニターから、音響卓にいる綾坂の声が聞こえた。
リハーサルはない。
それでも誰ひとり不安そうな顔はしていなかった。このステージの音は、もう身体に染みついている。
どこで低音が膨らむか。
どのくらい鳴らせば客席まで届くか。どんな音を出せば、この中庭全体を飲み込めるのか。
何度もここで演奏した。
何度も失敗して、そのたびに修正した。今さら確認なんて必要なかった。このステージは既にlunatiに攻略されている。
リョウヘイはスティックを握る。ハルナはキーボードへ手を置く。ヒナはギターを肩にかけ、マイクの前に立つ。
そして。
ユイが、ベースを持ってステージ中央のマイクへ向かった。
「卒業生のみなさん! 卒業おめでとうございます!」
歓声が上がる。
「アタシも卒業生なんだけどね! おめでとうアタシ!」
一撃だった。
中庭が笑いに包まれる。
今は格好をつけたMCなんていらない。2年間、同じ学校で過ごしてきた連中との身内ノリ。今、この場所ではそれが正解だとユイはわかっていた。
けれど。
その笑いの中で、一部の観客が別のことに気づき始める。
「あれ……」
「ユイがMCしてる……?」
「もしかして……」
ざわめきが広がっていく。
「もしかして…聞けるの……?」
「ユイが歌うの!?」
「マジ!? 今日復活!?」
「卒業式で!?」
期待が一気に膨らんでいく。
ユイは何も答えない。
ただ堪え切れていない満面の笑みがそこにあった。
いつもの位置に立った。
そしてマイクへ顔を寄せる。
「さぁ! みんな準備はいい!?」
歓声が爆発した。
ユイがベースを高く掲げる。
その光景だけで、さらに歓声が大きくなる。ユイがメインボーカルだった頃。lunatiのライブは、決まってここから始まった。
会場の熱が一気に上がる。
誰もが、最初の1音を待っていた。ステージの横では、ティアーユがその姿を見つめている。
ふと。
ユイとティアーユの目が合った。
ほんの一瞬。
ユイは思いきり笑った。
――見てて!
そう言っているように見えた。
ティアーユも、静かに笑った。
次の瞬間。
ユイが掲げていたベースを振り下ろし、弦を思いきり引っ掻いた。
その瞬間。
完璧なタイミングで、全員の音が重なった。
――ドンッ!!
1つの轟音が、中庭を支配した。
誰か1人の音じゃない。
lunatiの音だった。
迷いもない。
ズレもない。
たった1音。
それだけで十分だった。
彼らがどれだけの修羅場をくぐってきたのか。どれだけぶつかり、傷つき、それでも音楽を続けてきたのか。どれだけ鍛錬を積み重ねてきたのか。
強さとは何か。
バンドとは何か。
lunatiとは何なのか。
その答えを証明するような1音だった。まだ曲は始まったばかりだというのに。このライブが最高のものになることは、もう誰の目にも明らかだった。
ユイがマイクを掴む。
短く息を吸う。
そして――歌った。
待ち続けていた声が、中庭へ放たれた。
以前とまったく同じではない。
勢いだけで押し切るような危うさは消え、言葉の1つ1つへ、歌えなかった時間の重さが乗っている。それでも、聴いた瞬間にユイだと分かる。
明るく、真っすぐで、誰の胸にも勝手に飛び込んでくる声だった。客席の前方で、誰かが両手で口元を覆った。
「ユイだ……」
「初期のlunatiの曲…!」
「帰ってきた……!」
泣き声と歓声が混ざる。
リョウヘイも、ほんの一瞬だけ胸を詰まらせた。
だが、スネアは遅れない。
戻ってきた声を特別扱いして壊さないよう、いつもどおり強く、容赦なく前へ押し出す。ユイもそれを待っていたようにベースを噛み合わせ、さらに声を伸ばした。ハルナは鍵盤を弾きながら笑っていた。目には涙が浮かんでいる。それでも指は止まらない。自分が歌ってきた時間も、ユイが戻った今も、どちらもlunatiの音だった。サビへ入ると、ハルナとヒナの声が重なり美しいハーモニーを奏でる。
ユイの代わりではない。
3人がそれぞれの声で、同じ曲を前へ運んでいく。音響卓では、綾坂がフェーダーへ指を置いたまま目を閉じていた。ユイの声帯に無理な力がかかっていないか。ベースを弾きながら息が乱れていないか。戻ってきた声の細かな揺れまで聴き取り、必要な場所だけをそっと支える。やがて綾坂は目を開き、小さく笑った。
「おかえり」
その声は誰にも届かなかった。
けれど、綾坂が押し上げたフェーダーの先で、ユイの声が中庭のいちばん奥まで届いた。
最初の曲が終わる。
音が消えた瞬間、割れそうな歓声が降ってきた。ユイは肩で息をしながら、客席を見渡す。喉に手を当てることも、痛みを隠すこともなかった。
ただ、泣きそうな顔で笑った。
「ただいまーー!遅くなってごめーーん!」
「おかえりー!」
「もっと歌ってー!」
誰か1人の声から始まった返事が、すぐに中庭全体へ広がった。
ライブは続いた。
ユイが歌い、ハルナが歌い、ヒナも歌う。曲によって前へ出る声が変わっても、lunatiであることは変わらない。そして最後に選んだのは、入学したばかりの3人で新歓ライブに立った時の曲だった。あの日は、ユイのベースも、ハルナの鍵盤も、今よりずっと頼りなかった。ヒナも綾坂も、まだ隣にはいなかった。
今は違う。
ヒナのギターが曲の隙間を切り開き、綾坂が5人の音を中庭いっぱいに広げる。ハルナの鍵盤は迷いなく景色を作り、ユイのベースと声がその真ん中を走る。リョウヘイのドラムが、すべてを前へ連れていく。
最後のサビ。
5人の視線が、一瞬だけ重なった。
ユイが笑う。
ハルナとヒナも笑い返す。
音響卓の綾坂が頷く。
リョウヘイは、最後の1打へ両足を落とした。
ドグン!!
緻密に重なった2打と、ベース、ギター、鍵盤、3人の声が、巨大な1音になって中庭を揺らした。音が消えきるより先に、歓声が空へ突き抜ける。ユイはマイクから離れ、4人を見る。ステージの4人と、音響卓の綾坂は、それぞれの場所から客席へ深く頭を下げた。
この日。
lunatiは、東京音楽高専高校に最高の音楽を残して卒業した。2年間の学生生活は、ここで終わる。
けれど。
5人の音楽は、lunatiはここから先も続いていく。
『転生しても、バンドがやりたい』
第1部 完
イメージソング
best day,best way/LiSA
ここまでで第一部終了となります。
いつもご愛読ありがとうございました。
ここらで一つ高評価、何卒よろしくお願いします。
ここからは第二部となります。
男1女4のバンドシェアハウス生活が始まります。
ここからはバンドで食っていくには、を実体験を元にリアルな音楽業界を書いていきます。
まだもうちょっと続くので是非ブックマークもよろしくお願いします。
二部からは挿絵がなくります。すんません、需要があれば作ります。
二部は大変地味になっております。実際、売れないミュージシャンの日々は地味で泥臭い毎日です。よろしければぜひ最後までご覧ください。




