#68 メイド喫茶2-A
それからは、季節が一気に進んだ。
秋も深まり、今年も文化祭の日がやってきた。
去年は特進クラスやハルナのこともあって、文化祭1つ取っても妙に慌ただしかった。
今年は違う。ステージの準備こそあるものの、それ以外は普通の生徒として文化祭を楽しめていた。
リョウヘイのクラス、2年A組の出し物は、メイドだった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
教室の入り口。黒い執事服に身を包んだリョウヘイが、通りかかった女子生徒へ軽く頭を下げる。
3人組の女子が、そのまま吸い込まれるように教室へ入っていった。その様子を中から眺めていた綾坂が、メイド服のスカートを気にしながら眉を寄せる。
「ちょっと……女の客しか来ないんだけど……」
「そうだな。男がいっぱい来ると思ってたんだが」
「よくそんな想像できたね……。さっきから女の子がアンタ見てキャーキャー言ってんのに」
リョウヘイは教室の中を覗く。確かに客席のほとんどが女子だった。しかも入口付近に座っている何人かは、注文よりもこちらを見ている時間のほうが長い。
「いや、かわいいメイドの女の子見たい男がいっぱい来るだろ」
「……っ」
綾坂の顔が一瞬で赤くなった。
「う、うるさい! ちょっとしたら交代だから、休憩中会いに来なさいよ……! わかった……!?」
「お?おう」
妙な迫力に押され、リョウヘイは反射的に頷いた。綾坂はその返事を聞くと、逃げるように教室の奥へ戻っていった。
「なんだったんだ……」
やがて交代の時間になり、リョウヘイも呼び込みから解放された。休憩に入ると、約束通り綾坂に会うため教室へ戻った。すると、入口近くにいたヒナがすぐにこちらへ気づく。いつもの制服ではない。白と黒のメイド服。髪も普段より少し整えられていて、胸の前で両手を揃えている。ヒナはリョウヘイの前まで来ると、丁寧に頭を下げた。
「おかえりなさいませ……ご主人様……」
「俺今執事のコスプレしてんだけど」
声が本気だった。
演技として言っているように聞こえない。目まで完全にその役へ入り込んでいる。隣にいたハルナが困ったように笑う。
「ヒナちゃん、目が本気だよ……? コスプレだからね……?」
「分かっています、演技です」
ユイもメイド服姿で近づいてくる。喉はもう日常会話ならほとんど問題ない。むしろ最近は、歌えないぶんを取り返すようによく喋っていた。
「ヒナはやっぱそういう服似合うよねー!」
「そ、そうですか?ちょっと恥ずかしいです」
ヒナは褒められると急に小さくなった。
ヒナは首を傾げたまま、再びリョウヘイを見る。
「ご主人様、お席へご案内します」
「う、うん」
案内されながら、リョウヘイは妙に落ち着かない。ハルナもユイも、明らかにその反応を面白がっていた。
リョウヘイが席へ着こうとすると、ちょうど綾坂が注文を運んで戻ってきた。
「ほら、休憩ならちゃんと座れば? せっかくなんだから客やってきなよ」
「ああ」
リョウヘイは返事をしながら、改めて綾坂を見る。さっきは入口と店内で離れていたから気づかなかったが、近くで見ると綾坂のメイド服もかなり似合っていた。普段は機材の前で動きやすさを優先した格好ばかりしているせいで、余計に印象が違う。
こうして見てみると、綾坂はスタイルが良い。
自分でも言っているが、確かに顔もいい。
音楽業界には勿体無いようにも感じる容姿だった。
「綾坂もいい感じだな」
「……え?」
綾坂が固まった。
数秒遅れて、頬がみるみる赤くなっていく。
「そ、そう……?かわいい……?」
「うん、めちゃかわいい」
「……そっか」
綾坂は自分のスカートへ視線を落とし、少しだけ裾を摘んだ。それから隠しきれないように口元を緩める。
「ふふ……そっか。かわいいんだ」
普段なら何か1言返してくるところなのに、今日は珍しくそのまま褒め言葉を受け取っていた。その様子を見逃すユイではない。
「うわ、綾坂めっちゃ喜んでる!」
「っ!」
綾坂が一瞬で顔を上げる。
「べ、別にいいでしょ!ほっといてよ!」
「『そっか、かわいいんだ』だって!ウケる!めちゃくちゃ乙女!」
「ユーイー!」
「今の声、録音しとけばよかったー!」
「喉治ってきたからって調子乗んな!」
ユイが笑いながら逃げ、綾坂が真っ赤な顔で追いかける。その光景を、ハルナとヒナは少し離れたところから眺めていた。
「綾坂さん、嬉しそうだね」
ハルナが微笑む。
「はい」
ヒナも静かに頷く。
「とても分かりやすいです」
「ヒナちゃん、怒られるよ?」
「そうですね、黙っています」
2人は顔を見合わせて、くすりと笑った。追いかけ回されているユイと、必死に否定しながらもどこか嬉しそうな綾坂。そして、その原因を作った本人だけが何も分かっていないような顔で座っている。文化祭らしい、どうでもよくて楽しい時間だった。
「リョウヘイ……」
今度は別の方向から声がした。
振り向くと、そこにはリナがいた。こちらも当然のようにメイド服姿だが、ヒナとはまた違う意味で目が本気だった。
「おお、リナもいい感じだな」
「……!」
リナの表情が一瞬で明るくなる。
「おかえりなさいませ……」
「リナも目が本気だ……」
ユイが小声で呟く。
「コスプレじゃなくて本職みたいだよ……」
「就職できるならすぐする……」
「するんだぁ……」
ハルナが苦笑する。
リョウヘイは少し考えるふりをしてから言った。
「悪いけど、新規採用はしてないよ。かわいいけど」
「中途採用でも構わない…あ、もう行かなきゃ…」
リナは頬を赤くしたまま、トレーを抱えて去っていった。
結局その後も、休憩のはずのリョウヘイは何人かの女子生徒に捕まり、執事として写真を撮らされることになった。そこへ戻ってきた綾坂が、露骨に不機嫌な顔をしたのは言うまでもない。
「……アンタ、なにしてんの?」
「チェキ?」
明らかに不機嫌そうに綾坂は言い寄った。
「何よ、デレデレしちゃってさ。」
「頼まれたからしょうがないだろ、メニューにもあるし」
チェキ一回100円と確かにメニューにもある。
「あっそ!頼まれたらチェキ撮るんだ、やっさしー」
「そういう仕事なんじゃないの?ダメなのこれ?」
教室の片隅でそんなやり取りをしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
そして午後。文化祭のステージにlunatiが立った。去年の文化祭とはまるで違った。特別な覚悟も、大きな事件もない。ただ、いつも通りにステージへ上がり、いつも通りに音を鳴らす。
ハルナが歌う。曲によってギターを持ち、別の曲ではキーボードへ移る。ヒナがギターとコーラスでその横を支え、ユイのベースが低いところから全部を繋ぐ。リョウヘイのドラムが押し出し、客席の後方では綾坂がその音を1つにまとめていた。
それだけだった。
けれど、その「それだけ」が今のlunatiには何より強かった。ハルナがギターを掻き鳴らせば、2本のギターがぶつかるような荒々しいサウンドになる。キーボードへ移れば、一転して会場全体を包むような広い音になる。
ユイはもう、ハルナが歌うことを複雑そうな顔では見ていなかった。むしろベースを弾きながら、客席の反応を楽しんでいる。ハルナが煽れば笑い、ヒナのコーラスが綺麗に重なれば嬉しそうに振り返る。
歌わないユイ。
メインボーカルになったハルナ。
コーラスを担うヒナ。
そして、曲によって編成そのものを変えるlunati。その姿はもう、一時的なものではなかった。
ライブは文句なしに盛り上がった。客席は跳ね、声を上げ、最後の1音が鳴り終わる頃には大きな拍手が会場を埋めていた。
ただ、全員にとっては不思議なくらい普通だった。圧倒的なライブをした。文化祭を盛り上げた。終われば片づけをして、友達の出し物を見に行く。
それだけ。
去年なら、その「普通」がどれだけ遠かっただろう。だからこそリョウヘイは、その日をかなり気に入っていた。何も起こらない。誰も傷つかない。ただ笑って、演奏して、1日が終わる。
そんな文化祭も悪くない。
気づけば秋も終わりに近づき、制服の上にコートを羽織る生徒が増えていった。朝、教室へ入れば窓が白く曇っている日もある。卒業という言葉も、少しずつ現実味を持ち始めていた。冬休みが、もうすぐそこまで来ていた。




