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#67 封印!

新体制でのライブが終わってから、少し時間が経った。校内では、あの日のlunatiについて話す声がまだ残っていた。



「次はいつやるんだろ」

「ハルナの曲、また聴きたい」

「ユイが歌わないのはびっくりしたけど、あれはあれで良かったよな」


そんな話を、廊下でも食堂でも耳にするようになった。


外のライブハウスでの活動も順調だった。

もともとライブハウスへ足を運ぶ客の多くは、誰がボーカルなのかという肩書きそのものを気にしていない。


気持ちのいい音が鳴っているか、面白いバンドか、また見たいと思えるか。そこを見ている人間のほうが多かった。


ユイが歌わず、ハルナが歌う。lunatiにとっては大きな変化でも、初めて見る客からすれば、それが最初からlunatiの形だった。

そして、その形は思っていた以上に受け入れられていた。


ある日の朝。

ホームルーム前の教室で、リョウヘイは自分の席に荷物を置くと、隣にいるユイへ声をかけた。

「ユイ」

「んー?」

ユイは黒いマスクをしたまま振り向いた。喉はかなり回復してきている。医師からも、日常会話程度なら無理のない範囲で声を出していいと言われていた。それでも歌唱はまだ禁止。長時間喋ることも避けるように言われている。


リョウヘイは少しだけユイを見たあと、ユイの頭をポンポンした。

「早くよくなるといいな」


優しく髪を撫でる。

「……うん」 


いつものユイなら、「子供扱いすんな」とでも言って手を払うところだ。けれど、こういう時だけは妙に素直になる。目を少し細め、されるがままになっていた。


そこへ教室の扉が開く。

「おはよう、2人とも…って……朝からイチャついてる…」

ハルナだった。その後ろからヒナも入ってくる。

「おはようございます。私もユイさんの頭撫でます!」


少し遅れて、綾坂が片手を上げて教室に入って来た。

「おはよ。って、なにこれ…」


ユイは何故か3人から頭を撫でられていた。

よしよしと囁く声が止まらなかった。

綾坂は少し引いた。


5人は特進クラスにいた頃ほど四六時中一緒にいるわけではなくなった。それでも、この5人が集まれば空気はすぐにlunatiへ戻る。5人にはこの時間がとても幸せだった。


ハルナは鞄を自分の席へ置きながら、少しだけ迷うように振り返った。

「今日のお昼、みんなで中庭で食べない?唐揚げたくさん作ってきたから」


「おお!懐かしいな!」

リョウヘイが興奮気味に答える。


「回鍋肉もあるよ。それとちょっと相談したいことがあって」


その1言に、綾坂だけが「ああ」と小さく頷いた。どうやら既に内容を知っているらしい。


ーーーーーーーーーーーーー


昼休み。5人は中庭のベンチを囲んで昼食を広げた。


初夏の日差しはもうかなり強く、木陰に入らないと少し暑いくらいだった。ユイはマスクを外している時間を短くするため、食べている間だけ外し、食事が終わるとすぐに付け直した。


あれから喉のケアを徹底している。

医者に勧められた漢方薬がかなり効果があるようで、食後は必ず飲んでいた。クソまずいらしい。


「それで、相談って?」

リョウヘイが聞く。


ハルナは少し緊張したように手を膝へ置いた。

「うん。あの……私、ギターをやってみようかなって思ってて」


「え、ギター?いいけどなんで?」

リョウヘイが聞き返す。


「キーボードを弾きながら歌うのって、正直かなり大変で……。曲によっては両手をずっと使うし、歌に集中したくても移動が多くて。ギターだったら、もう少し動きが少ないからやりやすいかもって、綾坂さんが」


視線が綾坂へ集まる。綾坂はパンを食べながら、当然のように言った。

「ギターだけに変えるって意味じゃないよ。曲によってはキーボードも弾いてほしい。ハルナにはキーボードとギターの二刀流を目指してほしい」

綾坂は手をピースにした。


「それ、逆に大変じゃないか?」

「そりゃ大変だよ。でも、できたらバンドの幅はかなり広がる。ロックでもR&Bでもイケる、しかもツインボーカル。これは新しいlunatiの武器になる」


リョウヘイはハルナを見る。

「今からギター覚えるのか?」

「すぐには無理だと思う。でも、夏休み中もヒナちゃんと綾坂さんが教えてくれる約束してるから」


ヒナが嬉しそうに頷いた。

「ハルナさん、既にかなり上手ですよ。まだ始めたばかりなのに、コードチェンジも早いですし。ピアノで培った器力がそのままギターにも現れています」

「え、もう触ってるの?」

「す、少しだけね……」

ハルナが恥ずかしそうに笑う。


綾坂は横から容赦なく続けた。

「少しどころじゃないでしょ。指見たらわかるよ」

「綾坂さん…」

「弦楽器の洗礼を受けたね、ハルナ」

「うん、めちゃくちゃ痛い…。けど今のlunatiで、もっと色んな曲ができたらいいなって」


そして、ハルナは少しだけ表情を変えた。

「……ユイちゃんは、どう?」


ユイはハルナを見る。その質問に含まれている意味は、すぐに分かった。歌だけではない。ハルナがギターまで持つようになれば、この新しい体制はさらに形になっていく。


一時的な代役ではなくなる。


ユイが戻ってくるまでの仮の姿ではなくなる。ハルナは、それがユイを傷つけないか心配しているのだ。けれどユイは、少しも迷わなかった。


「もちろんいいよ」

ハルナの目が動く。

「ハルナの新曲、たくさん作ろ」


「……イヤじゃない?」

「もういいんだ!アタシ、今はベースでみんなと演奏するのも楽しいんだ!」


久しぶりに、ユイの元気な声を聞いた。

いやきっと、聞かせてくれたんだと思う。

ハルナはしばらく何も返さなかった。以前のユイなら、絶対に言わなかった言葉だった。誰よりも自分が歌うことにこだわって、声を失うところまで追い込んだユイが、今は自分からそう言っている。


リョウヘイは何も口を挟まなかった。

ただ、その表情だけで十分だった。


ハルナもようやく笑う。

「うん。じゃあ私、頑張っちゃうね」


季節は、そのまま夏へと変わっていった。

夏休みに入ると、ハルナは本格的にギターの練習を始めた。最初はコードを押さえるだけで精1杯だった。


キーボードとはまるで違う。鍵盤は押せば音が出る。けれどギターは、指の角度が少し悪いだけで音が濁る。力が足りなければビビるし、力みすぎれば次のコードへ移れない。


「痛っ……!」

「ハルナさん!大丈夫ですか?」

「ごめん、また指切れちゃった」


ヒナは絆創膏を取り出した。


夏休みがしばらくしてから、ハルナはほとんど毎日のようにヒナの家にギターを持って行った。

ユイの体調もあり、夏の間はlunatiは活動を休んだ。もちろん遊びもなしだ。


しかしハルナだけは違った。


夏休みのある日、ハルナはヒナと連絡を取り合いヒナの自宅で練習するようになった。


朝比奈家の防音性能は通常の一軒家と変わらない。

だが、一人娘のヒナの部屋に限っては話が違う。


ハルナが部屋に初めて入った時には言葉を失った。

壁一面の吸音材、黒いスポンジのようなものが天井含め全ての壁に貼られていた。窓も3重の防音ガラスになっていた。


ヒナ曰く、余程の大音量でもない限り苦情を入れてくるのは母親のヒメぐらいで、深夜に弾いてもご近所さんからクレームが来たことはないようだ。


壁は全面、暗闇のように黒い。

カーテンも異様に分厚く光はほとんど入ってこない。

それなのに家具やベッドはピンクなどの可愛らしいものが目立つ。


形容し難い、異様な空間だった。

ハルナは絆創膏をヒナからもらった。


「ありがとう、ヒナちゃん」

ハルナが左手を見つめる。指先は赤くなり、何度も弦を押さえた場所には細い跡が残っていた。


「痛いですか…?」

ヒナが心配そうに言う。


「うん…」

ハルナは絆創膏を巻いた指を見た。

「でも楽しい。もっと上手くなりたい」


その言葉を聞いて、ヒナは目を輝かせていた。 

ヒナは喜びながら言った。


「その意気です、ハルナさん。ギターは流した血と汗の量に比例して上達します。特に最初は血がたくさん必要です。血だらけになってください」


冗談を言っている顔ではなかった。


「えっ」


ハルナの顔が凍りついた。


ーーーーーーーーーーーーーー


夏休み後半も練習は続いた。


コードを覚え、ストロークを覚え、ミュートを覚える。速いコードチェンジを繰り返した日は、指先の皮が裂けて薄く血が滲んだ。


それでも翌日にはテーピングを巻いてギターを持った。ヒナはひたすらコードを教え、たまに遊びにくる綾坂がフォームや理論を細かく教える。


日を重ねるごとにハルナは使えるコードと傷を増やしていった。

絆創膏は二箱無くなった。


そうして夏休みが終わる頃には、ハルナは簡単な曲ならライブでもギターを持てるようになっていた。


最初にギターでステージへ立った日は、客席から驚きの声が上がった。キーボードの前に立つハルナしか知らなかった客にとって、ギターを肩から下げた姿はかなり新鮮だった。


そして、音も変わった。


ハルナがギターを掻き鳴らす曲では、lunatiは一気にギターロックのバンドへ変わった。ヒナとの2本のギターが左右からぶつかり、その中央をユイのベースが太く走る。そこへリョウヘイのドラムが加われば、荒々しく前へ押し出すロックサウンドになる。


一方で、ハルナがキーボードへ戻れば雰囲気はまるで違った。広い音域を使ったコードが曲全体を包み、ヒナのギターがその隙間を縫う。ユイのベースが低域を支えれば、今度は一気にR&B寄りの華やかな音になる。


曲によって、同じバンドとは思えないほど表情が変わる。綾坂はその変化を面白がっていた。


「これ、相当強いよ。ハルナがどっち持つかで、編成そのものの性格を変えられる。ユイの声が戻ったら更に面白くなる」


ユイも賛成した。

「うん。ハルナ、ホントに二刀流になったね」


「いやいや、ぜんぜん、まだまだ」

ハルナは慌てて否定する。


ヒナの方を見て苦笑いする。

「まだ血が足りないみたい」

ハルナはポツリと呟いた。

ヒナはニッコリ笑って返した。


綾坂も笑った。

「弦楽器は流した血と汗の量に比例してうまくなるからね」

先日のヒナと同じセリフだった。


「それ常識なの?」

ハルナは我慢できず笑ってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


そして秋頃になると、ライブのセットリストから少しずつ既存曲が減っていった。代わりに増えていったのが、ハルナの新曲だった。



『声』をきっかけに、ハルナは次々に歌詞を書くようになった。自分の声に合うメロディー。自分が歌いやすい言葉。ギターを持つ曲。キーボードを弾く曲。


気づけばセットリストをハルナの新曲だけで組むライブさえ出てきた。誰も、それを「ユイが戻るまでの代わり」とは呼ばなくなっていた。



そんなある日の練習後。


「アタシ決めた!」

突然、ユイの大声がスタジオ内へ響いた。


綾坂が即座に振り返る。

「大きい声出さないの」

「もうこれくらい平気だって」


このやりとりには、前ほどの棘はない。

ユイの喉はかなり回復していた。


日常会話に関しては、もうほとんど以前と変わらない。黙っていろと言われていた頃が嘘のように、いつものうるさいユイが戻ってきている。


ユイを心配するからこそ、言葉がキツくなってしまう綾坂も最近では冗談っぽく言えるようになった。


それだけで、みんな少し安心していた。

ただし、歌はまだ別だった。長時間、高い声を出すことへの許可は出ていない。


ヒナが首を傾げる。

「何を決めたんですか?」


ユイは胸を張った。

「卒業まで歌わない!」


一瞬、全員が止まった。

「……え?」


ハルナが最初に声を出す。

「な、なんで? だんだん良くなってきてるのに」


「卒業式の時まで封印するの!」

ユイは腰に手を当てて自信満々で答えた。


「封印……?」

「そう!それまではハルナの曲でやっていって、卒業ライブの時にアタシ完全復活!みたいな!」


綾坂が呆れた顔をする。しかし口元は笑っている。

「バカ……」

「なんでよ! めっちゃいいじゃん!」

「まぁ確かに、リハビリ期間も考えるとリアルにそれぐらいに復活かもね」


リョウヘイは少し考えてから笑った。

「いいんじゃないか。面白い」

「でしょ!」

味方を得たユイが一気に元気になる。


「だから逆にさ、ハルナの新曲たっくさん増やしたほうがいいと思うんだ! 今のlunatiをめちゃくちゃ育てて、卒業ライブでアタシが戻ってきたら、ギャップもあって面白いじゃん!」


ハルナはまだ少し不安そうだった。

「でも、本当にいいの? ユイちゃん、歌いたいんじゃ……」


「そりゃ…歌いたいよ」

ユイは即答した。その答えがあまりにも早くて、ハルナが黙る。


「めちゃくちゃ歌いたい。でも、今すぐじゃなくても…いい」

以前なら考えられなかった言葉だった。


ユイはベースを抱え直す。

「今はハルナの曲、好きだし。アタシ、ベースだけでも普通に楽しいし。卒業まで取っとくのもアリかなって。そのほうが卒業した後も気になるでしょ?」


綾坂が感心する。

「ユイにしては計画的な作戦だね」

「大事でしょ、そういうの」

ユイは本当に楽しそうだった。


誰かに気を遣って言っているようには見えない。ハルナへ場所を譲るためでもない。自分を諦めたわけでもない。ただ、今のlunatiを面白がっている。そして、自分が戻る未来まで含めて楽しみにしている。


リョウヘイはそんなユイを見ながら思った。

――だったら、叶えてやりたい。


ハルナが作る新しいlunatiを、もっと育てる。ユイが歌わない時間を、空白にはしない。


そして卒業の日。

今とはまるで違うところまで進んだlunatiに、ユイの声を戻す。その瞬間を想像すると、リョウヘイは胸が高鳴った。


「じゃあ決まりだな」

リョウヘイが言う。


「卒業までは今の体制で行く。ハルナ、新曲いっぱい作ろう」


「……うん!私もまだ歌いたい事が、言いたい事がたくさんある!」

ハルナが笑う。


「私も、もっとコーラスを練習します」

ヒナも続いた。


綾坂はノートパソコンを閉じる。

「ハルナはギターとキーボード。ヒナっちはギターとコーラス。ユイはベースと治療に専念。リョウヘイはウチと新曲のアレンジを詰めていこう」


「忙しくなるな」

リョウヘイは苦笑いしていた。


「今度は締切がないから、ゆっくりやろうね」

「そう思うと俺たち、いっつもドタバタしてたんだな…」


ユイが笑った。

その笑い声は、もう以前とほとんど変わらなかった。


歌声だけが、まだ戻っていない。けれど、誰もそれを欠けたものとは思わなくなっていた。


卒業まで、あと少し。

lunatiは、ユイの声がない時間さえ飲み込みながら、新しい音へと変わり続けていた。


挿絵(By みてみん)

イメージソング

爆弾魔/ヨルシカ


ここまででユイ編となります。

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

もうすぐ卒業して、第一部が終わります。


ここらへんでブックマークや高評価が入ると、きっといい感じなんだと思います。何卒、よろしくお願いしますー!

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