#6 初ライブ
※本作は全話に挿絵があります。
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また、たまにイメージソングも記載しています。
よければ楽曲とあわせてお楽しみください。
それから3人の毎日は、ほとんど同じ流れになった。昼休みは中庭で弁当を食べながら曲の話をして、放課後はスタジオへ直行。音を合わせ、崩れた場所を直し、また最初から演奏する。スタジオの取れない日はユイとハルナのハモりの練習。同じことの繰り返し。それでも、鳴る音だけは毎日少しずつ変わっていった。
そんな日々をこなしていく中、ハルナは本当にリョウヘイの分まで弁当を持ってきた。昼休み。蓋を開けた瞬間、リョウヘイの手が止まる。白米の横に、回鍋肉が入っていた。
リョウヘイが無言でハルナを見ると、彼女は急に卵焼きの位置を無意味に直し始めた。
「中華料理、初めて作ったからあんまり自信ないな」
「だから無理して豪華な弁当にしなくても」
「こういう時は『ありがとう』でしょ?」
ユイが横から口を挟むと、ハルナの頬が一気に赤くなる。
「けっ……契約だから!」
「わかってる。ありがとう。わ!めちゃうまい!」
リョウヘイが回鍋肉を口へ運ぶ。ハルナは弁当箱へ目を落としたまま、小さく答えた。
「……よかった」
「ねえ、アタシのは?」
「ユイちゃんには卵焼きあげるね」
「わーい!」
「お前も買収されるの早いな」
「卵焼きは通貨だから」
「しっかり買収されてんじゃねぇよ」
そんな昼休みを終え、放課後。3人は昨日と同じ曲を合わせた。リョウヘイがカウントを出し、演奏が始まる。すぐに違いが分かった。
ユイはまだ少し前へ走りたがる。それでも昨日とは違い、ドラムを聴きながらベースを合わせようとしている。ハルナもコードを外しても止まらず、次の小節には戻ってくる。1曲を終え、リョウヘイは2人を見る。
「お前ら、家でもガッツリ練習しただろ」
ユイとハルナが一瞬だけ目を合わせた。
「ちょーっとだけね」
ユイは冗談混じりに答えた。ちょっとではなさそうだ。
「何時間?」
「時計は見てない!納得いくまでやる!」
「ちょっとの使い方、たぶん間違ってる」
リョウヘイはハルナを見る。
「ハルナは?」
「私は軽く確認しただけ」
「何回?」
「納得するまで…」
「じゃあ軽くないだろ…」
ハルナがそっと目を逸らした。リョウヘイは少し笑う。
――思ってたより、2人とも負けず嫌いだな。
1度言われただけで急に上手くなるわけじゃない。理解したことを身体へ入れるには、何度も繰り返すしかない。2人はそれをちゃんとやってきた。
「昨日より全然いい。もう1回やろう」
「それだけ?」
ユイが不満そうな顔をする。
「もっとないの? 『たった数日でここまで成長するとは!天才だー!』みたいな!」
「数日分うまくなったな」
「正論が地味!」
「でも褒めてくれてるよね?」
ハルナが聞く。
「もちろん」
即答すると、ハルナは嬉しそうに笑った。それからも3人は毎日のように練習した。ユイが走れば止める。ハルナが迷えばもう1度やる。
最初はリョウヘイが強く示していた拍も、2人が慣れるにつれて少しずつ減らしていった。それでも演奏は崩れなくなっていく。3人だけで、曲が進むようになっていた。
その代わり、午前中の教室では2人ともひどかった。
ユイは机へ突っ伏し、ハルナは起きようと頑張りながら何度も首を落としている。ハルナのノートには、数式の途中からいつの間にかコードネームが並んでいた。
「ハルナ、数学に新しいコード進行できてるよ」
休み時間、授業を半分くらい寝て過ごしたユイが囁く。
「えっ……」
「その『x=Am』は先生も解けないだろ」
「み、見ないでよぅ!」
リョウヘイが言うと、ハルナは慌てて消しゴムを動かした。
「2人とも、練習するのはいいけど寝ろよ」
「リョウヘイにだけは言われたくない」
「なんでだよ」
「昨日、スタジオ出たあともスティック振ってたじゃん」
「あれは確認」
「ハルナと同じこと言ってる!」
反論できなかった。
だがそれがミュージシャンのあるべき形だとリョウヘイは思った。誰に言われるまでもなく、自分が弾きたいから弾く。楽器の練習というプロセスを通して、自分自身と向き合っているのだ。
音は嘘をつけない。
本番が近づくにつれ、練習の時間はあっという間に過ぎていった。
そして新歓ライブまで、あと1週間。
昼休み。いつもの中庭で弁当を食べながら、ユイがぽつりと言った。
「来週かぁ……キンチョーする」
珍しく声が小さい。
「私も……」
ハルナも箸を止める。演奏は仕上がってきた。それでも、人前へ立つ怖さまでは消えていないらしい。リョウヘイはペットボトルの蓋を閉める。
緊張する2人を見つめて、優しく諭す。
「実は緊張とワクワクって、身体の反応はほとんど同じなんだよ」
「同じ?」
「心臓が速くなって、落ち着かなくなる。だったらライブが楽しみでワクワクしてるって思っとけばいい。そっちの方が楽しいだろ?」
ハルナが少し考えてから首を傾げる。
「吊り橋効果的な?」
「だいたいそんな感じ」
ユイが自分の胸へ手を当てる。
「じゃあアタシ、客席のみんなに恋してるってこと?」
「それでいいよもう」
ハルナが吹き出した。
笑い声が中庭に広がる。出会ったばかりの頃は、どこか遠慮していた3人だった。いつの間にか、それもほとんどなくなっていた。
ーーーーーーーーーーーー
そして迎えた、新歓ライブ当日。
大音楽室は入学式の時とは別物になっていた。客席から歓声が響き、舞台袖では次々と出演者が入れ替わっている。幕の隙間から客席を覗いたハルナが、すぐに顔を引っ込めた。
「うわぁ……人いっぱいだね」
「だいじょぶ! ワクワクだから! ワクワク!」
ユイも明らかに落ち着いていない。ベースのストラップを何度も直している。一方、リョウヘイは壁にもたれながらスティックを回していた。
「なんでリョウヘイはそんな余裕なの!? 次の次の次だよ!」
「次の次だろ」
「え?」
ユイは出演順を確認する。
「……1バンド減った?」
「演者を勝手に消すな」
ハルナが小さく笑った。リョウヘイは壁から背を離す。
「俺はな、アホみたいに練習してるから、ミスる気がしないんだよ」
「リョウヘイくんらしいね……」
「でも2人も同じだろ」
ユイとハルナを見る。
「ずっと練習した。走ってたところも、間違えてたところも全部直した。俺と一緒。アホみたいに練習した。もう初合わせの時のお前らじゃない」
2人が静かにリョウヘイを見る。
「俺を信じて。俺も2人を信じてるから」
ハルナがゆっくり息を吐いた。何かが吹っ切れたように顔色が良くなった。
「……何を怖がってたんだろ、私」
そして笑う。
「リョウヘイくんがいるんだもん。大丈夫だよね」
「アタシもいるし!」
「バンドはチームでやるもんだろ。みんなでカマすぞ」
2人が頷いた。やがて前のバンドの演奏が終わる。スタッフの呼びかけに、3人は立ち上がった。軽く拳を合わせる。
「いこうか」
ステージへ出ると、白い照明が3人を照らした。ユイはベースを肩へ掛け、マイクの前へ立つ。
「1年A組! クラス委員バンドです!」
声が大音楽室へ響く。
「今日は1曲だけだけど、一生懸命演奏するから、みんな楽しんでって!」
客席から拍手が返った。
ユイのコミュ力はMCに向いてる。まだ演奏もしてないのに元気の良さだけで会場に受け入れられていくのがわかる。
ハルナが鍵盤の前へ立ち、ユイはベースのボリュームを確かめる。リョウヘイはドラムの椅子へ腰を下ろし、ペダルへ足を置いた。
照明の下で、一瞬だけ3人の視線が交わる。
ハルナが頷く。ユイが笑う。リョウヘイはスティックを静かに持ち上げた。
小さなカウントのあと、ハルナの鍵盤が最初の和音を鳴らした。
澄んだ音が大音楽室へ広がる。初合わせの日には震えていた指が、今日は鍵盤へ迷いなく落ちていた。その上へユイの歌が重なる。普段の騒がしさからは想像できないほど落ち着いた歌声だった。客席も静かに耳を傾けている。
前奏の終わり。ユイの指が弦の上で構えられる。リョウヘイは息を吸い、1拍目へ右足を落とした。
バスドラムが、大音楽室の床を揺らした。
その瞬間。
ユイとハルナは、初合わせの日と同じ感覚を覚えた。見えない大きな手に、背中を押されるような感覚。
これで2度目だった。だが、あの日とは違う。押される力が、明らかに強い。
続くスネアが空気を裂き、ユイのベースがその間へ飛び込む。ハイハットが曲の輪郭を刻んだ瞬間、3人の音が一気に前へ走り出した。
ハルナは鍵盤を弾きながら、背中を駆け上がる震えを感じていた。
――やっぱり…!リョウヘイくん、全然本気じゃなかったんだ……!
ほとんど毎日一緒に演奏してきた。少しずつリョウヘイのドラムにも慣れてきたと思っていた。それなのに、本番で鳴っている音はまるで違う。
物凄い音量だがうるさくはない。広い会場の一番奥まで届くように演奏者に支配された爆音。
正確に、それでも荒々しく。立ち止まることを許さない音だった。
怖くない。
自分の鍵盤が次にどこへ向かえばいいのか、後ろから全部分かっているような音だった。
ハルナはいつもより強く鍵盤を押し込み、大音楽室いっぱいへ音を広げた。
ユイには、そんなことを考える余裕すらなかった。
バスドラムにベースを重ねるたびに、身体が勝手に次の音を求める。練習では気にしていたテンポも、客席の視線も、いつの間にか頭から消えていた。
ただ、楽しい。
歌声が伸びる。ベースが前へ出る。歌詞を思い出す必要もフレットを確認する必要も、一定のテンポを意識する必要もなかった。音楽と一体化していた。
もっと。
もっと、このまま。
リョウヘイは2人の背中を見ながら、わずかに口元を上げた。もう細かく道を示す必要はない。ユイのベースは自分からドラムへ食いつき、ハルナの鍵盤も合図を待たずに曲を押し広げている。
だったら。
もう少し、行ける。
サビへ向かって、リョウヘイがさらに音を押し上げた。
その瞬間。
照明の下で、リョウヘイの瞳が赤く染まった。
初めて起きた変化だった。
同時に、ユイとハルナを押していた見えない力が、さらに強くなる。まるで自分の身体の奥に眠っていた力まで、引っ張り出されるような感覚。
ハルナの指が、今までより深く鍵盤へ沈む。ユイの歌が、練習では出なかったところまで伸びる。ハルナのコーラスが混ざり美しいハーモニーを奏でる。
2人とも、自分がこんな演奏をできるとは思っていなかった。
客席の空気も変わった。
腕を組んでいた上級生が身体を起こす。ステージを値踏みするように眺めていた生徒たちの視線が、少しずつ音へ引き込まれていく。
サビ直前。
リョウヘイがスネアからタムへ短いフィルを叩き込んだ。3人の音が同時に跳ね上がる。客席の何人かが、思わず身体を揺らした。
最後のサビ。
ユイの声が大音楽室の天井へ突き抜け、ハルナの和音がその下を埋める。リョウヘイのドラムは2人を追い越さない。それでも、立ち止まることだけは許さないように、強く背中を押し続ける。
3人で同じ場所へ駆け上がっていく。
最後の1音。
ユイとハルナがリョウヘイを見る。
クラッシュシンバル。ベース。鍵盤。
3つの音が、寸分違わず同時に鳴った。
そして止まる。
一瞬、大音楽室が静寂に包まれた。
次の瞬間。
歓声と拍手が爆発した。
「やべえ、なんだ今の!」
「1年A組、めちゃ強くない!?」
「ドラムえぐっ!」
ユイは目を見開いたまま客席を見る。それから、堪えきれないように笑った。ハルナも肩で息をしながら、鍵盤の陰で小さく拳を握る。
リョウヘイは2人の横顔を見た。
まだ、前世で出会ったような『イカれた』音とは違う。
それでも、初合わせの日には想像できなかった音が、確かに今、3人の間から鳴った。
悪くない。
今度のそれは、続きを期待せずにはいられない種類の『悪くない』だった。
演奏を終えたリョウヘイの瞳は、いつの間にか元の色へ戻っていた。
舞台袖へ戻ると、3人は一気に力が抜けた。
「はぁ……ワクワクしすぎた……」
「客席全員に恋したか?」
「今それ言う……?」
その時だった。
コツ、コツ、とヒールの音が近づいてくる。
現れたのは入学式で話していた軽音楽科主任ティアーユだった。
彼女は3人の前まで来ると、まっすぐリョウヘイへ右手を差し出した。
「やはり、あなたを呼んで正解でした」
リョウヘイがその手を握る。
「あの招待状、アンタが……」
ティアーユは答えず、静かに手を離した。
「また、ゆっくり話しましょう」
そして踵を返す。
「近いうちに、また」
ティアーユの背中を、3人はしばらく見送った。
「……なんだったんだ?」
ユイが首を傾げる。
「さあ…?」
リョウヘイも分からない。
ただ、この学校へ来てから、少しずつ何かが動き始めている。
「やったね、2人とも……!」
ハルナが嬉しそうに言う。
「うん!大成功だったよね!」
ユイも笑う。
リョウヘイは2人を見て、小さく頷いた。
弁当から始まった3人の最初のライブは、無事に終わった。
そして、リョウヘイの2度目のバンド人生は、まだ始まったばかりだった。
イメージソング
真夜中ドライブ/緑黄色社会




