#5 初合わせ
※本作は全話に挿絵があります。
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また、たまにイメージソングも記載しています。
よければ楽曲とあわせてお楽しみください。
放課後。
3人はユイが確保したスタジオへ向かっていた。校舎のあちこちからギターや管楽器、歌声が漏れ、昼間より明らかに音が多い。
「見て見て! この建物、全部スタジオなんだって!」
ユイがスタジオ棟を見上げながら両手を広げる。
東音の敷地は広大だ。東京都とはいえど、西の最果ての県境にある小高い山全体がこの高校そのものだ。
山の中だから騒音問題はほぼゼロ。ルールを守ればどこでも演奏できる。
吹奏楽科に所属している生徒がいろんなところで演奏しているのがこの学校の日常だ。
ここスタジオ棟は、軽音楽科に所属する生徒がよく使う。
「アタシ初めて来た!」
「俺はよく来る」
「私も、個人練習でよく来るよ」
「ドラムとピアノはここだよな」
「いつも予約の争奪戦だよね」
リョウヘイは腕を振ってご機嫌なユイに質問した。
「それにしても、よく当日で取れたな」
「キャンセル出るまで更新ボタン連打した!」
「授業中もやってたよね」
ハルナが苦笑いしながら言う。
「運命は待ってるだけじゃ掴めないから!」
「先生にもそれ言えよ」
そんなユイとは対照的に、ハルナは少し緊張しているようだった。
「ハルナ、緊張してる?」
「ちょっとだけ。人と合わせるの、初めてだから」
「今日は練習なんだし、ミスっても気にしない!」
「……うん」
割り当てられたスタジオへ入り、3人はそれぞれ準備を始める。ユイはベースをアンプへ繋ぎ、ハルナはキーボードの電源を入れる。リョウヘイもドラムの椅子へ座り、最低限のセッティングだけ整えた。
ハルナが鞄から紙を取り出し、2人へ渡す。
「簡単だけど、譜面作ってきたの」
「ハルナが作ったの!?すごい!」
「うん、休み時間に。曲作るの好きだから」
「授業中じゃなくて?」
「……休み時間に」
「目逸らしたぞ」
「運命は待ってるだけじゃ――」
「ユイちゃんは黙ってて」
「はい」
リョウヘイは笑いながら譜面を見る。曲自体はシンプルだった。この短時間でユイの歌いやすいキーを推測して作ったようだ。
「じゃあ最初、2人だけでやってみて」
「え? リョウヘイは?」
「聴いてから叩きたい」
「お弁当で雇ったのに!」
「逃げねえよ。どう叩くか決めたいだけ」
「むぅ……」
不満そうにしながらも、ユイはマイクの前へ立つ。
「じゃあ2人だけで驚かせよ! ハルナ!」
「う、うん」
ユイがカウントを出した。
演奏が始まる。
最初は悪くなかった。ユイのベースとハルナのキーボードが重なり、ちゃんと曲になっている。
問題は、歌が始まってからだった。
ユイが走る。少しずつ、本人が気づかない程度にどんどんテンポが上がっていく。
ハルナはそれを追いかけようとして焦り、鍵盤を外す。間違えたことでさらに音が小さくなり、ユイは基準を失ってまた走る。そして。
「あっ」
ハルナがコードを外した。次も外す。
ユイもつられて歌詞を噛み、ベースの手が止まった。
演奏終了。
予定していた半分にも届かなかった。
「……ごめんなさい」
ハルナが俯く。
「いや、アタシも……なんか途中から速かった気がする」
「気づいてたのか」
リョウヘイは笑いながらツッコんだ。
「曲が逃げてくなーって」
「逃げたのお前だから」
「えっ、アタシ!?」
「ユイ、歌い始めてからずっと走ってた」
「そんなに!?」
「楽しそうだったけどな」
「超楽しかった!」
「うーん、すごいな、この子は」
一周回ってなんて言えばいいかわからなくなってしまった。リョウヘイは次にハルナを見る。
「ハルナは間違えるの怖がりすぎ。ミスった後まで小さく弾くから、余計戻れなくなってる」
「でも、大きい音で間違えたら目立つよ?」
「目立つな」
「メンタルやられちゃうよ」
「でも次で戻ればいいだろ。ライブ中に間違えても曲は止まってくれないぞ」
ハルナは少し考えてから、鍵盤へ手を戻した。
「……やってみる」
「よし。次は俺も入る」
ユイの目が輝く。
「やっと!」
リョウヘイはスティックを握った。
2人の準備を確認し、カウントを出す。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
バスドラムが鳴った。
その瞬間、見えない大きな手に背中を押されるような感覚を、ユイとハルナは同時に感じた。
無意識に身体がリズムを取ってしまう。空間をドラムに支配されている。でもそれがとても心地良い。
さっきまで不安定だった曲に、一気に芯が通る。
ユイのベースが前へ飛び出そうとすれば、バスドラムが戻る場所を作る。ハルナが迷っても、スネアとハイハットが拍を示し続ける。
さっきとはまるで違った。
ユイが周りの音を聴く余裕を持ち始める。ベースがドラムへ乗り、歌声まで伸びていく。
ハルナが1音外した。一瞬だけ表情が固まる。
それでも今度は止まらない。次の小節で、しっかり戻った。
ハルナ自身が驚いた顔をする。そのまま曲は進み、最後のサビへ入る。
ユイの声が強くなる。
ハルナの鍵盤も広がる。
リョウヘイは2人の音を拾いながら、少しずつドラムを持ち上げていく。
そして最後の1音。
シンバルの余韻がスタジオへ残った。
数秒の沈黙。
最初に口を開いたのはユイだった。
「なに今の! 超ヤバくなかった!?」
ベースを抱えたまま、興奮した顔でリョウヘイを見る。
「アタシ、今までで1番いい感じに歌えたかも!」
「私も……」
ハルナは自分の両手を見る。
「途中で間違えたのに、ちゃんと戻れた」
「だから言っただろ。止まらなきゃなんとかする」
「すごいね、リョウヘイくん」
「いや、2人もさっきより良かったよ」
リョウヘイがそう言うと、ユイは嬉しそうに笑った。
だが、すぐに何か気づいたように目を細める。
「……ねえ」
「ん?」
「リョウヘイ、全然本気じゃないでしょ?」
ハルナもこちらを見る。
「私も思った」
「なんで?」
「なんか……アタシたちが転ばないように接待されてた感じする」
意外だった。
経験は浅くても、その違和感には気づくらしい。
実際、リョウヘイはかなり余裕を残していた。音数を減らし、2人が迷わない場所だけを叩いていた。
「初めて合わせるんだから普通だろ」
「もっとできるんでしょ?」
「できるけど、今やっても2人がついてこれない」
「むっ」
ユイが露骨に不満そうな顔をする。
「じゃあ、ついてけるようになればいいんでしょ!」
「そうなるな」
「分かった! なる!」
即答だった。
隣でハルナも小さく頷く。
「私も…頑張る」
「おう、頑張れ」
リョウヘイは2人を見る。
まだ、探していた『イカれたメンバー』とは違う。
ユイの声は面白い。そしてデカい。
ハルナの鍵盤も悪くない。
でも、まだイカれてない。
それでも、初めて合わせたにしては、思っていたよりずっと楽しかった。リョウヘイはスティックを構え直す。
「じゃ、もう1回やるか」
「次は接待なしね!」
「今のお前らに合わせたら同じになるって」
「じゃあさっきよりちょっとだけ!」
「注文細かいな」
ハルナが笑いながら鍵盤へ手を置く。
「ライブまで3週間だもんね」
「ああ。時間はそんなにないな」
「よーし!」
ユイがベースを構える。
「新歓ライブまで毎日やるよ!」
「毎日はスタジオ取れないだろ」
「取る!更新連打する!」
「授業中に予約すんなよ」
「運命は――」
「それもういい」
3人の笑い声が重なる。
リョウヘイはスティックを打ち鳴らした。
「じゃあ頭から。ワン、ツー――」
2回目の演奏が始まった。
まだバンドではない。
けれど、最初の1音は鳴った。
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