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48/99

#48 1もうこないで

この話の挿絵を作ってなかったです。

マジすいません。次から本気出す。

カラーの資料があるので今回はこれでご勘弁ください。

それでは本編どうぞ。

挿絵(By みてみん)

長い沈黙が続いた……


「ハルナが学校を辞めるって……どういうこと……ですか……?」


ユイの震えた声が、静まり返った教室に響いた。ティアーユはすぐには答えず、わずかに目を伏せてから、小さく息を吐く。


「……そのままの意味です。昨日、ご家庭から学校へ電話がありました。ハルナさんは転校するので、必要な書類を送ってほしいと」

「転……校……?」

ヒナが呆然と呟く。


「なんですか、それ! 私、そんな話なんにも聞いてない! 意味分かんないですよ!」

ユイは勢いよく立ち上がった。


今にも教室を飛び出してハルナを探しに行きそうな彼女を、サクラが静かな声で制する。

「やめないか、ユイくん。先生の顔を見たまえ」


その言葉に、全員の視線がティアーユへ向いた。いつも冷静な彼女の表情は苦しげに歪み、悔しさと悲しみが隠しきれずに滲んでいた。


「先生だって、まだ受け止めきれていないんだ。そういう状況なんだよ」

「先生……」

リョウヘイが小さく呼びかけると、ティアーユはゆっくりと顔を上げた。


「本当に突然の電話でした。転校するので書類を送ってほしい、と。連絡をくださったのは……お母様です」

教室が再び静まり返る。


「私は本人とも話をしたいとお願いしました。ですが、断られてしまいました……。年末年始の間に、ご家庭で何かあったのかもしれません」


ティアーユの声は、わずかに震えていた。教師として何もできなかった悔しさと、生徒を守れないかもしれない焦り。その両方を無理やり押さえ込んでいるように見えた。


「ですが、このまま書類をお渡しするわけにはいきません。書類を渡すには、本人と保護者を交えた面談が必要だと伝えました」

一呼吸置き、ティアーユが続ける。


「……これは嘘です」

全員が息を呑んだ。


「これから、その3者面談をする予定です」

「じゃあ、ハルナは学校に来るんですね! だったら直接――」

表情を明るくしたユイだったが、ティアーユは静かに首を横へ振った。


「今は……誰とも話したくないそうです」

ユイの表情が再び沈む。

握り締めた拳だけが、小さく震えていた。


「3者面談には、誰も来てはいけません。まずは私が話を聞いてきます」

ティアーユが教室を出ようとした、その時だった。


「先生!」


綾坂が駆け寄り、手のひらに乗るほどの小さな機械を差し出す。


「これ…」

ボタンほどの大きさしかない、目立たない機械だった。ティアーユはその用途を察し、困ったように眉を寄せる。


「綾坂さん。気持ちは分かりますが……」

「先生……!」

フミが1歩前へ出た。

「お願い……」

短い言葉だった。


だが、教室にいる全員の願いが、その一言に詰まっていた。ティアーユはしばらくクラスを見つめたあと、小さく息を吐く。

「……いいでしょう」

綾坂から受け取り、胸元へ取り付ける。


「ですが、皆さんはここから動かないこと。絶対に無茶をしないと約束してください」

そう言い残し、ティアーユは3者面談へ向かっていった。扉が閉まると、教室には重苦しい沈黙だけが残る。


「なんで……なんでだよ……ハルナ……」


リョウヘイは机へ視線を落としたまま呟いた。突然すぎて、怒るべきなのか、悲しむべきなのかすら分からない。


「私……何かしたのかも……」

ユイの声には、いつもの明るさが欠片もなかった。

「私が何か嫌なことしたから、話してくれなかったのかな……。謝ったら、許してもらえるかな……」


「そんなわけない……!」

今にも泣き出しそうなヒナが、強く顔を上げる。

「ハルナさんが……lunatiを……こんな形で終わらせるわけない……! 何も言わずにいなくなるなんて、絶対におかしいです……!」

誰も言葉を返せない。


「君たち……」

サクラが何かを言いかけた、その瞬間だった。


「繋がった!」


綾坂の声に、全員が振り向く。


ノートパソコンの画面には音声受信ソフトが立ち上がり、波形が小刻みに動いていた。先ほどティアーユへ渡したピンマイクから、面談室の音声が送られてきている。教室中の視線が、パソコンのスピーカーへ集まった。


『お待たせしました。担任のティアーユです』

ティアーユの声に続き、柔らかな女性の声が聞こえる。


『ハルナの母、フユミです。いつも娘がお世話になっております』

フユミと名乗った女性は、ハルナによく似た、おっとりとした声で挨拶をした。柔らかな口調も、穏やかな物腰も、一見すれば優しそうな母親にしか思えない。


『早速ですが、先生。転校の書類をいただけます?』

『その前に、まずは少しご本人と話をさせてください』


ティアーユがそう告げると、フユミは隣に座る娘へ声をかけた。

『ほら、ハルナ』

少し間があった。


そして、か細い声がスピーカーから聞こえた。

『先生……今まで、ありがとうございました』

『ハルナさん……』

ティアーユが呼びかけても、返事はない。


『この子ったら、私に内緒でバンドなんてやっていたんですよ』

フユミは、困った子供の失敗を話すように小さく笑う。


『もともとはクラシックを学ばせるために、この学校へ入学させたんです。それなのに、ピアノサークルに入ったなんて嘘までついて。特進クラスに所属していることだって、この前初めて聞いたんですよ?』


『普段は、あまりご自宅にいらっしゃらないのでしょうか』


『はい。母親として、外でやることがありますので』

フユミは悪びれる様子もなく答えた。


『ですが、これからはなるべくそばにいてあげようと思っています。まだまだ子供ですから、少し目を離すとワガママを言ってしまうようですし』

衣擦れのような小さな音が聞こえた。フユミがハルナの肩へ手を置いたのだろう。その直後、ハルナが小さく息を呑む音がスピーカーから漏れた。


姿は見えない。


それでも、身体を強張らせたことだけは嫌でも伝わってきた。教室で聞いていたユイが、口元を押さえる。

ヒナの顔から血の気が引いた。

リョウヘイは何も言えず、ただスピーカーを睨んでいた。


『というわけで先生、書類をいただけます?』

しばらくの沈黙のあと、紙を動かす音が聞こえた。

『ありがとうございます。それでは、失礼いたします』


椅子を引く音と、足音。

扉が開き、2人が面談室を出ていく。ハルナは最後まで、ティアーユにも、自分たちにも何も訴えなかった。扉が閉まってからも、スピーカーからは何の音も聞こえない。

書類を渡してしまった。

その事実を前に、教室の誰も口を開けなかった。


バゴンッ!


突然、パソコンのスピーカーから激しい衝撃音が響いた。ユイの肩が跳ね、ヒナが口元を押さえる。

説明されなくても分かった。


1人になったティアーユが、机を殴った音だった。


しばらくして、ティアーユが教室へ戻ってきた。表面上はいつもの冷静さを取り戻していたが、右手は赤くなり、その声には隠しきれない悔しさが滲んでいる。


「お力になれず……すみませんでした」

「そんなことない……」

綾坂が静かに首を振った。


「先生、ハルナは絶対に言わされてる」

リョウヘイが断言すると、ユイも勢いよく立ち上がる。


「そうだよ! 絶対なんか変だよ! あんなのハルナの言葉じゃない!」

「分かっています」

ティアーユは苦しそうに目を伏せた。


「ですが、教師という立場では、これが限界です。本人が転校に同意し、保護者も手続きを希望している以上、これ以上ご家庭の事情へ踏み込むことはできません」


「そんな……」

ヒナの顔から力が抜けた。

「ただ……ここに」

ティアーユは鞄から1枚の書類を取り出し、机の上へ置く。


「ハルナさんの自宅住所が記載された書類があります」


全員の視線が、その紙へ集まった。ティアーユは書類から手を離すと、わざとらしくこめかみを押さえる。


「私は少し休みます。疲れているので……書類を忘れてしまいそうです」


数秒の沈黙。

最初に意味を察した綾坂が、何も言わずにティアーユを見る。

サクラも小さく頷いた。


「それでは、失礼します」

ティアーユは書類を置いたまま、教室を出ていった。扉が閉まった瞬間、ユイが紙を掴み取る。


「今すぐみんなでハルナの家に行こう! 直接話そう!」

「そうしましょう!」

ヒナも迷うことなく頷く。

「アンタたちだけで行きなさい」

綾坂の言葉に、ユイが振り返った。

「え……?」

「私たちが大勢で押しかけても、ハルナは余計に話せなくなる。それに、向こうのお母さんを警戒させるだけよ」


サクラも静かに頷いた。

「私たちでは、きっと駄目だ。今のハルナくんに必要なのは、クラスメイト全員ではない」

フミがリョウヘイたちを見る。

「……バンドメンバー」

リョウヘイは住所を確認し、短く息を吐いた。

「行こう」


リョウヘイ、ユイ、ヒナの3人は、ハルナに会うため教室を飛び出した。ハルナの家までは、東音から電車を1度乗り換えて、およそ40分。移動中も3人は落ち着かなかった。


駅を出てしばらく歩くと、騒がしい駅前とは打って変わり、静かな住宅街が広がっていた。

その中でも、目的の家は少し目立っている。高い塀に囲まれた広い敷地と、手入れの行き届いた庭。2階建ての立派な1軒家を見上げ、リョウヘイは住所の書かれた紙を確認した。


「清水谷……ここか……」

「チャイム……押す……?」

ユイが不安そうにインターホンを見つめる。

「たぶん、普通に行ってもハルナには会わせてくれないだろうな」

「メールも見てもらえてないです……。どうしたら……」

ヒナが携帯の画面を見つめていた、その時だった。


ピンポーン。


リョウヘイが迷わずチャイムを押す。

「えっ、押しちゃうの!?」

「恐らく、携帯も自由に使えないんだろ。没収されたか……下手したら捨てられたかもしれない。ここを逃したら、もう会えなくなる可能性がある」

リョウヘイは門の横へ視線を送り、声を落とした。

「賭ける。2人は隠れててくれ。ハルナが出てきたら、そのまま連れ出す」



ユイとヒナは顔を見合わせ、真剣な表情で頷いた。2人が塀の陰へ隠れると、インターホンから女性の声が聞こえてくる。


『はい?』

「ハルナさんのクラスメイトです。クラスのみんなで寄せ書きを書いたので、直接ご本人に渡したくて」


母親か……


リョウヘイは顔や服装がカメラへ映りすぎないよう、わざとインターホンへ近づいた。なるべくこちらの情報を与えず、ただのクラスメイトだと思わせる。


『分かりました。少し待ってください』

しばらくして、玄関の鍵が開く音がした。ガチャリと扉が開き、姿を見せたのはハルナではなく、先ほど面談室で声を聞いたフユミだった。


ハズレか……!どうする…!?


「わざわざありがとう。私からハルナに渡しておくわ」

フユミはそう言って手を差し出した。早く寄せ書きを渡せとでも言いたげだった。


リョウヘイは咄嗟に片足を差し込み、扉が閉じるのを止めた。そして、家中へ届くように声を張り上げる。

「ハルナぁ! 聞こえるか!」

「ちょ、ちょっと、何を――」

「ルナを見に行こう! 絶対に! 一緒にルナを見に行こう!」

「なんなの、あなた!」

フユミがリョウヘイの胸を思い切り突き飛ばす。

「う゛っ……!」

リョウヘイは足をもつれさせ、門の前へ倒れ込んだ。

「もう2度と来ないで!」

フユミは吐き捨てるように言い、勢いよく扉を閉めた。

続けて鍵のかかる音がする。


「リョウヘイさん!」


隠れていたヒナとユイが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?」

「うん。ちょっと尻打っただけ」

リョウヘイは腰を押さえながら立ち上がった。

「リョウヘイ、さっきの……」

「伝わったかな」

「今夜、抜け出してってことですよね……?」

ヒナの言葉に、リョウヘイは頷いた。


それは去年、まだlunatiのロゴを決めていた頃のことだった。ミーティングルームの机いっぱいに紙を広げ、ユイが太いペンを握っている。

「lunatiの“ルナ”って、月って意味もあるんだよ! だからロゴに月とか入れたら、カッコよくない!?」

「いいかも! こんな感じはどうかな?」

ハルナが紙を1枚引き寄せ、慣れた手つきでペンを走らせた。夜空に浮かぶ月と、その下に並ぶlunatiの文字。短い時間で描いたとは思えないほど、綺麗にまとまっている。


「わっ、素敵です!」

ヒナが目を輝かせる。

「おー、上手いもんだな」

「lunatiは、夜空の月がよく似合いそうだなって!」

ハルナは描き上げたロゴを掲げ、嬉しそうに笑っていた。あの時の会話を、ハルナが忘れているはずがない。



「ヒナに伝わったなら、きっとハルナにも伝わってる」

リョウヘイは、カーテンの閉じられた2階の窓を見上げた。

「2人とも、夜まで待てるか? 俺はファミレスでずっと粘るけど」

「アタシも行く」

ユイが即答する。

「私もです」

ヒナも迷わず頷いた。



その頃、家の中では、ハルナが階段の方を気にしていた。

「今の、なんだったの? すごく大きな声がしたけど」

「ハルナに寄せ書きを渡したいって言ってきた男の子がいたの。でも突然、大声で変なことを言い出したから、びっくりしちゃった」

「そう……」

ハルナは俯いた。


リョウヘイくんだ。


ルナを見に行こう。


その言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥で消えかけていたものが、微かに灯った。

「お母さん、携帯貸して」

「どうして?」

「もう来ないでって連絡するから。そうしたら、もう来ないと思う」

フユミは少し考えたあと、ハルナへ携帯を渡す。


「ちゃんと送った画面を見せてね。送ったら、またお母さんが預かるから」

「うん」

ハルナはメッセージ画面を開き、リョウヘイの名前を選んだ。フユミがすぐ隣から画面を見ているため、長い文章は打てない。ほんの一瞬だけ指を止め、それから短いメッセージを送信した。


『1もうこないで』


「ほら」

「……1?」

「間違えて送っちゃった。でも、もう会うこともないから……」

「そうね」

フユミは携帯を受け取り、満足そうに微笑んだ。


「明日は転校先の先生にご挨拶しなくちゃね。そうだわハルナ、新しい靴をプレゼントに買ってきたの。今日からそれを使って。きっと良いところに連れて行ってくれるわ」


「うん、ありがと」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


近くのファミレスでは、リョウヘイたちが窓際の席を陣取っていた。ドリンクバーだけで長時間粘り続けているため、店員から若干怪しまれ始めている。テーブルの上に置いていたリョウヘイの携帯が震えた。

「……ハルナからだ」

その一言で、ユイとヒナが身を乗り出す。画面に表示されたのは、たった1行のメッセージだった。


『1もうこないで』

「もう……こないで……」

ヒナの顔が曇る。

「ハルナ……」

ユイも唇を噛み、俯きかけた。


しかし、リョウヘイは画面を見つめたまま動かなかった。

「……違う」

「え?」

「ハルナが、こんな打ち間違いするわけない」


リョウヘイは、メッセージの先頭にある数字を指差す。

「あいつはメッセージを送る前に、誤字脱字がないか何度も確認しないと気が済まないタイプだ。間違えたまま送るなんて、まずあり得ない」

「……そうだよ!」

ユイも気づき、勢いよく顔を上げる。


「ハルナ、句読点までちゃんと確認するもん! こんな間違い、絶対しない!」

「じゃあ、親御さんがそばで見ている中で……わざと?」

ヒナが数字を見つめる。


リョウヘイは現在時刻を確認した。

「1時だ」

「1時……?」

「日付が変わった深夜1時。ハルナはその時間に家を出るつもりだ」


今は夕方の5時を過ぎたところだった。リョウヘイは椅子の背にもたれ、長く息を吐く。

「あと8時間か……。お前ら、待てるか?」

「うん。ハルナに会えるなら、いくらでも待つ!」

ユイは迷わなかった。

「私も待ちます! お母さんに連絡しておきます!」

ヒナも携帯を取り出す。


3人は、ファミレスの窓から少しずつ暗くなっていく空を見つめた。今できることは、ハルナの合図を信じて待つことだけだった。


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