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#37 ラフミックス完成

最初の通し録音を終え、lunatiの4人はそれぞれのブースから綾坂のいるミキサールームへ移動した。


リョウヘイは録音された音に大きな不満はなかった。むしろ、予想していた以上に良かった。それでもドラマーという生き物は、良かったと言われた直後ほど、もう1度だけ確かめたくなる。


「もうオッケーなの? スネアのチューニングとか混じり確認したい……」


「なに?」

綾坂が眉を吊り上げた。


「ウチが事前にチューニングしたんだけど。アンタ、ウチより耳よかったっけ?」


「あ、それなら安心しましたー」


リョウヘイは即座に両手を上げ、綾坂から1歩離れた。睡眠不足で判断力が落ちていても、今の綾坂へ張り合ってはいけないことくらいは分かる。ここで余計な一言を足せば、スネアより先に自分の頭を締め直されそうだった。


「早く聞かせてよー!」


ユイが待ちきれないとばかりに声を上げる。それぞれが長く重厚なソファに並んで座り、綾坂が録音したばかりのテイクを返した。数秒前まで自分たちが鳴らしていた音が、マイクと機材と綾坂の手を通り、少しだけ違う姿になって戻ってくる。輪郭は鮮明なのに、演奏中の勢いは削られていない。ブースの空気まで、そのまま音源の中へ閉じ込められているようだった。


「うん! バッチリ!やっぱり生演奏だとパソコンと全然違うね!」

ハルナが満足そうに頷く。


「それな!マジいい音ー!」

ユイはベースを軽く弾き、ヘッドホンへ返ってくる太い低音に目を輝かせた。


「わぁ……!」

ヒナも小さな歓声を上げる。


何日も1人きりの個室で聞き続けたパンチラインが、今はドラムとベースと鍵盤に支えられ、1曲の入口として堂々と鳴っている。指が弦を擦る音も、開放弦の少し不格好な響きも消されていない。それなのに、独りで弾いていた時より、ずっと強い音に聞こえた。


「そういえば、3人はレコーディング初めてなんだっけ?」

リョウヘイが、ふと思い出したように尋ねる。


「どうだ?クソ楽しいだろ?」


「楽しい!」

ユイは迷いなく答えた。


「緊張するけど、自分の音がよく分かるね。普段は全体を聞いてるつもりでも、意外と聞けてないところがある」

とは言いつつも、ハルナは楽しそうに曲を聴いている。


ヒナだけは、答えを探すように視線を宙へ浮かせた。


「なんていうか……」

その続きを待つように、ミキサールームの綾坂がにやりと笑う。


「もし……自分に子供が生まれたら、こんな感じなんでしょうか」


一瞬の静寂の後、一気に笑いが起きた。

「やっぱヒナっち最高……!」

綾坂が堪えきれず、机へ突っ伏した。


「どういう感想なの、それ」

ユイも笑う。


「……自分と近いDNAを持った存在というか、曲を生み出したわけじゃないですか。この曲のこと、自分の子供みたいに感じます」

ヒナはいたって真剣だった。


「言いたいことは分かるよ、ヒナちゃん」

ハルナが優しく頷く。


「え、分かるんだ……」

ユイだけが、また1人置いていかれた顔をしていた。


その後は、録音した演奏を細かく確認し、必要な場所だけを差し替えていった。綾坂は同じ数秒を何度も再生する。音程、リズム、ノイズ、余韻。普通ならミスとして削られそうなものまで1度すべて拾い上げ、その音が曲の中で生きているかどうかを判断していく。


ユイのベースがわずかに前へ出た場所は、リョウヘイのキックへ食らいついた結果だから残す。ヒナのギターへ混じった弦の擦過音も、パンチラインへ飛び込む直前の生々しさになるから消さない。


「そこ、ちょっと走ってない?」


ユイが不安そうに尋ねる。


「走ってる。でも、今のは勢い。真っすぐに直したら死ぬから、そのまま」


「走ってるのに褒められた……」


「勘違いしないで。次も走ったら怒る」


「はい!」


正しいかどうかではなく、その音がなぜ鳴ったのか。綾坂は、4人が無意識に選んだ一瞬を見つけ、それが聞き手へ届く形に整えていた。音を綺麗にするだけなら、機材でもできる。だが、どの粗さを残し、どのズレを殺すかは、人間にしか決められない。午前の作業が一段落した頃には、時計の針は昼を回っていた。


「みんな、食堂で昼飯食べてきな」

綾坂が編集しながらみんなに告げる。


「ウチは作業あるから」


「え、綾坂も行こうぜ?」

リョウヘイが誘うが、綾坂は画面から目を離さない。


「いいとこまでやりたいの。このあと歌入れるでしょ。整えなきゃ。ほら、行った行った」


「でも、朝から何も食ってないだろ」


「食べたら眠くなる。今はいらない」


「休まないと」


「うるさい、邪魔だからもういって」


有無を言わさぬ調子に押され、4人は大人しく食堂へ向かった。食堂では、サクラとフミがすでにテーブルを囲んでいた。


「やぁ! どうだい、1年生諸君! 順調かい?」


サクラが陽気に手を振る。その隣では、フミが相変わらず無言のまま食事を口へ運んでいる。リョウヘイが手短に、最初の通し録音を終え、綾坂に追い出されたところまで説明した。


「ふむ! 承知したよ!」

サクラが得意げに胸を張る。


「まずは私たちにお昼を奢りたまえ!」


「なんなりとお申し付けください」

リョウヘイは迷わず頭を下げた。プリントをでっち上げてもらった借りがある。昼食程度で済むなら、むしろ安い。ハルナ達も承諾した。


「そうだね、サンドイッチと飲み物を10人前もらおうか! おっと、テイクアウトで頼むよ!」


「めちゃ食べる!」

ユイが目を開いて驚いた。


「ここは割り勘にしよう!」

ハルナが提案する。


「そうしましょう!」

ヒナも頷いた。


「1人1000円でプリント代行してもらったんだ。安いもんだ」


リョウヘイは財布を取り出す。


注文を終えると、4人は膨らんだ紙袋を両腕へ抱え、サクラの後についていくことになった。


「パイセン、どこで食うんだよ? 中庭? ラウンジ?」


「ついてきたまえ、リョウヘイくん」


自信満々で反対方向に行こうとした所をフミに訂正され、連れていかれた先は、つい先ほど追い出されたばかりのレコーディングルームだった。


「お邪魔するよ、綾坂くん!」


「サクラ先輩!」

綾坂が驚いて振り返る。

その後ろから入ってきた4人を見た瞬間、眉間の皺が1段深くなった。


「と……アンタ達ねぇ……」 


「ち、違うんです!サクラ先輩が…」


「これは私からの差し入れだよ! みんなで食べよう!」


サクラがテーブルの上へサンドイッチを並べるよう指示を出した。


「ここ、飲食禁止ですよ!」

綾坂が慌てて手を振る。


「プリント」

フミが、ぽつりと一言だけ挟んだ。


「っ……」

綾坂の反論がぴたりと止まる。

あのプリントがなければ、lunatiの4人は今頃、録音どころではなかった。正論を振りかざせる立場ではない。


「食べよう、綾坂くん! 機材から離れれば問題ないだろう?」


「……10分だけね」


「さすが綾坂くん。話が早い!」


「いただきます……」


綾坂は渋々ながらも、卵サンドへ手を伸ばした。


「先輩、ありがとう」


リョウヘイが改めて頭を下げる。


「おや、パイセンではなかったのかい?」


「悪かったよ、サクラ先輩」


「うむ。素直な後輩は嫌いじゃないよ」


全員が機材から離れた休憩スペースへ集まると、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。綾坂はサンドイッチを食べながらも、何度もモニターへ目を向けている。口は休んでいても、頭の中ではすでに次の作業が始まっているらしい。しばらくすると、サクラが満腹そうに腹をさすった。


「ふう、お腹いっぱいになってしまったな。悪いが残りは君達で処分してほしい。――どうせ、徹夜なんだろう?」


「サクラ先輩……」


ハルナが、その気遣いに目を細めた。10人前を頼んだ本人が食べたのは2つだけだった。最初から、残りを夜食として置いていくつもりだったのだろう。恩着せがましく説明せず、食べきれないからと押しつける。その不器用な優しさは、派手な言動よりもずっと分かりやすかった。


「よし。マイク準備してくる」

綾坂が立ち上がり、機材へ向かう。休憩は本当に10分で終わった。


「そろそろ歌かぁ……もっと食べたかったなぁ」

ユイが名残惜しそうに紙袋を見る。喉と腹を重くしないため、結局サンドイッチは1つしか食べていなかった。


「歌入れ、見ていく」

フミが静かに告げた。


「いや、流石にそれは悪いよ、フミ」

サクラが止めようとする。


「プリント」


「……今日それで乗り切ろうとしてない?」

サクラは何も言い返せず、諦めたように肩をすくめた。


「もちろんいいよ」

リョウヘイが頷く。


「そのかわり、先輩方。ユイのディレクション、頼める?」


「いいだろう」


サクラが腕を組み、不敵に笑う。


「ただし、私は厳しいよ?」


「サクラ先輩なら安心できるっす!」


ユイが元気よく答えた。


「その返事が何テイク目まで続くか、楽しみだね」


午後から、ユイのボーカル録音が始まった。ボーカルブースにはユイ1人。外の声は、綾坂がトークバックのボタンを押した時だけ届く。ガラス1枚を隔てただけなのに、マイクの前へ立ったユイは、急に遠い場所へ送り込まれたように見えた。最初の数テイクは、歌詞とメロディを確かめるように進んだ。声は出ている。リズムにも乗れている。普段のライブなら、そのまま押し切れる程度には歌えていた。


だが、サクラは1度も首を縦へ振らなかった。その横では、フミが黙々とパソコンへ向かっている。録音中の歌と歌詞を何度も照らし合わせ、言葉がメロディへ引っかかる場所を探していた。


「ねぇ、フミ」


サクラが、隣で作業を続けるフミへ声をかける。


「どうして彼らにそんな協力的なんだい? 1年からの付き合いだけど、フミが私や先生以外に話しかけるの、初めて見たよ。去年の先輩とも、喋ったことなかったのに」


フミの指が、一瞬だけ止まった。


「彼らは」


それだけ言うと、しばらく沈黙する。長い前髪の奥で、視線がブースのユイと、床へ座って仮眠しているリョウヘイたちの間をゆっくり動いた。


「音楽を、心から愛して信じている」


言葉を1つずつ確かめるように、フミは続けた。


「私や、サクラや、先生と、同じ。売れるとか、売れないとか――関係ない」


「……そうだね」


サクラは小さく頷いた。


サクラとフミが1年生だった頃の特進クラスは、今とはまるで違っていた。実績、数字、成果。誰が先に業界へ届くか。誰が1番価値を持つか。生徒同士の会話さえ、相手の手札を測るために交わされているような、乾いた空気があった。去年の後期からティアーユが担任となり、特進のやり方は大きく変わった。技術や結果だけではなく、その人間がなぜ音楽を続けるのかまで問われるようになった。


そして目の前には、期限へ間に合わないと分かっていながら仲間の音を待ち、徹夜で1曲を作り上げようとしている4人がいる。効率は悪い。無茶ばかりする。見ている方まで巻き込まれる。それでも、音を鳴らす瞬間だけは、誰より楽しそうに笑う。そんな昔を思い出していたサクラの耳に、ボーカルブースからわずかに揺れた音程が飛び込んできた。


「ユイくん! ピッチ! 何度言ったら分かるんだ!」

サクラの声が鋭く飛ぶ。


「だってー!」

ブースの中で、ユイが情けない声を上げる。


「こうだよ! よく見ておきたまえ」

サクラは軽く息を吸い、その場で短く歌ってみせた。


ほんの数音。


それだけで、ミキサールームの空気が変わる。鍵盤でいえば、白鍵と黒鍵の間へ置かれたような微細な音程。正しい音からわずかに沈み、それでも音程を失わず、フレーズへ粘りと遊びを生むブルースノートだった。


「この声が出せないと、曲のコンセプトは伝わらないよ! 遊び心! はい、もっかい!」


「ううー!」


ユイが唸りながら、もう1度マイクへ向き直る。サクラの指摘は厳しい。だが、できないとは1度も言わない。ユイの耳が違いを聞き取っていることも、喉がそこへ届くことも、最初から疑っていなかった。


「おつかれ」


少し仮眠を取ったリョウヘイが、目元を擦りながら戻ってくる。


「おはよう、リョウヘイくん。少し顔色が良くなったね」


「ありがとう、先輩。ちょっと寝れました。」

リョウヘイはガラス越しに、再び歌い始めたユイを見る。

「どうだ? ユイは」


「面白いよ」

サクラの声には、確かな手応えが滲んでいた。


「彼女のポテンシャルは、私と同等だよ」


「マジかよ……」


リョウヘイが思わず声を漏らす。短い付き合いではあるが、サクラのシンガーとしての能力はかなりのものであることを知っていた。そしてサクラは自信家だ。しかも、根拠もなく自分を大きく見せる人間ではない。自分の実力を誰より正確に理解したうえで、自分と同等だと言っている。


「まだ発展途上だけどね」


サクラは静かに続けた。


「でも、それは知識と経験ですぐに埋まるだろう。そして、その2つは私とティアーユ先生が叩き込む。化けるよ、この子は」


ティアーユの名を口にした瞬間だけ、サクラの声に敬意を越えた熱が混じった。リョウヘイは言葉を失ったまま、ガラスの向こうのユイを見つめる。出会った頃は、ベースとギターの違いさえ分かっていなかった。今も勢いだけで飛び込むことは多い。それでも、ステージへ立てば、誰より早く客の視線を自分へ向ける。


リョウヘイが感覚でしか捉えられなかったその力を、サクラは声の専門家として、はっきり見抜いているのだろう。


「今後、ユイくんは私の下につける」


サクラがさらりと言葉を続ける。


「もちろん、バンド活動の邪魔はしない。ただ、なるべく私の現場についてきて、カバンを持ってもらう。構わないね?」


「もちろんだ」


リョウヘイは迷わず頷いた。


カバンを持つ。それは単なる雑用係を意味する言葉ではない。サクラのそばで、発声も表現も、現場での振る舞いも間近に見て学ぶ。弟子入りに近い申し出だった。


「本人に聞く前に決めていいのか?」


「嫌だと言わせないさ」


「頼もしいな」


「……できた」


フミの静かな声が、部屋の隅から響いた。高速で走っていたキーボードの音が止まり、最後にエンターキーが押される。フミはユイのブースへ繋がるトークバックボタンを押した。


「歌詞、少し変えてみた」


淡々と告げる。


「使わなくてもいい。聞いて」


ノートパソコンから、合成音声が流れ始めた。元の歌詞から大きく変わってはいない。語尾のニュアンスと、いくつかの母音が置き換えられているだけだった。


ほんのわずかな違い。


だが、歌の流れは驚くほど滑らかになった。下から音程を持ち上げる場所でも言葉が引っかからず、ブルースノートへ入る直前に自然な余白が生まれている。


「そっちの方がハマる!」


ユイがヘッドホン越しに弾んだ声を上げた。


「舌も回りやすい!」


ハルナは、フミが直した歌詞と元の文章を見比べていた。変えたのは、ほんの数文字だけ。それなのに、メロディの流れだけでなく、歌う時の口の動きまで自然になっている。自分では思いつかなかった。仮に違和感へ気づけても、どの言葉をどう変えればいいのかまでは辿り着けない。言葉を多く使わないフミが、必要な場所では誰より正確な言葉を選ぶ。その才能が、短い修正だけで目の前へ突きつけられた。


「すごい……」

ハルナの呟きに、フミが1度だけ顔を上げる。


「あとで教えてください」


「うん」


返事は短かったが、ハルナには十分だった。その後も、サクラがユイのピッチと表現を整え、フミが言葉を調整し、綾坂が最も良いテイクを選んで繋いでいった。リョウヘイ、ハルナ、ヒナも眠っているだけではない。コーラスを試し、パンチラインが戻る位置を確認し、録音済みの演奏と歌がぶつかる箇所を1つずつ修正していく。もともとはlunatiへ与えられた課題だった。


だが今、サクラもフミも、自分にしかできないものを惜しみなく差し出している。誰が作った曲かという境界は、作業が進むほど曖昧になっていった。


しばらくして最後の録音が終わった。

ユイがブースから出てくるなり、床へ座り込む。


「終わったぁ……もう声出ない……」


「バリバリ出てるよ。明日も使うから、大事にしたまえ」


サクラが常温の水を渡す。


綾坂は録音されたデータを保存し、バックアップを2重に取った。その指先に迷いはないが、瞬きは明らかに遅くなっている。全員が限界へ近づいていた。


18時。


携帯電話のアラームが、けたたましく鳴り響いた。


「お、時間か」


綾坂がぼんやりと呟く。


録音作業そのものは、数時間ほど前に終わっていた。残った時間でデータを確認し、綾坂以外が床や椅子で短い仮眠を取っていたのだ。その間、綾坂はトラックのエディットを進めていた。


「起きろー、片付けんぞー」


綾坂の号令に、部屋のあちこちで横になっていた人間が、ゾンビのような足取りで立ち上がっていく。


「うぅ……」


「……足が」


「動かない……」


誰もまともな声を出せない。それでも、機材へ触れる手だけは乱暴にならなかった。ケーブルを8の字に巻き、マイクをケースへ戻し、譜面台を畳む。床へ落ちたゴミを拾い、動かした椅子と机を元の位置へ戻していく。自分の分だけを終えて休もうとする者はいなかった。


ユイがケーブルを抱えれば、ハルナが端を揃える。ヒナがアンプの電源を確認し、フミが機材番号を黙って照合する。サクラも慣れない手つきでケースを運び、リョウヘイと綾坂は最後までドラム周りを片づけた。疲れているからこそ、1人では終わらない。誰かの手が止まれば、別の誰かが何も言わずにその続きを拾った。


掃除まで終えると、一同はゆっくりとレコーディングルームを後にした。時間ぴったりに鍵を守衛へ返却する。廊下の窓の外には、夕暮れの空が広がっていた。山の稜線が赤く染まり、長い1日がようやく終わろうとしている。

綾坂のパソコンには、まだ完成前の音源が残っている。明日の発表までに、編集とミックスを仕上げなければならない。課題は終わっていない。むしろ、最後の仕上げはこれからだった。 


「綾坂……その、この後」

リョウヘイは申し訳なさそうに綾坂の方を向いた。


「わかってる。言わなくていいから」

綾坂が言葉を遮る。


「でもきっと、これから寝ずに作業するんですよね?」

ヒナはとても心配そうだった。


「だから、言わなくていいから!ここからはエンジニアの領域だよ。いくらアンタ達でも、ここからは先は入ってきちゃダメ」


「綾坂…」

ユイが困った顔で眉をひそめた。


「いいから。明日、楽しみにしといて」


リョウヘイは並んで歩く4人の背中を見て、少しだけ笑った。誰かが困れば、できる人間が手を伸ばす。得意な場所では前へ出て、分からない場所では隣の音を信じる。1人では決して作れなかった音が、今日ここに残った。


まだ完成ではない。ラフミックス段階だ。


だが、あの録音ブースで鳴った1曲は、もうlunatiの4人だけが抱えていた音ではなかった。

挿絵(By みてみん)

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