#24 秘密のギターソロ
翌日から、4人の生活は特進オーディションを中心に回り始めた。
朝は始業前に音楽室へ集まり、昼休みも曲の構成を話し合う。放課後は完全下校の放送が流れるまで練習し、家に帰ればハルナが更新したデモ音源について、グループで日付が変わる頃まで意見を交わした。
最初の1週間で、ハルナが作った新曲を4人の形へ作り替えた。
詰め込まれていた展開を削り、イントロ、Aメロ、Bメロ、サビと、1つずつ役割を整理していく。
その中で、2度目のサビのあとに16小節だけ空白を残した。
「ここ、ヒナちゃんの場所にしたい」
ハルナがDTMを操作しながら言った。
「6月30日のライブで、ヒナちゃんが変わった瞬間があったでしょ。あれを、曲の中に作りたいの。強烈なギターソロ」
「メタルゾーン使ってもいいですか!?」
「もちろん」
リョウヘイが続ける。
「入り口まではバッチリ作る。そこから何を弾くかはヒナが決めればいい」
ヒナはしばらく空白の16小節を見つめたあと、ギターを抱き直した。
「……やってみます」
2週目からは、それぞれの弱点を潰した。
ユイは歌とベースを同時に演奏しても、どちらも弱くならないように。
ハルナは鍵盤の後ろへ隠れず、最後のサビでユイと真正面から声を重ねられるように。
何度も失敗して、何度もやり直した。
3週目には、曲を最初から最後まで止まらず通せるようになった。3人の演奏が変わるほど、リョウヘイのドラムも変わっていった。
自分が前へ出るためではない。ユイの歌が飛べるように。ハルナの和音が広がるように。ヒナが踏み出せるように。
前世で身につけた技術を見せるのではなく、今の3人が1番遠くまで行けるドラムを探した。
そして、4週目。曲はほとんど完成していた。
ただ1か所を除いて。
16小節。
ヒナのために残した場所だけが、最後まで埋まらなかった。通し練習でその場所へ入る。ヒナがコードを1度鳴らした。そのまま、手が止まる。
「……ごめんなさい」
もう何度目か分からない謝罪だった。
「家でも考えてるんです。フレーズも何個も作りました。でも……」
ヒナはギターへ視線を落とす。
「これだって思って決めると、次の日には違う気がして」
「決めたくないのか?」
リョウヘイが尋ねた。
「え……」
ヒナは否定しようとして、止まった。
「……分かりません」
「本番で失敗するのが怖い?」
「怖いです」
少し間を置く。
「でも今は、決めたものを間違えずに弾く方が、もっと怖いです」
ユイとハルナがヒナを見る。
「本番で、3人がどんな音を出すか分からないじゃないですか」
ヒナはゆっくりと言葉を探した。
「ユイさんがどんな歌を歌うのか。ハルナさんがどんな音を出すのか。特にリョウヘイさんがどんなドラムを叩くのか。」
「リョウヘイ、結構アドリブやるしねー」
「すいません、気持ちよくなっちゃって」
ユイの指摘は正しかった。リョウヘイのドラムはその場のノリで自由にフレーズを変えることができる。
ヒナのギターを握る手に力が入る。
「それを聞く前に、今1人で決めたフレーズを上から置くのは……違う気がするんです」
リョウヘイは黙ってヒナを見た。
以前なら絶対に出なかった言葉だった。間違えないこと、失敗しないこと。
決めたものを正確に再現すること。それがヒナにとっての正解だった。
今は違う。
失敗することよりも、その瞬間に3人の音へ答えられないことの方が怖くなっている。
しばらく考えた末、リョウヘイは決めた。
「じゃあ、もう決めなくていいよ」
「……え?」
「ぶっつけ本番でいいよ」
ヒナが顔を上げる。
「でも、オーディションですよ…?」
「そうだね?」
「4人全員の合否が……」
「ヒナ、信じてないのか?」
何を?と聞こうとした瞬間、ヒナはわかった。
仲間を、lunatiを、自分自身を。
「ヒナ、特別なんだろ?」
「でも……もし……失敗したら」
「それも含めてギターソロだろ?ダサくても醜くても、感じたままに弾いてみろよ」
「そうだよヒナちゃん、それが一番感情が出るし伝わるよ」
「ハルナさん…」
ヒナは信じられないものを見るようにリョウヘイを見る。
「怖くないんですか?」
「怖いよ」
リョウヘイは即答した。
「だからワクワクすんだろ」
リョウヘイの言葉を聞いて、ヒナは昔は自分の中にあった大事なモノを思い出した。
「アタシも!」
ユイがすぐに言った。
「ヒナ、その時弾きたくなったもの弾いてよ。絶対何かしらは出るわけだからさ!ガチャだと思って楽しみにしとく!SSR期待してるよ!」
ハルナも頷く。
「じゃソロは当日まで秘密にしよう!」
ヒナは3人を見る。
怖さは消えていない、失敗するかもしれない。
何も出てこないかもしれない、オーディションに落ちるかもしれない。
それなのに。
「ガチャって……」
ふと考えたヒナは吹き出してしまった。
「ワクワクしますね」
自然に、その言葉が出た。
「だろ?」
リョウヘイが笑う。
ヒナの肩へ軽く手を置いた。
「俺たちのせいで、イカれちまったな」
ヒナは一瞬だけ目を丸くした。
それから、笑った。
「はい!」
ヒナは胸を張る。
「私、イカれちまいました!」
ユイが吹き出した。
ハルナもつられて笑う。
ヒナも笑った。
でも、その言葉は冗談だけではなかった。
配信者『ピナ』として、ずっと1人でギターを弾いてきた。1人なら、失敗してもやり直せる。嫌なら消せる。
誰かに本当の自分を見せなくてもいい。それで十分だと思っていた。
今は違う。
ユイの声を聞けば、もっと前へ行きたくなる。ハルナの鍵盤を聞けば、自分では思いつかない音を弾きたくなる。リョウヘイのドラムを聞けば、どこまででも行ける気がする。
1人で守っていたものが、3人の音に触れるたびに大きくなっていった。
もう、隠しておけない。
もっとワクワクしたい。
もっと面白いギターを弾きたい。
もっと、この4人で音を出したい。
――私の願いは、lunatiで、ずっとギターを弾くこと。
それ以外には、何もいらない。
窓の外では、夕暮れの空に夏の雲が残っていた。
完全下校を告げる放送が流れる。
それでも4人は、すぐには楽器を片づけなかった。
明日、どんな音が鳴るのか。まだ誰にも分からない。
7月25日。
1か月をすべて注ぎ込んだ、特進オーディションの日が来る。




