#2 Ba.Vo ユイ
※本作は全話に挿絵があります。
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また、たまにイメージソングも記載しています。
よければ楽曲とあわせてお楽しみください。
第2話 入学式
入学式の会場へ入った瞬間、リョウヘイは足を止めた。案内には『大音楽室』と書かれていたが、名前から想像していたものより遥かに大きい。ステージ、照明、音響設備まで揃っていて、ちょっとしたライブホールとしてそのまま使えそうだった。
「学校の入学式でこの設備かよ……」
さすが音楽専門の学校ということらしい。指定された席へ座り、膝の上にスティックケースを置く。周囲では緊張した新入生たちが小声で話していた。しばらくして入学式が始まった。校長の式辞、来賓の挨拶と続き、最後に司会が告げる。
「続きまして、軽音楽主任より新入生の皆さんへ挨拶があります」
照明が少し落ち、ステージへ1人の女性が現れた。腰まで伸びた金色の髪。細身の身体に落ち着いた立ち姿。その姿を見た瞬間、リョウヘイにもすぐ分かった。
――ティアーユ・フォン・ヴァレンタイン。
前世では知らなかった名前だ。だが、この人生では違う。音楽を始めてから嫌でも耳に入ってきた。国内外で数々のアーティストを手がけている、現在の音楽業界では有名なプロデューサーだ。まさか、この学校の教師までやっているとは思わなかった。
ティアーユがマイクの前に立つ。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。軽音楽主任のティアーユ・フォン・ヴァレンタインです」
静かな声だった。大きな声ではないのに、不思議と大音楽室の隅まで綺麗に届く。
声と佇まいだけで、圧倒的な音楽力が伝わってくる。
「皆さんがこの学校で過ごす時間は2年間です。長いようで、とても短い時間です」
ティアーユは新入生たちをゆっくり見渡した。
「この学校には、たくさんの楽器があります。設備も、人も、音楽をするための環境も揃っています。努力すれば、今よりずっと上手くなることもできるでしょう」
そこで1度、言葉を切る。
「ですが、私は上手くなることだけを目的にしてほしくありません」
リョウヘイの目が少しだけ細くなった。
「1人で出せる音には限界があります。自分では思いつかなかった音、自分の常識を壊してくれる音。そんなものを持った誰かと出会った時、音楽は急に面白くなります」
静かだった大音楽室が、さらに静かになった気がした。
「この2年間で、自分が本気で音をぶつけたいと思える相手を見つけてください。そして皆さん自身も、誰かにそう思われる音楽家になってください」
ティアーユはほんの少し笑った。
「そのためなら、私たちはいくらでも力を貸します」
リョウヘイは無意識にスティックケースへ手を置いた。
――いいこと言うな、この人。
まさに、それを探しに来た。技術だけなら前世から嫌というほど積んできた。欲しいのは、自分では予想できない音を出してくる相手だ。こっちの演奏まで変えられてしまうような、イカれた奴。壇上のティアーユを見ながら、リョウヘイは少しだけ笑った。
――この学校、期待していいかもしれない。
その後は学校生活についての説明が続き、入学式は終了した。大音楽室を出ると、廊下にはクラス分け表を囲む人だかりができていた。
「岩田……岩田……あった。1年A組」
自分の名前を確認し、教室へ向かう。歩いているだけでも、校舎のあちこちから楽器の音が聞こえてきた。ギター、ピアノ、管楽器、そしてドラム。普通の学校ならチャイムや運動部の声が聞こえてくる時間に、ここでは朝から楽器が鳴っている。リョウヘイは少し楽しくなってきた。
1年A組の教室へ入ると、すでに多くの生徒が集まっていた。指定された席へ座った直後、隣から声が飛んでくる。
「よろしく! アタシ、木下ユイ!」
声がでかい。見ると、黒髪を高い位置で結んだ女子が、椅子を斜めに傾けながらこちらを見ていた。初対面とは思えないくらい人懐っこい笑顔だ。
「岩田リョウヘイ。よろしく」
「リョウヘイね! 覚えた!」
「早いな」
ユイは満足そうに頷いたあと、リョウヘイの顔をじっと見る。
「あれ……?」
「なに?」
「リョウヘイって、もしかしてあのリョウヘイ?」
「どのリョウヘイだよ」
「YouTubeとかに出てたドラマー! 中学生なのに大人のバンドで叩いてた!」
「ああ。それなら多分俺」
「やっぱり!」
ユイが机へ身を乗り出した。
「すっご! アタシ動画見たことある!」
「そりゃどうも」
「今度一緒にスタジオ入ろうよ!」
入学して数分。ずいぶん距離の詰め方が早い。
「まあ、機会があれば」
「なにそれ! 絶対入ろうよ!」
どうやら社交辞令ではないらしい。リョウヘイは少し笑いながら聞いた。
「ユイは何やってるの?」
「ベースボーカル!」
「へえ。最初からベース?」
「ううん!」
ユイは堂々と胸を張った。
「ギター買いに行って、間違えてベース買った!」
「……どうやったら間違えるんだよ」
「弦少ないし、こっちの方が簡単そうだなーって!」
「それ間違えたんじゃなくて、自分で選んでるだろ」
「家帰ってコード調べたら全然できなくてさ! そこで初めてベースだって気づいた!」
「店員は何してたんだよ」
「普通にベースですねーって言ってた!」
「そ、そうか…」
ユイはケラケラと笑う。
「でも結果オーライ! ベースめっちゃ楽しいし!」
「ならいいけど」
「歌いながら弾けたら最強じゃん?」
迷いのない顔だった。楽器を間違えて買ったという意味不明な始まり方なのに、そのまま楽しんで続けている。普通ではない。少なくとも、退屈な奴ではなさそうだ。
「そっか。じゃあ間違えて正解だったな」
「でしょ!」
ユイが勢いよく椅子を揺らした。そのまま前脚が大きく浮く。
「おい」
「わっ!?」
ガタン!
慌てて机へしがみつき、なんとか転倒を免れた。ちょうど教室へ入ってきた担任が、無言でユイを見る。一瞬の沈黙。ユイはゆっくり椅子を戻した。
「……木下ユイです。よろしくお願いします」
「自己紹介はあとでやるから、とりあえず普通に座ろうか」
「はい……」
教室のあちこちから笑いが起こる。リョウヘイも耐えきれず吹き出した。
「笑うな!」
「いや無理だろ」
ホームルームが終わると、上級生による校内案内が始まった。音楽棟には個人練習室やバンド用スタジオが並び、レコーディング設備も揃っている。音楽科以外にも営業科、音響科の教室もあった。
スタジオの前を通るたびに、リョウヘイの視線は自然と中のドラムセットへ向かった。
「さっきからドラムばっか見てない?」
隣を歩いていたユイが言う。
「そりゃ見るだろ」
「全部同じじゃん」
「全然違う」
即答した。
「こっちはDWで、あっちはTAMAの――」
「あ、長くなりそうだからいいや」
「聞いといて切るなよ」
さらに進むと、部活動やサークルの紹介が並ぶ廊下へ出た。軽音楽部、吹奏楽部、ジャズ研究会、DTM同好会。その中に、妙な名前も混じっている。
『変拍子を愛でる会』
『最高音質研究会』
『ルーディメンツ研究会』
校舎を歩けば歩くほど、普通の音楽学校ではないことが分かってきた。変な奴も多そうだ。リョウヘイにとっては、その方が都合がいい。その時、どこかのスタジオからギターの音が聞こえた。リョウヘイは一瞬だけ足を止める。
上手い。だが、まだ違う。自分が探しているのは、ただ上手い奴じゃない。演奏した瞬間に、何をしてくるのか分からなくなるような相手。
――いるかな。
まだ入学初日だ。焦る必要はない。リョウヘイは隣で楽しそうに校内を見回しているユイを見る。少なくとも、面白そうな奴なら、もう1人見つけた。
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