#15 東音マガジン、6月号
※本作は全話に挿絵があります。
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また、たまにイメージソングも記載しています。
よければ楽曲とあわせてお楽しみください。
取材当日の放課後、いつもの音楽室は少しだけよそ行きの顔をしていた。部屋の隅へ寄せた机が2つ。その中央には手のひらほどのICレコーダーが置かれ、赤いランプを光らせている。向かいに座った新聞部の速水は、膝の上にもノートを広げ、右手にペン、左手に質問事項を書いた紙を持っていた。準備だけなら、1年生バンドへの取材というより記者会見である。
机の反対側には、リョウヘイ、ユイ、ハルナ、ヒナの4人が並んでいた。ユイは平然としているようで何度も前髪を直し、ハルナは背筋を普段より3割ほど伸ばしている。ヒナは端の椅子でギターケースを両膝の前へ立て、小さな盾のように抱えていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます!」
速水が深々と頭を下げる。その勢いで眼鏡がずれ、慌てて押し上げた。
「そんなに固くならなくていいよ。俺ら後輩だし」
「いえ、取材ですから。僕、こういう話を聞くのが本当に好きなんです。バンド好きなので!」
「昨日も聞いたな、それ」
「大事なことなので、何度でも言います」
「バンド好きなんだな」
リョウヘイが言うと、速水は迷いなく「はい」と呟いてからレコーダーの録音ボタンを押した。
「では改めて。まず、lunati結成のきっかけを教えてください」
「最初はユイが」
リョウヘイが隣を見ると、ユイは腕を組み、少しだけ得意そうに顎を上げた。
「正確には、アタシがハルナに頼まれて、リョウヘイを連れてきたの。最初からバンドを組むつもりだったわけじゃなくて、新歓ライブに出るための即席バンド」
「なるほど。木下さんが2人を繋いだんですね」
「まーね!アタシ、スカウトの才能もあるかも…?」
「スカウトというか強制連行だったよ」
「そこ言わなくてよくない?」
速水のペンが急に速くなった。
「すごくいいです。ライブ出演の裏で交わされた秘密の契約……!」
「待って。もう盛ってない?」
「事実を読みやすく並べ替えているだけです」
「記者っぽい!」
ユイが疑いの目を向けても、速水の手は止まらない。書かれる側にとっては、取材中の記者が楽しそうなのも考えものらしい。
「では木下さんは、もともとベーシストを目指していたんですか?」
予想していたのか、ユイの顔が笑った。
「ううん、メインはボーカルなんだ。ギター買いに行ったつもりがベース買ってきちゃって」
「は、はぁ」
「それで、そのまま?」
「はい……?」
速水のペン先が、初めて紙の上で止まった。
「間違えること、あります?」
「あったから、今こうなってんすよ。家帰ってコード弾こうとしたらなんか弦足りなくてー」
「バカすぎる…」
「リョウヘイは黙ってて!アタシだってホントはギター欲しかったんだから!」
数秒遅れて、速水が噴き出した。レコーダーへ笑い声が入ったことに気づき、咳払いで誤魔化す。
「すみません。でも、最高の始まり方ですね。間違えて手にした楽器で、新歓ライブのステージに立ったわけですから」
「最高かどうかは知らないけど、今は間違いだったと思ってないよ。ベース、好きだし」
ぶっきらぼうに付け足したユイの指が、膝の上で4本の弦をなぞるように動いていた。速水は今度こそ茶化さず、その言葉を丁寧に書き留める。
「清水谷さんは、曲作りを担当しているんですよね?」
「はい。基本になるコードやメロディは、私が考えることが多いです。でも、最初から最後まで1人で決めるわけではありません。リョウヘイくんが叩いたリズムから曲の形が見えることもありますし、ユイちゃんの歌い方に合わせてメロディを変えることもあります。今はヒナちゃんのギターも入ったので、また作り方が変わりそうで」
「リズムから曲の形が見える、というのは?」
速水に聞き返され、ハルナは少し考えてからリョウヘイを見た。
「リョウヘイくんのドラムには、次の景色が見えるんです。ここから何かが始まるとか、この先で1度立ち止まるとか。まだメロディがなくても、曲がどこへ向かいたがっているのか分かるというか……連れていかれるとうか……」
言葉にしているうちに照れたのか、ハルナの声が少しずつ小さくなる。褒められたリョウヘイも居心地悪そうに頬をかいた。
「これはいい記事になりそうだね」
ユイが横から口を挟む。
「え、なんか恥ずかしいよ!」
「読者は、こういう顔が見たいんじゃない?」
「木下さん、よく分かっていますね」
「アタシ記者の才能もある!?」
速水は満足そうに大きく頷き、ノートの端へ星印まで付けた。ハルナは笑いを堪えながら、「でも、本当にそう思ってるからね」と小さく付け足す。リョウヘイは返事の代わりに、机の端へ置いたスティックケースを意味もなく少しだけ直した。
「練習は、週に何日くらいですか?」
「週に――」
「ほぼ毎日」
ハルナが答え終える前に、ユイが即答した。
「授業が終わったら集まって、スタジオが空いてなかったら音楽室。全員で合わせられない日も、それぞれ何かしらやってる。新歓前なんて、帰って寝る以外はだいたいこの3人の顔見てた」
「その言い方だと、俺たちが家までいたみたいだな」
「夢にまで出たから、だいたい合ってる」
「毎日……好きですね」
速水の声に、取材用ではない素直な感嘆が混じる。そして、やはり最後には「バンド好きなので、そういう本気の話は大好物です」と続けた。
「それ、口癖?」
「いえ、信条です」
「思ってたより重かった」
ユイが呟き、ハルナが吹き出す。張っていた空気がようやくほどけ、椅子の端で固まっていたヒナの肩からも、ほんの少し力が抜けた。
速水は次の質問へ移る前に、そんなヒナへ視線を向けた。彼女が人前で話すのを苦手としていることは、事前にリョウヘイから伝えてある。先ほどまでの勢いを少し抑え、声の音量まで落として尋ねた。
「では、新しく加入した朝比奈さんにも聞かせてください。答えづらいものは、答えなくて大丈夫です。ギターは、いつ頃から?」
「じゅ、10年……くらい、です」
「10年?」
気遣いで抑えていた速水の声が、驚きで一瞬だけ元へ戻る。ヒナの肩が跳ねたため、彼は慌てて口元を押さえた。
「ご、ごめんなさい。10年ということは、かなり小さい頃からですよね」
「はい……ほとんど、毎日……弾いてます」
「練習は1日に何時間くらい?」
「時間は、あまり……見てなくて。学校から帰って、気づいたら夜で……休みの日は、8時間ぐらい……好きな海外のギタリストが8時間練習しろ、友達がいなくなるまで弾けと言っていたので……」
「ミック・トムソンですね!」
そこでリョウヘイが、待っていたように口を開いた。
「こいつが、lunatiの新しいギタリスト。俺たちの最終兵器」
「さ、最終兵器じゃないです……!」
ヒナが今日1番はっきりした声で否定した。速水はすぐにその単語へ丸をつける。
「今、丸をつけましたよね……?」
「つけてません」
「見えてます……」
「お気になさらず」
リョウヘイが呆れる一方で、速水の目はすでに次の質問を見つけていた。
「それだけ長く弾いていても、まだ飽きないものですか?」
ヒナの目が、わずかに上がった。
「……飽きる?」
その言葉の意味を、初めて聞いたような顔だった。
「考えた事なかったです…」
消えかけていた声に、少しずつ芯が戻っていく。ギターケースを抱えていた手が離れ、ヒナは右手で小さくピッキングの動きを作った。
「同じフレーズを弾いても、昨日と今日で同じにはならなくて。昨日できなかったことが、今日は1度だけできる時があります。でも、次にはまたできなくなるから、どうしてできたのか探して……見つけたら、その先に別の音があって……」
速水のペンが、紙を引っかくような速さで走る。
「だから、飽きるとかよく分からないです。弾きたくなるから弾いているだけなので」
言い切ったところで、音楽室が静かになっていることにヒナは気づいた。4人分の視線が自分へ集まっている。
途端に、さっきまで真っ直ぐだった背中が縮み、耳まで赤くなった。速水の質問は続く。
「ヒナさんのルーツはやはりメタルですか?影響を受けたアーティストは?」
「はい…雑食なのでなんでも好きですけど。Bring Me the HorizonとかLimp BizkitとかSAOSINとか…。メタルコアは大好物です…」
速水が、息をするのも忘れていたように答える。
「僕、今の話だけで1ページ書けます。バンド好きなので!」
「1ページはやめてください……」
「これが最終兵器」
「リョウヘイさんは黙っててください……」
ギターケースの陰へ戻ろうとするヒナを見て、ユイとハルナが声を立てて笑った。ヒナも恥ずかしそうに俯きながら、口元だけはわずかに緩んでいた。
その後も質問は続いた。4人で初めて音を合わせた時のこと。曲を作る時に譲れないもの。互いの演奏で好きなところ。そして、これから何をしたいのか。
最後の問いに、リョウヘイは少しだけ考えた。
「まずは、4人の音をちゃんと作りたい。ヒナが入って、今までの曲も別の曲みたいに変わり始めてる。名前は決まったけど、バンドとしては、まだ始まったばかりだから」
「その音を、誰に届けたいですか?」
「聴いてくれるなら誰にでも。でも1番は、まだ俺たちを知らないやつかな。聴いたあとで、もう知らないふりができなくなるくらいのライブがしたい」
速水はすぐにはペンを動かさなかった。言葉を1度、自分の中で確かめるように頷いてから、最後の1行へ書き込む。
予定していた30分は、とっくに過ぎていた。レコーダーの表示は1時間を越え、窓から差し込む光も夕方の色へ変わっている。
「今日は本当にありがとうございました。絶対にいい記事にします」
「盛りすぎない範囲で頼む」
「善処します」
「やる人の返事じゃないな、それ」
速水は笑顔のままノートを閉じた。
「掲載は東音マガジンの6月号です。楽しみにしていてください!」
その時の4人は、速水の言う『いい記事』と、自分たちが想像する『いい記事』に、かなり大きな隔たりがあることをまだ知らなかった。
数週間後。
東音マガジン6月号が校内へ配られた日の昼休み、ユイは音楽室の扉を勢いよく開けた。
「みんな、ちょっとこれ見て」
手にした冊子を、机の上へ叩きつけるように広げる。中央の見開き2ページを使い、取材の日に撮られた4人の写真と、巨大な見出しが載っていた。
『新歓ライブで狂乱を巻き起こした4人組――新ギタリストを迎え、lunatiとして始動!』
その下には、スティックを構えたリョウヘイの写真。ベースを肩へ掛けて笑うユイ。鍵盤の前へ座るハルナ。そして、ギターを抱えてカメラから半分逃げかけているヒナが、妙に格好いい陰影をつけて並べられていた。
「写真はいいな」
「問題はそこから下」
ユイが指で自分の記事を示す。
『歌への情熱が導いた運命の4弦――木下ユイ、偶然を必然に変える』
「間違えて買っただけなんだけど」
「間違いをここまで立派に育てられるのは、1つの才能だな」
「アタシじゃなくて速水先輩の才能でしょ」
続いて、ハルナの欄には『旋律で未来を描くキーボーディスト、その創作の秘密』とある。
「そんなんじゃないんだけどな……」
「嘘は言ってないからな」
「そ、そうだけどさぁ…」
ハルナは頬を赤くしながら記事を読み、数秒後、両手で顔を覆った。取材中にリョウヘイのドラムを褒めた言葉が、太字の囲み記事としてほとんどそのまま載っていたからだ。
「そこ、そんなに大きく使う必要あった……?」
「読者はこういう顔が見たいらしいぞ」
リョウヘイが言うと、ユイが楽しそうに笑う。ハルナは反論できず、指の隙間から2人を睨んだ。
そしてヒナだけは、最初から一言も発していなかった。
見開きの右下。本人の写真より大きいのではないかと思う太字で、こう書かれていた。
『10年の孤独な研鑽が生んだ狂気のギタリスト――lunatiの最終兵器、朝比奈ヒナ』
「さ……最終兵器……」
紙面を見つめたまま、ヒナの顔からゆっくり血の気が引いていく。
「書かないでって、言ったのに……」
「速水は、善処したんじゃないか」
「どこがですか……?」
「最終兵器のところ、1回しか出てない」
「その一回が強すぎるんですよ……!」
ヒナはギターケースを胸へ抱き寄せ、椅子の背にもたれた。魂だけが先に帰宅してしまったような顔をしている。
「これ……校内の、みんなが読むんですよね……?」
「全クラスに配られてたよ。購買にも置いてある」
ユイが悪気なく現実を追加するたび、ヒナの身体が少しずつ小さくなる。
「だ、大丈夫だよ、ヒナちゃん。記事は大げさだけど、すごく格好よく書かれてるから」
「格好いい方が……見られます……」
ハルナの励ましは、残念ながら逆効果だった。
リョウヘイはもう1度、記事を最初から読み返した。確かに言葉は盛られている。何気なく話した出来事まで劇的に並べ替えられ、4人とも、自分たちより2割ほど立派な人間に見えた。
それでも、嘘は書かれていない。速水は自分が感じた熱を、持てる語彙のすべてで紙面へ押し込んだのだろう。
「モリモリだね」
ユイが言った。
「モリモリだね……」
ハルナも、顔を覆ったまま同意する。ヒナだけは返事をする余裕もなく、見開きから自分の名前が消えることを祈るように目を閉じていた。
しばらくして、ユイが冊子をそっと机へ戻した。
「まあでも、悪い気分じゃないよね」
さっきまでの記事を笑っていた声とは違い、少しだけ真面目だった。
「大げさでも、ちゃんと見てもらえたってことでしょ。新歓でアタシたちの音を聴いた人がいて、もっと知りたいって思ってくれた。名前だって、こうして載ったし」
ユイの指先が、見出しの中に印刷された『lunati』の文字へ触れる。
昨日まで、その名前を知っていたのは4人と速水くらいだった。それが今は、校内中へ配られた紙の上にある。
自分たちで選んだ名前が、初めて他人から呼ばれるものになった。
「そうだな」
リョウヘイは頷いた。
記事の温度には言いたいことがある。ヒナにはしばらく立ち直る時間も必要そうだ。
それでも、自分たちの演奏が誰かを動かし、その誰かがまた別の誰かへ伝えようとしてくれた。その事実だけは、少し嬉しかった。
開いた窓の向こうから、昼休みのざわめきが流れ込んでくる。
その中に、どこかの生徒が口にした「lunati」という声が混じった。
4人が顔を上げる。
音楽室の中で生まれたばかりの名前は、もう、この部屋だけのものではなくなっていた。
イメージソング
MANTRA/Bring Me the Horizon




