第3話 君を救い出すために
あれから、王都へ行こうとしたが、何かの結界が張られてるかのように俺を拒んだ。そしてしばらくは、辺境での生活を余儀なくされた。
やがて辺境での生活は、静寂と暴力が表裏一体となっていた。俺は、魔物の死骸が積み上がる瓦礫の山に腰を下ろしていた。
掌の上では、拳大の過重石がグルグルと回転している。それもただ回っているのではなく、俺が与えた「重力」によって、周囲の光すらも歪ませる特異点となっているのだ。
「……まだ足りないな」
神から授けられたこの力は、あまりにも扱いづらい。力を込めるたびに、心臓の奥がぎりりと締め付けられる。これも何かの制約なのだろうか?
テレシアの面影を頭に浮かべようとするだけで、視界が真っ赤に染まるくらいの激痛が走る。
あいつと結ばれないという運命。それを物理的に証明するかのように、この力は俺自身から「温もり」を奪い去っていこうとしていた。
俺は立ち上がり、数メートル先の巨大な岩に向かって指をさした。
意図的に、重力のベクトルを「斜め上方」へと設定する。岩は轟音と共に浮き上がり、そのまま空の彼方へ吸い込まれるように飛んでいった。
次に、その岩の周囲に全方位からの重力を集中させる。刹那、岩は悲鳴を上げるような音を立てて砕け、粉々になった破片すらも一点に吸い寄せられて、豆粒ほどの硬質な結晶体へと姿を変えた。
もしかしたらこの力は、俺の感情に同期しているのかもしれない。
激しい怒りを感じれば、周囲の重力は凶悪に増幅し、空間そのものを破壊する。逆に、テレシアを想う切なさに支配されると、重力はどこか繊細で、しかし逃げ場のない枷となって俺の手元に留まる。
「……あいつに、触れたかったな」
ふと、そんな独り言が口をついて出た。
次の瞬間、周囲の空気が重圧で圧縮され、足元の地面が数十センチも陥没した。
無意識のうちに発動した重力が、俺の感情を物理的な破壊に変えてしまったのだ。
俺は未だに、こんなにもテレシアを求めている。けれど、俺が強くなればなるほど、俺の周りの世界はあいつにとって危険な場所になっていく。
辺境で俺を襲う魔物たちは、日々その強さを増していく。あの日倒したワイバーンよりも一回り巨大な、鱗に覆われた甲殻獣。
奴は俺の重力結界を強引に突破しようと突進してきたが俺は避けない。避ける必要がないからだ。
その瞬間俺は右足を一歩前に踏み出した。奴の突進のベクトルを、重力操作で真逆に反転させる。
――衝突。
凄まじい肉体の爆発音が響いた。突進の勢いと、俺が反転させたベクトルが一点で激突し、甲殻獣は自らの運動エネルギーに押し潰されて、瞬時に肉団子となった。
返り血が顔にかかる。かつてなら吐き気を催したであろう光景だが、今は何の感慨も湧かない。
それは俺の中で何かが死に、何かが入れ替わっていく。かつての「優しいエリスタ」は、この力と一緒に死んでしまったのかもしれないな。
夜が更けると、俺は焚き火の代わりに、昼間に吸い寄せた光を圧縮して手元を照らす。
誰の助けもなく、ただ孤独に己の重力を鍛え上げる日々。俺は、レストを殺すための武器を、この孤独な荒野で磨き上げているのだ。
時折、風に乗って王都の方から祝祭の音が聞こえる。
あの縛りによってレストが英雄として崇められ、テレシアがその隣で微笑んでいる光景が見えてくる。きっと、人形のように無表情で、レストの言葉に頷くだけの存在になっているはずだ。
その光景を想像するたびに、俺は握り締めた石を粉砕する。指の間からサラサラとこぼれ落ちる砂を眺めながら、俺は誓う。
絶対にあいつを救い出すと。たとえ、その過程で俺という存在が、あいつの記憶から完全に消え去ることになったとしても。
俺は空を見上げた。空には月が浮かんでいたが、かつてテレシアと一緒に眺めた月は、もっと優しく見えた気がする。
今の俺には、夜空さえも圧力をかけてくる重苦しい天井にしか見えない。
明日は、もう一歩だけ王都に近づこう。
レストの支配圏に、俺の「重力」を少しずつ浸食させていく。それは復讐の行進であり、俺という器が完全に壊れるまでのカウントダウンだ。
俺は、自らの重力で構築した簡易的なシェルターの中に身を潜めた。外の世界からは物理的に観測不能な、俺だけの孤独な部屋。
いつも眠りにつく直前、俺はあいつの名前を呼ぶんだ。
――テレシア。
名前を呼ぶという行為さえ、今の俺には贅沢な痛みだった。でもその痛みを抱えている限り、俺はまだ人間でいられる気がする。
そんな自分をどこか滑稽だと笑いながら、俺は暗闇に抱かれて、短い休息を取ることにした。
俺が俺であるために、レストを絶望させるために、君を救い出すために。




