9.追憶
年が明け、年越しムードも一段落した頃、燦達第五部隊にとある大きな仕事が舞い込んできた。
「『中学生男児連続失踪事件』。表では関連付けられていないけど、私はこれらの事件は全て繋がっていると踏んでいるの」
そう言った宵の後ろでは、大きなディスプレイに数々の事件が記載されていた。それらは全て、昨年末以降に起きたものだった。
「ローカル含めニュースになっているものだけで三十二件。届け出が出ているものを含めると六十八件。独自で調べたものを含めると九十二件に及ぶわ。数だけ見れば、例年よりいくらか多いだけ。でもね、私たち視点だと共通項があるの」
天瑞国全体の地図が表示され、無数の青い点が表示された。
「これが”表向きの足取り”が途絶えた場所よ。そしてこれが、”私が追える足取り”が途絶えた場所。この時点で、複数の事件が同じ地点で途絶えていることから、ある程度同一犯であることが推定できるわ」
同じように赤い点が追加されていく。続いて、河流のような線が表示された。
「これは現状把握できている彩脈の地図」
「ワープ系の異能者ですか」
天がぽつりと呟いた。
「そう。全てではないけど、この赤い点と彩脈が多くの場所で交わったの。およそ七割ほど。偶然で済ませるにはできすぎてるわ。見過ごすわけにはいかない。私たちに把握できていない彩脈がある恐れも含めてね」
「じゃあ、まずはその隠れた彩脈を追わないとねぇ?既に判明しているものはぁあ、警戒されているでしょおからぁ」
そう言って、朱音はくるくるとワイングラスを回した。
「となると、奥深いものや微弱なものを見つけ出さないといけませんね」
天の言葉に、来栖がぴくりと反応した。
「む。使えそうな、がらくたがある。すぐに、調整と量産、する」
「流石くるえもん!」
「ムゥちゃんたらぁ、ほんとおにいい子なんだからぁ」
来栖の頬を一心が揉みしだき、頭を朱音が撫でまわす。来栖は些か煩わしそうにしながらも、満更でもない様子だった。
「つまり、ボクらは本土に行ってめぼしい彩脈を見つけ出し、張り込むのが仕事?」
燦がそう尋ねると、宵は頷いた。
「それこそ衛さんがその準備を整えてくれているところよ。来栖くん、そのがらくたが使えるようになったら衛さんに渡してちょうだい」
「らじゃ」
朱音の膝に抱えられながら、来栖はぴしっと敬礼をした。
みんな慣れたもので、瞬く間に段取りが組まれていく。ひと先ずは解散、となったところで、燦は宵に手を掴まれ、呼び止められた。
「今回も、外部協力者に杏がいるから、気を付けるのよ」
「気を付けるって、何を」
「いい加減怒るわよ。ちゃんと聞いてるんだから。あんたが会う度に杏を怒らせてるの」
「怒らせてるって…。大丈夫だよ、ちょっと行き違いがあるだけだって」
「あんた、耳腐ってないわよね?それとも、腐ってるのは脳の方かしら?」
「いたたたたた…」
ぎりぎり、と掴む手に力が込められていく。
「いい?むやみに話しかけない。これだけでいいの。あんたは遠くから黙って様子を見てなさい」
「でも、」
「でもじゃない。今のあんたが話しかければかけるほど、あんたの希望する結果は遠くなると思いなさい」
燦はあまりの圧に気圧され、しぶしぶ頷いた。その様子を、宵は疑わしげに見つめる。
「わかった、ほんとにわかったから!」
燦はそう言って、強引に手を振り払い、足早にその場を去るのだった。
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とある裏路地で、燦達は長い間身を潜めていた。節々にじわじわと痛みが広がる。
失踪事件に関与の疑いがある男を今日、捕らえる予定になっていた。複数の候補地に人を分け、潜伏して待つ。シンプルで忍耐力が試される任務だ。そして今、じわじわと燦の忍耐力に限界が来ようとしていた。
というのも、サリオンの班分けによって、燦は今杏と二人きりになっているからだ。ほんの数センチ先に、杏がいる。のに、話しかけられない。顔を見る度、燦の脳内には宵の言葉がよぎっていた。
一方、杏はというと、目は口ほどにものを言うとはこのことかと、燦の視線に辟易していた。ちらりと横を見る度に、燦と目が合う。この状況を作ったサリオンにも恨みが募る。
二人が一体何のために何を我慢しているのかがわからなくなりつつあった頃、微かに足音が響いた。
杏は即座に体勢を整える。向かいの建物に潜伏している筈の阿良汰とサリオンに向けて、マイクをつついて合図を送った。
大した間もなく、一つの人影が近づいてくる。男はタバコを咥えのんきに歩いていた。
杏は壁に手を押し当て、ポイントまでターゲットが歩いてくるのを静かに待ち続ける。じわりと、手に汗が滲む。
そして、男の右足が遂にポイントに入った。
その瞬間――
両脇の壁と地面の三方向から無数の鎖が男に巻き付き、吊るし上げ、その姿を捕らえた。
間を開けずに、杏は窓から飛び出す。
男の肩に乗り、首を太腿で挟み込むと、左手で顎を固定した。
――次の瞬間には、男の喉からは赤い飛沫が噴き出した。
見覚えのある鎖と、凄惨な光景に、燦は言葉を失う。杏の横顔は、眼帯で覆われていてよくわからなかった。
声を上げる間もなく、男は死んでいた。
ゆっくりと、男を吊るし上げていた鎖が解かれていき、赤い水たまりへ男は倒れ、杏はゆっくりと静かに足をついた。
「全く、駄目じゃないか。殺したら」
場にそぐわない、サリオンの軽い叱責が飛ぶ。
「…すみません、つい」
杏の小さな謝罪に、サリオンは肩をすくめた。
その後ろで。阿良汰は震える手を隠していた。
暫くして、他の地点のメンバー達が燦達の元へ駆けつけた。
その頃には現場は綺麗に掃除されており、つい先ほどまで血だまりがあったとは思えない程だった。
男の亡骸に、衛は一瞬言葉を詰まらせたものの、なんとか平静を装い、杏を労った。
燦がその様子を茫然と眺めていると、後ろから微かに裾を引っ張られる。振り返ると、おびえた様子の阿良汰がそこに立っていた。
「あいつ、やばいよ、燦」
燦の耳元で、そう囁く。
「動きに迷いがなかった。殺し慣れてるよ、あれ」
「そんな、わけ、」
燦は否定しようとしたが、瞬時に先程の光景が脳裏をよぎる。
杏は確かに躊躇う様子もなく男の喉元を掻き切った。そしてその後も、平然としているように見える。
「杏は繊細って、言ってたじゃん…」
宵の言葉を反芻しながら、燦はそう呟いた。
❖❖❖❖❖
とある夜の屋上で、いつかのように、二つの人影が並んで腰を下ろしていた。二人がこうして夜を明かすのも、一体幾度目だろうか。
衛が話す曙苑の日常に、杏はただひたすらにほほ笑みながら耳を傾ける。今はもう片側しかないその瞳には、いつも羨望や嫉妬、憧憬が渦巻いていた。
「でさ、その時一心が―――」
ふと、衛が横に顔を向けると、微かに見えた首元に、赤紫の大きな痣が見えた。
「…どうしました?」
不思議そうに首をかしげる杏に、衛は慌てて取り繕う。
座る時や振り返る時、左手で髪を耳にかける時や、右手でフードを抑える時。そんな、何気ない動作に散りばめられた、小さな違和感。それらが、衛の中で形になりつつあった。
それでも。
「あのさ、杏」
「はい」
「何か、悩みとか…」
瞬時に、警戒を孕む瞳。
「…もしあったら…!衛お兄さんが幾らでも相談に乗ってやるからなっ」
「…はい。ありがとうございます」
静かな笑みに、衛は安堵する。
衛は、渦巻く疑念から確信に至れずにいた。少しでも追及すれば、その瞬間、この関係が崩れるとその瞳が語っていたから。
そうしてこの日も、何もない、何気ない、二人の夜は深まっていった。
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頭上高くにある、小さな鉄格子の小窓。そこから覗く月明かりに、杏は静かに手を伸ばした。
素肌に触れる石造りの床から、冷たさが全身に染み渡る。たった一枚だけ纏った麻布をあざけ笑うかのように、容赦ない寒風が杏の体を貫いていった。
酷く滲んだ月を眺め、杏は街灯りに照らされた横顔を思い出す。仲間を家族のように語り、楽しそうに笑うその横顔が、杏にとっては何よりも眩しく、何よりも煩わしいものへとなっていた。
もう一度手を伸ばし、月を掴むように拳を握る。手を開き、空虚な掌を見つめた後、乾いた笑い声が小さく響いた。
声が途絶えた頃。激しく痛む右目を、一滴の雫が流れていった。




