10.地下
「あ”ーっ!もう!イライラする!」
「こればっかりは仕方ないですよ、一心くん」
机に項垂れる一心を、天が軽く窘める。その顔にも、幾何かの苛立ちが滲んでいた。
二人だけではない。第五部隊の全員が、苛立ちや疲労に苛まれていた。
捜査を開始してから数週間。燦達はあと一歩のところから先に進めずにいた。それをあざ笑うかのように、被害者数は日々着実に増えていく。
「いっそ強行突破を選択肢に入れるべきだと思うが。こうも後手ばかりでは相手の思うつぼだろう」
そう言いながら、ロイはプロテインをシェイクし始めた。
「相手の実力が、未知数すぎる。当初の、想定よりも、実態が大きい、おそれあり」
来栖が、機材を手入れしながらそう答える。
「そもそも、本拠地が国外、も、ありえる。それくらいの、事件規模。この部隊は強い。けど、油断は禁物」
「それはわかっているが…」
ロイは納得いかなさそうにプロテインを飲み干した。
「あ”ーー!むしゃくしゃするっ!!」
突如、一心が叫んで立ち上がる。
「お?筋トレするか?」
「しないっ!!!」
ロイの誘いを一蹴した後、「プール行こう!」と天と燦の手を掴んだ。
「ボク先にお風呂」
「プールにもシャワーあるから!行こう!」
「燦くん、諦めましょう。これは止められません」
天はすっかり一心に身を委ねている。
「えぇ…」
それを見た燦はしぶしぶと一心に従った。
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何度目かの失意に終わった、ある日の任務で、衛は袖をかすかに引っ張られ足を止めた。
振り返ればそこには、俯く杏の姿があり、意外な接触に衛は目を丸くした。
「あ、………、えと………」
杏は口を開きかけ、噤む。目は左右に泳ぎ、衛の袖を引いた手は自身の袖口を握りしめていた。乱れた呼吸に、かすかに漏れる震えた声。手は小刻みに震え、瞳は今にも零れ落ちそうなほどに潤んでいる。衛には、それだけで十分だった。
即座に、かつての弟がよぎる。一人で抱え込み、籠ってしまった弟。あの時、あれほど切望した情景が今、目の前にはあった。
衛は身をかがめ、目線を合わせるが、一向に目は合わない。口を開きかけては再び閉じる、その様子を眺めながら、静かに待った。膝に置いた手に、力が込もっていく。
「た、っ、………」
長い逡巡の後、やっと杏の目が衛を捕らえた。縋るような瞳で、口を開く。
「杏ーー!帰るよーーー!」
「っ、!!」
やっと紡がれる筈だった言葉は、サリオンの声に遮られてしまった。
その声に杏は大げさなほど肩を跳ねらせた。両手は胸元を握り細かく震える。再び目線は彷徨い始めた。
衛はもう一度言うよう促したが、もう遅い。杏は再び口を噤むと、サリオンの元へ駆けていってしまった。
走り去る腕を掴もうとした右手が、空を切る。
あの時と、同じだ。あと、数センチ。たった、それだけの距離が、果てしなく遠い。
衛は、歯を食いしばり、届かなかった手を握りしめる。その手を、太腿に叩きつけた。
結局、夕暮れの中で小さくなっていくその背を、衛は眺めていることしかできなかった。
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とある地下の一室に、少年の絶叫が響き渡る。
部屋の中央に据えられた大きなベッドで、手足を拘束された少年は藻掻き苦しんでいた。
一糸纏わぬその体には、無数の痣と傷が刻まれており、その姿は「痛々しい」という言葉さえ生ぬるかった。
少年の藻掻きでベッドが揺れ、脇にもたれかかっていた少年が床へ倒れこんだ。この少年もまた、つい先刻までは同じように鎖につながれ、泣き叫んでいた。今はもう、涙は枯れ瞳は虚空を見つめ、喉は潰れ、微かに息を吐くのみになっている。
ぎし、とベッドが軋む。一人の女性が、藻掻く少年の上へ跨った。少年の体を優しく撫で、優艶に微笑むその手には、ガンタッカーが握られている。
それを見た少年は瞳に涙を滲ませ、必死に藻掻いた。手首の皮が摩擦で捲れていく。
少年は必死に懇願した。
良い子になるから、ちゃんとやるから、ちゃんと謝るから。
家に、帰りたい。
その少年の絶望に女性は舌なめずりをし、タッカーを少年の腹部に押し当てた。
新たな絶叫が響く部屋の隅で、黙々と亡骸達を処理する少年がいた。
その練色の髪には血がこべりつき、灰青色の瞳には疲れが滲む。
「これも捨てといて」
女性の声と共に投げつけられたのは、華奢な右腕だった。




