8.再会
「杏!!!杏だよね!?」
燦は今までにない程声を弾ませた。杏に駆け寄り、両手で顔を掴んで強引に正面へ向かせる。
「痩せた?肌つやも前より悪いよね?駄目だよ、体は大事にしなきゃ。前から思っていたけど杏はもう少し肉を…」
「っ、うるさい!!!!」
杏は燦の言葉を遮るように突き飛ばした。
「杏?そうだ、杏も曙苑に来なよ!優しい人ばかりだし、杏も気に入ると思うんだ。宵ちゃんもいるし!」
「うるさいって言ってるだろ!?しつこいんだよ…!!」
言葉を続ける燦に、杏は声を荒げて息を切らせる。そしてため息交じりに笑った。
「お前、全く変わってねぇんだな」
「杏…?どうしたの?」
「まさかお前忘れたなんて言わねぇよな?俺が最後に会った時になんて言ったか」
「それは…だって、」
杏の眉間に力がこもる。
「だってじゃねぇよ!………はぁ、サリオンさん、すみません。少し頭を冷やしてきます」
「ねえ、待ってよ!!」
「…黙れよ」
そう吐き捨てて、杏はあばら家を後にした。燦はまた、その背を見送ることしかできなかった。
「…あーーー。なんか、ごめん。まさか、知り合いだったとは」
気まずそうに、サリオンが頭をかく。
首を振って、衛はフォローした。どのみち、今回の任務はこれで終いだ。ひとまず島に帰ろうと、他のメンバーに促す。
「ほら、燦も。ひとまず杏くんの居場所はわかったのだし、帰るよ」
「嫌です。杏も一緒がいい」
「燦。杏くんの気持ちも尊重してあげないと」
衛は燦を静かに窘めた。
それでも、燦は不満そうに俯いている。
「はあ。わかったよ。こっちでも考えておくから。一旦、今日は帰るよ。サリオン、また近々仕事頼む予定だから、よろしく」
衛は燦の背を押して、半ば強引にその場を後にしたのだった。
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「ぶっちゃけさ、あんたとあの杏ってやつ、どういう関係なわけ?」
とある日のミーティング後、一心にそう尋ねられた。
あの日以降、燦達捜索部隊は名を第五部隊に改め、任務を共にするようになっていた。ミーティング後は併設されているカフェテリアで駄弁るのが習慣になっている。
「オレも気になるね。杏って子がどんな子なのか。少なくとも、仲良さそうには見えなかったけど」
そう言いながらロイはプロテインを作り始めた。
あれから数週間。衛は近々また会えると言っていたが、未だその時は来ていなかった。
「どんなって…杏は完璧なんだ。強くてかっこよくて頭良くて優しくて。体は弱いけど、弱音なんて吐かないんだ」
「…それだけ?」
静かに、阿良汰が訪ねる。
「それだけって…」
「あれだけ好意的だった割には、印象が薄い。ざっくりしすぎ。おれだったら衛さんのこと百倍は語れる」
「ボ、ボクだって杏のこといっぱい語れるよ!!喧嘩強くて助けてくれたことだってあるし、ボクに話しかけてくれるし、お昼用意したら全部食べてくれるし、一緒に登下校もしてくれるし、ボクの話沢山聞いてくれるし…」
「薄々思ってたけどさぁあ、燦くん、相当学校で浮いてたでしょお?」
朱音の鋭い一言に、周囲が固まった。
「ん?ああ、そうみたいですね。杏にも言われたことがあります。それがどうしたんですか?」
燦の反応に、皆が困ったように顔を見合わせた。
「だいたい、最後に会った時、なんて言われたんですか?かなり怒られていましたけど」
「明日から顔見せんなって」
「…それなのに、あんなぐいぐいいったんですか」
天は頭を抱えた。これは自分たちの手には負えないかもしれないと、今更ながら不安を覚える。
「だって、宵ちゃんがあれは杏の本心じゃないって。だから安心していいと思っ―――」
「言ってないわよ。そんな風には」
突如、燦の頭上から声が降ってきた。見上げれば、宵がそこには立っていた。「まったく…」と、バインダーで燦の額を小突く。
「確かに、本心ではないとは言ったわよ?でも、私ちゃんと無視していい言葉でもないって言ったわよね?」
どうやら、燦と宵の記憶には激しい齟齬があるようだった。
「ほんとあんた達、相性悪いわよね。方や不器用で素直に言葉にできないし、方や表面でしか物事を捉えようとしない」
「どっちがボクの話?」
「どう考えても後者よ」
宵はため息をつきながら燦の隣へ腰を下ろした。あっけらかんとした態度に、幾何かの苛立ちを覚える。と同時に、周囲から同情や哀れみ、慰めといった感情を含んだ、生暖かい視線を感じた。
隣に目をやると、燦はのんきに手元のストローの紙袋で遊んでいる。せめて少しでもいじけるくらいしてくれないものかと、宵は再度ため息をついた。
「杏はね、基本的に繊細で不器用なの。ここ数年は特に、余裕のなさからそれが悪化して、燦に対する当たりもかなりきつかった」
「そうなの?」
「…こうやって、当の本人は全く意に介してないけど」
宵の説明に、各々色々な事情を察したようだった。暫くの間、燦が紙をいじる小さな音だけが部屋に響く。
「燦はさ、杏に対してもっとないの?聞いてる限りだと向こうからはそれなりに嫌われてそうだけど」
一心が沈黙を破ると、燦の手がぴたりと止まった。かなりショックを受けたように目を見開く。
「え、ボク、杏に嫌われてるの?」
「え、今更?」
一心と燦は見合って黙った。どうやら、本当に自覚がなかったらしいと、周囲は再確認させられた。
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数日後、燦が待ち望んだ日がやってきた。そう。今日はサリオンと共に任務をするのだ。それすなわち、杏に会えるということだった。
燦は本土へ向かう間、終始鼻歌交じりでご機嫌だった。
―――のとは反対に、杏は合流するまでの間、ため息が止まらなかった。足が酷く重く、気が削がれていく。アスファルトの凹凸を見つめながら歩を進めた。その理由は、単に会いたくない、燦が嫌い、というだけではなかった。
「杏!?どうしたのその顔!?」
燦は再会の時と同じように、顔を掴んで杏の顔を凝視した。
杏はこうなると分かっていたから嫌だったのだ。顔の右半分は、大きな眼帯で覆われていたから。
「なんでこうなったの!?ああ、せっかくの綺麗な顔が…。今すぐ曙苑に行こう!!護さんなら治せるかもしれない!!」
「…うるさい」
低く、重い声に、燦は思わず手を離した。
「俺が顔を怪我したから何?お前には関係ないことだろうが。一々うっとおしいんだよ」
鋭く、刺すような瞳に、燦はあの夕暮れの教室を思い出した。
「ごめんなー、燦クン。オレの周りには腕利きの治癒師がいなくてさー」
険悪な二人の間に、サリオンが割って入る。
「この前の任務で杏がドジっちゃってね。すぐ治療したんだけど、傷塞ぐので精一杯だったんだよ」
「まあ、裏稼業してれば、珍しいことじゃないし、ね?ひとまずは大丈夫なわけだし。僕の方でも、きれいにできないか、護に聞いてみるから」
衛も間に入り、とっさに場をとりなす。
まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、衛に杏との別行動を指示され、しぶしぶその場を後にした。
「ぶっちゃけ、燦のことどう思ってるの?」
「え?」
物陰に隠れて待機してる中、阿良汰が杏にそう尋ねた。思わぬ質問に、杏は少しばかり動揺する。
「…嫌いだよ、あんなやつ。そっちだって、あいつには手を焼いてるんだろ?」
「こっちではそこまで。燦があんな風になるの、あんたといる時だけだし」
「はあ、そう。ほんと変わってねえな。だから尚更嫌いなんだよ。気持ちわりぃ」
「でも、その変わらなさに少し安堵してるようにも見えた」
阿良汰の鋭い一言に、杏は思わず言葉を詰まらせる。その様子に、宵の言う通り、隠し事したり嘘をつくのが下手な人なのだと、阿良汰は親近感を覚えていた。
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ある日、高層ビルの屋上で。風にコートをたなびかせながら、杏は夜の街を眺めていた。街の灯りは輪郭を失い、花火の残光のように滲んでいる。
「ここから落ちても、君くらいの痣者だと死にきれないよ」
突如、背後から声がかかる。
杏が振り返る前に、声の主は隣に現れた。見覚えのある姿に、記憶を辿る。
「あなたは…衛、さん」
「衛でいいよ」
そう言って、衛は優しく微笑んだ。
「さっきの、えっと、」
「…君が、今にも落ちようとしているように見えたからね」
「………」
「余計なお世話だったかな?」
「いえ、別に………ただ、あなたには、関係のないことなのではと思って」
「関係ない…そうだね。君がいつどこで死のうが、僕には関係のないことだ。でもね、人との関わりって、それだけで決まるものじゃないだろう?」
衛はそう問いかけると、杏は顔をそらして黙り込んだ。その様子に、衛は座って話を聞くよう、促す。すると、杏は案外素直にその言葉に従った。二人で、ビルの淵に座って夜のビル群を眺める。
「僕の、弟に似てるんだ」
暫くして、衛が口を開いた。
「僕が、ですか?」
杏が、そう問いかける。
「瞳や、表情がね。身を投げる前の弟にそっくりなんだよ。だから、放っておきたくなかった」
淡々と、そう語る衛の横顔を、杏は黙って見つめた。街灯りに照らされたその顔は、哀愁がわずかに滲んでいるように見えた。
「痣者になった以上、そうそう死ねない。あなたもわかっていることでしょう?」
「そういうことじゃなくって…」
「わかってます。ちゃんと、わかっていますから」
その言葉はまるで、自分を納得させる為に言っているようだった。
衛はそれ以上、言葉を口にしなかった。




