3.痣者達
コンコンコン。
日が高くなってきた頃、客室にノック音が響いた。
扉を開けると、衛が「はよ~」と手を振って立っていた。
「今日はナポリタンなんだ」と、食堂に向かいながら衛は鼻歌交じりで献立を教えてくれる。
度々、廊下ですれ違っていく人々が衛に声をかけていく。衛はとても慕われているようだった。誰もが、単なる挨拶ではなく、二、三言言葉を交わしていく。気さくで明るく、態度が柔らかい。今まで燦の周囲にはいなかったタイプの人種だ。
食堂に着くと、お昼時にしては人が少なくがらんとしていた。ただでさえ広い食堂がより広く感じる。燦の通っていた学校も、小中高一貫の私学だった為、かなり広い食堂を有していたが、広さで言えばここも引けを取っていない。
ふと、見覚えのある緋色が目に入る。その小さな体にはとても入りきらなさそうな大量のナポリタンを黙々と啜り続けている燕がいた。
「今日、これからウェルズまで行くんだって。ジェット機で」
「ジェット機も操縦できるんですか?」
「なんでも操縦できるよ。それが彼女の能力だからね」
便利なものだな、と燦はバイクに跨る自分やスーパーカーを乗りこなす自分を想像してみる。憧れずにはいられない。
「相変わらず大好きですね、トマト系」
衛と自分が操縦してみたい乗り物の話で盛り上がっていると、一人の青年が現れた。歳は燦の少し上くらいだろうか。背丈は燦より少し高く、体格もしっかりとしている。小麦肌でTHE運動部、といった感じだ。右半分の首元が薄桃色に染まっていた。
「美味しいよ?ナポリタン」
「やめてくださいよ、衛さん。俺がトマト嫌いなの知ってるくせに」
衛が差し出したナポリタンを、青年は本気で嫌そうに手で遮る。匂いも嫌なのだろうか。
「彼が噂の新入り君ですか?」
青年は燦を見てそう尋ねる。
「ああ。西城燦くんだよ。燦、こっちは浮本天くん」
紹介された青年は右手を差し出した。
「初めまして。気軽に天と呼んでください。燦くん」
「初めまして」
「それにしても、『西城』ですか。珍しいですね、貴族の人が庭師になるのは」
燦は首をひねった。
「どういうこと?」
「うちは所謂、”掃き溜め”ですから。嫌がる貴族の方が殆どなんですよ。ここにいるくらいなら国外逃亡を、と。それこそ、昨日の女性もここには留まらずウェルズへ行かれるようですよ。ですから、あなたのような人は珍しいんです」
「まぁ、ボクは名ばかりだし…」と燦は苦笑いする。
杏もここを嫌がるのだろうか。彼は典型的な貴族といった性格ではないが…。
「それから、今日から俺と燦くん、あともう一人で同室みたいです。偶然お見かけしたので、その挨拶に来たんですよ。よろしくお願いしますね」
天によると、荷物を後で運んでくれる上に準備も全部整えているところだとか。至れり尽くせりである。
「それでは、また後程」
そう言って、天は立ち去って行った。
❖❖❖❖❖
昼食を終えた二人は、独歩の部屋がある最上階――ではなく、地下に来ていた。
奥に行くほどにむき出しの配線が縦横無尽に張り巡らされ、暗く乱雑な通路は入り組んでいく。その様子を眺めながら、燦は巨大迷路のようだと思った。
衛の足が止まり、燦が上を見上げると、そこには『ムゥの部屋』と手作りの札が取り付けられていた。扉などはなく、申し訳程度にくすんだ半透明のビニールで区切られたそこは、工房か何かのようだ。
「元気してる?」
衛がビニールをめくり、中に入る。燦もそれに続くと、そこには無数のモニターに囲まれ、キーボードを叩く少年――いや、少女だろうか――がいた。独歩と護も揃って待っている。
独歩は、昨晩と同じようにお茶を嗜んでいる。乱雑な部屋の中で、彼が使っているティーセットと家具だけが異様に浮いていた。
時間ギリギリだ、と護にたしなめられ、衛は口を尖らせる。
ズルズル、と大きなコートを引きずりながら、少年が燦に歩み寄ってきた。
がちゃん。そう音が聞こえると、右腕に中々の重量を感じた。目をやれば、いつの間にか大きな腕輪が装着されていた。
「あの、これは…?」
そんな燦の言葉には一ミリも答えず、少年はデスクへ戻っていく。
「何はともかく、まずはキミの力を見てみようと思ってね」
戸惑っていると、独歩が口を開いた。
「あの、ボクそこら辺が何もわかっていないんですけど…」
「まあまあ、いいからいいから」
そう言って衛は燦の両肩に後ろから手を置くと、背を押して奥へと促す。護と独歩もそれに合わせて歩を進めた。
一斉に照明が付き、強い光が燦の目を襲う。そこには闘技場のような広い空間があらわになった。地下とは思えないほどに高い天井を見あげていると、今度は護に左手首を掴まれ、新たな腕輪を装着された。
「こっちはバイタル用。生きている限り、何があっても僕が治してあげるから、安心していいよ」
そういえば、今日の護は白衣を着ている。
「医者なんですね」
「まあ、無免だけれどね」
なにやら安心してはいけないワードが聞こえた気がしたが、燦はひとまず聞かなかったことにした。
そうこうしていると、床下から四角く白いブロックオブジェクトが正面に現れた。
「まずは、あれに向かって力を放ってごらん」
独歩にそうは言われたが、何をどうすればよいものか、全くわからない。
燦が立ち尽くしていると、独歩は一つの石ころを燦の手に握らせた。
「じゃあ、次はこれに力を込めてごらん」
「あの、その力を使うっていうのが良くわからないんですけど」
「んー、とりあえず気張ってごらんよ」
そんな、排泄物じゃないんだから…と思いつつも、燦は言われるがままに全身に力を込める。
「んぎぎぎぎぎぎっ………」
何も起こらない。再度力を込めるが、何度やっても結果は変わらなかった。
「ふむ。何も感じないのかい?」
独歩が燦のみぞおち辺りをさする。
「キミは、この辺りだろう?」
次の瞬間、みぞおちに強い違和感を感じた。ジリジリとした、昨日感じた感覚。
ぐにゃり。
手元の石が、一瞬、けれど確かに、動いたのを感じる。
「そのまま、集中して。そう、ゆっくり。」
熱を、感じる。みぞおちから右手に向けて、熱が流れていくのを感じた。それに応じて、石の形が変じていく。
「うん。いい感じだね。続きは自力で頑張ってごらん」
独歩の手が離れ、熱が弱まる。燦は慌てて力を込めなおした。先ほどまでの感覚を思い浮かべ、みぞおちに意識を集中させる。次第に、熱が巡り始める。石が粘土のようにうごめいた。昨日の山でのことを思い出す。石が次第に細く、長く伸びていく。
「そこまで。燦、もういいよ」
独歩の声でハッと我に返る。手元を見ると、昨日と同様に鉄骨のような棒が握られていた。
独歩はそれを掴むと、軽く振りかぶった。ブンッと、棒が空を切る。そして再び振り上げ…
ドゴオォン!!
瞬きの間に、棒は正面のブロックを貫いていた。
双子が同時に口笛を吹く。遠くで響いていたタイピング音も暫し沈黙した。
「うん。耐久性もいいね。いい感じだよ、燦。見込んだ通りだ」
「は、はあ…?」
どっと、疲労感に襲われる。まるで鉛でもくくりつけられたかのように、体が重く感じる。
護が、さっと水を一杯差し出してくれた。
「さっきの感覚を、よく覚えていてね。明日から、それを意識しなくてもできるように練習するから」
燦は、そっとみぞおちをさすった。まだかすかに、余韻が残っている。あれを、意識せずに…。
「燦はセンスあるよ。ワタシが少し手伝っただけですぐ形にしてしまったからね」
どうやら、本来はあの石が少しでも反応すれば及第点だったようだ。
「キミは排出型だから、練習はしやすいと思うよ。同系統の子を練習に付き添わせるから、この調子なら来月には始動できるかな」
「はいしゅつがた?」
燦は首をかしげる。
「異能には大まかに三つの系統があってね。その中で最も汎用性が高いのが排出型だ。キミのように触れたものを変じさせたり、水・砂・磁気などを体外に生成させたりする異能のことだね。護の治癒能力も、その一種だよ」
まるでゲームのようだと、燦は感心した。
「衛のように、後からその特徴を発現させることもあるけれどね」
「後から?」
独歩が促すと、衛は複数の石を手に取り燦の前に差し出した。次の瞬間、掌の石ころが姿を消す。音に振り返ると、ブロックに石がめり込んでいた。
「このように、衛は物の座標を操作できる。けれど元々は、循環型の”自身の座標を操作する異能”だったんだ。そこに排出型の特性が発現し、”触れたものの座標を操作する異能”に変じ、今は更に”認識できる範囲内の座標を操作する異能”に成長した」
衛が指を鳴らすと、彼の手元には先ほど独歩が投げた、燦の生成した棒が握られていた。
「その点、護は逆だね。元々彼は排出型の”触れた相手を治癒する異能”を持っていた。そこに循環型の特性が加わり、今は”自身を含む触れた生命体を治癒する異能”になっている」
「その、『循環型』というのは、自分の体にのみ作用するものなんですか?」
「その通り。理解が早いね。循環型は自身の体内に力を巡らせ変化をもたらすんだ。わかりやすいのは獣化や、身体強化系かな。効果範囲が狭い分、最もエネルギー効率が高い。」
渡会燕がその例らしい。彼女の”あらゆる乗り物を最適に操る異能”、それはつまるところ異能による身体能力の引き上げとのことだ。
「残り一つは?」
「干渉型。世界そのものに干渉し変化をもたらす異能たちだ。結界がわかりやすいかな。衛が触れずに座標を操作できるのはこの干渉型の特性だね」
「じゃあ、衛さんは全ての特性を持っているってことですか?」
ふふん、と衛は誇らしげに胸を張った。
「衛のような例は多くないけどね。まあ、つまり何が言いたいかというと、キミの異能もそのポテンシャルがあるってこと」
「そんなことがわかるんですか?」
「ワタシには、ね。視た感じ、今のキミの異能は”触れたものを変質させる異能”だ。それも、質量や材料による制限が見当たらない。これだけでも十分すぎるくらい強いけれど、ワタシにはまだ伸びしろが視えている」
独歩は衛から棒を受け取ると、ポッケから出した石と共に燦の前に差し出す。
「こっちが元の石。こっちがそれをもとに君が変質させてできた棒だ。持ち比べてごらん。重さも、耐久性も、質感も、全く違う。キミは石をただ変形させたのではない。石を媒介にして別の物を作ったんだ」
確かに、何もかも違う。昨日の棒も、元が一握りの土だとは思えないほどに鉄骨そのものだった。
「触れたものを特定の物質や状態に変質させる異能は沢山ある。全てを砂にしてしまったり、溶解してしまったりね。でも、キミの異能はそうじゃない。現時点のキミにとって、一番作りやすかった物がたまたま鉄骨だったってだけで、おそらくあらゆるものをあらゆるものに変じさせられるだろう。それだけ、キミの異能は可能性に満ちている。そして、キミ自身にも異能に見合ったセンスがある」
「なるほど、わからん」
燦は思考を放棄した。正直、途中から殆ど頭に入ってこなかった。まあ、最初からすべて覚えろなんて理不尽を言ってくる人たちには思えないし、大丈夫だろう。そう思うことにした。必要になれば、その時に聞けばいい。
「来栖、データはどうだい?」
「排出型にしては、消費彩礫量も、体への負荷も多い。その代わり、許容量が多く、転換効率が高い。慣れれば、前線でも問題なくやっていける」
独歩がモニターの向こうへ言葉を投げかけると、スピーカーから幼く単調な声が返ってくる。が、心なしか声が弾んでいるようにも聞こえた。何が何だか、飲み込めない部分もあるが、要は「才能がある」ということだろうか。
「前線って?」
「島の外での任務のことをそう呼んでいるんだ。島内での防衛や治安維持に比べて危険度が高いから、誰でも外に出すわけにはいかないんだよ」
昨日の衛との出会いを思い出す。ああいうことは日常茶飯事、ということなのだろうか。
「キミには、異能の練習をしながら『庭師』としての仕事を少しずつ覚えていってもらう。とりあえず暫くは同室の子達と一緒にパトロールだね」
燦は先ほどの青年を思い出す。天、だったか。丁寧な物腰の青年だった。
大丈夫かな、と燦は先行きに不安を感じる。自分はいつも、なぜか相手を怒らせてしまう。同世代の人間が相手だと尚更。彼とは歳の差をあまり感じなかった。
「杏がいたらいいのになぁ。」
燦は小さくつぶやいた。




