25.叫び
目を開くと、そこには衛がいた。
杏はいつの間にか離れた場所に転移させられ、地面に突っ伏している。
衛は実に酷い姿だった。体中に裂傷が刻まれており、引きちぎられた手の残骸のような肉片が張り付いていた。
「大丈夫ですか…?」
燦の言葉に、衛は目を丸くすると、小さく苦笑した。
「君の方がね」
衛がそう言った時には、燦を貫いていた杭が一斉に消え、衛の足元へ落ちていた。
燦は壁を背にして力なく崩れ落ちた。
「朱音は?」
衛に聞かれて、燦ははっとした。言われてみれば、朱音とサリオンの姿がない。
しかし、耳を澄ませると、遠くから金属同士がぶつかり合うような甲高い音と、断続的な銃声が響いていた。
「…ひとまずは大丈夫、みたいだね」
そう言うと、衛は包帯を投げてよこした。
「ないよりはマシでしょ。動けないなら、無理せずそこにいて」
衛が視線を向ける先では、杏が体を起こしていた。
杏は衛たちを睨むように見据えていた。その瞳は変わらず空虚なままだ。
止まっていた無数の鎖が、再び縦横無尽に駆け巡る。
衛は懐から二本のナイフを取り出し、燦を守るようにそれらを捌いていた。
「殺さなきゃ………衛さん、お願い………死んでっ」
杏の鎖は鋭さを増す。
衛は黙って、それを捌き続けた。
「どうしてっ、どうしてどうしてどうして…!!」
杏が叫ぶ。その顔が悲痛に歪む。
「どうして、死んでくれないのっ………」
それは、まぎれもなく杏から零れた、切実な言葉だった。
そこでようやく、衛が口を開く。
「迎えに来たよ、杏」
その声は、まるで幼子に語りかけるかのように柔らかく、温かくて、優しかった。
杏の瞳が揺らぐ。
鎖の動きが鈍る。
衛を狙っていた筈の鎖たちは突如制御を失ったように四方の地面や壁に突っ込んでいった。
その様子を、燦は何も言えず、ただ見つめていた。
一瞬、杏の表情がほどけ、きらりと、瞳が輝く。
ただ一言。
たった、一言。
でもそれが、杏にとっては暗雲を切り裂く一条の光に見えた。
しかし、それは束の間のことで。
杏はかすれた叫び声を上げながら、頭を抱えて蹲った。
顔を引っ掻くように手を滑らせ、開いた指の間から瞳がのぞく。
そこから零れる雫は、次第に赤へと染まっていった。ゆっくりと手から腕へと伝っていき、地面に赤いシミを作る。
激しく揺れ、地面に向けられていたその瞳が、ゆっくりと衛を捉える。
この時にはもう、錆色の痣が顔にまで達し、その瞳を染めようとしていた。
苦痛、絶望、渇望、それらすべてが杏の中で渦巻く。
息が乱れる。
肩が震える。
喉から声にならない音が漏れる。
「助けて」
それは、一瞬で風にかき消されてしまいそうな、か細い声だった。
「任せろ」
衛は一切の迷いなく、杏にそう答えた。




