24.目前
子供たちが世那のドームで身を寄せ合っていた頃。
ロイが護たちの元へ駆けこんできた。
その腕は骨が見えるほどに肉が裂け、その骨も、片方は砕けていた。腕はだらりと垂れ、息も乱れている。
「衛さんが、敵の気を引いて逃がしてくれて………」
護の治療を受けながら、ロイはそう言う。
「…衛さん、一人なの?」
そこに、阿良汰がやってきた。その声は弱々しく、とても遠慮がちだ。
先程のことを負い目に感じているのだろう。皆から少し離れた場所で、なかなか人に近づこうとしない。
「ああ。開けた場所だし、衛さんが簡単にやられるとは思えないけど…」
ロイがそう答えたものの、阿良汰は浮かない顔のままだ。
「…一緒に戻るか?」
「いいの?」
「いざという時はオレが止めてやるよ」
ロイの提案に、阿良汰は顔をほころばせた。
「龍之介が作ったマスクがあるだろ?接近しなければある程度は大丈夫だろう。少しでも違和感があれば、距離を取るんだぞ」
「うん」
二人のやり取りに、護は軽くため息をついた。
「この怪我で戻るつもり?とりあえず動かせる程度まで治しはするけど、短時間じゃ完治はできないよ?」
「動けるなら構わない。今向こうにいるのは衛さん、朱音、燦の三人だ。少しでも人手が要る。」
「私が行こうか?」
そこに、牧生が声を掛けた。
「石畳の下の土を動かせるのか?」
「んー。できなくはない。けど、周りの土で一気にやっちゃえばよくない?」
「…それ、味方も巻き込まれるんじゃないか?味方だけ避けて攻撃するとか、そんな器用なことできたか?」
「あーーー。そっかあ。じゃあ、ここにいるわ」
ロイの言葉に、牧生は頭をかいてあっけらかんと答えた。
「もしもの時は頼む。全員退かせるから」
「あいよー」
そう言って、牧生は軽く手を振りながら、救護車の周辺を見回るためにその場から去っていった。
❖❖❖❖❖
「にげて」
杏の声は酷く震えていた。
ぽたぽたと、雫が落ちてくる。
「杏………」
燦が呼びかけたその時。
「うぅ………ぁ、あ”ぁ、あああああああああああ!!」
杏の喉から漏れた声は、呻きというより悲鳴に近かった。
かすれた声が辺りに響く。
喉が裂けそうなほどに叫び、顔を押さえ、必死に藻掻く。
「杏?杏!?」
杏は我を忘れたようで 、燦が肩を掴み、何度も声をかけるが一切答えない。
燦の手を振りほどくように杏は両腕を振り、燦の襟を掴むと、力任せに投げ飛ばした。
「うぐっ」
地面を激しく転がる。
燦が顔を上げた時には、周囲の彩礫が杏に呼応するようにざわつき始めていた。ぱちぱちと、閃光が散る。
呻き声はさらに大きくなっていき、杏を中心に彩礫濃度が高まっていく。
空気が軋み、息が詰まるような感覚が辺りを支配した。
燦の呼吸が次第に浅くなっていった。
中庭中から無数の鎖が現れ、荒ぶり始める。段々と縦横無尽に暴れ出し、金属音が四方で鳴る。
そして突如、杏が燦に飛びかかった。
即座に作った短剣で、何とか杏の杭を受け止める。二人の間に、ぎりぎりと金属が擦れあった。
「………殺さなきゃ」
「え」
不意に、杏が呟く。
その言葉に、思わず燦の力が緩んだ。
杏の鎖はその隙を見逃さなかった。
腕に鎖が巻き付き、ちぎれそうな勢いで引っ張られる。
踏ん張ろうとしたが、抵抗も虚しく体は浮き上がった。
鎖が中庭中を駆け巡り、燦の体が地面や壁に激しく叩きつけられる。
鎖が巻き付いている腕の感覚が失われていき、体中が軋む。最早どこが痛いのかわからなかった。
意識が遠のき始めた頃、燦の身体は外壁へ叩きつけられた。直後、無数の杭がその身体へ殺到する。
「う”ぁ”っ」
何本もに杭が燦の肩や手足をを貫き、壁に縫い付けた。それはまるで磔のようだった。
杏の瞳がまっすぐに燦を捉える。
燦は必死に拘束から抜け出そうとしていた。動くたびに、傷口から血が噴き出す。しかし燦は、痛覚が麻痺しているかのように、それに構わず藻掻き続けた。
苦悶の表情を見せる燦に、杏は温度のない表情を向ける。それはとても無機質で、陶器の人形のようだった。
杏は燦の元へゆっくり歩を進めながら、手元の楔をくるりと回し、逆手に持ち替える。
燦は藻掻きながらゆっくりと迫る杏に目を向けた。
瞬きの間に。
杏は目の前まで迫っていた。
大きく杭を振り被る。
燦は杏の名前を呼ぼうとした。
しかし。
杏の表情には、躊躇いなど一欠けらも無いように見えた。
それを悟った瞬間、燦は全身の力を抜いた。
自分が、杏をこうまでさせてしまったのだろうか。
「にげて」と言ってくれた杏はもういないのだろうか。
どちらにせよ、
もう――
全てを受け入れ、目を瞑る。
だが、想定していたような痛みは燦を襲わなかった。
「ギリギリだったね」
またしても。
燦を危機から救ったのは衛だった。




