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Re:frey ―リフレイン― 虚器盈つる黎明譚  作者: 14to
第二章

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23.危機一髪

 遠くから、幾度も轟音が届く。


「大丈夫ですかねぇ、みんな」


 救護車にもたれ、世那がそう呟いた。


「………僕らの出番がないことを願うしかないね」


「知ってます?フラグって言うんですよ、それ」


「始めたの君じゃないか」


 護の言葉に、世那は口笛を吹いて誤魔化した。


 そこへ、衛が突如姿を現した。両脇には、龍之介と阿良汰を抱えている。


「内臓をやられている!早く治癒を!」


 衛の言葉に二人の表情が即座に引き締まった。。

 三人の元へ駆け寄り、状態を確認する。


「世那、龍之介を今すぐ救護車に運んで。…阿良汰のこれは」


「洗脳系の異能者がいたっぽいんだ。阿良汰が敵の女を母親と誤認して龍之介を攻撃した。今は落ち着きつつあるけど、念の為にここで預かっていてくれ」


「衛。呼吸音がおかしいよ。肺辺りに…」


「ああ。恐らく肋骨が刺さっている。でも、今すぐ戻らないと。ロイが一人なんだ」


「だからって…!」


 そこへ、けたたましい爆音とともに、遠くのトンネルから一台の巨大なトロッコが飛び出してきた。


「止まってええええええええええ」


 一心の声が辺りに響く。

 トロッコは線路から外れると、地面を何度か跳ね、衛たちの方へ向かってきた。

 このままではトロッコに轢かれてしまう。しかし、重傷者を抱えた今、全員を即座に退避させられる者はいなかった。。

 思いもよらぬ命の危機に、全員が成す術もなく飲み込まれようとしていた。


 突如、二組の間の土が手のように盛り上がり、優しくトロッコを受け止めた。

 トロッコは徐々に勢いを落とし、衛たちの寸前で動きを止める。


「危機一髪、ってところですかね?」


 その声と共に、一人の女性が姿を現す。褐色肌に作業着を纏った彼女は、にかっと笑った。


「牧生!?何でここに?」


 護の言葉に、牧生は頭をかきながら困ったような笑みを浮かべた。


「いやあ、やっと帰ってこれたと思ったら、独歩さんに支援に行くように頼まれちゃって。いいタイミングでしたね?」


 そう言いながら、牧生は土を盛り上がらせ、トロッコへ足場を作っていく。


「…ひとまず、無事に済んでよかった。僕はそろそろ戻らないと。一心たちはここで待機しておくように!」


 衛は早口でそう告げると、姿を消した。


「あれ!?衛さんもう行っちゃったんですか!?あの人も見た感じ重症でしたよね!?えっ、牧生さん!?」


 救護車から戻ってきた世那が辺りを見て声を上げる。


「………とりあえず、僕らはこっちの仕事に専念しよう。牧生、辺りの警戒を任せていいかい?」


「もちのろんよ」


 トロッコから、少しずつ子供たちが姿を現し始める。

 その瞳には、いくらかの不安と期待が混ざり合っていた。






❖❖❖❖❖






 その頃。

 ロイは二人の巨漢に壁まで追い込まれていた。

 体のいたるところから痛みが走り、脂汗が額に滲んでいた。背後の壁に触れた背が、ひんやりと冷える。


 今、何分経ったのだろうか。そろそろ五分になりはしないだろうか。


 ロイは何とか早まる呼吸を抑える。


「そのまま殺っちゃいなさい。その男に用はないわ」


 ひめこはそう言い放ち、興味なさげに背を向けた。 

 ロイは右手を開いては握り、感触を確かめる。


 ひびくらいは入っていそうだが、まだ動かせる。


 自分にそう言い聞かせると、両足に力を込める。踏ん張り直して彩力を全身に張り巡らせ始めた。


 避けられないなら受け止めるしかない。


 男二人の拳が、容赦なくロイに叩き込まれた。

 巨大な丸太が激突したかのような衝撃に、その余波だけで背後の壁は無惨に砕け散った。

 ロイは両腕で頭をかばい、ひたすらに耐える。

 骨が軋む嫌な音が体内に響くのがわかる。衝撃に皮膚が切れ、肉が裂け、骨が露わになろうとしていた。

 

 ふっと、腕が軽くなる。


 それは、解放などではなく。


 容赦のない二撃目の前触れだった。


 とっさに、壁が崩れた後方へ足を下げる。

 が、砕けた瓦礫に足を取られてしまった。

 傾く視界と、降りかかる二つの拳。


 ロイの脳裏には、一つの光景がよぎっていた。

 あれは、まだ力のない幼い頃の記憶で。

 あの女に一族が壊滅された時の。


 ああ、これが走馬灯というのだろうか。目の前に一族の仇がいるというのにオレは………また………


「待たせたね、ロイ」


 その声と共に、目の前の男たちは忽然と姿を消した。

 倒れかけたロイの腕が掴まれ、引き上げられる。


「わわっ」


 しかし、ロイの重さにバランスを崩し、結局二人は倒れこんでしまった。


「すみません、衛さん。大丈夫ですか」


 ロイは何とか肘をつき、衛の上に覆いかぶさる。


「あはは、大丈夫大丈夫。かっこつかないなぁ」


 衛はそう言って、けらけらと笑った。


 そんな二人を、ひめこは退屈そうに眺めていた。その瞳は阿良汰に向けていたものとは打って変わって、氷のように冷たいものだった。


「そう………あなたが、攴求衛。ブームのお気に入りねぇ。αとβをどこにやったのかしら?」


「…もうすぐ、会えるよ」


 衛がそう言い放ってまもなく。

 ひめこのすぐ近くで、激しい衝突音と共に、二つの血飛沫が爆ぜた。上空から落とされた二つの巨体は上から激しく叩きつけられ、見るも無残な姿となっていた。

 

「………………」


 ひめこは黙って、傍らに視線を向ける。かすかに、瞳が揺らぎを見せた。


「その子達、核は子供だろう?肉体改造して巨躯に仕立てただけだ」


「…あなた、わかってて、やったのね?」


 衛は、静かに息をつく。


「もう、助けてあげられないからね。せめてもの温情だよ」


「とんだ偽善ね。この子達の救いを、勝手に規定するだなんて」


「君には言われたくないね。強制的な母の愛を、救いとしてきたのだろう?」


 衛のその言葉に、ひめこは顔を歪ませた。


「救い?愛は愛よ。それ以上でもそれ以下でもない。あなたと一緒にしないでちょうだい。私の愛は、救いだなんてまやかしじゃないの」


 段々と、言葉に熱がこもっていく。ひめこの目は見開かれ、瞳は激しく揺れていた。


「私は愛している。子供たちを。愛おしくて堪らないの。子らが母を求める姿が。私という母に溺れていく姿が。だから、邪魔なのよ。それ以外は。私たち母子を引き裂く敵なの」


「とんだ”愛”だな、それは」


「どんなものであろうと、愛は愛よ。文句は言わせないわ。そして必要なの。子供たちには愛が」


「それで死のうと?」


「いいじゃない。愛に包まれて死ぬのだもの。それは幸せだわ」


「偽善の方がマシに聞こえるね、僕は」


「そう………。じゃあ、死になさい。あなたは愛する価値もない」


 ひめこの言葉と共に、衛の足元が割れた。衛の足を、いくつもの手が掴む。


「知っているわよ、攴求衛。あなた、さっきわたしの子達を飛ばした時にかなり消耗したでしょう?重かったものね?遠かったものね?それに、ブームから聞いているわ。あなたは自身と接触している人物のうち、一方だけを転移させることを避けると」


「っ、」


「それじゃあね、庭師さん?わたしはもう、帰ることにするわ」


 そう言い放ち、踵を返して立ち去っていくひめこ。


 地下から生えた無数の手が衛を覆っていく。その奥からは、子供の泣き声が響いていた。






❖❖❖❖❖






 無数の鎖が燦を貫こうとしたその時、赤い膜がそれらをはじいた。


「燦!!戦いなさい!!」


 朱音の声が飛ぶ。


 そこへ、数発の銃声が轟いた。


「駄目だろ?二人の邪魔をしちゃ。朱音さんはオレと遊ぼうね」


 サリオンが不敵に笑う。


「お断りしたいところねぇ!!」


 新たに放たれた弾を、朱音は血の鎌で薙ぎ払った。




 燦は走っていた。ほんの一秒前までいた場所を鎖が貫いていく。

 彩力を巡らせ、走りながら壁をなぞっていく。

 燦はそうやって、打ち返すように壁から鎖を放った。それは杏のものと瓜二つで、先端には大きな杭が取り付けられていた。

 双方の鎖が、空中でぶつかる。それらは激しい金属音を轟かせ、辺りには火花が散った。

 その間に足元へ手を突き、燦は大きな剣を作り上げた。新たに飛んできた鎖を、順に叩き落とす。

 辺りは土煙に包まれ、方向感覚が曖昧になる。


 なぜ、杏は突然刃を向けてきたのだろうか。


 燦の頭は、それだけでいっぱいだった。


 ほんの数秒前まで見せていた反応とは、何かが違う、気がする。それとも、自分はまた何かを間違えたのだろうか。


 絶え間なく襲い来る鎖をさばきながら、燦は答えを探した。


 このままじゃ埒が明かない。


 燦はそう考えると、鎖の根元の方へ狙いを定めた。

 鎖をはじき返しながら、根元へ向けて駆けていく。近づくほどに勢いは増し、さばききれない鎖が体をかすめていった。

 燦は大きく振りかぶると、土煙を払うように大剣を横薙ぎに振るった。


 そこには、杏の姿はなかった。


 鎖は、杏の手元からではなく、空中から生えていたのだ。

 想定していなかった光景に、燦が目を疑ったその時、真横から鋭い光が走った。


 とっさに大剣を自身の前にかまえると、金属同士がぶつかる音が辺りに響いた。

 杏は勢いのままに燦を押し倒すと、馬乗りになって両足で両腕を踏みつけた。その両手では、鎖の先にあったものと同じ杭が握られていた。

 月光に照らされた楔が、燦の喉元へ降り下ろされる。


 しかし、それが喉元を貫くことはなかった。


 皮膚に食い込んだ杭の先から、一筋の血が零れ落ちる。


 ひと時の静寂が、二人を包み込んだ。


「杏…?」


 優しく、燦が呼びかける。


 反応はない。


 逆光と前髪で顔はよく見えないが、かすかに覗く瞳からはとっくに涙は枯れ果て、まるで、虚空を覗いているようだった。


 先程までとは違う。今までとは違う。


 杏は、生まれつき目が悪かった。それでも、顔がはっきり見えなくとも、今まではちゃんと自分を見てくれていた。痛い程に眩しいその眼差しは、どんな時でもちゃんと自分を貫いていたのだ。


 それは、再会してからも、ずっと変わらず。ついさっきまでも、ずっと。


 ずっと、そうだったのに。


「どうしちゃったの…杏………」


 燦の呼びかけに、杏は答えない。


 表情はぴくりともせず、まつ毛の一本に至るまで動かなかった。


 ただ、杭を握る両手は、酷く震えていた。

 杭は何度も食い込んではわずかに引き、またゆっくりと食い込んでいく。


 それは何かを訴えかけているようで。

 

 ふと、杏の口が動いた。微かに、声が漏れる。






「にげて」






 杏は確かに、そう言った。


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