23.危機一髪
遠くから、幾度も轟音が届く。
「大丈夫ですかねぇ、みんな」
救護車にもたれ、世那がそう呟いた。
「………僕らの出番がないことを願うしかないね」
「知ってます?フラグって言うんですよ、それ」
「始めたの君じゃないか」
護の言葉に、世那は口笛を吹いて誤魔化した。
そこへ、衛が突如姿を現した。両脇には、龍之介と阿良汰を抱えている。
「内臓をやられている!早く治癒を!」
衛の言葉に二人の表情が即座に引き締まった。。
三人の元へ駆け寄り、状態を確認する。
「世那、龍之介を今すぐ救護車に運んで。…阿良汰のこれは」
「洗脳系の異能者がいたっぽいんだ。阿良汰が敵の女を母親と誤認して龍之介を攻撃した。今は落ち着きつつあるけど、念の為にここで預かっていてくれ」
「衛。呼吸音がおかしいよ。肺辺りに…」
「ああ。恐らく肋骨が刺さっている。でも、今すぐ戻らないと。ロイが一人なんだ」
「だからって…!」
そこへ、けたたましい爆音とともに、遠くのトンネルから一台の巨大なトロッコが飛び出してきた。
「止まってええええええええええ」
一心の声が辺りに響く。
トロッコは線路から外れると、地面を何度か跳ね、衛たちの方へ向かってきた。
このままではトロッコに轢かれてしまう。しかし、重傷者を抱えた今、全員を即座に退避させられる者はいなかった。。
思いもよらぬ命の危機に、全員が成す術もなく飲み込まれようとしていた。
突如、二組の間の土が手のように盛り上がり、優しくトロッコを受け止めた。
トロッコは徐々に勢いを落とし、衛たちの寸前で動きを止める。
「危機一髪、ってところですかね?」
その声と共に、一人の女性が姿を現す。褐色肌に作業着を纏った彼女は、にかっと笑った。
「牧生!?何でここに?」
護の言葉に、牧生は頭をかきながら困ったような笑みを浮かべた。
「いやあ、やっと帰ってこれたと思ったら、独歩さんに支援に行くように頼まれちゃって。いいタイミングでしたね?」
そう言いながら、牧生は土を盛り上がらせ、トロッコへ足場を作っていく。
「…ひとまず、無事に済んでよかった。僕はそろそろ戻らないと。一心たちはここで待機しておくように!」
衛は早口でそう告げると、姿を消した。
「あれ!?衛さんもう行っちゃったんですか!?あの人も見た感じ重症でしたよね!?えっ、牧生さん!?」
救護車から戻ってきた世那が辺りを見て声を上げる。
「………とりあえず、僕らはこっちの仕事に専念しよう。牧生、辺りの警戒を任せていいかい?」
「もちのろんよ」
トロッコから、少しずつ子供たちが姿を現し始める。
その瞳には、いくらかの不安と期待が混ざり合っていた。
❖❖❖❖❖
その頃。
ロイは二人の巨漢に壁まで追い込まれていた。
体のいたるところから痛みが走り、脂汗が額に滲んでいた。背後の壁に触れた背が、ひんやりと冷える。
今、何分経ったのだろうか。そろそろ五分になりはしないだろうか。
ロイは何とか早まる呼吸を抑える。
「そのまま殺っちゃいなさい。その男に用はないわ」
ひめこはそう言い放ち、興味なさげに背を向けた。
ロイは右手を開いては握り、感触を確かめる。
ひびくらいは入っていそうだが、まだ動かせる。
自分にそう言い聞かせると、両足に力を込める。踏ん張り直して彩力を全身に張り巡らせ始めた。
避けられないなら受け止めるしかない。
男二人の拳が、容赦なくロイに叩き込まれた。
巨大な丸太が激突したかのような衝撃に、その余波だけで背後の壁は無惨に砕け散った。
ロイは両腕で頭をかばい、ひたすらに耐える。
骨が軋む嫌な音が体内に響くのがわかる。衝撃に皮膚が切れ、肉が裂け、骨が露わになろうとしていた。
ふっと、腕が軽くなる。
それは、解放などではなく。
容赦のない二撃目の前触れだった。
とっさに、壁が崩れた後方へ足を下げる。
が、砕けた瓦礫に足を取られてしまった。
傾く視界と、降りかかる二つの拳。
ロイの脳裏には、一つの光景がよぎっていた。
あれは、まだ力のない幼い頃の記憶で。
あの女に一族が壊滅された時の。
ああ、これが走馬灯というのだろうか。目の前に一族の仇がいるというのにオレは………また………
「待たせたね、ロイ」
その声と共に、目の前の男たちは忽然と姿を消した。
倒れかけたロイの腕が掴まれ、引き上げられる。
「わわっ」
しかし、ロイの重さにバランスを崩し、結局二人は倒れこんでしまった。
「すみません、衛さん。大丈夫ですか」
ロイは何とか肘をつき、衛の上に覆いかぶさる。
「あはは、大丈夫大丈夫。かっこつかないなぁ」
衛はそう言って、けらけらと笑った。
そんな二人を、ひめこは退屈そうに眺めていた。その瞳は阿良汰に向けていたものとは打って変わって、氷のように冷たいものだった。
「そう………あなたが、攴求衛。ブームのお気に入りねぇ。αとβをどこにやったのかしら?」
「…もうすぐ、会えるよ」
衛がそう言い放ってまもなく。
ひめこのすぐ近くで、激しい衝突音と共に、二つの血飛沫が爆ぜた。上空から落とされた二つの巨体は上から激しく叩きつけられ、見るも無残な姿となっていた。
「………………」
ひめこは黙って、傍らに視線を向ける。かすかに、瞳が揺らぎを見せた。
「その子達、核は子供だろう?肉体改造して巨躯に仕立てただけだ」
「…あなた、わかってて、やったのね?」
衛は、静かに息をつく。
「もう、助けてあげられないからね。せめてもの温情だよ」
「とんだ偽善ね。この子達の救いを、勝手に規定するだなんて」
「君には言われたくないね。強制的な母の愛を、救いとしてきたのだろう?」
衛のその言葉に、ひめこは顔を歪ませた。
「救い?愛は愛よ。それ以上でもそれ以下でもない。あなたと一緒にしないでちょうだい。私の愛は、救いだなんてまやかしじゃないの」
段々と、言葉に熱がこもっていく。ひめこの目は見開かれ、瞳は激しく揺れていた。
「私は愛している。子供たちを。愛おしくて堪らないの。子らが母を求める姿が。私という母に溺れていく姿が。だから、邪魔なのよ。それ以外は。私たち母子を引き裂く敵なの」
「とんだ”愛”だな、それは」
「どんなものであろうと、愛は愛よ。文句は言わせないわ。そして必要なの。子供たちには愛が」
「それで死のうと?」
「いいじゃない。愛に包まれて死ぬのだもの。それは幸せだわ」
「偽善の方がマシに聞こえるね、僕は」
「そう………。じゃあ、死になさい。あなたは愛する価値もない」
ひめこの言葉と共に、衛の足元が割れた。衛の足を、いくつもの手が掴む。
「知っているわよ、攴求衛。あなた、さっきわたしの子達を飛ばした時にかなり消耗したでしょう?重かったものね?遠かったものね?それに、ブームから聞いているわ。あなたは自身と接触している人物のうち、一方だけを転移させることを避けると」
「っ、」
「それじゃあね、庭師さん?わたしはもう、帰ることにするわ」
そう言い放ち、踵を返して立ち去っていくひめこ。
地下から生えた無数の手が衛を覆っていく。その奥からは、子供の泣き声が響いていた。
❖❖❖❖❖
無数の鎖が燦を貫こうとしたその時、赤い膜がそれらをはじいた。
「燦!!戦いなさい!!」
朱音の声が飛ぶ。
そこへ、数発の銃声が轟いた。
「駄目だろ?二人の邪魔をしちゃ。朱音さんはオレと遊ぼうね」
サリオンが不敵に笑う。
「お断りしたいところねぇ!!」
新たに放たれた弾を、朱音は血の鎌で薙ぎ払った。
燦は走っていた。ほんの一秒前までいた場所を鎖が貫いていく。
彩力を巡らせ、走りながら壁をなぞっていく。
燦はそうやって、打ち返すように壁から鎖を放った。それは杏のものと瓜二つで、先端には大きな杭が取り付けられていた。
双方の鎖が、空中でぶつかる。それらは激しい金属音を轟かせ、辺りには火花が散った。
その間に足元へ手を突き、燦は大きな剣を作り上げた。新たに飛んできた鎖を、順に叩き落とす。
辺りは土煙に包まれ、方向感覚が曖昧になる。
なぜ、杏は突然刃を向けてきたのだろうか。
燦の頭は、それだけでいっぱいだった。
ほんの数秒前まで見せていた反応とは、何かが違う、気がする。それとも、自分はまた何かを間違えたのだろうか。
絶え間なく襲い来る鎖をさばきながら、燦は答えを探した。
このままじゃ埒が明かない。
燦はそう考えると、鎖の根元の方へ狙いを定めた。
鎖をはじき返しながら、根元へ向けて駆けていく。近づくほどに勢いは増し、さばききれない鎖が体をかすめていった。
燦は大きく振りかぶると、土煙を払うように大剣を横薙ぎに振るった。
そこには、杏の姿はなかった。
鎖は、杏の手元からではなく、空中から生えていたのだ。
想定していなかった光景に、燦が目を疑ったその時、真横から鋭い光が走った。
とっさに大剣を自身の前にかまえると、金属同士がぶつかる音が辺りに響いた。
杏は勢いのままに燦を押し倒すと、馬乗りになって両足で両腕を踏みつけた。その両手では、鎖の先にあったものと同じ杭が握られていた。
月光に照らされた楔が、燦の喉元へ降り下ろされる。
しかし、それが喉元を貫くことはなかった。
皮膚に食い込んだ杭の先から、一筋の血が零れ落ちる。
ひと時の静寂が、二人を包み込んだ。
「杏…?」
優しく、燦が呼びかける。
反応はない。
逆光と前髪で顔はよく見えないが、かすかに覗く瞳からはとっくに涙は枯れ果て、まるで、虚空を覗いているようだった。
先程までとは違う。今までとは違う。
杏は、生まれつき目が悪かった。それでも、顔がはっきり見えなくとも、今まではちゃんと自分を見てくれていた。痛い程に眩しいその眼差しは、どんな時でもちゃんと自分を貫いていたのだ。
それは、再会してからも、ずっと変わらず。ついさっきまでも、ずっと。
ずっと、そうだったのに。
「どうしちゃったの…杏………」
燦の呼びかけに、杏は答えない。
表情はぴくりともせず、まつ毛の一本に至るまで動かなかった。
ただ、杭を握る両手は、酷く震えていた。
杭は何度も食い込んではわずかに引き、またゆっくりと食い込んでいく。
それは何かを訴えかけているようで。
ふと、杏の口が動いた。微かに、声が漏れる。
「にげて」
杏は確かに、そう言った。




