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Re:frey ―リフレイン― 虚器盈つる黎明譚  作者: 14to
第二章

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19.歪

 雲の隙間から覗く月明かりが、微かに地を照らす。

 阿良汰、ロイ、龍之介は一人の女性と対峙していた。


 双方はにらみ合い、異様な沈黙が辺りを包んでいた。

 外壁の上に佇む女が、静寂を破る。


「かわいい子がいるじゃない。残った甲斐があるわぁ」


 女は、阿良汰に目をやると舌なめずりをした。

 その様子に、阿良汰は身震いをする。


「あんたが、今回の主犯ってことでいいのか?」


 ロイが尋ねると、女は首をかしげた。


「んー。そういうことになるかしらねぇ。攫ったのはわたしじゃないけれど」


「お前が指示したんならそうだろう」


「そうねぇ。わたしはお願いしただけだけれど」


「…こいつ、埒が明かねぇな」


 苛立つロイを、龍之介が窘めた。


「まあまあ。ところでお姉さん、お名前聞かせてもらえないっすか?」


「そうねぇ。あなたは好みではないのだけれど、そこのかわいい子に免じて教えてあげるわぁ。わたしはひめこ。『深愛 コンストリクター』の名は聞いたことあるかしら?」


 龍之介はロイに目をやった。


「…オレの故郷を壊しやがった女の名だ」


「あら。こんなところに同族がいたのね」


「同族?寝言は寝て言えってんだ。あんたらのような異端者をオレたちは一度たりとも同族などと認めたことはない」


「ずいぶん、嫌われたものね。わたしの一族は」


 ひめこは肩をすくめた。


「もう話はいいだろう。さっさと片を付けてやる」


 ロイがそう言い放ったとき、阿良汰が突然喉を押さえた。


「ぅ、っ、げほっけほ」


「大丈夫っすか、阿良汰くん」


 龍之介が駆け寄ると、口元を覆った阿良汰の掌が血に濡れていた。


「さっきからっ、息、苦しくて…けほっ、喉、痛くなって…」


 阿良汰の声は酷くかすれており、ただの呼吸でさえも苦痛を伴っているようだった。かすかに、甘い香りが漂っている。


「なにをしたんすか!?」


 龍之介が問いかけると、ひめこは妖艶に微笑んだ。


「さあ。わたしの愛を一身に受けて、体が喜んでいるんじゃないかしら」


「たわごとを…!」


 龍之介から二本の手斧を受け取ったロイが、ひめこへ切りかかった。

 ひめこはそれをひらりとかわし、阿良汰へと向かう。

 二人の間に龍之介が割って入った。

 ハンドガンとサバイバルナイフを携え、ひめこを迎え撃つ。

 その時、むせかえるような甘い香りが辺りを覆い、鼻腔を焼いた。喉や肺が焼かれたように痛む。


「っ、!!」


 一瞬怯んだ隙に、ひめこは手首の隠しナイフを龍之介の顔に向けて突き刺そうとした。

 すんでのところで、龍之介はハンドガンでそれをはじく。甲高い金属音が響いた。

 その時、ひめこの背後に回ったロイが構えていた。

 勢いよく両手の斧を振り下ろすロイ。

 それは当然、ひめこの背へ叩きこまれる筈だった。


「な”っ」


 鈍い衝撃音が響く。

 気づけば、巨漢の男が間に入っていた。


「ありがとねぇ、β」


 斧を片腕で受け止めた男は、そのままロイごと弾き飛ばした。

 ロイの体はまっすぐ飛んでいき、勢いよく外壁に叩きつけられてコンクリートが砕け散った。

 左腕には深々と斧が食い込んでいたが、肉がえぐれても丸太のような腕は微動だにしない。

 その隙に、龍之介は阿良汰を引いて距離を取った。

 龍之介は鼻血を拭う間もなく、白紙へ走り書きをする。

 それは、瞬く間に二つのガスマスクへと変わり、龍之介は片方を阿良汰に投げて寄こした。


「急造だから効果は薄いかもしれないけど、ないよりはマシなはずっす」


「…ありがと」


 そのわずかな隙を、ひめこは逃さない。

 一振りの大きな曲刀を抜くと、笑い声と共に目にもとまらぬ速さで切りかかった。

 三日月のような刃が月明かりに照らされ輝く。


 その時。


 地面が激しく揺れ、ひめこの足元の地面がひび割れを起こした。

 その拍子にひめこは大きくバランスを崩し、地に手をつく。


「ナイスっす、阿良汰くん…!」


 龍之介はそう言うとひめこの懐へ踏みこんだ。






❖❖❖❖❖






「一心!!」


 衛はとっさに叫んだ。

 その声に、一心は反射的に身をかがめる。

 男が大きく振り回した腕が、一心の頭上を勢いよくかすめていく。拳が傍らの石壁にぶつかり、ボロボロと崩れた。

 衛は杏をその場に降ろし、男を視界の外へ転移させた。激しい轟音が響き、建物全体が揺れる。


「大丈夫!?」


 衛が声を掛けると、一心は顔を上げて頷いた。


「適当に認識外へ飛ばしたから、今頃どっかの壁かなんかにめり込んでるかも。今のうちに、一心は天たちに合流してここから抜け出すんだ」


「衛さんはどうするの?この部屋の子達は?」


「…心苦しいけれど、諦めよう。全滅したら元も子もない。僕はここを処理して退路を守るよ。さっきの男がまた来るかもしれない」


 一心はわずかに逡巡したものの、頷いて立ち上がった。

 通路を出ていく一心を見届け、部屋の奥へ向き直ろうとしたその時、左肩に鋭い痛みが走った。


「う”っ、おきて、いたんだね…」


 背後には、衛の左肩にナイフを突き立てた杏が立っていた。

 その虚ろな瞳からは、一筋の涙が流れている。

 ゆっくりとナイフが引き抜かれたのも束の間、杏は両手で握ったそれを高く振り上げた。

 衛は慌てて距離を取ると、ナイフの刃は空を突き刺した。

 杏はふらふらと衛へ歩み寄った。バランスを崩し、壁へぶつかり、そのまま激しく膝をついた。

 その痛々しい姿に、衛は顔を歪める。

 衛は、決めかねていた。彼の救いとは何なのか。真に彼を救うには。


 ここで絶たせてあげるというのも、大事なのではないかと。


「とんでもないエゴだな」


 衛はそう呟き、自嘲した。


「杏、どうしたい?どうしてほしい?」


 衛の問いかけに、杏は答えない。

 口の端からは涎が垂れ、瞳からはとめどなく涙が溢れるばかりであった。

 衛は汗が滲む手で懐の釘を握った。

 

 その時。


 激しい轟音が建物を震わせた。


 そして、更なる轟音とともに、天井を割って巨漢の男が二人の間に降ってきた。腕や腹部の皮膚ははがれ、肉が露わになっている。


「っ、無理やり抜け出したのか…!」


 衛の額には冷や汗が浮かんだ。めり込んでも動きを止めないとは。

 試しに数か所釘を打ち込んでみるが、男は全く意に介さずこちらを睨みつけていた。


「………これは分が悪いな」


 そう呟き、衛は後方へ視線を向ける。幸い、退路は塞がれていない。

 衛の視線から逃走を察したのか、突如男が衛に向けて駆け出した。

 とっさに、衛は男の後方へ転移しようとした。

 しかし、景色が変わない。

 はっと、自身の足元に目を向けると、右足に床から生えた鎖が巻き付いていた。


「くっ、そ…!」


 間に合わない。衛は一か八か、男に手を向ける。


 自分が転移できないなら男を。


 しかしその手は空を切り、男の鉄塊のような拳が衛のみぞおちへめり込んだ。






❖❖❖❖❖






 はっきりとしない意識の中、杏は歩を進めていた。

 一体どこへ進んでいるのかもわからない。そもそも、ちゃんと歩けているかさえ定かではなかった。

 段差に躓き、杏は前方へ倒れこんだ。段差の角が体に当たり、呻き声が漏れる。

 そこは、上部へつながる階段だった。

 かすむ視界の中、這うように昇っていく。

 全身を痛みが襲い、意識まで呑み込んでいく。


「く、す…り…」


 杏は求めるように手を伸ばした。

 その手が、柔らかく温かい何かに包まれる。


「おにいちゃん、『にわし』がきたよ」


 それは、結愛の手だった。

 結愛は杏の手を取ると、踊り場まで引き上げた。

 そして、なんとか壁にもたれかかる杏へローブを被せた。

 杏を抱き寄せ、囁く。


「ときがきたの。『にわし』についていって。わたしとにいさまは、まっている。いつか、すくいにもどってきてくれるのを。やくそく」


「や…く…そ…く」


 杏の瞳が黄金に瞬いた。


「………わかった。やく、そく」


「うん。やくそく。だから、しなないでね。これもやくそく」


 結愛に抱かれながら、杏は静かに頷いた。






❖❖❖❖❖






 広場には、サリオンの笑い声が響いていた。外壁の上を駆け巡る。

 朱音の猛攻を軽々と躱し、いたずらに笑う。


「埒が明かないわぁ!」


 朱音はそれを見上げて叫んだ。

 燦は隙を狙い続けているが、サリオンはその隙さえも意図しているようだった。

 作ったナイフを手に背後から飛びかかるが、簡単にいなされる。


「成長がないね、君」


 サリオンは燦へそう囁いた。

 そこに、朱音が飛び込んできた。大きな鎌を携えている。


「へえ。血でそういうこともできるんだ。便利だね」


 サリオンはそう言って燦の襟をつかむと、朱音へ向けて投げつけた。

 斬りそうになったところで、朱音は慌てて血を解く。そしてそのまま燦を受け止め、地面へと落ちた。


「すみません、朱音さん」


「いいのよぉ…」


 二人が体を起こすと、サリオンは燦へ問いかけた。


「なあ、お前は杏の何なんだ?」


 燦は迷わず答えた。


「幼馴染で、親友だ」


 その言葉に、サリオンは小馬鹿にしたように笑った。


「杏は違うようだがな。あれはお前のこと、心底嫌っていたぞ」


「動揺させようったって無駄だ。杏のそれは本心じゃないって知ってる」


「ふーん?知ってる、ねぇ。お前があれの何を知ってるんだ?自分がしたことも、してもらったことも覚えていないくせに」


「…?それってどういう…」


「気になるなら聞いてみろよ。本人に」


 サリオンは顎で燦の横を示した。


 そこには。


 黒いローブを着た杏が佇んでいた。


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