18.突入
雲に覆われた闇の中を、一機の軍用ヘリが進んでいく。
その中は、張り詰めた空気に包まれていた。
「…ほんと、ごめん。加減したつもりだったんだけど」
小声で、一心が隣の燦へ声をかけた。
燦は口を尖らせ、目を合わせようとしない。鈍痛が響く頭を手で支え、目を瞑った。
「…昨日の、そんなにまずかったの」
阿良汰が一心に問いかけると、一心は眉尻を下げ、口を噛みしめる。
「ちょっと、加減ミスったみたいで…。朝起きたら、気持ち悪いって」
「大変だったんですよ、今朝。燦くんってば、誰にも触れたがらなくて。必死に説明してなんとかわかってもらえたんですが」
そう言って、天は燦の背をさすった。
「………自業自得だし、怒ってはいないよ」
「ほんと…?」
燦の言葉に、一心は胸を撫で下ろす。
「おれ、初めて見たんだけど、彩力の逆流なんてできるんだね」
「真似はしないでくださいね、阿良汰くん。あれは一心くんだからあの程度で済ませられるってだけですから」
「下手したら相手どころか自分も死ぬよ」
それを聞いた阿良汰は、衛の腕を握る手に力を込めた。
「駆琉にはできないんだ?」
「…なに?僕の話?」
阿良汰の言葉に、うたた寝をしていた少年がアイマスクを首元へ下げた。気だるげに欠伸をすると、天の肩にもたれかける。
「彩力の逆流の話です。阿良汰くんが、あなたにはできないのかと」
「…できるわけないじゃん。僕には一心みたいに彩礫の流れが見えているわけじゃないんだよ?完全感覚派の僕がそんなことしたら、四肢が爆散するよ。異能を増幅させるのと、彩力に直接干渉するのとは全く勝手が違う」
「ふーん。でも、独歩さんはできそう。ね?」
「えっ?あ、ああ、そうだね」
突如、阿良汰に話を振られ、衛は気の抜けた声を発した。
一心が訝しげに口を開く。
「そもそも、あの人の異能って何なん?衛さんは何か知ってる?」
「…いや、正確には。みんなそうなんじゃないかな。痣が全身を覆っているから、絶大な力があるだろうってことはわかるけど」
「え、あれ痣なんですか」
燦の反応に皆が目を丸くする。
「なんだと思ってたんですか?」
「リベルタス人だとばかり」
「いくらリベルタス人でも、あそこまで黒い人ってそうそういないぞ」
ロイが胸元からロケットを取り出し、一枚の写真を燦に見せる。
「これが俺の母だ。御子候補に名前が挙がったことがある母でも、この程度だ」
その写真に写る女性は、確かにつややかな褐色肌であったが、独歩には遠く及ばないものだった。
「そもそもぉ、あの人オール人じゃないかしらぁあ。銀髪が混ざってるしぃ、まつ毛も銀じゃなあい。顔立ちもオールっぽいわぁ」
「体格はtheリベルタスだけどね。混血じゃない?」
阿良汰がそう言うと、朱音はロイに目をやった。
「じゃあ、あの人そのものが争いの火種ねぇ。良かったわねぇ、ロイ。貴方の父はオールじゃなくって」
「余計なお世話だ」
ロケットを胸元にしまい込むと、ロイはそっぽを向いた。
「盛り上がってるとこ申し訳ないけど、そろそろ着くわよ」
ヘッドセットから燕の声が聞こえてくる。
「降下まであと三〇〇」
サイドドアが開くと、燦は少しばかり顔を出した。前方に建物が確認できる。
『あ、あー、あーあー。聞こえるっすか?こちらパンジー1。準備完了してるっす』
「こちらイチョウ1。了解した。あと一八〇で降下。点火まであと一七〇」
龍之介からの通信に答えながら、衛はハンドサインで指示を出していく。
燦はヘリの縁に立つと、唾を飲んだ。流石にここから飛び降りるのは躊躇いを覚える。
その不安を拭うように、朱音は燦の肩に手を置く。
大丈夫。自分は痣者なのだから、最悪ミスっても死にはしない。
燦は自分にそう言い聞かせる。目を瞑り、深呼吸をする。
杏を助ける。絶対に。本当は自分が行きたいけれど。でも、衛さんなら。大丈夫。大丈夫だ。
「点火まで、あと一〇、九、八」
昨晩の阿良汰の言葉を思い出す。
そうはならない。きっと。そうはさせない。絶対。
「五、四」
上手くいく。成功させる。
「二、一」
重く激しい爆音が下方で鳴り響くのを確認して、燦たちはヘリから飛び降りた。
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「こちらぁ、ローズ2。ローズ4と共に着地成功したわぁ」
通信する朱音の横で、燦は咳きこんでいた。爆風による土煙を思いきり吸い込んでしまったのだ。
「大丈夫?」
「けほっ、あ、はい…大丈夫で…」
傍らから声を掛けられ、燦は隣を見上げる。
そこには。
「健気だね。そんなにあれが大事なんだ」
温かく微笑むサリオンが立っていた。
「燦!!」
声と共に、朱音の赤い刃がサリオンを襲う。
サリオンはそれを軽々と避けると、二人から距離を取った。
「朱音さん、いっつも手が早いよね。少しくらいお話ししようよ」
「お生憎様ねぇ。こっちには付き合う理由がないわぁ」
「あんたにはなくても、隣のがきんちょにはあるでしょ?杏のこと、知りたいよね?」
サリオンの言葉に、燦は唇を噛みしめた。懐の石を握りしめ、サリオンに問いかける。
「何を、教えてくれるの」
「あれの本音」
「っ!」
「燦、耳を貸しちゃ駄目」
朱音の忠告など、燦の耳にはもう届かない。
「どうせ、君たちの役割はオレをここに留めることだろ?ゆっくり教えてやるよ。あれの本音を」
サリオンは大げさに両腕を広げ、燦に微笑んだ。
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その頃。衛率いる救出班は一心のナビゲートのもと、地下へ向かっていた。
「不気味なくらい、人がいない。この感じ、地下にいるのは子供たちだけだと思う」
一心の言葉通り、施設内は静まり返っている。罠も見当たらず、障害らしきものに出会わぬまま、一つの大きな扉の前まで来ていた。
衛は一本の釘を取り出し、扉の向こうへ転移させた。小さな金属音が、段差を転がっていく。
一心が頷いたのを確認して、衛は錠を転移させ扉を開いた。
血なまぐさい空気が、奥から上がってくるのを感じる。
「これ、腐敗の匂いも混ざっていませんか」
天が鼻を抑え、呟いた。
駆琉も袖で鼻を塞ぐ。
「おれには生きている人間しかわからないから…」
「人数はわかる?」
「まだわからない。見えるものが微弱すぎて」
衛の問いに、一心は申し訳なさそうに答えた。
「行こう。早く連れ出してあげないと」
衛はライトをかざすと、慎重に一歩を踏み出した。
辿り着いた先に広がっていたのは、まさに地獄と呼ぶべき光景だった。
通路に並ぶ地下牢には、何人もの少年が身一つで放り込まれており、一目見ただけでは生死の判別もつかないほどに、やせ細り、弱っていた。
衛たちにも一切反応を示さず、ただそこにいる。
そしてその中の一つには、山のように何かが積み上げられ、麻布を被せたものが置かれていた。布の隙間から、かすかに人の手足が見える。
「冬でよかった」
駆琉が、ぽつりとつぶやいた。
衛は少年たちを牢の外へ転移させ、軽く状態を確認するよう指示を出す。
少年たちの傷は長らく放置され、傷口は変色し、腐敗が進行している。
「一心、搬出口に気配は無いんだよね?」
「うん。彩礫に動きはない。放置されているトロッコしかないよ」
「天、駆琉。この子たちをすぐに運び出してくれ。僕は奥を確認してくる。搬出口までの道はわかるね?」
「大丈夫です」
頷く二人を確認すると、衛は立ち上がり奥の扉へと向かった。
腐敗臭に微かに混ざる、甘い香り。覚えのある香りに、冷や汗が浮かぶ。
扉を開けると、甘い香りは更に濃くなり肺が満たされるようだった。
その部屋の中は、先程の地下牢ですら楽園だったのではと錯覚するほどに、凄惨であった。
床は、踏み場もないほど一糸まとわぬ少年たちの体で埋め尽くされ、壁には、血が絵の具のように塗りたくられている。
あまりの光景に、衛は思わず口元を押さえた。
外の子たちに比べると幾分か肉付きが良い。だが果たして、どちらの方が“マシ”だと言えようか。
隙間を縫って奥へ歩を進めると、突如足首を掴まれた。
「ぁ………、ぅ、ぇ」
酷くかすれた声が、少年たちの下から聞こえてくる。
何人かの体をどけると、声の主が姿を現した。
両目は潰され、片耳と舌は切り取られている。少年は、折れ曲がった手を衛に向けて伸ばし懇願していた。
「衛さん、亡骸たちはどうする?…うわ」
そこに、駆琉が入ってきた。あまりの惨状に、踏み込みかけた足をひっこめる。
「できる限り、連れ出そう。でも、この部屋にも生きている子達がいる。生存者優先だ」
「………わかった。トロッコも問題なくいけそうだよ」
衛は少年を駆琉に渡すと、再び部屋の奥へ歩を進めた。
ベッドに置かれたアタッシュケースに手を伸ばす。
「やっぱり………」
そのケースには見覚えのあるアンプルが並んでいた。
『リペイント』
あの悪夢の薬だ。苦痛を快楽へと変えてしまう。
去年、寝る間を惜しんで潰したはずなのに。
衛は歯を食いしばり、ケースを手に取る。
その時。
衛の目に、見覚えのある姿が映った。
細く煌めく、練色の髪。
衛は慌てて駆け寄ると、その体を抱き寄せた。
骨の浮き出た細い体には無数の生々しい傷が刻まれ、顔の右側は激しい火傷と裂傷で原形を留めなかった。激しく暴れたのだろう。両手首と両足首は皮膚がめくれあがっている。その体からは息苦しい程の甘い香りが漂い、虚ろに開く左目は何も捉えていなかった。
慌てて胸元へ耳を押し当てる。微かに鼓動が聞こえ、衛は少しばかり安堵した。
そこで初めて、体に刻まれているものがただの傷ではないことに気づいた。それは、まるで文字のようで………
「衛さん、こっちはあらかた終わったよ」
一心の声に、衛は体を跳ねらせた。とっさに、衛は文字を隠すようにジャケットを掛けた。
「じゃ、じゃあ、こっちの子たちも運ぼうか」
何とか取り繕い、一心の方へ向き直ると――
「ん?」
一心が振り返るとそこには、二メートルを超える大柄な男が立っていた。




