15.積雪
二月の曙苑を、白銀の雪が覆っていた。深い場所では大人の腰ほどもある雪は、曙苑の広々とした広場一帯を白く染め上げている。
この雪は天変地異――などではなく、降谷白雪によってもたらされたものであった。
「今年もやってきたーーー!!雪まつりだ!!!」
朝食を終えるとすぐ、一心は身支度を整え、一番に駆け出していった。白いキャンバスに身を投げ、自身の跡を残していく。
燦と天はその後をゆっくり追っていた。
「ううううう…さみぃぃぃ。絶対雪のせいでここらの気温下がってるよ」
「水筒にホットココア入れてきましたから、後でゆっくり飲みましょう」
そう話し合う二人の後頭部へ、二つの雪玉が飛んできた。
振り返ると、阿良汰がせっせと次の雪玉を作っている。
「雪合戦。雪国出身のおれを舐めるなよ」
再度二人に向けて雪玉が投げつけられる。
「燦くん、どうやら仲直りしたいようですよ」
天に耳打ちされ、燦は首をかしげた。仲直りとはこういうものだっただろうかと。
そもそもの話、燦は別に阿良汰のこと自体はどうも思っていなかった。杏のことを悪く言いさえしなければ、どうでもよかったのだ。とはいえ、向こうが距離を作っていることも、周囲がそれを気にしていることにも気づいてはいた。
まあ、向こうがそうしたいというのなら構わないが…。
燦がそんなことを考えていると、再び雪玉が投げつけられた。
「どうした、二人とも。かかってこい」
「ちょっと待ってください!俺はなんの因縁もないのであなたに与します!!」
「ふっふっふ。良い心がけだ。さあ、燦よ、たった一人でどう戦う?」
突如始まった雪合戦寸劇に、燦はただただ戸惑っていた。
「ちょおっと待ったー!!雪と言えばおれ!!この一心様を忘れるんじゃあないぜ!!」
やけに意気揚々と現れた一心にウインクされ、燦は更に戸惑うばかりである。
燦が立ち尽くしている間に、あれよあれよと陣営が決まり、壁が築かれていった。
「じゃあ、おれ&燦vs阿良汰&天で、男の意地をかけた天下分け目の大勝負、開戦じゃい!!!!」
その掛け声と同時に、相手側から大量の雪玉が飛んできた。
そのうちの一つを、見事顔面で受け取ってしまった燦は、後ろへとそのまま倒れこむ。
「おいおい、燦一等兵!なんだぁ?そのざまはぁ!もっとシャキッとせんかい!」
どうやら、自分はいつの間にか一等兵になったらしい。
燦は体を起こす。
「ねえ、一心」
「軍曹と呼べ」
「…軍曹。ボク雪合戦したことないんだけど」
燦の言葉に、一心は暫し動きを止めた。
「なんだ、初心者かよ。しょおがねえなあ。おれが秘伝の技を伝授して援護してやるよ」
一心の様子に、めんどくさいんだか嬉しいんだかわからんなと思いつつ、燦は一心の手ほどきを受けた。
燦たちが雪合戦にいそしむ場所から数十メートル離れた場所で、来栖は何やら道具を色々と持ち出し、雪をブロック状に切り出しては積み重ねていた。
「なにしてんすか?ブロック遊び?」
近くで大きな雪だるまを作っていた龍之介とロイが声をかける。
「違う。イグルー」
「いぐるー?なんすか、それ」
「海外版のかまくらみてえなもんだよ。氷とか雪をレンガみたいに積み上げるやつ」
「ろい、正解。簡易的な、イグルー作って、ここで、鍋する」
「お、何やらいい話してるねー」
そこに衛が現れ、四人は鍋パをするべくイグルー作りに精を出した。
その頃、雪合戦は決着がついていた。
「ぐぬぬ、降参…」
「はっはー!我らが勝利を収めたぞ、燦一等兵!この名誉を称え、貴君は上等兵に昇進である!!」
「わ、わーい。やったあ」
「ふははははは!!」
一心のわざとらしい笑い声が辺りに響く。
なんか勝ったし、楽しそうだからいっか、と燦はその場に腰を下ろした。
そのまま後ろに倒れ、雪に体を埋める。
ここに杏がいたなら、もっと楽しめたのだろうか。
白い空を見上げながら、そんな考えが頭から離れなかった。
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皆が雪にはしゃぐ姿を、第一医務室から見守る二つの影があった。
「護ちゃんも行ってきてもぉお、いいんじゃなぁい?」
朱音の言葉に、護はコーヒーを啜る。
「僕はここに控えていないと。それに、寒いの苦手だし」
「そお?そういうところはぁあ、あんたたち正反対よねぇ」
朱音はホットワインを口にしながら、窓の外の衛へ目を向けた。
「…護ちゃん、聞いたぁ?」
「蠱蛇教会のこと?」
「えぇ。衛ちゃんが言っていたのって…」
「ほぼ確定、と思っていいだろうね。百パーセント誘い出されているけれど、乗る以外に選択肢はない」
朱音は、グラスを傾け中身を回しながら、眉をひそめる。
「あの子たちにはぁあ、まだ早いんじゃないかしらぁ?」
「ここ数年、蠱蛇教会は勢いを増している。そろそろ、子供たちも避けては通れなくなる」
「………」
「それに、今は大人の人手が足りない。殆どが出払っているのは、君も知っているだろう?」
「…そおねぇ。ごめんなさい、あたしの我儘だったわぁ」
「いいや、当然のことだよ。ありがとう」
静まった部屋に、外の笑い声が響く。
はしゃぐ皆の心模様とは相反して、空は重く垂れこめていった。




