13.本音
寒風が吹く夜の屋上で、一人の少年は漠然と街を眺めていた。
「馬鹿なんですか。そんな無防備に身をさらして」
少年は、背後に現れた青年に向けてぶっきらぼうに言葉を放った。
「でも、君は会いたかっただろう?」
そう言って、衛は杏の隣に腰を下ろす。
「………。いつ殺されるかわからないんですよ」
「あんな面倒くさいことしたくせに?」
「………」
衛の言葉に、杏は言葉を詰まらせる。
それを見て、衛は柔らかく微笑んだ。
「あの時、なんて言おうとしたの?」
衛の問いに、杏は白々しく答える。
「なんのことだか」
「言いたいこと、あるんじゃないの」
衛は促したが、杏はそれでもなお、沈黙した。
「………体、だいぶ痛むんじゃない」
衛の言葉に、杏の体はぴくりと反応する。
「…なんのことだか」
変わらぬ答えに、衛は小さくため息をついた。
寒風が、容赦なく二人の間を駆け抜けていく。その勢いで杏のフードがめくれ上がった。
杏は慌ててフードを被り直したが、衛は見逃さなかった。
首元の痣を。
それは、決して彩瘴によるものではなかった。もっと、直接的で、誰かに付けられた痕跡だった。先日見た、赤紫の痣はやはり見間違いなどではなかった。今まで感じていた違和感は、勘違いなどではなかった。以前よりも格段に酷くなっているそれに、衛は言葉を失う。
「忘れてください、今のは」
杏の声は小さく震えていた。
衛は、なんと声をかければいいのかわからなかった。想定していたよりも酷いであろう環境に、唖然とする。
「もう帰ります」
そう言い残すと、杏はビル群の中へ姿を消していった。
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地下の一室で、杏はベッドに拘束されていた。
妖艶な女性が、鼻歌交じりに杏の上に跨る。その手には、限界まで熱した焼き鏝が握られていた。
体が勝手に震え、息は次第に乱れていく。
その右目には、瞼を固定するようにタッカーの針が打ち込まれていた。血は隙間を埋めるように固まっている。
女性は笑みを浮かべ、鏝を杏の右目へと近づけていく。
左目に涙を滲ませ顔を振る杏の頭を、男が両手で掴み固定した。
その部屋には、杏の悶える声と、女性の笑い声が充満していた。
はっと、杏は目を覚ました。かすれた声が、口から漏れ出ていく。ゆっくりと、乱れた息を整える。
辺りを見回すと、そこはいつもの牢の中だった。
杏は未だ痛む右目にそっと触れる。その瞼は、高熱により癒着していた。
石畳の上で、ぼやけた天井を見つめる。
一糸纏わぬその体には、さまざまな傷と打撲痕が無数に刻まれていた。
杏は、衛の顔を思い出した。
もし、自分がちゃんと言葉にできていれば、こんな生活とは決別していただろうか。少なくとも、あの人は迷いなく手を差し伸べてくれるだろう。でも、その先に待ち受けているのは…
じわじわと、下腹部の熱が昇ってくるのを感じる。日に日に広がっていく錆色の痣を、そっと撫でる。
杏は、ゆっくりと目を閉じると、再び眠りについた。




