12.決意
何とか無事に曙苑まで帰還することができた、第五部隊。
即座に、衛は治療室へ運ばれていった。阿良汰が、涙で顔をグチャグチャにしながら、付き添っていった。
その様子を眺めていた燦の元へ、宵が駆け足で近づき、両腕を掴んで胸に顔を押し当てた。
胸元から、震える声が聞こえる。
「ごめんなさいっ………私がっ、ちゃんと、警告していればっ、………」
「宵ちゃん…?」
「疑ってたの…!サリオンのこと、怪しいって…!ちゃんと、疑ってたのにっ」
「…落ち着いて。どうしたの?」
「………きれいすぎたの。あいつの情報。どんな善人にも、一つや二つくらい、疑惑は浮かぶものだわ。疑惑なんて、大半はこじつけから成り立つんだから。でもあいつには、疑いの余地が一切なかった。だから、逆に怪しいって思ったの。でも、曙苑と何年も関係があるし、衛さん達は彼を信頼していて…。だからこそ進言しなきゃと思ったけど、少なくとも一つは、何か明確な根拠がないとって。迷うことなく警告していればよかった。そうすれば、衛さんは怪我しなかったし、あんた達だって危ない目にはっ」
「そんなこと………」
「それに………もしかしたら今頃は、杏がここにいたかもしれない」
「っ、………」
あの時の杏の表情が頭をよぎる。まるで体温なんかないかのように、白く、冷め切った表情。一切交わらなかった瞳は、まるでその奥に虚空があるかのようだった。
なぜ、杏があんな行動を取ったのか。理由がある筈だ。少なくとも、サリオンに関わる理由が。
燦は言い聞かせるように、何度も反芻する。そうであってほしいと、そう思い込みたいだけなのだと、頭の片隅で分かっていながら。
今の燦には、すすり泣く宵の背をさすりながら、そう考えていることしかできなかった。
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「護さん!すぐ来てください!」
昼下がりの第一医務室に、突如そう叫びながら青年が駆け込んできた。
「っ、ごほっ、げほっ、…龍之介!?」
突然の出来事にコーヒーで咽ながら、護は珍しい来客に目を丸くした。
「燦と阿良汰が取っ組み合いの喧嘩してて!二人とも怪我してるし、手が付けられないんす!衛さんは?ここにいると思ったんすけど」
「さっきまではいたんだけどね…」
護は手早くデスクを整理すると、龍之介と共にカフェテリアへ向かった。
カフェテリアは大惨事だった。あらゆる机や椅子が投げ出され、その中央で二人の少年が取っ組み合っている。
阿良汰が馬乗りになり、燦に殴りかかっていた。燦も負けじと、阿良汰の髪を掴み反撃している。
「一旦手を離して落ち着け!いたたた…」
護が間に入るが、止まりそうもない。
その時、左手に激痛が走った。見てみれば、皮膚が一部剥がれ落ち肉が露わになっている。
よく見れば、阿良汰の腕にも似たような怪我があった。
とっさに、護は二人を引きはがそうとする。
「っ、!!!」
何度か、同じような痛みが走る。自分は即座に治癒できるが、そうでない阿良汰は相当痛むはずだ。
なんとか、二人を引きはがすと、即座に護は阿良汰を治癒し始めた。
「燦は何も触らないで!そこにいて!」
護の言葉に、燦の動きが止まる。
が、不意に触れた机が、塵のように崩れていった。
野次馬に来ていた周囲の人間がざわつき、即座に燦から距離を取り始めた。
本人も驚き、呼吸が乱れていく。
それを見た阿良汰も、パニックに陥りかけていた。
このままでは収拾がつかなくなると、護が焦って口を開きかけたその時。
「静かに」
大きくもなく、勢いもない。ただ静かに、柔らかく、波紋のように声が響いた。
はた、と静寂がカフェテリアを支配する。
声の主は燦に近づくと、額に指を当てた。その瞬間、燦は脱力し意識を手放した。
「独歩さん…」
燦を抱え立ち上がる彼の名を、護は口にする。
「帰って来てたんですね」
遅れて到着した衛が、独歩に声をかけた。
「丁度さっきね。大事にならずに済んだようでなによりだよ。続きは別室で行おうか」
独歩はそう言うと、隣のミーティング室へと向かっていった。
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燦が目を覚ますと、そこはミーティング室の椅子の上だった。
「起きたかい?」
その声に正面を向くと、独歩が頬杖をつきながらこちらを見つめていた。
隣を見れば、阿良汰が不満そうに席についている。
「一体何が…」
「暴走を起こしていたからね。ほんの数分だけ、眠ってもらったんだよ」
これで落ち着いて話せると、独歩は微笑む。
辺りを見渡せば、独歩の両脇には双子がそれぞれ腰を下ろし、第五部隊も全員揃って座っていた。
「何があったか、聞かせてくれるかい?」
優しくも、射貫くような瞳に、燦の体は少しばかり強張る。
「…衛さんを害した男のことで、言い合いになったんです」
阿良汰がそう答える。
燦はぎりぎりと歯ぎしりをした。
「おれがあいつはもう敵だと言ったら、燦が怒りだして」
「だって、まだ敵と決まったわけじゃ」
「どう考えても敵だろ!?あいつは衛さんを後ろから襲ったんだ!明確な敵対行為だろうが!!」
「杏にも事情があるかもしれないだろ!!元々あんなことする人じゃない!!」
「知ったことか!!お前はあいつを贔屓してるだけだろ!?」
「二人とも!!」
衛の声が、二人を制止させた。
「静かに、落ち着いて、話そうね」
優しくも重い声に、二人は揃って座り直し、俯いた。
「なんで喧嘩をしたのかはわかったよ。ワタシは報告でしか知らないけど、その杏って子が問題なんだね?」
独歩が、衛に問いかける。
「…はい。元々の捜索対象であり、燦と宵の幼馴染です」
「ふむ…。ちなみに、彼は鎖を操るようだね?どうだった?」
「だいぶ使い慣れていました。練度はかなり高いかと。それと…」
「それと?」
「あの鎖からは僕の異能でも抜け出せませんでした」
衛の言葉に、その部屋にいた一同が目を丸くした。
「あの時、負傷をし意識が朦朧していたとはいえ、あんなことは初めてです」
「転移を封じる鎖、ね…」
独歩は考え込むように口元へ手をやる。
「ボクからもいいですか」
すかさず、燦は口を挟んだ。
「夏に廃トンネルの亀裂のところで見た鎖と、酷似していたように見えました。無関係と思えません」
その言葉に、独歩は一心へ目を向けた。
「…すみません。あの時は目をやられていたし、彩礫が充満しすぎていたので、杏のものと近いかはわからないです」
「まあ、仮に本当に似ていたとして、あの時あの場に杏クンがいたとは考え難いしね」
時系列が合わないだろうと、独歩は宵に目をやる。
「どのみち、あいつらは放置できません。今すぐ行方を追って討つべきです」
阿良汰の言葉に、燦は声を荒げた。
「ちょっと待ってよ!杏にだって何か事情が!」
「またそれ?根拠でもあんの?」
再びにらみ合う二人を、衛の言葉が制止した。
「僕は、燦に賛同する」
「「え…」」
「事情を知るべきだと思う。あの子がどうしてあの行為に至ったのか」
「なんで…!あいつは衛さんをっ」
「ああ。確かに、僕は彼の鎖に後ろから貫かれた」
「じゃあ…」
「ただし、急所を避けてね」
「っ、…!!」
衛の言葉に、阿良汰は口を噤んだ。
「わざわざ、臓器の隙間を縫って貫いていたんだよ、あの鎖は」
補足するように、護が口を開いた。
「つまりはぁあ、あの子自身には敵対の意思がないとぉ?」
「そこまでは断言できないけど、少なくとも、そんな面倒くさいことをわざわざする程度には、殺す意思がない」
「ふぅん」
「じゃあ、様子見ってことですか?」
阿良汰が不貞腐れたようにつぶやいた。
「これは、僕の我儘だけれど、杏を曙苑に引き入れたい」
衛の言葉に、皆がざわついた。
燦が目を輝かせる。
「ちょっと待ってくれよ、衛さん。あいつ、少なくとも今回の事件の中枢にいる感じだぞ?いくら子供だからって…」
ロイが難色を示すと、朱音も頬杖をついて続いた。
「衛ちゃん?あなたもぉお、相当あの子に肩入れしてるわねぇ?」
「それは、自覚しているつもりだ」
「ボクは賛成です!!」
「お前と宵はわざわざ言わなくたってわかるよ」
阿良汰はそう言って袖を弄り始めた。
「おれは、ちょっと怖い。あいつの彩礫量、桁外れだった。仲間にするにしろ、敵対するにしろ、それなりの損害が伴うと思う」
一心の言葉に、燦は少しばかり顔をしかめる。
「俺は保留したいですね。どちらにせよ、結論を出すのは性急だと思います」
「ぼくも、そらに賛成。どちらかと言えば、引き入れたいけど。良いデータ、取れそう」
それまで静かに様子を眺めていた独歩が、突如口を開いた。
「ワタシは、引き入れた方がいいと思うよ。加入して以降の不安は、異能面ならワタシが対処できるしね」
「本気で言ってんですか?それは」
ロイの疑問に、独歩は軽く頷いた。
「サリオン、と言ったかな?大方、その男のせいだろう?その子がそう行動したのは。なら、彼から解放してあげればいい」
「そうはいっても…!」
食い下がるロイに、独歩は人差し指を口に当てた。
「どちらにせよ、被害にあった子供たちは救出しなければ。杏はそのついでだ。余裕があれば助ける。なければ…」
「それは、あまりにも…」
「冷たい。君はそう言いたいんだろう?衛。でもね、うちは慈善団体じゃない。その時はそれまで。それが、この世の摂理だ。ロイ、これなら君も多少は納得できるんじゃないかな?」
「…オレは、救出に協力するとは限りませんよ」
「それでいいとも。他のみんなも、そうしてくれ」
独歩の言葉に、皆は静まり返った。
「阿良汰はそれでいいの?」
宵が問いかけると、阿良汰が袖いじりをやめ、衛を見つめた。
「おれは、衛さんに従う」
その声には未だ不満は滲んでいたが、迷いはなかった。
その頃、周囲の空気など、燦にはもう見えていなかった。
やった!!杏を曙苑に連れてこられる!!
ただ一人、燦だけが内心浮かれていた。
杏が曙苑に来さえすれば、全部解決するはずだ!また杏と一緒に日常を過ごせるようにもなる!!その為にも、絶対に今の場所から救い出すんだ!!待っててね、杏。必ず、成し遂げて見せるから!!
他の面々を他所に、燦はただ一人、固く決意するのであった。




