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Re:frey ―リフレイン― 虚器盈つる黎明譚  作者: 14to
第二章

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12.決意

 何とか無事に曙苑まで帰還することができた、第五部隊。

 即座に、衛は治療室へ運ばれていった。阿良汰が、涙で顔をグチャグチャにしながら、付き添っていった。

 その様子を眺めていた燦の元へ、宵が駆け足で近づき、両腕を掴んで胸に顔を押し当てた。

 胸元から、震える声が聞こえる。


「ごめんなさいっ………私がっ、ちゃんと、警告していればっ、………」


「宵ちゃん…?」


「疑ってたの…!サリオンのこと、怪しいって…!ちゃんと、疑ってたのにっ」


「…落ち着いて。どうしたの?」


「………きれいすぎたの。あいつの情報。どんな善人にも、一つや二つくらい、疑惑は浮かぶものだわ。疑惑なんて、大半はこじつけから成り立つんだから。でもあいつには、疑いの余地が一切なかった。だから、逆に怪しいって思ったの。でも、曙苑と何年も関係があるし、衛さん達は彼を信頼していて…。だからこそ進言しなきゃと思ったけど、少なくとも一つは、何か明確な根拠がないとって。迷うことなく警告していればよかった。そうすれば、衛さんは怪我しなかったし、あんた達だって危ない目にはっ」


「そんなこと………」


「それに………もしかしたら今頃は、杏がここにいたかもしれない」


「っ、………」


 あの時の杏の表情が頭をよぎる。まるで体温なんかないかのように、白く、冷め切った表情。一切交わらなかった瞳は、まるでその奥に虚空があるかのようだった。

 なぜ、杏があんな行動を取ったのか。理由がある筈だ。少なくとも、サリオンに関わる理由が。

 燦は言い聞かせるように、何度も反芻する。そうであってほしいと、そう思い込みたいだけなのだと、頭の片隅で分かっていながら。

 今の燦には、すすり泣く宵の背をさすりながら、そう考えていることしかできなかった。






❖❖❖❖❖






「護さん!すぐ来てください!」


 昼下がりの第一医務室に、突如そう叫びながら青年が駆け込んできた。


「っ、ごほっ、げほっ、…龍之介!?」


 突然の出来事にコーヒーで咽ながら、護は珍しい来客に目を丸くした。


「燦と阿良汰が取っ組み合いの喧嘩してて!二人とも怪我してるし、手が付けられないんす!衛さんは?ここにいると思ったんすけど」


「さっきまではいたんだけどね…」


 護は手早くデスクを整理すると、龍之介と共にカフェテリアへ向かった。




 カフェテリアは大惨事だった。あらゆる机や椅子が投げ出され、その中央で二人の少年が取っ組み合っている。

 阿良汰が馬乗りになり、燦に殴りかかっていた。燦も負けじと、阿良汰の髪を掴み反撃している。


「一旦手を離して落ち着け!いたたた…」


 護が間に入るが、止まりそうもない。

 その時、左手に激痛が走った。見てみれば、皮膚が一部剥がれ落ち肉が露わになっている。

 よく見れば、阿良汰の腕にも似たような怪我があった。

 とっさに、護は二人を引きはがそうとする。


「っ、!!!」


 何度か、同じような痛みが走る。自分は即座に治癒できるが、そうでない阿良汰は相当痛むはずだ。

 なんとか、二人を引きはがすと、即座に護は阿良汰を治癒し始めた。


「燦は何も触らないで!そこにいて!」


 護の言葉に、燦の動きが止まる。

 が、不意に触れた机が、塵のように崩れていった。

 野次馬に来ていた周囲の人間がざわつき、即座に燦から距離を取り始めた。

 本人も驚き、呼吸が乱れていく。

 それを見た阿良汰も、パニックに陥りかけていた。

 このままでは収拾がつかなくなると、護が焦って口を開きかけたその時。


「静かに」


 大きくもなく、勢いもない。ただ静かに、柔らかく、波紋のように声が響いた。

 はた、と静寂がカフェテリアを支配する。

 声の主は燦に近づくと、額に指を当てた。その瞬間、燦は脱力し意識を手放した。


「独歩さん…」


 燦を抱え立ち上がる彼の名を、護は口にする。


「帰って来てたんですね」


 遅れて到着した衛が、独歩に声をかけた。


「丁度さっきね。大事にならずに済んだようでなによりだよ。続きは別室で行おうか」


 独歩はそう言うと、隣のミーティング室へと向かっていった。






❖❖❖❖❖






 燦が目を覚ますと、そこはミーティング室の椅子の上だった。


「起きたかい?」


 その声に正面を向くと、独歩が頬杖をつきながらこちらを見つめていた。

 隣を見れば、阿良汰が不満そうに席についている。


「一体何が…」


「暴走を起こしていたからね。ほんの数分だけ、眠ってもらったんだよ」


 これで落ち着いて話せると、独歩は微笑む。

 辺りを見渡せば、独歩の両脇には双子がそれぞれ腰を下ろし、第五部隊も全員揃って座っていた。


「何があったか、聞かせてくれるかい?」


 優しくも、射貫くような瞳に、燦の体は少しばかり強張る。


「…衛さんを害した男のことで、言い合いになったんです」


 阿良汰がそう答える。

 燦はぎりぎりと歯ぎしりをした。


「おれがあいつはもう敵だと言ったら、燦が怒りだして」


「だって、まだ敵と決まったわけじゃ」


「どう考えても敵だろ!?あいつは衛さんを後ろから襲ったんだ!明確な敵対行為だろうが!!」


「杏にも事情があるかもしれないだろ!!元々あんなことする人じゃない!!」


「知ったことか!!お前はあいつを贔屓してるだけだろ!?」


「二人とも!!」


 衛の声が、二人を制止させた。


「静かに、落ち着いて、話そうね」


 優しくも重い声に、二人は揃って座り直し、俯いた。


「なんで喧嘩をしたのかはわかったよ。ワタシは報告でしか知らないけど、その杏って子が問題なんだね?」


 独歩が、衛に問いかける。


「…はい。元々の捜索対象であり、燦と宵の幼馴染です」


「ふむ…。ちなみに、彼は鎖を操るようだね?どうだった?」


「だいぶ使い慣れていました。練度はかなり高いかと。それと…」


「それと?」


「あの鎖からは僕の異能でも抜け出せませんでした」


 衛の言葉に、その部屋にいた一同が目を丸くした。


「あの時、負傷をし意識が朦朧していたとはいえ、あんなことは初めてです」


「転移を封じる鎖、ね…」


 独歩は考え込むように口元へ手をやる。


「ボクからもいいですか」


 すかさず、燦は口を挟んだ。


「夏に廃トンネルの亀裂のところで見た鎖と、酷似していたように見えました。無関係と思えません」


 その言葉に、独歩は一心へ目を向けた。


「…すみません。あの時は目をやられていたし、彩礫が充満しすぎていたので、杏のものと近いかはわからないです」


「まあ、仮に本当に似ていたとして、あの時あの場に杏クンがいたとは考え難いしね」


 時系列が合わないだろうと、独歩は宵に目をやる。


「どのみち、あいつらは放置できません。今すぐ行方を追って討つべきです」


 阿良汰の言葉に、燦は声を荒げた。


「ちょっと待ってよ!杏にだって何か事情が!」


「またそれ?根拠でもあんの?」


 再びにらみ合う二人を、衛の言葉が制止した。


「僕は、燦に賛同する」


「「え…」」


「事情を知るべきだと思う。あの子がどうしてあの行為に至ったのか」


「なんで…!あいつは衛さんをっ」


「ああ。確かに、僕は彼の鎖に後ろから貫かれた」


「じゃあ…」


「ただし、急所を避けてね」


「っ、…!!」


 衛の言葉に、阿良汰は口を噤んだ。


「わざわざ、臓器の隙間を縫って貫いていたんだよ、あの鎖は」


 補足するように、護が口を開いた。


「つまりはぁあ、あの子自身には敵対の意思がないとぉ?」


「そこまでは断言できないけど、少なくとも、そんな面倒くさいことをわざわざする程度には、殺す意思がない」


「ふぅん」


「じゃあ、様子見ってことですか?」


 阿良汰が不貞腐れたようにつぶやいた。


「これは、僕の我儘だけれど、杏を曙苑に引き入れたい」


 衛の言葉に、皆がざわついた。

 燦が目を輝かせる。


「ちょっと待ってくれよ、衛さん。あいつ、少なくとも今回の事件の中枢にいる感じだぞ?いくら子供だからって…」


 ロイが難色を示すと、朱音も頬杖をついて続いた。


「衛ちゃん?あなたもぉお、相当あの子に肩入れしてるわねぇ?」


「それは、自覚しているつもりだ」


「ボクは賛成です!!」


「お前と宵はわざわざ言わなくたってわかるよ」


 阿良汰はそう言って袖を弄り始めた。


「おれは、ちょっと怖い。あいつの彩礫量、桁外れだった。仲間にするにしろ、敵対するにしろ、それなりの損害が伴うと思う」


 一心の言葉に、燦は少しばかり顔をしかめる。


「俺は保留したいですね。どちらにせよ、結論を出すのは性急だと思います」


「ぼくも、そらに賛成。どちらかと言えば、引き入れたいけど。良いデータ、取れそう」


 それまで静かに様子を眺めていた独歩が、突如口を開いた。


「ワタシは、引き入れた方がいいと思うよ。加入して以降の不安は、異能面ならワタシが対処できるしね」


「本気で言ってんですか?それは」


 ロイの疑問に、独歩は軽く頷いた。


「サリオン、と言ったかな?大方、その男のせいだろう?その子がそう行動したのは。なら、彼から解放してあげればいい」


「そうはいっても…!」


 食い下がるロイに、独歩は人差し指を口に当てた。


「どちらにせよ、被害にあった子供たちは救出しなければ。杏はそのついでだ。余裕があれば助ける。なければ…」


「それは、あまりにも…」


「冷たい。君はそう言いたいんだろう?衛。でもね、うちは慈善団体じゃない。その時はそれまで。それが、この世の摂理だ。ロイ、これなら君も多少は納得できるんじゃないかな?」


「…オレは、救出に協力するとは限りませんよ」


「それでいいとも。他のみんなも、そうしてくれ」


 独歩の言葉に、皆は静まり返った。


「阿良汰はそれでいいの?」


 宵が問いかけると、阿良汰が袖いじりをやめ、衛を見つめた。


「おれは、衛さんに従う」


 その声には未だ不満は滲んでいたが、迷いはなかった。


 その頃、周囲の空気など、燦にはもう見えていなかった。


 やった!!杏を曙苑に連れてこられる!!


 ただ一人、燦だけが内心浮かれていた。


 杏が曙苑に来さえすれば、全部解決するはずだ!また杏と一緒に日常を過ごせるようにもなる!!その為にも、絶対に今の場所から救い出すんだ!!待っててね、杏。必ず、成し遂げて見せるから!!


 他の面々を他所に、燦はただ一人、固く決意するのであった。

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