↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/11

8.真相

 千帆の告白からしばらく時間が経ったが、誠はまだ余韻を引きずりながらバルコニーから動けず、一人ぼうっと星空を見上げていた。「婚活頑張ったんだ」と言っていた千帆。すごいな。ちゃんと努力して、前に進んでいる。千帆だけじゃない。響也と灯里はもうすぐ父と母になり、好宗も会社の愚痴を言いつつ、新卒から同じ会社に勤め続け、営業成績も年々上がっているという。新菜ももちろん、演劇という輝かしい世界で結果を残している。皆、前に進んでいる。自分はどうだろう?努力はしてきたつもりだ。でも、ちゃんと前に進めているのかな…?

 ふと手元の台本に目を落とす。そういえば、さっき千帆にラストシーンのことを聞くのを忘れてしまった。でも記憶力も良く、練習も人一倍している千帆が、台本が変わっていることに気づかないはずがない。やっぱり俺の記憶違いなのか…?

「マコト」

 後ろから声がした。驚いて振り向くと、新菜が立っていた。

「ノックしても返事ないから、勝手に入ってきちゃった。いい?」

 そう尋ねて、新菜はバルコニーに降りて、誠の隣に並んだ。

「星、きれいだね」

 空を仰ぎ、新菜は笑った。その笑顔に誠はまた違和感を覚えたが、その前に一番気になっていることを尋ねた。

「ニーナ、台本のこと、聞いてもいい?」

「いいよ」

「ラストシーンのエディの最後の台詞、あったよな?無くなってるのに誰も覚えてなくて…」

 誠は自分の台本のページをめくりながら話した。

「ここの台詞ね…」

 新菜は最後のページに目を落とした。言い方を考えているのか、少し間を置いてから口を開いた。

「ここはね、元々台詞は無かったんだよ。そこに本番一週間前に追加で入れたの」

「え…?そうだったっけ?」

「そう、だから覚えてない人も多いんだと思うよ」

 新菜は普段と変わらないさっぱりとした表情で答えを述べた。

「マコトの台詞覚えのスピードだったらいけると思ったんだ」

「でも、どうして消したんだ?俺が…本番で飛ばしたから?」

「違うよ。『果てなき宇宙(そら)に焦がれて』のラストは、エディが何も言わずに空を見上げて幕を引く…。本番はそれでそのシーンはちゃんと成立していた。だからそれでいいかなって思ったの。だから消した」

「でも、ニーナだってちゃんと意図があってあの台詞を入れたんだろ?台詞飛ばした俺が言うことじゃないかもしれないけど、消す必要はないんじゃないか?」

「私ね、間違えてたの」

 その言葉の意味が分からず、返答に困ってしまった。

「あの台詞(ことば)はね、マコト、あなた一人にだけ伝えたかったんだ」

「俺に?」

「卒公の時期、色々大変だったんだよね?」

 思わずドキッとした。

「…気づいてたの?」

「なんとなくそうなのかなってくらい。稽古中は気を張ってただろうけど、休憩中にふとした瞬間、暗い顔してたから」

 あの時、皆に悟られまいと隠していたつもりだったが、気づかれていたのか。

「マコト、嘘つけないし、顔に出やすいんだからね」

 ちょっぴり恥ずかしくなって、自分の肩頬に触れた。

「理由は分からなかったけど、自分の未来が見えてないように思えて…。だから、エールを送りたかったの」

 未来、エールを送る…。その言葉にピンときた。

「それが、あの最後の台詞?」

「うん、でも入れるべきじゃなかった」

 新菜がふと真剣な顔つきになった。

「あの大変だった時期のマコトに、言わせるような台詞じゃなかった。嫌だったよね。ごめん」

 確かにあの台詞は、当時の誠本人の心境からはかけ離れた言葉だったと思う。だから無意識のうちに心がブレーキをかけ、その台詞を封じ込めてしまったのかもしれない。自分ででは全く気付いていなかった。でも…。

「いや、ニーナが謝るのは間違ってるよ。だって役者本人が何を思っていようと、見ているお客さんには関係ない。だから、俺は切り替えてちゃんとやらなきゃいけなかったんだ。それなのに…」

「相変わらず真面目だなぁ、マコトは」

 ニーナはふふっと笑った。

「マコトたちはプロじゃないんだから。ましてやあの時は学生だったもの。そんなプレッシャー背負う必要はない。楽しくやれれば良かったんだよ」

「…おかしい」

 今日新菜に対してずっと感じてきた違和感。誠の中で、そのもやもやが爆発してしまう。

「おかしいよ。確かに楽しんでやろうとは言ってた。でも、俺たちはそれ以上に、真剣に演劇をやってきたじゃないか。それはニーナがずっと『プロもアマも学生も関係ない。最高の作品を作ろう』って言ってきてたからなんだよ。そんなこと言うの、ニーナらしくない」

 誠の熱を持った言葉を、新菜はあの頃と同じく、目をしっかりと見つめて真剣に聞いていた。でもその目は、どこか弱く、そして悲しさを感じられた。誠はふと冷静になり、

「ニーナ…。何かあったのか?」

 と問いかけた。新菜はしばらく黙っていた。沈黙の中、誠は続けて言葉をかけたくなったが、気持ちを押し殺して新菜からの返答を待った。新菜はバルコニーの手すりに手をかけ、街明かりを見つめる。そして、

「私、演劇やめるんだ」

 と、ぽつりと言った。

「えっ…」

 どうして?という俺の問いを聞く前に、新菜は口を開いた。

「プロの世界ってさ、結局稼げるかどうかなんだよね。どんなに素晴らしい作品でも、お金にならなくては全く価値がない。私は、演劇を通してたくさんの人に前向きに生きるメッセージを伝えたいって思って志したけど、『売れる作品を作ることだけ考えろ』って言われ続けて、なかなか思い通りにならなかった。思い切って海外にも行ったけど、結果は同じ」

「でも、この前賞をもらったじゃないか」

「確かに表向きの結果はもらえたよ。でもそれも『売れるための作品』だったから…。授賞式の時も、すごくもやもやしてた。そこに、ヨッシーが来たんだ」

「あ…」

 昼に見せられた、顔面日の丸スパンコールジャケット男の画像を思い出す。

「ヨッシーを見た瞬間にね、『あの頃が一番良かったな』って思っちゃったんだ。懐かしい気持ちになって嬉しかったけど、同時に、私はあの頃をずっと超えられてないんだっていう現実を突きつけられて、悲しかった」

「だから、あの時…」

 昼に『新菜が泣いていたように見えた』と言った灯里には、好宗の恰好が面白くて笑い泣きしたと答えていたが、真実は違ったのだ。

「悔しさももう感じなくて、だからもう潮時だなって、区切りがついた。向こうの家も引き払って、荷物も運んでる」

「実家に戻るのか?」

「うん、演劇やるって決めて、家出同然で出てきちゃったから、受け入れてくれるかは分からないけど…。お母さんとは連絡取れてるけど、問題はお父さんだな…」

「…」

 きっと大丈夫だよ、と、本当は言ってあげるべきなのかもしれない。でも、家族の縁なんていともたやすく切れてしまうものだと知ってしまった誠に、そんな無責任なことは言えなかった。

「…最後だから」

 新菜がぽつりと呟く。

「明日が最後。私の演劇活動、最後は最高の仲間とやりたかった。だから今回、皆に集まってもらったんだ」

「…そうだったんだな」

 そんな言葉しか、出てこない。

「マコト、参加してくれてありがとう。誰か一人欠けても成立しなかったから…」

 新菜が笑う。誠は胸をぎゅっと締め付けられる感覚がした。

「…うん」

「あと、ごめんだけど、今話したこと、皆には内緒にしといてね。湿っぽくしたくないし、皆と純粋に演劇を楽しみたいんだ。」

「…分かった」

「ありがとう。じゃあ明日、楽しもうね」

 最後にまた笑顔を見せて、新菜はバルコニーを出て、部屋を出て行った。


 誠はまた一人、バルコニーに立ち尽くしていた。自分の無力さ、未来への不安、絶望感…。新菜は今、あの頃の誠と同じ思いを抱えている。それでも新菜は明日、仲間たちの前でいつも通りにふるまうつもりなのだろう。

「ニーナ…」

 苦しい思いを分かってあげられたはずなのに、何の言葉も出なかった。本当にあの頃から何も成長していないんだな、俺…。

 悔しさあまり拳を握ると、クシャっという感触、見ると紙の束が握られていた。そういえば、ずっと台本を持っていたんだった。

——エールを送りたかったの。

 新菜の言葉が蘇り、はっとした。まだある。俺に出来ることが…。


 リビングへ戻ってくると、好宗が大きないびきをかいてソファに寝ていた。まだ起きていた響也は、スマホをいじりながら、

「おかえり」

 と、言った。どうやらゲームをしているようで、誠のほうは見なかった。誠はそんな響也の背中に向かって、ゆっくり声をかけた。

「…キョン」

「ん?」

「頼みがあるんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。