7.それぞれの想い
扉を閉めた後、千帆ははぁっと溜息をついた。
「言い逃げしちゃったなぁ」
他の人と結婚するなら尚更、心にしまっておくべきだったかもしれない。でもこの思いを抱えたまま“仲間”の関係を続けていく自信がなかった。それに誠ならそれを知ったあとでも、変わらず接してくれるだろうと信頼して、いや甘えてしまったのだ。
「…」
誠と結ばれたかった。でもそんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないだろうなと、今は思う。誠のことは変わらず好きだ。でもそれは仲間として、一人の人間としてのこと。それをようやく受け入れられた。これからもずっと、大切な仲間でいたい。心の整理をし終えてから、千帆は一歩踏み出した。
奥の部屋の扉を開けると、新菜一人だった。
「あれ?アカリンは?」
「先にお風呂入るって。もうすぐ上がると思うけど、次入る?」
「そっか…じゃあそうさせてもらおうかな」
本当は長旅だった新菜に譲りたいところだけど、そうしなかったのには理由があった。
「マコト、まだ階段横の部屋にいるよ」
「え?」
「何か話したいことあるんじゃない?」
それだけ言うと、千帆は入浴の準備を始めた。新菜はしばらく考えこんでから、持っていた台本を机に置いて、立ち上がった。
「帰ってこねぇな、マコト」
リビングで缶チューハイを片手に、好宗が呟いた。「千帆から練習付き合ってほしいって連絡きた」と言って誠が二階に上がってから、三十分は過ぎていた。
「ほんと真面目だよなぁ、二人とも。こんな時間まで練習って」
「そうだな」
響也はソファに寝転がりながらスマホをいじっている。誠と千帆…。練習もしているだろうが、たぶん違う話をしているんだろうなと、響也は察していた。好宗はというと、酔いも回っているせいか呑気な口調で喋り続けている。
「あ、そうだ。キョンさ…」
呑気な口調のまま、好宗が響也に語りかけてきた。
「卒公本番のときさ、マコト、なんていうか…おかしかったじゃん?」
うん、と生返事しかけてたが飲み込み、スマホを置いてソファから身を起こした。好宗は響也の様子を気に留めず、話し続ける
「いやおかしかったっていうか、ちょっと集中出来てなかったっていうか…。どのシーンか全然覚えてないんだけど、たぶんどこかでミスっちゃったんだよね、あいつ。普段なら本番終わったにやらかしちまった話なんてたくさんしたけど、あの時は何も話そうとしてくれなくて…」
好宗も気づいていたんだと、響也は少し驚いていた。そう、誠はあの時、ラストシーンの台詞を飛ばしている。音響担当だった響也は、誠の台詞が終わってすぐにエンディング曲を流す予定だったので、よく覚えていた。なかなか台詞は発せられず、見かねた演出の新菜からMEのゴーサインが出たので、そのままエンディングとなった。
「今までそんなこと無かったから、例えば家のこととかさ、俺たちに言えない事情があったのかなっては思ってたんだけど、キョンは何か聞いてるか?」
響也が誠の家の事情を聞いたのは、ほんの数か月前のことだった。オンラインゲーム内で交流するうちにポロっと明かしてくれたのだ。慣れない地での生活が軌道に乗り、気持ちに余裕が出来てきたからこそ、打ち明けられたのもあるかもしれない。
卒業後、誠と音信不通になった時、もし彼が自分たちと縁を切りたいと思っているなら、それは仕方のないことだと思っていた。所詮学生のときだけの付き合い。そんな人間関係はこれまでにもたくさんあった。でも響也はなぜか諦めきれず、共通の趣味だったオンラインゲームで誠を探してコンタクトを取った。交流するうちに、演劇サークルのメンバーが嫌いになったわけではないことが分かり、ほっとした。だからこそ今回の同窓会に誘おうと思えたのだ。
「まぁ…少しなら聞いてる」
好宗の問いにそう短く答えた。
「そっか。じゃあ大丈夫か」
響也の返答に満足そうな笑みを浮かべ、好宗は缶チューハイをごくっと飲み干した。しばらく続いた間にもやもやして、思わず響也が口を開いた。
「何があったかって、気にならないのか?」
「ん?まぁ気になるけど、言いたくなったらそのうちマコトのほうから言ってくるだろ」
好宗はまた呑気な口調で答えた。無理して聞く必要はない。それは同感だ。
好宗は昔から、鈍感でデリカシーが無いように見えて、実は周りや相手のことをよく見ながら立ち振る舞っていた。コミュ力が低い響也が先輩たちとの関係性に悩み、サークルに来られなくなっていたとき、上手く間を取り持ち、戻って来やすい空気感を作ってくれたのは好宗だった。今日だって、久々に会えた誠が自然と輪に入ることが出来たのも、好宗の作る空気感があってこそだったのだと思う。このムードメーカーには、本当に適わない。
「もう一缶開けていいか?」
にっと笑いながらプルタブに指をかけていた好宗に、
「明日に響くぞ」
と、響也はあきれ口調で返したのだった。




