5.恋心
あっという間に夜になった。皆で夕食を食べ、明日に響かない程度の酒を飲みながら昔話に花を咲かせた。その後就寝するため、女性陣は二階の一番奥の部屋へ移動し、男性陣はリビングに雑魚寝することになった。好宗は響也の個人部屋に入れてくれと頼んだが、響也は断固として首を縦に振らなかった。
「三人だけって何か新鮮だね」
灯里は素直にそう思った。サークル時代も合宿はあったが、あの時は先輩や後輩も一緒だったので、三人だけで寝るのは本当に初めてである。「確かに」「ホントだね」と新菜と千帆も同意し、しばらくたわいもない話が続いた。
「アカリンとキョンが付き合ってたなんて全然知らなかったよ」
新菜が言った。流れで恋愛話になっていた。
「皆に言ってなかったのもあるけど、付き合い始めたのが三年生のクリスマスだったから、知ってる人は確かに少ないかも」
「引退した後ってことか。なんかキョンらしいね」
「キョンは入部してからずっと好きだったわけだけどね」
千帆がニヤッと笑みを浮かべながら言った。
「私、チホにそう言われるまで気づかなかったよ」
「アカリンは鈍感だからねぇ」
千帆の言葉に納得いかず、灯里は首を傾げた。
「ニーナはさ、色恋系の話は全く耳に入ってこなかったの?」
千帆が新菜に尋ねた。新菜は当時から演劇に夢中で、故に自他ともに認めるほど恋愛に全く興味が無かったのだ。そんな新菜とこんな話が出来るのもたぶん初めてだ。
「あれは知ってるよ。ヨッシーが先輩に告って撃沈したって話」
「あー、本人が愚痴りながら言いふらしてたやつね」
「私の耳にも届いてたレベルだから、皆知ってたよね」
談笑が続くなか、
「ねえ、ニーナ」
と、ごく自然に千帆が切り出した。
「ニーナってさ、マコトと付き合ってたの?」
その質問に一番驚いたのは灯里だった。それは、誠のことが好きだった千帆がずっと気になっていたことである。誠と新菜は在学中、何かと噂が絶えない二人だった。稽古中に二人で話していると、なんというか他の人が入り込めない空気感があり、それが周りから見ると恋人のようにも見えたらしい。しかし同期の灯里たちからすると、それは演出と演者の信頼関係から来るもので、双方に恋愛感情が無いことは感じていた。
「でも、本当はどうだったんだろうね?」
卒業してから時々会うたびに、千帆はそう零していた。無いと分かっていながらも、誠に恋心を抱いていた千帆は、ずっと気になっていたのだ。
「いや」
新菜はあっさり答えた。
「そっか」
千帆はそう言って少しの間の後、
「ニーナはどう思ってたの?マコトのこと」
と、再び質問した。
「マコトのこと?」
新菜は少し考えてから答えた。
「マコトはさ、正直者なんだよね。自分じゃあんまり気づいてないみたいだけど、全然嘘がつけなくて。まぁそもそも人を騙そうとするタイプじゃないけど…。先輩たちをサプライズでお祝いしようってときも、めっちゃ顔に出てたし」
「あったね。そんなこと」
灯里がふんわりと相槌を入れると、新菜はそうそうと微笑んでから続けた。
「演劇ってさ、結局のところフィクション、全部嘘の世界なんだよ。だから嘘のつけないマコトには、そんな世界で、ましてや自分じゃない他人を演じるなんて、とてもじゃないけど無理がある。でも、だからこそマコトは、自分の腑に落ちるまで、とことん脚本の中の世界と、自分に与えられた役を知ろうとした。脚本で語られていない所まで細かく、毎日毎日話が尽きなかった。そうやって作り上げたマコトの役は、自然で、本当にその役がそこにいるみたいに見えた。私はそんな役者としてのマコトが大好きだった」
灯里はふと窓の外の夜空を見上げた。その目に映るのはたぶん、在学時代、演劇に熱中していた稽古場(教室)だろう。
「…そっか」
千帆は納得した顔をしていた。新菜は誠のことが“役者”として大好きだった。やっぱりそうだったんだなぁと、灯里もたぶん、千帆と同じように安心していた。
その後、談笑を続けながら、千帆はスマホをいじっていた。そして、
「ちょっと風に当たってくる」
と言って、部屋をあとにした。




