3.演出・阿久津新菜
大学の演劇サークルは大概、中学や高校で演劇部に入っていた人が何人かいるものだが、誠たちの代は珍しく全員が演劇未経験者だった。未経験者でも役者や裏方スタッフは何とかなるが、演出はそういうわけにいかない。そんな中、その役目を引き受けたのが彼女、阿久津新菜だった。新菜は高校時代、映像研究部で映画製作に没頭していたらしく、大学でも映研サークル志望だった。しかし数年前に無くなっていたと知り、似たような活動が出来るであろう演劇サークルに入会したのだと、出会った当初に聞いたことがある。新菜は演劇こそ未経験だったが、表現のセンスやプロデュース力は抜群で、先輩たちに一目置かれるほどだった。彼女の演出を受けると不思議と役者陣はどんどん上手くなっていくように感じるから、不思議なものだ。
「みんな元々上手いんだから、当たり前だよ」
新菜は口癖のようにそう言っていたが、全員素人なんだから、そんなわけはない。
卒業後、新菜は演出という職を極めたいと言い、プロの演劇の世界に飛び込んでいった。数年経ち、響也とオンラインゲームで繋がった頃に、彼女が海外の演劇祭で、演出助手として携わった作品で賞を受賞したということを教えられた。かつての仲間が世界で活躍しているということが、誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「え?ニーナ、空港から直接ここに来たの?」
新菜の分のお茶をコップに注ぎながら、灯里が驚いていた。
「うん、ごめんね、荷物多くなっちゃって」
「連絡くれれば、俺が駅まで車出したのに」
「いいよいいよ。駅着いたらちょうどタクシー停まってたから」
「さすがスターは違うなぁ。俺らはタクシー代が惜しかったから、キョンが迎えに来てくれるって聞いて万々歳だったよ。なあマコト」
「う、うん、まあ」
「言うほど稼いでないよ。賞もらったっていっても海外の小さな音楽祭の物だから」
「でも俺らの中では一番知名度あるし、間違いなくスターだよ、スター!」
「あー、スターで思い出したわ」
千帆は突然溜息をつき、好宗を問い詰めだした。
「あんた、ニーナが出た演劇祭の会場に行ったでしょ?」
「え?そうだけど、なんで知ってるんだ?」
「やばい日本人がいるって、ネットで話題になってたのよ」
「あー、あの動画のやつな」
響也も思い出したようで、苦笑いしながら言った。誠は見当がつかず、
「何のこと?」
と尋ねた。
「そっか、教えてなかったな」
響也はスマホを操作して、誠に画面を見せた。そこに映っていたのは、顔面を日の丸にペイントし、スパンコールだらけのジャケットを羽織り、『東南総合大学から世界へ!日本のスターNIINA AKUTSU』と書かれた横断幕を掲げた大男。画像は引き伸ばされているようでやたらと粗かったが、一目で好宗だと分かった。
「うわぁ…」
誠の口から思わず声が漏れる。
「な、ヤバいだろ?」
響也が同意を求めると、
「ヤバいよねぇ。私これ見てめっちゃ笑っちゃった」
と、灯里がケラケラと楽しそうに笑いながら言った。
「もー、あかりん。そうじゃなくて、これはニーナの晴れ舞台なんだから、こんなことしたら迷惑すぎるでしょ」
「そうかな?海外の人ってこういう感じ好きじゃないのかな?」
きょとんとした灯里を横目に、誠は好宗に尋ねた。
「会社の人とかには気づかれなかったのか?」
「帰国して早々、部長に呼び出された…」
「そりゃそうだ」
「首飛ばなくて良かったわね」
響也と千帆は相変わらず、好宗に対して塩対応である。
「俺はニーナが賞を取ったってニュースで見て、すげー嬉しかったんだよ。だから全力で応援しようと思って、有休もらって飛んでいったんだ」
「嬉しいのはみんな同じよ。でもやり方ってもんがあるでしょ」
「ニーナはヨッシーに気づいたの?」
灯里は新菜に尋ねた。
「そりゃあ、あんだけ目立ってたらね。笑い堪えるのに必死で涙出るかと思った」
「あーそれでか」
灯里はなるほどと言わんばかりに手をポンと叩いた。
「ニーナ、レッドカーペット歩いてるときにちょっと目が潤んでるなって思ったんだ。笑い泣きだったんだね」
「そういうこと」
新菜はニッと歯を出して笑って見せた。
「ニーナが感動して泣いてるところ見てみたかったなぁ。一回もそんな姿見せたことないもんね」
千帆が呟く。確かに新菜が泣く姿を今まで見たことが無かった。サバサバしていて演出指示はいつも冷静沈着。かといって不愛想や無感情いうわけではなく、楽しいときはよく笑うし、ふざけたノリも大好きだった。そういうところは、やはり根っからのエンターテイナーなんだろうなと思う。不意に好宗が立ち上がる。
「募る話もあると思うけど、全員揃ったんだし早く乾杯しねぇ?折角一晩泊めてくれるんだから、夜明けまで語り明かそうぜ」
「まだお昼なのに、何十時間飲む気よ?」
千帆が呆れて突っ込みを入れる。
「何十時間あっても足りないだろ?特にマコトとニーナなんて十年ぶりの再会なんだからさ」
「お前な、ニーナがただ酒飲むためだけに一泊二日で全員を集めたと思うか?」
「お、さすが。キョンは鋭いね」
新菜はそう言いながら、持参した鞄の中から、クリップ止めされたA4サイズの紙の束をいくつか取り出し、全員に手渡した。




