1.再会
8月。都心のコンクリートジャングルに比べると、いくらか涼しく感じられる街。閑静な住宅が並ぶ中に、「OGINO」とかかれた表札を掲げた一軒の住宅がある。昨年夫婦になった荻野響也と灯里の家だ。
今日から一泊二日、この家で東南総合大学の演劇サークルcross hearts第24期生の同窓会が行われる。リビングのソファには、灯里と植村千帆が座っている。千帆は灯里の膨らんだお腹に耳を当て、じーっと音を聞いていた。
「…あっ、動いた!」
千帆は心の底から嬉しそうに声を上げた。
「ほんとだね。千帆が来てからすごく元気」
灯里は控えめだが、千帆と同じくらい嬉しそうに言葉を返した。灯里は現在妊娠7か月で、これが第一子になる。
「アカリンがお母さんになるなんて、信じられないなぁ」
「私も実感ないよ。大丈夫かなって、毎日考えてる」
「大丈夫だよ、キョンもいるし。在宅勤務多いんだっけ?」
「うん…。9割くらいは家にいる」
仲間内からキョンと呼ばれている灯里の夫、響也は在宅プログラマー。都心にあるオフィスに出勤するのは、月一回程度である。
「9割!?いいなぁ、羨ましい。私じゃ絶対考えられないわ」
「先生は在宅ってわけにはいかないもんね」
千帆は地元の県内で幼稚園の先生をしている。今は夏休みで閉園しているが、その期間で行う仕事も多いため、普通に出勤している。でもいつもよりは融通が聞く期間なので、今回の同窓会に合わせて有給をもらったのだ。
灯里のスマホが鳴った。メッセージを確認すると、響也からだった。
「もうすぐ着くって」
「そう。楽しみだね」
千帆は立ち上がって窓の外を眺めた。
「チホ」
「ん?」
「マコトに会うの、卒業以来なんだよね」
「うん」
「連絡も?」
「うん、取ってない」
「そっか…」
灯里は少しはにかんで呟いた。千帆は大学時代、誠に好意を持っていた。しかし勇気が出ず、それを本人に伝えることは出来なかった。卒業式の日に決心して告白しようとしたが、誠は式が終わると足早に帰っていった。その日以来、誠は、千帆も含めて誰とも連絡を取っていなかった。灯里は、千帆の恋心を唯一知っている。
「やめてよ、意識したらなんか緊張してきちゃったじゃん」
千帆は両腕をぶらぶら振りながら、おちゃらけて見せた。
「ごめん、私も緊張してきちゃったから」
「まぁ私だけじゃなく、全員マコトとは卒業以来だからね」
「そうだよね…。千帆、頑張ってね!」
「え?何を?」
「いや、わかんないけど、とりあえず頑張って!」
「何それ」
千帆はプッと噴き出した。灯里は真面目な子なのだが、時々天然というか、抜けたような発言や行動をすることがある。そこが世の男子たちは魅力に感じるのだ。
そこに、チャイムの音が響き渡った。
「あっ」
千帆と灯里は顔を見合わせ、少しの間があった後、
「わ、私行くわ」
と、千帆が立ち上がった。
とくん、とくんと心臓の音が聞こえる。何緊張してるんだろ。千帆は玄関に向かいながら心の中でぼやいた。誠を好きだったのはもう遠い昔の話である。卒業式の日に逃げるように去っていった背中を思い出す。まるで避けているようで、嫌われているのかなと自信を無くしていた。玄関のドアの前に立つ。上手く笑えるかな。在学時代みたいに口角を上げる口の体操をしてみる。普通に「久しぶり!」って笑顔で言おう。大丈夫!
千帆はよし!と決心してドアを開けた。
「久しぶり!ま…」
と、誠の名前を呼ぼうとしたところで止まった。千帆が想像していた誠の顔の位置には、大きな胸板が壁を作っていたからだ。まさか…。この家を訪ねてきそうな人物の中で、こんなにでかい人物は一人しか思い浮かばない。千帆が顔をゆっくりあげると、そこにはよく知った顔があった。
「ちっほー!お久しぶりちゃん!」
江田好宗はご機嫌な挨拶を述べる。瞬間、好宗の顔をめがけてグーパンチが飛んできたので、好宗はのけぞりかろうじてかわした。
「あっぶね!なにすんだ」
「もう、私の緊張感返して」
「はぁ?」
先ほどまでの千帆の気持ちなど知る由もない好宗は、間の抜けた返事をすることしか出来なかった。
好宗もこの同窓会の参加者の一人だ。在学中はそのお調子者で目立ちたがり屋な性格から、演者として舞台に立つことが多かった。同期の中だと、誠、好宗、そして千帆の三人が役者で、台詞覚えの悪い好宗の特訓に、よく二人で付き合ったものだ。
「あ、ヨッシー!久しぶり」
千帆の後ろから、灯里が嬉しそうに声をかけると、好宗は目の輝きを取り戻し、
「あっかりーん!ちょー久しぶり!」
と、靴を放り投げる勢いで、灯里に飛びつこうとした。まずい。この大柄な男が妊婦である灯里に飛びついたら…。千帆がそう思ったその瞬間、開いたドアから手が伸びて、好宗の首根っこを掴んだ。
「おい」
手の主は灯里の夫、響也だった。太目の黒縁眼鏡でもはっきり分かるくらい、眉間に皺を寄せている。
「人の家に上がって早々、何してんだ」
「何って、同期との再会に熱い抱擁をだな…」
「お前な、旦那の目の前でそんなことしたら普通刺されるぞ」
普段クールな響也の口調がいつもより低く響く。どうやら半分本気なようだ。しかし、そんな空気を好宗が感じ取れるわけもない。好宗は響也の肩に手を回し、
「硬いこと言うなって。お前も苦楽をともにしたクロハ(サークル名クロスハーツの略)の仲間じゃないか」
と、響也の肩を叩きつつニコニコしながら言った。
「やっぱりお前、出禁だわ。二度と来るな」
「キョウちゃんそんなこと言わないで。せっかくみんな集まれたんだから」
灯里が軽く頬を膨らませながら響也を言った。灯里にこう言われてしまうと、響也は何の言えなくなるらしい。二人のパワーバランスを間近で見ると微笑ましくなり、千帆は思わずふふっと笑ってしまった。
「あのさ…入って大丈夫?」
響也の後ろから懐かしい声がした。千帆は少しドキッとした。
「あんまり長いことドア開けてると、虫が入ってきちゃうから」
「ああ、悪い」
響也が好宗を小突き、奥へと追いやる。
「みんな、…久しぶり」
ようやく家に招き入れられた誠は、少し遠慮がち再会の挨拶をした。およそ十年ぶりの再会だった。




