09
「え、そこ止まりなのか?」
「でも、私は好きだとちゃんと言ったよ?」
「いやいや、ちゃんと返事を聞かないと駄目だろ、それなのにただ泊まっただけってなんだよ」
そういう気持ちがあることを確かめて、私がどうなのかをはっきり答えたのに駄目なのだろうか、経験値が高い矢後君だからこそ引っかかってしまうということなのだろうか。
「そもそも先輩が情けなさすぎないか?」
「みんながみんな矢後君みたいにできるわけじゃないから仕方がないよ」
「あ、いやまあ、俺だってなんでもできたわけじゃないけど結構諏訪任せ……だよな?」
「不満をぶつけたこともあったけどあれでいいと思う、私が動けばいいよ」
こちらが一方的に動くことになっても損なことなんて一つもない。
それどころか触れてみると不安そうな顔から言葉では説明しづらい顔になって面白かった。
マイナスのことがあるからそんな顔をしているわけではないことは分かるのもいい。
「まじかよ、最初なんて諏訪に対してぐいぐいいっていたのにな」
「確かにそうかも」
「ま、あんまり説得力がないかもしれないけど困ったら言えよ、俺も歩も協力するからな」
「うん、ありがとう。それと今日はごめんね?」
「誘われて俺は受け入れたんだからそんな何度も謝らなくていい」
それならいまだからこそできる話をしよう。
「あの頃、なんなのか分かっていなかっただけで矢後君のことをそういう風に意識していたかもしれない」
自分勝手だけどこの話はしておきたかったのだ。
ここだけの話にしなくていい、伝えるのも伝えないのも自由だ。
「諏訪が? ないだろ。そのあの頃ってのがいつかは分からないけど、出会ったばかりの頃から諏訪はいつも遠慮をしていたからな。その割には俺達のことについては一生懸命に動いてくれてよ、いいことをしてくれているはずなのに不満が溜まっていたときもあったぐらいだ」
「出会ったときには歩ちゃんと矢後君はもうお友達の状態だったからね」
七月の頭付近にも言ったと思うけど私はあくまでおまけだった、そしておまけにもよくなれたなという感じ。
「俺はそういうの気に入らなかったけどな。いまじゃ歩と付き合っているけど最初から好きだったとかそんなこともないんだ、諏訪のしていたことは無駄とまではいかなくてももったいないことだった」
「そういうところに惹かれたんだよ、小さい私はそれが恋愛感情からくるものだって気づけないまま終わっちゃったけど」
満明さんがいない状態で二人がお付き合いを始めたことを聞いていたらそのときに気づいたのかもしれない。
「それならはっきり言っておく、俺は一度も諏訪のことをそういう風に意識したことはなかった」
「だろうね」
結局、どの段階で気づこうが彼の中にはなにもないから意味はないんだけど。
「それだけ、今日は会ってくれてありがとう」
「おう」
これまた自分勝手だけどすっきりできた。
ただ、このまま帰っても一人で寂しいだけだからどうしたものかと考えながら歩いていると急に手を引かれた。
「まだいいだろ」
「私が言うのもなんだけど早く歩ちゃんのところにいってあげてほしい」
「もう少しぐらい付き合ってくれよ」
彼のお家の前で話をしていたからとりあえず歩ちゃんのお家の前まで移動することにした。
「今日は歩を呼ばないぞ」
「なんで? もう十分だよ?」
「そんな寂しいことを言うなよ」
いや、普通の発言だと思うけど。
でも、呼び出すつもりもないのにこんなところにいても迷惑にしかならないから戻った。
彼は玄関前の段差に座って「諏訪も座れよ」と誘ってきている。
「もしかして上手くいっていないの?」
「いや? でも、まだ集まってから十分しか経っていないんだぜ? それで解散は誰だって寂しいだろ」
「だけど相手はおまけの私だけど」
「それは……」
実は過去に~なんてそんなこともなかった。
なにかがあってほしくて集まったわけではないからあった、とか言われても困っていたけどね。
「……俺は諏訪の遠慮をするところが嫌いだった、だってなんでも歩のことを出して自分のしたいことは言ってこなかったんだからな」
「おまけとか言いつつもかなりわがままを言ってきたと思うけど……」
いい人に出会えたら、いい状態になったらあっという間に変える。
もちろん、あの頃の私にとって二人はいい人だった。
ただ、先程も言ったように二人は既にお友達で、あのときには完成している状態に近かったからあまり邪魔をしないように――そう考えていたのに駄目だった。
自分に甘いからああいうことになるのだ。
「そこは差があるから難しいよな」
「とにかく、矢後君からしたら遠慮をしているようにしか見えなかったんだね?」
「ああ」
「でも、間違ってはいないよね。はは、矢後君達から見て出しゃばっているような人間じゃなくてよかったよ」
私ではなくてもこういう思考をすると思う。
嫌いとか言われても傷つくどころかありがたい、こういうことは相手に言ってもらわないと分からないままで終わってしまうから。
「諏訪!」
「落ち着いて、叫んでも中学三年生の頃と違って怖くないよ」
なんて、これまで言っていたようにそこまで近くにいられたわけではないから、うん。
遠いところから見た感想がそれだ、なにより大きかったのは喧嘩しているところを見てしまったからだ。
「お友達とすごい怖い顔で言い合いをしているところを見ちゃったんだ」
「三年のとき……? あー数回あったからどのときのことかは分からないな」
「私と矢後君の間に距離があったからね――あ、その頃の私は遠慮をしていたわけじゃないよ? 自然とそうなっていただけでね」
出会いも切れなかったのも彼らのおかげであることには変わらない。
「中学生……特に三年のときとかは俺も結構余裕がなくていけていなかったからそれは諏訪のせいとか言うつもりはないよ。でもさ、歩とはいられたんだ、だから五年生の頃に変な遠慮をしなかったら変わっていたんじゃないのか?」
「だからそこが私と歩ちゃんの違いなんです。はは、これでまた答えが出たね」
あ、満明さんがいるから終わらせにきたとかそんなのではない、そこは誤解しないでもらいたかったからちゃんとはっきりと言っておく。
「だからありがとう、あなた達のおかげで潰れずに済んだよ」
「……俺と諏訪の間には距離があったんだろ? だったら歩のおかげだろ」
「いまも言ったようにあなた達、だよ、ここは変わらないよ」
歩ちゃんだけでいいなら今日彼を呼び出したりはしていないだろう。
「立って」
「おう」
「よし、じゃあ歩ちゃんのところにいこう」
送り届けたらそれで終了だ。
ちらりと確認をしたとき、はっきりと睨まれていたけどなにも気にならなかった。
「――という結果になりました」
「待った待った、え、矢後君に対する気持ちを聞いたの初めてなんだけど……」
「言っていませんでしたからね、それにいまだから『あのときの私は気づかないだけで惹かれていたのかもしれない』となっただけで当時は分かっていませんでしたから」
「矢後君の中になにもなかったのは本当によかったけどさ」
「最初からそうなんですよ」
これは本人がはっきりしてくれたことだから今回は自信を持って言えるのがいい。
「気にしても疲れるだけですよ」
「泉のせいなんだけど……」
「それならなにか作りましょうか?」
「うん、なにか食べたい、いまは外に出てもいきたいところとかないからね」
ここは私のお家だから自由に行動できるのがよかった。
とはいえ、中途半端な時間なので軽めを意識して作った。
「でもさ、なにかがあっても妹尾さんのためになかったことにした可能性も高いよね、泉は僕のことを考えてくれなかったけどね……」
「歩ちゃんのことを考えて行動しているというのはその通りですけどね」
うん、やはりぐいぐいいくことは不可能だった。
それこそあの頃の私が動くならこの前の彼にしたみたいに少し試して相手が応えてくれなければ無理だ。
「なんかこうしていてくれているのに震えてきたよ」
「お味噌汁を飲めば温まるはずです」
「敬語をやめてくれたら治るかも」
「そんなので変わらないと思うけど」
あ、今度はにやにやとやらしい感じの笑みになった。
「最初からそれをしたかっただけなの?」
「うん、だって矢後君は妹尾さんと付き合っているんだからね」
「なにそれ」
「でも、事実だ」
そうだけどさあ。
こうなってくるといつものそれもわざと情けない感じを装っているだけのように見えてきてしまう。
「満明さん、本当にいいの?」
「当たり前だよ、泉だからいいんだよ」
「そっか」
これまでの私からすれば大胆な発言を重ねてきたというのにここでへたれてしまった。
その結果、不安そうな顔をしていたからか、単純にそうしたくなったのか「抱きしめていい?」と聞いてきて……。
「え、いまはご飯を食べているところだから」
「うん、だから食べ終わった後にね」
「歯を磨いてからなら……」
食べてすぐはちょっとね。
「泉、もしかして敬語じゃないと弱々しくなってしまうの?」
「あ……そうなのかも」
ではなく、いまのこの状態だと前とは違って変わってきてしまうからだ。
予想通りなら彼はそのままキス……なんていう風にしてくるかもしれない。
だからせめて少しだけでも奇麗な状態に――それならお風呂にも入った方がいいのかな? と新たな悩みが出てきてしまった。
「んーそれなら敬語に戻させてあげたいところだけど寂しいんだよね」
「いいよ、こっちでもできるように頑張るよ」
「えっと、あんまりあれを続けられても、ね?」
これも演技か、コントロールが上手だ。
表情一つで相手を揺さぶれてしまう、私はそのまま受け取りがちだからまんまと引っかかるのだ。
気づいたときには形勢が逆転して縮まっている私が容易に想像できてしまう。
「満明さんこそいつもあれは私の反応を見て楽しんでいたわけじゃないの?」
「そんなわけがないでしょっ、泉が大胆すぎてたまに付いていけなくなるだけだよ」
「なんだ」
「そもそもこれが演技だとして、頑張っているときに余裕そうな態度で『泉は分かりやすいね?』とか言われたら怒るでしょ?」
「そういう満明さんもいいと思うけど」
え、だってそういうところも含めて好きになったのだからそうとしか言えないだろう。
「いまさっきみたいな感じもむかついたりしないよ? やられたあ……とはなるけど」
「と、とにかく、そもそも無理だから気にする必要はないよ」
「そうなんだ、それならやっぱり私が頑張らないといけないね」
「いやっ、二人で頑張ろう」
「分かった」
食べ終わった。
歯を磨くことよりも先にお皿を洗って困らないようにする。
あとは約束を守るために洗面所に向かおうとしたところで動けなくなった。
「嘘つき、やっぱりそういうことだよね」
「はは、ごめんね? だけど泉が悪いんだよ? 二人きりで矢後君と話したい、なんて言ってくるから」
「矢後君と話したいと言っただけで二人きりで、なんて言っていないけど」
私の方も歩ちゃんを連れてきてねと頼んでいたからいないのは意外だった。
大事な話があるから聞いてほしいと頼んだから察して連れてこないようにしたのだろうか?
「でも、二人きりだったんでしょ? なにも変わらないよね」
「とりあえず離して、どうせなら……なんでもない」
「正面からがいい?」
「まあ、約束は守らないといけないからね」
今回はやられてしまったけど離してもらってからはこちらがすぐに動いておいた。
顔を埋めてしまえば見られない、少しの間はこのままでいたい。
「歩ちゃんとも話せると思ったんだけどな」
「矢後君はナイスだったね、そうでもなければ妹尾さんとぎくしゃくしていた可能性もあるから」
「でも、今日のことを隠さないでいいって――このままだって?」
歩ちゃんを使ってなにかするような人ではないか、歩ちゃんもまたそういう人だ。
「言わないだろうね、彼女を不安にさせたくなんかないだろうからさ」
「隠しておくべきだった……?」
「そうかもしれないね、付き合う前でも後でも言われた側はね」
元々出すつもりはないけどここで完全に終わらせよう。
「やっぱり満明でいい?」
「うん」
「ありがとう、満明がいてくれてよかった」
「そっか」
少し気になって顔を見てみたら今度はふざけていたりはしなかった。
でも屋内で、そういう関係で見つめあっていると変な空気になりそうだからすぐにやめておいた。




