08
十月になった。
歩ちゃんはあの発言通りに矢後君との関係を前進させた。
九月三十日、つまり最終日に決めたわけだから面白い。
「泉、お待たせ」
「早かったですね?」
「泉を待たせていたんだからすぐに済ませるよ、帰ろうか」
この人は帰ろうとしたところでお友達さんに頼まれてしまい、別行動をしていたところだった。
それでも三十分もしない内に戻ってきてくれたからありがたい。
あとは彼が誰かのために動いてあげる優しい人でよかったと思う……って、少し偉そうか。
「あーそういえば十月になったらまたいきたいとか言っていたよね」
「はい、ただお金がかかるのでできないならビデオ通話とかでもいいです」
「そんなに僕の友達と話したいの?」
「安心してもらいたいんです」
「だから前も言ったけど僕がいなくても変わらない的なことを――分かったよ」
あ、ちゃっかりしているとか言ったけど別にそのときに彼女です、みたいに言うつもりでいるわけではない。
本当にいまの彼がどんな状態なのかを伝えられるだけでいいのだ。
「でも、それなら泉にもなにかしてもらわないとね」
「そろそろお泊まりがしてみたいです」
気になる相手のお家で結構遅くまで話せるというのはいいことだと言える。
一緒に寝るのはやりすぎかもしれないけどどうしてもと頼まれたら受け入れるつもりだった。
というか、あっさりお部屋に戻られてしまってもそれはそれで複雑だろう。
「それなら泉の家に泊まるよ」
「それでいいんですか?」
「なんでそんな顔を……何回も言うけど僕は泉といられればいいんだからね」
「そうですか。まあ、私のお部屋にいってしまえばお母さんだって付いてくることはないでしょうからやりたいことはできますよね」
考えて行動するのは大切ではあるものの、なんでもかんでも抑え込むのは駄目なのだ。
「い、いやっ、部屋だからってなにかしたりしないけど」
「だったら満明さんは固まっていればいいです、私が自由にやりますから」
こういう場合は性別のことを考えると動きづらいかもしれないからこちらが頑張ればいい。
「今日はお耳掃除をしてあげます」
「泉はか、変わったね」
「あなたも私も知らなかっただけです」
これまでは相手がいなかっただけでしかない。
彼のお家に着いた、今回は客間を利用させてもらうことにする。
正座をして彼を誘うと少しぎこちなかったものの、彼は頭を預けてくれた。
「あ、これでは道具がないのでただの膝枕ですね」
「いいよこれで」
「そうですか? それなら一定のリズムでぽんぽんしてあげます」
そのまま寝てくれたら母みたいにできていることになる。
でも、まだまだ母性はないだろうから寝てもらえることはないと予想をした。
何故か下からじっと見つめてきている彼がいたからだ。
「これ、矢後君にもしたことある?」
「膝枕はありません、頭を撫でたことなら数回はありますけどね」
「そっか」
出会ったばかりの頃は私目線ではまだ恋に興味がないみたいに見えた、だから自然と一緒にいられた。
まあ、だからこそあまり一緒にいられなくなった中学生時代が寂しかったわけだけどね。
「あなたは複数回されたことがありますか?」
「母さんからはね、何回も耳掃除をしてもらっていたからさ」
「そこはみんな共通ですね」
「不仲な家族でもない限りはそうだろうね」
母の言っていたように完全に捨てきることはできなかったけど小学生の頃より増えた空白に大してそこまで寂しくならないようになった。
あまりに自然すぎるとすっと受け入れられるものなのだ、そしてちゃんと変えることができたことを嬉しく思う。
構ってほしくて仕方がなくてうざ絡みを続けていたらいまみたいには一緒にいられていなかっただろうから。
「まだ夏とも秋とも言えない中途半端な季節でよかったよ、これなら寝てしまっても風邪を引くことはないからね」
「寝てもいいですよ、ちゃんと最後までお付き合いしますからね」
あ、今度は大丈夫そうだ。
そんなことを繰り返している内に私も座っている状態なのに眠くなってきた。
昔の母は体感的にずっとしてくれていたのにやはりまだまだ経験値が足りないらしい。
でも、無理をしてもあれだからと任せた結果、次に目を開けたときにはまた見つめられていたという。
「起きちゃったか」
「あなたは寂しがり屋ですから私が相手をしてあげないと駄目なんです」
なんて、思い切り寝ていた人間が言うことではないけど。
「そうだけどもう少し寝てくれていたらさ」
彼も大人だからかツッコミを入れてきたりはしなかった。
「もしかしてキス、していました?」
彼は大胆なようで大胆ではないからこういうときに勢いで行動することも必要だと思う。
ある程度は私の方からもするようになったとはいえ、そういうことに関しては私でも止まってしまうからね。
「いや勝手にしたりしないよ、ただ家までお姫様抱っこで運ぼうとしただけ」
「それならいまからでもできますね、よろしくお願いします」
もちろん、こんなのは冗談だった。
太っているつもりはないけど最近は少し運動不足で任せるわけにはいかないのだ。
「そろそろ帰ります、あの約束は今週の土曜日にお願いします」
「うん、ちゃんと言っておくよ」
「それでは」
一人で帰るつもりだったのに結局彼も付いてきて二人で帰ることになった。
お家間の距離がそんなにないからすぐに終わってしまうものの、会話ができるのは普通にいいことだった。
土曜日、ついついお友達さんと盛り上がりすぎてしまって満明さんが拗ねてしまった。
お友達さんにと言うよりも私に対して不満がすごいみたいで、いまは話しかけてもいつものようにはできないみたいだ。
「……やっぱり気に入ったんでしょ」
「楽しかったですけどあくまでお友達のお友達さんですからね」
一応言っておくと一時間ぐらいしかお話しはしていない。
彼はその間、寝転んだり本を読んでいたりしたから気になっていないのかと思えばそうではなかったことになる。
「別の日にしようと考えていましたが今日はお泊まりさせてもらってもいいですか?」
「言っておくけどもう電話を掛けたりしないからね?」
「はは、もう十分満足できましたよ」
あの人が彼のことを気にしていたことが分かって大満足だ。
その証拠に彼の話ばかりだった、まあ、私のことを聞いても仕方がないから当然かもしれないけど。
「あー泉に触っていないと不安になってしまうよー」
「いいですよ、どうぞ」
で、動かない、と。
「満明さんは私に興味があるんですよね?」
「当たり前だよ」
「それならどうしてなにもしてこないんですか?」
本当に抑え込んでいるのなら口にしたりもしないはずだ。
だからこんなことが繰り返されるとそもそも内になにもないんじゃ……と不安になり始める。
別に強制できることではないから仕方がないとしても一人だけ舞い上がることになるのは恥ずかしい。
「それは必死に抑え込んでいるだけだよ」
「そんなの必要ありません」
これだけ大きな存在になっているのは初めてのことだから逃したくなかった。
「私はあなただからいいんです」
「へ、へー」
「なにかしてくれるまで帰りませんからね」
「そ、そもそも今日は泊まるんでしょ?」
「そのつもりですが、私が言いたいのは明日以降のことです」
もっとも、現実的ではないから彼が動いてくれるのが一番だと言える。
まあ、最悪の場合は彼にお家に来てもらえばいいだろう。
「それじゃあもう恋人とかを超えて結婚しているみたいになってしまうけど……」
「お付き合いをするからには恋人だけで終わらせるつもりはありませんけど」
理想は結婚して最期のときまで一緒に暮らすのが一番だ、難しいとしてもだ。
「ならいまからしてくれるかどうかで判断しますね」
「ちょっと待って、なにもしなかったらどうなるの……?」
「その場合はなにもないと判断をして距離を置きます、少しならよくてもかなりの差になると迷惑にしかなりませんから」
これはなにも難しいことではない。
現段階ではこれ以上言いたいこともないので黙って待っておくことにした。
残念だけどここで動いてくれなかったとしても不満をぶつけることはないから安心してほしい。
「……これでいい?」
「無理をしていませんか?」
「少なくともそういう意味では無理はしていないよ」
「えっと……?」
いま遠回しな言い方をするのはやめてもらいたかった。
あと、ちゃんと文句は言いませんよと口にしてから始めるべきだったかと後悔している自分がいる。
私がいくら不満をぶつけない云々と考えていても相手には伝わらないからだ、場合によっては信じられないからだ。
「だ、だって初めて好きな子を抱きしめるときに普通の状態の人っている!?」
「落ち着いてください」
「これは泉のせいだから!」
ここまで余裕のなさそうな彼は初めて見た。
こういうとき、私の方がいまみたいなことを言いそうなものなのに一向にその自分が現れない。
どうしてこうなってしまったのか、これも経験値がなかったからこそなら申し訳なかった。
「でも、安心しました、あと嬉しいです」
「ふぅ、そうなの?」
「はい、だって私はあなたがいいんです」
初めてそういう意味で興味を持ってくれた奇跡みたいな存在だからでもいい。
私は確かにこの人と一緒に過ごして好きになったのだ。
意外と変わるのは一瞬だった。
「多分じゃなくて絶対に妹尾さんよりも強いよ」
「いちいち比べなくていいです」
「そうだけどさ……強い子にどんどんと行動されるとどうしようもなくなるというか」
「先程は試すようなことをしてしまいましたがあなたはそのままでいいです」
示してくれたから私がやりたいようにやっていくだけだ。
もう前に進めていくだけだからそんなに苦労もしないと思う。
「私もあなたが好きです」
というか、最初からこれでよかったのかもしれない。
素直になれずに嘘をついてしまったときといい、変なことばかりをしていた。
でも、今日からは全開でいくだけだった。




