07
夏休みが終わった。
でも、学校が嫌いとかそういうこともないからいままで通りに戻していくだけだ。
「おはよう」
「おはようございます」
約束をしていたのもあって満明さんと一緒に登校、学校に着いてからも別れたりはせずに廊下で一緒だった。
「矢後君も早いね」
「諏訪に用がありまして」
「なるほど、それなら僕は教室にいくね」
これは約束をしていたわけではないけど矢後君と話せるのは大きい。
と言うのも、あれからは結局彼とは会えていなかったからだ。
つまり歩ちゃんとどうなっているのかも聞けていないわけで、この朝に決めたかった。
「連絡を無視していたわけじゃないけど結局一度も会っていなかったから悪いな」
「こうして学校が始まるまで待てばよかったんだから謝る必要はないよ」
「それで?」
「えっと」
なんか聞きづらいからやめておこうかな。
そもそもお付き合いを始めたら云々と考えていたのに矛盾していた。
決してしつこくメッセージを送ったりしていたわけではないけど……。
「遠慮をするな、聞きたいことがあるなら聞けばいい」
「あ、歩ちゃんとどうなったのかなって」
「まだ付き合ってはいないな」
「そうなんだ?」
「おう」
お礼を言っておいた。
あとは結構早い段階で登校してくる歩ちゃんに聞けばいい。
「お、またこの三人が集まりましたな」
「ごめん歩ちゃん、矢後君に勝手に聞いちゃった」
「え、全く気にならないよ? まー達男君に聞いても『まだ付き合ってはいないな』と言われるだけだけど」
「はは、その通りだったよ」
お互いに焦って求めすぎないという共通のルールがあるのかもしれなかった。
「でも、九月もそのままでいるつもりはないから、達男君もそのつもりでいてよね」
「おう」
あ、これは去らなければいけないところだ。
だから戻ろうとしたところで二人に腕を掴まれて駄目になったけど。
「二人のときに頑張るから余計な遠慮をしなくていいんだよ」
「そうそう、それに三人でいられる時間も必要なんだよ」
「夏休み後半は……」
例年通りの夏休みだった。
満明さんとも五日に一回ぐらい会っていただけで一緒にいられたわけではないから母に心配されたぐらいで。
「あ、言っておくけど私が達男君を独占しすぎて泉と一緒にいられなかったわけじゃないからね?」
「そうだぞ諏訪、後半なんか男友達にずっと付き合わされていただけだからな」
だったらこうして当たり前のように顔を合わす状態に戻って気持ちが溢れそうだけど。
それを彼も拒むことなく受け止めつつ、気づけばいい雰囲気になって――的な感じで。
「それなのに歩ちゃんは独占したくならないの?」
「学校のときはならないよ」
「大人なんだね」
「お、泉はもしかして儀間先輩を……?」
少しはあるのかもしれないものの、学校が始まってしまえば学年が違うのもあって難しい。
「はは、俺らが空気を読まないといけないところだったか」
「失敗したなー」
「そんなことないよ」
「「そうやって言わせたらおしまいさ」」
仲良しだなあ。
私のときは止めたのに二人はあっさり離れていってしまったので上階へいってみることにした。
嘘ではなかったのかこの高校でも同性の人達とばかりいる人だから近づくのは――無理だ。
でも、こうして廊下から意味ありげに見ていたとしても美人さんや可愛い人に敵視されないのはいい。
「戻ろ――」
「珍しいから思わず二度見してしまったよ」
同じように腕を掴まれただけだけど……なんか違う感じがする。
「矢後君とはもういいの?」
「はい、聞きたいことは聞けました」
「でも、すっきりした感じではないね」
「別にそんなことは、それにいまだってたまたま歩いていただけですからね」
大嘘つきな人間がここにいた。
それでも今回はそういうことにしたくて仕方がなかった。
「たまたまでもいいよ、こうして泉と話せて嬉しい」
「……さっきまで一緒にいたではないですか」
「僕は離れることになってしまったからね」
「ふぅ、それは満明さんが勝手に空気を読んだだけですけどね」
「あ、もしかしてそれが原因?」
にやにやと笑っていたりはしなかった、本当に気になって聞いてきているだけのように見える。
だけど夏休みにあんまり一緒にいられなくて寂しくなってしまった、なんて言えるわけがないのだ。
ここは前とは悪い方に変わってしまった点だった。
「ね、二人きりになれるところにいこうか」
「ま、この階はやっぱり慣れませんから離れられるのならそれが一番ですね」
可愛い子がツンデレなら可愛げがあるけど私がそういうところを見せてもなあ、と。
最初から私は中途半端すぎる、これならどちらかに振り切れていた方がよかった。
「よし、ここなら大丈夫だね」
「満明さん」
「うん?」
「いえ、これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
やっぱり勢いだけでなんとかできることではなかった。
お昼休みとか放課後になる前になんとか切り替えられたらいいな。
「待ってください」
「うん、待てと言われたら待つよ」
こうして聞き分けがいいのはいいけど無言の圧を感じてしまうようになっていた。
これだったら「泉、答えてくれるまで離さないよ?」とぐいぐいきてくれた方がましだった。
「夏休みのように朝から、とはいかないけどまだお昼だからね、ずっと付き合えるからね」
「あのお友達さん達もあなたと一緒にいたいはずです」
「でも、正直物足りなかったからね、僕だって泉といたいんだよ」
「そうなんですか?」
ならなんであんなに来てくれていなかったのか。
自分からいかないようにしておいてさもこちらが受け入れていなかったみたいな言い方はやめてもらいたいけど。
「なんでそこで驚いたような顔をするの? 毎日会えていなかったら普通だと思うけど」
「それなら――いえ、なんでもないです」
「言って」
「近いです」
自信があるのはいいことだけどこういうやり方は駄目だろう。
って、前までの私ならこういうときはすぐに吐いて追撃されないようにしていたところなのになにをしているのか。
急に冷静になってきて二人きりなのをいいことに腕を掴んだりもしてみた。
「つまりこういうことです」
「あのときみたいに触りたかったってこと?」
「それよりも強くあるのが一緒にいたいという気持ちですね」
この一気に変わるところには自分のことなのに笑いたくなる。
「なんでもっと来てくれなかったんですか、私はずっと待っていたんですけど」
「それはほら、そういう気持ちが強くあっても相手のことを考えなければならないからだよ」
「言い訳はやめてください。私、怒っていますからね」
「それならどうすれば許してくれる?」
「そうですね……」
正直、一緒にいられて会話をすることができれば満足できるからこのまま継続してもらうだけでいい。
なにかを買ってもらいたいとか物欲があるわけでもないし、そうとしか言えない。
「このままでいいです」
「一緒にいればいいということか」
「はい」
もう学校ではないからゆっくりすることができる。
「僕の家に来てもらったのは正解だったよ」
「あなたもなにかしたいことがあるならはっきりと言っておいた方がいいですよ」
「それならもうこの時点で叶っているから大丈夫」
「そうですか」
今更ながら歩ちゃんと矢後君がお付き合いを始めていなくてよかったと思っていた。
二人がいい状態でいるだけでもこれだけ影響を受けているのに関係が変わっていたらどうなっていたのか、二人きりなのをいいことに抱きしめてほしいとか言い出していた可能性もある。
それはいつかはしたいことでいましたい……わけではないはずだ、勢いだけで動くのは危険なのだ。
「夏休み、本当は年上として我慢しようとしていたんだ、だけど五日以上会わないのは無理だった」
「はっきり言って無駄です」
「はは、本当にはっきりと言ってくれるね」
「会いたいならどんどんと来てくれればいいんですよ」
予定は入っていないから時間だけは沢山ある、連絡もなしにいきなり来たとしても色々と言いつつも喜んで付いていく。
なんかもうこの時点で露骨だけどこれまでの私からすればいいことだから気にしないでおくことにした。
このことでからかってくる存在もいないからね。
「んーだけどたまには泉の方から来てほしくてね」
「あ」
「うん?」
「……自分からいっていなかったくせに怒るとかわがままですよね」
だからやっぱり恋をするとこれまで通りにはできないことを知る。
「でも、寂しかったからでしょ? それなら嬉しいから」
「……ありがとうございます」
ずるい……けどいまこの場にいるのは私と彼だけ、だから気にしないようにしたい。
「その顔は駄目だよ、抱きしめたくなる」
「あなたにならいいですよ」
ただ、覚悟を決めて待っていても抱きしめられることはなかった。
少し俯いていたのもあって彼の顔を見ようとしたら手で隠されていてどんな顔をしているのか分からなかった。
「……泉はもう少し気を付けないと」
「でも、嫌ではないですから。実は他に気になっている子がいるとかではないですよね?」
「いないよ」
「だったらいいと思います」
いや、なんでもかんでも彼にやらせないと言っていたのにこれはどうなのか。
こちらから一度も行動していなければ不安になってしまってもおかしくはない、ということでこちらからやらせてもらうことにした。
顔は見られたくなかったから胸に埋めるようにして抱きしめると彼の心音が聞こえてそれがまた落ち着けた。
「……泉の家にしておくべきだった、あそこならお母さんも帰ってきてこんなことはできなかっただろうから」
「お母さんがいてもやりたくなったらやります」
あ、なにも言わなくなってしまった。
でも、ずっと同じ場所にいるわけではないからやろうと思えばいつでもできる行為だろう。
「ありがとうございました」
「うん……」
これはどういう感情からくる顔なのか、よく分からないけど聞くことはしなかった。
やった側の私としては一ミリだけでもいい方ならいいなと思った。
「ハロウィンにみんなで集まりたい?」
「うん、集まってみんなでご飯を食べられたらなあって」
「それはいいと思うけどまだ一ヵ月もあるね」
また、十月三十一日がハロウィンだとは分かっていてもなにもしてこなかったから意外だった。
何回も出してきているように漫画やアニメの世界だったらコスプレなんかをして盛り上がるだろうけど、現実では大抵はなにもせずに終わるだけのような気がする。
「その日なら特殊な服を着ても達男君に引かれないと思うんだ」
「その日じゃなくても矢後君なら引かないと思うけど」
それどころかよく似合った彼女にこう、うん。
「サンタさんの衣装だったら持っているんだけどね」
「え、そうなの?」
「うん、実は勢いで買って一回しか着ないで押し入れに眠っているんだよ」
その一回はどこで行われたのか。
矢後君に引かれない云々と言っていることから自分だけが確認をして終わったのだろうか。
「ハロウィンではどんな感じにするつもりなの?」
「魔女……とかかな」
「はは、可愛い魔女になるね」
どんな格好でも「似合っているぞ」と真剣な顔で褒めている矢後君が想像できてしまうから広がっていかない。
「私が泉に頼みたいのはご飯だよ」
「普通の料理でいい? ハロウィンにちなんだ料理とかは無理だからさ」
「うん、普通で大丈夫」
「分かった」
まあ、一ヵ月後のことでも忘れたりはしないだろうけど当日付近になったらまた言ってほしいところだ。
何度も言うものの、盛り上がる流れにならないからそのままなにもしないまま時間だけが経過してしまうから。
だけど二人で盛り上がりたくなってしまったとかなら遠慮なく言ってほしい。
私は邪魔をしないよ。
「よし、ここからは泉と儀間先輩の話にしよう」
「あんまり変わっていないよ、それよりお手本としてどこまで進んだのかを教えてほしいな」
「手を繋いだぐらいかな」
「抱きしめたりとかはしないんだ?」
「うん、そういうのは関係が変わってからするべきだと思うから」
うぐっ、なんてことだ……。
いきなり投げられた剛速球を受け止めることができずに蹲ることになった。
「どうしたの?」
「少し胸の辺りが痛い感じがしたけど勘違いだったんだよ」
「それならいいけど」
つまり彼女達は健全で、私達は不健全ということになる、これだと未経験故に距離感の分からない馬鹿な女みたいになってしまっている。
ま、まあ、あの一回だけで休み時間に会う度に抱きしめられているとかではないからそこだけは救いか。
「九月が終わるまでになんとかするって言ったのは嘘じゃないよ」
「そっか」
「でも、もう時間が少ないよー!」
「はは、早いよね」
「笑いごとじゃないから!」
涙目になってしまったからよしよしと頭を撫でておいた。
「なにが問題かって関係が変わってからがスタートなんだよね、関係を維持するためにずっと努力をしなければならないんだよね」
「お友達だったときのようにできないかな?」
「もちろん、そうやってできたら一番だけどやっぱり違うんじゃないの……?」
この話を続けるには経験値がなさすぎた。
だからここでばっさりと切ってお菓子タイムに入ることにする。
「お菓子とか作れるようになるといいかもしれないね」
「確かに。達男君なら少し焦げたりしていても『美味しいな』って言ってくれる気がする」
「うん、だけどはっきり言ってほしいよね」
「あんまり真っすぐすぎても困っちゃうけどね」
満明さんだったら困ったような顔をしそうでもあるし、あの柔らかいいつものそれで食べ切ってしまう感じもする。
分かりやすいお世辞だったら嫌だからやっぱり私は苦かったとか、もっと甘さが欲しいとかはっきりしてほしいところだ。
好みを把握できるのも大きいのではないだろうか?
「頑張るよ」
「うん」
「じゃあとりあえずここのお菓子はみんな貰うね、参考にしなくちゃいけないから」
「はは、いいよ」
沢山食べて元気になってほしい。
そのためにならお菓子が食べられなくなっても構わなかった。




