06
「お待たせしました」
「ううん、全然待ってないよ」
浴衣なんてレアすぎて母に協力してもらうしかなかった。
少し早めに帰れるようになっていたことがいい方に働いた、そうでもなければ十九時過ぎまで待っていなければならなかったから。
あ、動画投稿サイトを見てなんとかする、なんて考えは全くなかった。
「浴衣姿、奇麗だね」
「ありがとうございます」
青色の浴衣だ、この日のために安価で買えるお店で買ってきた。
いつもお祭り自体にはいっていたけどフリーな服装だったので、浴衣姿で歩く女の子達が少し羨ましく感じていたからこれは――なんか違和感しかない。
「初めてらしいから足が痛くなってしまって僕がおんぶして家まで運ぶなんてことになるかもしれないね」
「あ、そうなっても頼るつもりはありません、裸足で帰ります」
「えぇ……」
「そういうのも漫画やアニメに出てきますよね? 素直に甘えるだけが青春物語ではないんです」
恥ずかしいからとかではなくてやってみたいのだ、そういう事情があるなら仕方がないと割り切って。
だってそうでもなければ裸足で歩いていたら異常者でしかないし。
「少し残念なのはお腹にそこまで入らないということです、焼きそばとかき氷を食べられるだけで十分なんですよね」
お財布的にもね。
だから細かいことを気にしている私の横でどんどんと屋台の美味しい食べ物を買っていく小さい子達を見ると富豪の息子、娘さんかな? という感想が出てくる。
「分かるよ、さっき出てきたけど漫画やアニメのキャラクターみたいに屋台を制覇とかもできないよね」
「はは、仮に実現可能なお金とお腹ががあったとしてもしませんけどね」
「はは、確かに」
ちなみに歩ちゃんはできる限り食べたい派でいつも頑張っていた。
そういうのもあって今日も矢後君といちゃいちゃしながらぱくぱくしていると思う。
「でも、ちゃんと合わせますので」
「うん、諏訪さんはいつも最後まで付き合ってくれるもんね」
「今回は私からお誘いしていますからね、そうなればいつもよりちゃんとしなければなりませんから」
着いた、集合時間を早めに設けていたのもあってまだ明るいけど人は沢山いる。
いかないだけで朝からなにかしらのことをやっているみたいなので朝からずっといる、みたいな猛者がここには存在しているかもしれない。
「今更ですけどあのお友達さんと会話をしているときに参加しておけばよかったと後悔しています」
「え、もしかして気に入ってしまったとか?」
「いえ、同性でも異性でもお友達がいたら少しは安心できると思うので」
私だったら新しいお友達と仲良くしているところを見て安心しつつも少し寂しい気持ちになるところだ、なにを言ったって戻ってこられたりはしないから。
まあ、戻ってこられても複雑な家庭環境を前にぐしゃぐしゃな感情になってしまうだろうけど、というところで。
「はは、全く僕のことは心配してなかったよ、それどころか『お前がいなくなっても同じだったわ』とか笑われつつ言われたぐらいだよ?」
「照れ隠しですよ」
「そうかなあ?」
そうだ……って、後にしようか、自分で出しておいてあれだけどね。
賑やかな音やいい匂いに早くも負けかけている私がいる。
「鮎の塩焼きか、美味しそうだから買おうかな」
「はい、どんどん買ってください」
他の並んでいる人からすれば邪魔にしかならないとしても一緒に並ぶ、どうせなら話せた方がいいし。
「そうだ、付き合ってくれているから諏訪さんに――」
「あ、それは駄目です」
「あれー……前は簡単に受け入れてくれたのに」
「今日は駄目です」
最近はお祭りの屋台の値段も上がっていてほぼ五百円だから受け入れられない。
あとは既に言ったけどお腹に余裕がないから、花火を見て帰らなければならないので沢山食べたばかりにお腹が痛くなって途中で離脱、なんてことは避けたいのだ。
「じゃあこれならどう? はい」
「それなら後で私が買ったときにも同じように食べてもらいますからね」
差し出してきたのは彼だ、遠慮なく食べさせてもらった。
一つ丸ごとではなくてこういうのならいいと思う、恥ずかしさなんかもなかった。
「なにが食べたいですか? 早くあなたにあげたいので教えてください」
「そ、それならたこ焼きかな」
「分かりました、並んで買ってきますので食べていてください」
串が色々危なかったので今回は気にせずに一人でいってきた。
物が手に入れられたらとりあえずお店の近くにいる必要はないからゆっくり食べられる場所に移動する。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
ふふ、親鳥になった気分だ。
ただ、それ以上はなにもせずに食べることに集中した。
別に私達はお祭りに一緒に来ているだけで、歩ちゃん矢後君ペアみたいにあと一歩で恋仲に的な感じになっているわけでも、既にお付き合いをしているわけでもないからだ。
「泉さんって名前で呼んでもいい?」
「はい、それなら私も満明さんとお名前で呼びます。ふふ、でも、満明さんもたまに情けない顔になるときがあるので呼び捨てでもいいかもしれませんね」
大袈裟でもなんでもなくこの焼きそばがこれからを変えていくのかもしれない。
いまはもう真剣な顔――だったはずなのになんかきらきらとしていた。
「お、いいねっ、やってみてよ!」
「満明」
「おお、なんか新鮮だ、そのまま継続お願いね」
まあ、本人が求めているならいいか。
あとは絶対に食べたいかき氷を獲得するために動き始めた。
痛くならないな。
いやまあ、痛くならない方がいいし、仮に痛くなっても本当に裸足で帰るだけだからいいけどなんで私の場合はこうなのか。
漫画やアニメならと考えてしまうのは危険だけどヒロイン属性が全くないのが残念だ。
「泉さんって体力があるよね」
「そうなんでしょうか?」
分かりやすく体力がなくて一緒に来てくれた男の人に甘える――それの方がよかったか。
でも、現実は全く疲れていなくて、甘えたい気持ちも出てこないからなにも変わらない。
多分、彼らからしたら面白い女の逆の面白くない女だと思う。
「あんまり疲れたとか言わないからね、僕の友達なんてしょっちゅう言っていたけど」
「それはあなたに甘えているんですよ」
「実際、背負って帰るときは多かったからそういうことだったのか」
「あなたと同性だから真っすぐに言うことはできないだけです」
「『奢ってくれ!』とは何度も言われていたけどね」
一緒に食べたり他のことをしていたらその間だけは時間ができるからではないだろうか。
どんな理由からでもいいから一緒にいたいのだ、私も両親が相手のときはそういうときがあるから気持ちが分かる。
「少なくとも仲がいいからこそできることです」
「そうだね。でも、そういうことなら泉さんにも甘えてもらいたいな」
「今日一緒にお祭りにいってくださいと頼んだ時点で甘えています」
あ、いま自分で言っていたけど既に甘えていたみたいだ、甘えたい気持ちも出てこない(笑)とか考えていたアホさんをなんとかしてもらいたい。
「いや、あのときは妹尾さんもいて本当に僕といきたいから頼んできたわけじゃない感じがしたからさ」
「一緒にいきたくないなら頼みません、歩ちゃんが関係しているのは確かなことですけどね」
「ほらやっぱり」みたいな顔に見えた。
いまこそ前よりは仲良くなったところを利用して攻撃したくなったけど頑張って抑える。
伝わるのかは分からないものの、まずは言葉を重ねていかなければならない。
「あの子がお手本を見せてくれたら頑張るという約束をしていたんです、なので誘っても受け入れてもらえそうなあなたをお誘いしたんです」
「妹尾さんに頑張っているふりを見てもらいたかっただけじゃなくて?」
「当たり前ではないですか、そもそもいいかもと感じていなければ約束を守ることもしませんよ。自慢ではないですけどこれまでは散々そういうことに関して私はと違うことを言って躱してきたんですから」
ここでいつも通りのそれを発動しても例えば九十九回目だったのが百回目になるだけでしかない、歩ちゃんだって「もー泉のそういうところは駄目なのに」ぐらいで終わらせていたことだろう。
なので今回動いたのは彼だからこそだ、それを分かってもらいたい。
「疑ってごめん」
「謝らなくていいですよ」
「あと、今日泉さんと一緒に来られてよかった」
「私もあなたと一緒に来られてよかったです」
花火の時間って遠いなあ。
とはいえ、十九時ぐらいからいくとあまり余裕がないから結局は十八時ぐらいにはいっておかなければならないことに変わりはなくて……。
「手、繋ごうよ」
「はい」
ほら、ぎりぎりまで待ってからだとこういうこともできな――いこともないか、寧ろ急いでいるときこそ手を握られて目的地まで連れていかれる、なんて展開になるかもしれない。
まあ、慣れない浴衣姿だからそんなことになればトラブルに繋がりそうだし、それはまた来年とかでいいかと片付けた。
「あ、矢後君と妹尾さんを見つけたよ」
「手は繋いでいないみたいですね、私達はおかしいのかもしれません」
どきどきしている感じも伝わってこない状態であくまでいつもの二人だ。
でも、関係が前進したからこその余裕ということなら私は嬉しい、仮にそうでなくてもちゃんと約束通りに二人がお祭りを楽しめているだけで満足できるけどね。
「そこはほら、ペアによって進め方が違うから仕方がないよ。それに僕らは知らないだけでここに来るまでに抱きしめあったりしたのかもしれないよ?」
「あなたはしたいですか?」
「そりゃもちろん、だけど今日するつもりはないよ、まだなにかが足りない気がするからね」
「そうですか」
なにか、とはなにか。
ただ、私も絶対に彼がいいという状態になるまでは抱きしめるのは少し……という状態なので助かった。
というか、彼は妄想でもなんでもなく私のことを、ね?
「あの、やっぱり満明さん、でいいですか?」
「はは、呼びたいように呼んでくれればいいよ」
「それなら満明さんも泉と呼び捨てにしてください」
さん付けより親しい感じがするからだ。
「んーそれだと妹尾さんと被っちゃうから――」
「お願いします」
彼の言う通り、歩ちゃんと被ってしまうけどそこは声音で簡単に判断できるからいい。
「わ、分かった」
「はい、ありがとうございます」
もう十分満足できた、あとは花火を見て帰るだけだった。
「はい――あ、妹尾さんか」
「うぇ、まさか泉が連れ込むなんて……」
危ないからと彼が出た結果がこれだった、そこは私が出て彼のいるリビングまで連れていっても同じ結果になっていただろうからそこはいい。
問題なのは彼女しかいなかったことだ。
「泉が誘ってくれたんだ」
「なはあ!? な、なに名前で呼んでいるんですか!」
「それは後ろにいる泉に聞いてもらえれば」
リビングには母もいるのでとりあえずは客間へ移動する。
「喧嘩別れになっちゃった、とかじゃないんだよね?」
「ないないっ、もう解散にしようかというところで達男君が男の子に誘われたから一人でここに来たのさ!」
ばーん! と後ろで効果音が鳴った気がした。
「へへへ、それよりそっちはどうなのさ、なんか順調に進んでいるみたいだけど?」
「名前呼びと手を繋いだぐらいだよ」
「おお……あの泉が……」
これは喜んでいる顔……なのかな。
どっちでもいいや、私としてはありがとうと伝えたくて彼女の頭をむぎゅっと抱きしめる。
「うん、よかった」
「ずっと諦めずに言い続けてくれたよね」
「それはそうだよ、だって泉が諦めちゃうのはもったいないもん」
完全に捨てきらなかったからこそのことか。
無理だと決めつけて行動していたらこの物好きな年上さんも好きになってくれなかった可能性が高い。
「でも、私は満明さんと仲良くなるのは歩ちゃんかと思ったんだけど」
「はは、そうはならなかったね」
「そっか、それだけ矢後君が早い段階から大好きだったんだね」
私が彼女達にとってそうだったようにもう入る隙がなかったことになる。
格好良くてもできないことはあるよね、あと争いみたいにならなかったことがラッキーだ。
自分が全く関係ない三角形になった場合でもどちらともお友達だから悲しい顔を見ることになっていただろうし。
「いや断じて言っておくけど最近のことだかラッ!?」
「いいことでしかないんだから落ち着いて」
「ソ、ソウダネ……」
昔からでも最近のことでもそこは変わらない。
こうなってくると矢後君の中にいつから彼女への気持ちがあったのかが気になるところだ。
関係が変わった後なら聞けば教えてもらえるだろうか? それで驚きたいところだった。
「僕にとってはあの出会いが大きかったな」
「ふふふ、私が頑張っていても無理だったみたいだね?」
「満明さんはこれを言うのが好きだからね」
そういう風に設計されたロボットだと言われても納得することができる。
そうかっ、私にとってこんなにもいい方に働くのは最初からそうだったからなのかもしれない。
色々と言い訳をしつつも諦めることはできずにいた私に神様が「仕方がない」となってくれたのかも。
「ありゃ、何回も言われると本当にそうなのかって気になりそうだね?」
「んーあのときの私は質問に答えただけだからよく分からないんだけどね」
「なんか惚気られちゃったよ」
「なんで?」
「うわこわっ!?」
え、いまの内容からなんで惚気たことになるのか気になっただけなんだけど……。
実はもどかしい時間が続いているとかなのかな? マイナスなことがないだけで彼女からすれば物凄くいいことのように聞こえてしまうのかもしれない。
「矢後君も今日ぐらい最後までいてくれればよかったのにね」
「だけどそうなるとどきどきしてしまいますから」
「んー青春だ」
今度絶対に聞いてみせる。
本人に会えるまではのんびりしておけばいいだろう。




